「よし、俺がカートを動かす、お前は欲しい物を片っ端からじゃんじゃん叩き込んでいけ」
「分かりました、お財布さん!」
「お前はもっと言い方に気を遣え」
「あっ、す、すみません、お財布八幡宮さん!」
「人を大宰府天満宮みたいに言うんじゃねえ」
こうして二人の買い物は始まった。
朝にそんな凝った物は作れないので、必然的に最初に向かうのは冷凍食品のコーナーである。
「おっ、結構凝った物があるんだな」
「種類も沢山あるんですよ」
「お、唯花、肉だぞ肉」
「はい、肉ですね!」
二人はまるで夫婦のように見え、周りの者達はそんな二人を微笑ましく眺めていた。
そんな中に一人、二人の事を見知っている者が紛れていた。
「あ、あれ?八幡さん?それに確か生徒会の書記の………岡田さん、だったっけ?」
「ん?おお、遠藤、遠藤じゃないか、奇遇だな、お前も買い物か?」
「う、うん、お醤油が切れたから、今のうちに買いに行ってくれってお母さんが」
そこにいたのはかつて詩乃をいじめていた遠藤貴子であった。
「おおそうか、ちゃんと家の手伝いをしてるんだな、えらいぞ」
「八幡さん、でもこんな時間に娘一人で買い物に行かせるなんて、鬼じゃないですか?」
その唯花の冷静な意見に、八幡はハッとした。
「むむむ、確かにそうだな」
「いや、私の家はここから歩いて三分くらいの所だからね」
「そ、そうなの?ごめん、私ったら失礼な事を………」
「いや、うちの母親が鬼なのは間違いないから、元ヤンだし」
「なるほど、お前は母親似って事なんだな」
「わ、私はヤンキーじゃないし、
ただちょっと、普段の態度も男友達選びも駄目だっただけで………」
貴子はしゅんとした表情をし、そんな貴子に八幡はニッコリ笑いかけた。
「今はそうじゃないんだからいつまでもそういうのを引きずるなって」
「う、うん」
貴子はそんな八幡に微笑み返した。
「で、あの、何で八幡さんが、書記さんと一緒に?」
「私は岡田唯花だよ、遠藤さんって確かうちの学校の二年生だよね?
同級生なんだから、私の事は気軽に唯花って呼んでね」
「あ、う、うん、それじゃあ私も貴子で」
唯花は詩乃と貴子の事情は把握しているようであったが、
それでも易々と距離を詰めていった。さすがのコミュ能力である。
「で、何で一緒にいるかって話だが、まああれだ、知り合ったのはたまたまなんだが、
それを知った詩乃が明日唯花を昼に誘いたいって言い出してな、
唯花が明日の弁当のおかずを買いに、
こんな時間に一人でスーパーに行くとか言い出したから、
たまたま近くにいた俺が、保護者代わりをしていると、まあそんな訳だ」
「あ、そうなんだ、八幡さん、やっぱり優しい………」
「いや、まあ詩乃のせいで弁当を作る羽目になった訳だから、
俺があいつの代わりに責任をとってるみたいな感じだな、まあ義務って奴だ、義務」
八幡は照れたような表情でそう言い訳した。
「普通そこまでしてくれる人はいないと思います」
貴子は八幡に苦笑した。そんな貴子に唯花が、突然愚痴を言い出した。
「ねぇ聞いてよ貴子、さっき八幡さんと、
負けた方が勝った方の言う事を何でも一つ聞くって勝負をしたんだけど、
八幡さんが勝ったのに、この人私にエロい事を何もしようとしてこないんだよ、
今も義務とか言っちゃってるし、おかしくない?」
「ち、近い、唯花、近い」
貴子は簡単に心の距離を詰めてくる唯花に恐れを抱きつつも、
その言葉の意味を理解し、ぽかんとした。
「え………女の子が簡単に何でもなんて言っちゃ駄目だって」
「突っ込むとこそっち!?」
「言っておくが、遠藤の方が普通だからな」
そう言いながら、八幡は貴子の頭を撫でた。
「遠藤は普通だが、それが俺にはとても尊い」
その瞬間に遠藤の目から、ぶわっと涙が溢れ出た。
「えっ?お、おい遠藤、どうした?もしかして今俺がどこか痛くしちまったか?」
「う、うん、ちょっと心が痛くて………」
「心?心だな、よし、そういう場合は………唯花、ど、どうすればいい?」
「どうどう、八幡さん、落ち着いて。貴子、一体どうしたの?」
「わ、私、いつも八幡さんとは学校でしか会ってなかったけど、
いざこうしてプライベートで初めて会ってみて、それでもいつも通り優しかったから、
本当に許してもらえたんだなって実感が沸いちゃって、つい………」
そんな貴子を唯花は優しく抱きしめた。
「貴子はたった今、ニュー貴子に生まれ変わったんだね!
