距離的に近い事もあり、今日はマンションに帰宅した八幡であったが、
マンションに着いてしばらくして、詩乃から電話があった。
「ちょっと、聞いたわよ、また女の子が一人増えたんですって?
しかもまたうちの学校らしいじゃない」
「耳が早いな、でも間違ってるぞ、男女が一人ずつだ」
八幡はそう訂正したが、詩乃は男にはまったく興味が無さそうであった。
「あらそうなの?でもまあ男はどうでもいいわ」
「お前、相変わらずドライだよなぁ………」
「でもまあ一応名前くらいは聞いておこうかしら、何て人?」
「ファーブニルこと雨宮龍と、ヒルダこと岡田唯花だ、
アルン冒険者の会のリーダーとヒーラーだな」
詩乃はしばらく沈黙した後、驚いたような声を上げた。
「えっ?本当に?」
「ああ、間違いない、もしかして知ってる奴だったのか?」
「知ってるもなにも、それ、うちの学校の生徒会長と書記よ。
二人は付き合ってるって噂されてるけど、確かに仲がいいのよね」
「生徒会?マジでか?」
「うん、マジマジ。しかしまさかだったわ、
うちの学校って実はALOのプレイヤーが多いのかしら」
「それはまずいだろ………」
八幡はヒルダとの会話を思い出しながらそう呟いた。
「何が?」
「おい詩乃、ヒルダが言ってたんだよ、お前の学校の生徒のALOプレイヤーなら、
俺とお前がハチマンとシノンだって事は普通に気付くと思いますってな」
「それが?」
詩乃は意味が分からないという風に八幡にそう言ってきた。
「何か実害があるとでも?」
「俺とお前が仮面カップルだという事がバレる」
「それが?」
「それがってお前、学校でのお前の立場が悪くなるだろ」
「はぁ、そんな事になる訳ないでしょ、もしそうならとっくになってるわよ。
でも実際はそんな事にはなってない、オーケー?」
「えっ?あ、確かに………」
実際詩乃の学校にALOプレイヤーは数人存在するが、
彼らは八幡と詩乃がハチマンとシノンなのだと気付いていた。
だが姫だ何だと持ち上げられはしても、詩乃が傲慢な態度をとる事は一切なかったし、
八幡の事を尊敬もしていたので、アスモゼウスと同じような認識を抱いていたのである。
以前アスモゼウスが言っていた、『朝田さんっていい人なんだよなぁ』
という言葉が全ての理由を端的に表していると言っていい。
「まあそういう事なら気にしないでいいか」
「うん、いいと思う。とりあえず明日、書記ちゃんと話してみるわ、
お昼に一緒に屋上でご飯を食べようと思うから、迎えに行くって伝えておいてもらえない?」
「そうか、分かった、ファーブニルは誘わなくていいんだな?」
「うん、女五人の中に男が一人ってのはきついと思うから、別の機会にしておくわ」
「確かにそうだな、分かった、伝えておくわ」
そう詩乃との電話を終えた後、八幡はすぐにヒルダこと岡田唯花に電話をかけた。
「あ~、ええと、俺、八幡だけ………」
「あっ、王子!連絡お待ちしてました!」
「ど………あ、そ、そう」
食いぎみにそう言われ、八幡は若干引いた。
「そ、その王子って呼び方はあまり好きじゃないから、俺の事は普通に八幡と呼んでくれ」
「分かりました、八幡さん!」
「で、早速なんだが、一応俺の方でいくつか店を選んでみたんだが、
何か嫌いな食べ物とかは無いか?」
唯花は一瞬無言になった後、感動したようにぼそっと呟いた。
「あ、や、優しい………」
「いやいや、それくらい普通だろ」
「そんな事ないです、私、自慢じゃないですけど男の子には結構誘われますけど、
みんな、ここ行かない?そこ行かないって、そういう誘い方しかしてきませんから!」
「あ~、まああるあるだな」
八幡はその答えに納得した。確かに自分が高校生の時も、
周りではそんな感じの会話がとびかっていた気がしたからだ。
「というかお前、モテるんだな」
「はぁ、まあ男の子と社交的に接してるだけなんですけど、
どうも勘違いする人が多いんですよね………」
「う………耳が痛い………俺も昔はそうだったからな………」
その言葉の意味を理解した唯花は、
自分が八幡を傷つけてしまったのではないかと慌てふためいた。
「い、いえ、それはきっと、大人になる為の通過儀礼なんですよ!