もう大丈夫、ニュー貴子は二度と道を踏み外さない。
だからこれからもっともっと幸せになろう!」
八幡もその唯花の言葉に同調した。
「そうだぞ遠藤、この前までどん底だったんだから、これからは上がってくだけだって。
とりあえず今日は俺が生まれ変わった記念として、ここで甘い物を沢山買ってやろう」
「八幡さん、女の子に甘い物を食べさせておけば、
それで何もかも解決とか思ってません?」
唯花が即座にそう突っ込み、八幡は目に見えて焦った。
「ち、違うのか!?」
「違いません、さあ貴子、甘い物を見にレッツゴー!」
唯花はそう言って貴子の手を引き、生菓子の置いてあるコーナーへと歩いていった。
「………あ、あの野郎」
八幡は悔しさを覚え、そんな二人の背中に声をかけた。
「お~い遠藤、お前の事をニュー貴子とか名付けちまうようなセンスの持ち主に付いてくと、
お前も影響を受けてセンスが壊滅的になっちまうぞ」
「貴子、後ろで寂しいアピールをしてる意地悪な人がいるけど、無視するのよ」
「え、えっと………」
二人にそう言われた貴子はまごまごし、その直後におどおどした口調で唯花に言った。
「八幡さんは、性格が悪い時はあるけど、でもとっても優しいよ?」
唯花はその言葉にぽかんとし、オーバーアクションで頭を抱えた。
「これが八幡さんの真の力だとでも言うのか!?」
「お前、顔だけはいいんだからさ、いくら知り合いがいないとはいえ、もっと猫を被れな?
ほら、見知らぬ男性諸君が若干引き気味だぞ?」
八幡の言葉通り、少し離れた所に何人かいた買い物中の男達が、
その言葉に気まずそうに顔を背けたのが見え、唯花はそれを見て顔を赤くした。
その中に数人、顔を背けずにじっとこちらの様子を伺っている者がおり、
貴子はそれが気になったが、やがてその男達も去っていった為、貴子はほっとした。
丁度そのタイミングで、唯花が照れ隠しのように貴子に声をかけてきた。
「お、おほん、さあ貴子さん、お買い物を続けましょう?」
「お前、今更お淑やかぶっても無駄だからな」
「くっ………べ、別にいいもん、これが私だもん」
「おい遠藤、こいつ、開き直りやがったぞ」
そんな二人を見て貴子はクスクスと笑った。
その笑顔は年相応に見え、八幡はもう遠藤は大丈夫だなと安心した。
「さて、さっさと買い物を済ませちまおうぜ」
「「は~い」」
そして二人は楽しそうに、陳列棚を物色し始めた。
(唯花のおかげでさっきは助かったな、さすがは生徒会役員だ、
まあ本人の性格もあるんだろうが………)
八幡はそんな事を考えながらカートを押していたが、
気が付くとそのカートの中には、かなり沢山のデザート類が放り込まれていた。
「………お前らこんなに食べるのか?太るぞ?」
「私、太らない性質だから」
「あ、わ、私も」
「ならいいが………これ生菓子だろ?消費期限内に食べきれるのか?」
「いい?八幡さん、女の子には甘い物を入れる為の胃が別にあるんだよ?」
「お、おう、別腹って奴だろ?それくらい知ってるわ」
「違います、本当に胃が二つあるんです、保健体育で習いませんでしたか?」
「え、マジで!?」
八幡はその言葉に本気で驚いた。
「え、保健体育で習ったっけ?まったく覚えてねぇ………」
そう呟きながら悩み出した八幡に、唯花は天使のように微笑んだ。
「そんな訳ないじゃないですか、もう、八幡さんったら」
直後に一拍置き、唯花は小指を自らの唇に当て、上目遣いをした。恐ろしくあざとい。
「子供みたいでかわいいですね」
更にセリフまであざとい。八幡はその事に驚愕し、貴子の耳元でこう囁いた。
「お、おい遠藤、あいつ、目茶目茶あざとくないか?」