だ、だからそんな落ち込んだ声を出さないで下さい!」
「そうだといいんだけどな………」
唯花はこれ以上この話題を引っ張るのは危険だと考え、露骨に話題を逸らした。
「そ、そうだ、私の好き嫌いの話でしたよね!
えっと、甘い物はどれだけ甘くても大丈夫ですけど、
食事って考えたら特に好き嫌いはありません。
でも肉、肉があればとにかく幸せな感じですね!」
「お前、肉食系だったのか?とてもそうは見えなかったけど意外だな」
「違いますよぉ、まあ食欲的な意味なら合ってますけど」
「ふ~ん、まあそういう事ならええと………」
八幡は、エルザに教えてもらった店のリストを見ながらああだこうだと呟き始めた。
どうやら店選びに気をとられた事で、先ほどの状態からは逃れつつあるようだ。
ここで八幡に普通に戻ってもらう為にはもうひと押し必要だと考えた唯花は、
少し考えた後に八幡にこう提案してきた。
「あ、あの、私は別にお洒落な店とかじゃなくても全然いいんで!
むしろそういう店だと他人の目がどうしても気になっちゃうっていうか………」
「ん、そうなのか?なら普通に焼肉でも食いにいくか。
個室のある店にすれば他人の目も気にならないだろ」
「是非それでお願いします!」
「分かった、それじゃあそんな感じで手配しとくわ」
「ありがとうございます!」
「いや、お礼をするのはこっちだからな」
唯花はその穏やかな八幡の声を聞き、ピンチを乗り越えられたとホッとした。
学校での唯花は確かにかなりモテるのだが、
その事を伝えたのはあくまでも八幡にアピールする為であり、
社交性と男の勘違いの話を出して、
自分は軽い女じゃありませんよコンボに繋げたのが完全に裏目に出てしまったのを、
上手く乗り越えた形である。だがホッとしたのも束の間、八幡から爆弾が放り込まれた。
「でも焼肉って、付き合ってる男女が行くものだってよく言われてるよな、
って事はやっぱりやめとくか、唯花は龍と付き合ってるんだろ?」
「へ?リュウ?何ですか?」
唯花は普段はファーブニルの事を、先輩もしくは雨宮さんと呼んでいた為、
八幡の言葉の意味が咄嗟には分からなかったのだ。
「ファーブニルだ、雨宮龍って名前なんだろ?」
「あ、ああ~!」
そう指摘され、唯花は八幡に完全に誤解されている事に気が付いた。
「ち、違いますよ、私達、付き合ってなんかいませんから!」
「あれ、そうなのか?でも学校じゃそういう事になってるって詩乃から聞いたけどな」
「ええっ?は、八幡さん、一旦電話を切っていいですか?