「う、うん、ああいうのは私には絶対に無理」
「あいつは普段からああなのか?」
「うん、だからすごくモテるよ、でも告白とかは全部断ってるみたい。
生徒会長と付き合ってるからだって噂もあるんだけど………」
「ああ、それはデマだそうだ」
「あ、そうなんだ!男をふる姿が結構アレだから、マジなんだと思ってた」
「ほう?どんな風に?」
その言葉に八幡が興味を抱いたようだったので、貴子は説明する事にした。
「前に何度か見たんだけど、男の子から告白された瞬間に、あの顔からスッと表情が抜けて、
じっと相手を見つめた後、すぐに笑顔になってさ、
『ごめんなさい、あなたとはお付き合い出来ません』って、
理由も何も無しでバッサリと一刀両断してたよ」
「あいつが無表情?想像出来ないな」
「ちなみに当然食い下がる人もいたんだけど、
そういう人には小首を傾げて頬に人差し指を当てながらキョトンとした顔で、
『今お断りしましたよね?』って返す刀で斬って捨ててたかな」
「それもあざといな………」
「うん、惚れ惚れするくらいのあざとさだった」
二人はそう言って、チラリと唯花の方を見た。
「しかしお前、表現が時代劇っぽいよな、好きなのか?」
「うん、大好きかな」
「そうか、俺もだ」
自分の方を見ながら微笑み合う二人を見て嫉妬にかられたのか、唯花が二人に絡んできた。
「ちょっと、私を仲間外れにして何の内緒話ですか?」
「あ、いや、お前が男をどうふってるのか教えてもらってたんだ、
お前、告白されると無表情になるらしいな、一度見せてくれよ」
「貴子、見てたんだ?恥ずかしいなぁ」
唯花は照れたような表情でそう言うと、八幡の顔を下から覗き込んだ。やはりあざとい。
「それじゃあ八幡さん、私に告白してみて下さい」
「え?お、おう」
(これは実際にやってみせるって事だな)
八幡はコホンと咳払いし、真面目な表情になった。
「ずっと前から好きでした、俺と付き合って下さい」
(あ~、修学旅行の時とまったく同じ事を言っちまった)
八幡はそう思いつつ、どんな表情になるのかわくわくしながら唯花の顔をじっと見つめた。
その目の前で、唯花の表情がスッと消える。
「おお、まるで能面みたいな………」
八幡はその表情を見て、告白してこんな顔をされたらビビるよなぁ等と考えていたが、
唯花は一瞬で満面の笑みを浮かべ、とても嬉しそうに八幡の腕を抱いた。
「はい、喜んで!あなたが私の運命の人です!」
「はぁ?」
八幡は腕に当たる感触に気付かないくらい、かなり混乱した。
それを見て貴子は思わずこう呟いた。
「あっ、これって成功パターン?」
その呟きが聞こえたのだろう、八幡は納得したような表情を浮かべた。
「ああ、そういう事か。それじゃあ唯花、今度は失敗パターンを見せてくれ」
「無理です」
唯花は八幡に即答した。
「な、何でだよ」
「だって私達、もうカップルじゃないですか」
「はぁ?」
「今私に告白してくれましたよね?そして私はオーケーしました。
これはもうカップル成立意外の何物でもないと思いませんか?」
「い、いや、今のは演技だろ?」
唯花はその言葉を受け、顎に人差し指を当てて軽く上を見上げた。こんな時でもあざとい。
「私、そんな事は一言も言ってないですけど?」
「あ、あれ?」
八幡はきょとんとしながら貴子の方を見たが、貴子は諦めろという風に首を振った。
「マジか………」
「分かってもらえましたか?」
「よし、別れよう」
「何でですか!」
「だってお前、俺の事なんかまったく好きじゃないだろ?」
「何言ってるんですか、大好きです超好きですむしろ愛してます!」