ちょっと友達に確認してみます!」
「お、おう………」
そして唯花は同じクラスの友達に電話をかけまくった。
その返事は大体こんな感じであった。
『え?今更何言ってるの?いつも一緒にいるじゃない』
『唯花、わざわざ電話で惚気?』
『何?彼氏と喧嘩でもしたの?』
『二人でこそこそと人目を忍んで楽しそうに話してたよね?』
どうやら唯花と龍がカップルだという事は既成事実化されており、
普段唯花が恋愛絡みの話を嫌っていた為、
唯花が自分から言ってきてくれるまでその事に突っ込むのはやめようと、
いつの間にかクラス内でそういう暗黙の了解が成されていたらしい。
唯花はショックで反論する気力も起こらず、眩暈を覚えながら八幡に電話をかけなおした。
「は、八幡さん、八幡さんの言った通りでした………」
「だろ?」
「友達に色々言われました、いつも一緒にいるとか、惚気?とか、
彼氏と喧嘩でもした?とか、人目を忍んで話してたよね?とかです………」
「おおう、見事にカップル扱いされてるな、というか行動がカップルっぽい」
「確かにそうかもですが、違うんです!そもそも私がALOを始めたのは、
たまたま生徒会室の窓から鳥が飛んでるのを見て、
空を飛ぶのってどんな気持ちなのかなって呟いたら、
それなら試してみればいいんじゃないかって、会長にALOを勧められたからなんですよ。
で、覚える事が多いから、色々教えてもらう為に一緒にいる事が多くなって、
さすがに学校で四六時中ゲームの話をしてるのがバレたら立場的にまずいから、
声を潜めてこそこそ話してたって、つまりはそういう事なんです!」
「言われてみると納得の理由だな」
「ですよね!だから焼肉はまったく問題ないんです!」
「分かった分かった、それじゃあ予定を立てておくわ」
「はい、お願いします!」
唯花は八幡との絡みはこれで良しと考え、
明日から自分と龍は付き合っていません運動を始めようと心に誓った。
「で、いつにする?」
「いつでもいいんですか?」
「おう、別にいつでもいいぞ」
「それじゃあ明後日でお願いします!」
「明後日?平日だけどいいのか?」
「はい、その日はたまたまうちの親が二人ともいなくて、
自分で夕飯を用意しないといけなかったんですよ。
明後日なら、多少帰りが遅れても平気ですしね」
「そうか、じゃあ明後日で決まりだな」
「ありがとうございます!」
こうして明後日、八幡と唯花が焼肉に行く事が決定した。
「で、それとは別に頼みがある」
「頼みですか?」
「ああ、実は詩乃がな、明日の昼、唯花と一緒に屋上でランチをしたいそうだ」
「ええっ、私とですか?」
「もしかしていつも一緒にお昼を食べる友達とかがいたりするのか?」
「生徒会室で雨宮先輩と一緒にALOの話をしながら食べる事が多いですが、
特にお昼ご飯を攻略する為のパーティーは組んでません」
「ぶはっ………」
その唯花のウィットに富んだ返事に八幡は思わず噴き出した。
「何それ、ウケるし」
八幡はかおりの口癖をパクりつつ、唯花にそう言った。
「やった、ウケた!」
「そういう事なんだが、どうだ?」
「分かりました!明日屋上に行けばいいんですか?」
「いや、詩乃が唯花の教室に迎えに行くとか言ってたぞ」
「迎えに!?むむむむむ、あ、でも誤解を解くには丁度いいのか、
分かりました、お待ちしてます!」
「そうか、それじゃあ伝えておくわ」
「はい、お願いします!それじゃあ明日はお弁当を作らないとですね、
あ、でも今日は親もいないしおかずが無いかぁ、ちょっと買いに行かないとだ」
「え、今からか?」
もう時間も遅い為、八幡は心配そうにそう言ったが、
唯花から返ってきたのは少しズレた返事であった。
「はい、近くに二十四時間営業のスーパーがあるから平気ですよ」
「そういう意味じゃないんだが………」
「え?どんな意味ですか?」
「もうこんな時間だから心配だって意味でな」
「私の事、心配してくれるんですか?やった!」
「やったじゃねえっての、う~ん………唯花、家はどこだ?」
「あっ、ええとですね」
唯花が伝えてきたのは、思ったよりも近い場所であった。
ここからなら所要時間は大体十分くらいだろう。
「分かった、俺も買いたい物が無いわけじゃないし、今からそっちに迎えに行くわ」
「えっ?八幡さんがですか?」
「おう、十分後に家の前で待っててもらっていいか?」
「わ、分かりました、今からおめかしします!」
「買い物に行ける程度のおめかしでいいと思うが」
「………う~ん、分かりました、十分で準備出来る程度のおめかしにします!」
「まあそれならいいか、それじゃあまた後でな」
「はい!」
そして八幡はキットに乗り、唯花の家に向かったのだった。