「………おい遠藤、こいつは何を言ってるんだ?」
「わ、私に聞かれても分からないよ、そのままの意味なんじゃ?」
貴子にそう言われた八幡は、焦った顔で唯花の方を見た。
「え、マジで?俺、お前に何か悪い事でもしたか!?」
「何で罰ゲームみたいな扱いなんですか!?」
唯花はそう抗議しつつ、深いため息をついた。
「はぁ………まあ今のは自分でも強引すぎるなと思ったんで、ノーカンって事でいいです」
「え、いいの?マジで助かるわ、明日奈に殺される所だったからな」
「詩乃にも殺されるんじゃない?」
貴子にそう突っ込まれ、八幡は少し怯えたような表情をした。
「そ、それはありうる………」
「詩乃がそんなに怖いんだ………」
「あ、当たり前だろ、あいつは俺に制裁を加える時、本当に嬉しそうな顔をするんだぞ」
八幡はそう言いながら情けない顔をした。
だがそんな八幡の腕を、唯花がぎゅっと強く抱いた。
「八幡さん、もし彼女さんと付き合ってなかったらどうしました?」
「ん?その時は他の誰かともう付き合ってたと思うが正直何とも言えん」
「くっ、知り合うのが遅すぎた………」
「まあ人生ってのはそんなもんだ、ドンマイ」
「で、でも私の見た目は好みですよね?かわいいって思いますよね?」
「ん?普通?」
「ど、どれだけ目が肥えてるの………」
唯花ははがっくりとうな垂れながら、
八幡の周りにいる女性プレイヤー達の事を思い浮かべた。
あの中のほとんどがおそらく美人なのだろう、唯花はそう判断し、暗澹たる気持ちになった。
「わ、分かりました、付きあうのは諦めて、私はお妾さんを目指します」
「いや、マジでそういうのはやめてね?今でも普通に困ってるんだからね?」
「そ、そうですか、分かりました、戦争ですね」
「それは俺が困るからやめようね?今でもかなりバランスとるのが大変なんだからね?」
その言い方がリアルすぎて、
唯花は是が非でも八幡を取り巻く女性陣に食い込んでやろうと逆に闘志を燃やした。
貴子はそんな二人から目を背け、見て見ぬフリをしていた。
この件に深く関わるとやばいと思ったのだろう、その判断は正解である。
「まあそれは今はいいです、とりあえず八幡さん、買い物を続けましょう。」
「そ、そうだな、もういい時間だしな」
八幡もそれで頭が冷えたのか、時計を見ながらそう答えた。
三人はその後も仲良く買い物を続け、会計を終えた後にキットの所に移動し、
そして楽しい荷物分けタイムが始まった。
「あっ、何だこれ、俺も買えば良かった」
「これは私のですね」
「なぁ、今ちょっとここでシェアしないか?」
「別にいいですよ、それじゃあ
「え、無理」
「別にそれくらいいいじゃないですか、カマトトぶってんじゃねえですよ!」
「お前、絶対に酔うと人に絡むタイプだろ………」
「あはははは、あはははははは」
貴子はそんな二人のやり取りを見て大笑いし、釣られて二人も笑った。
そして無事に荷物を分け終え、ほくほくした顔をしている貴子に八幡がこう提案してきた。
「ついでにお前も家までキットで送ってやろうか?」
「ううん、うちは本当にすぐそこだから大丈夫」
「そうか、それじゃあ気をつけて帰れよ、またな」
「貴子、明日学校でね!」
「う、うん、またね、二人とも」
貴子はそんな二人にはにかみながら手を振り、
そして二人がキットで去っていった後、軽い足取りで家へと向かった。
「色々とびっくりしたけど、でも凄く楽しかったなぁ………」
そして無事に家までたどり着いた貴子は、ハッとした顔で足を止めた。
「し、しまった、お醤油を買ってない!」
貴子は家に荷物だけ置いて慌てて引き返し、再びスーパーへと戻った。