「ええと、お醤油のコーナーは………あ、ここだ」
そして無事に醤油を買い、外に出た貴子の耳に、
先ほどまで何度も口にしていた名前が飛び込んできた。
「さっきのあのハチマンって奴、本物かな?」
貴子はきょろきょろと辺りを見回し、
少し前に店内でこちらから目を背けなかった数人の男が、
店の前にたむろして会話をしているのを発見した。
(今の声、あの人達かな)
貴子はそう考えながら、もっとよく話を聞こうと思ったが、
もしかしたら自分の顔も覚えられているのではないかと考え、
どうすればいいのかかなり悩む事となった。
(もしこの人達が八幡さんの敵なら………ううん、
きっと敵に違いない。きっとこの情報は貴重なはず、私もやっと八幡さんの役に立てる)
貴子は一瞬でそう決断し、決死の覚悟で男達の近くにある飲み物の自販機へと向かった。
幸い誰も貴子には目を向けず、貴子は無事に自動販売機の前に到着した。
(そうだ、スマホを録音状態にしておこう、
そしたら次は何を買うか迷うフリ、次は財布の中の小銭を探すフリ!)
不器用な貴子は演技に集中し、音を拾うのはスマホに任せた。
その会話はこんな感じであった。
「さっきのあのハチマンって奴、本物かな?」
「こんなトコにいる訳ねえって」
「でも喋り方はそれっぽくなかったか?」
「むむ………確かに」
「くそ、本物なら闇討ちしてやったのによ」
「まあそれはゲームの中でいいだろ、
その為にわざわざセカンドキャラを育てて七つの大罪に潜り込んだんだ」
「そうそう、この前は共闘みたいになっちまって残念だったが、
うちの幹部連は馬鹿ばっかりだからな、ちょっと煽ってやれば火がつくだろ」
「連合じゃ失敗したからな、今度こそ上手くやろうぜ」
「違いねえ」
「それにしてもさっきのハチマンの連れてた女、超美人だったよな」
「ロザリアの姉御とどっちが美人かな?」
「その名前を出すな、あいつは裏切りモンだ」
「昔の姉御は輝いてたんだけどなぁ」
「今はハチマンの手先になり下がっちまったな」
「くそ、昔の事を思い出したら腹が立ってきたぜ」
「飲み物でも買うか………」
「だな」
その言葉に貴子は焦り、震える手でジュースを買うと、男達に場所を譲り、
スッと横に避け、そのまま立ち去ろうとした。
だがその時男達の一人が、予想外に貴子に声をかけてきた。
「おい姉ちゃん、お釣りを忘れてるぜ」
「あっ、す、すみません」
貴子は相手の目を正視しないように気を付けながら、そのお釣りを受け取り、
そのまま頭を下げて立ち去ろうとした。
その瞬間に後ろから、男達の誰かがこう言った。
「あれ、この姉ちゃん、さっきあのハチマンと一緒にいた子じゃね?」
その瞬間に場の空気が変わり、貴子は男達に囲まれた。
(まずい、まずい………)
「なぁ姉ちゃん、ちょっと聞きたい事があるんだけどよ」
そう言われ、肩を捕まれた瞬間に、貴子の中の何かのスイッチが入った。
「え?別にいいけど、何?」
ふてぶてしくそう答える貴子は、少し前に詩乃をいじめていた時の貴子であった。
(八幡さんには絶対に迷惑はかけない、
もしそうなるくらいだったら私は大人しくこいつらに殴られる、
もし私の体が目当てならそれでもいい、それよりも少しでも情報を引き出すんだ)
そう考えた瞬間に、貴子の腹は座った。
その態度はかつての貴子を彷彿とさせ、男達は少しびびったのか、口調がやや丁寧になった。
「いきなり話しかけて悪いな、実はさっき一緒にいた男なんだけどよ、
確か八幡って呼んでたよな?」
「うん、そうだけど、それが何?」
「いや、あいつがVRゲームをやってるのなら、
もしかしたら俺達の知り合いじゃないかと思ってな」
「知り合いじゃないかって、さっき顔を見たんでしょ?」
「いや、実はリアルでの顔は知らないんだ」
「あ~、オフ会って奴だ、そうでしょ?」
「お、おう、それだそれ」
貴子は馬鹿を装って微妙にズレた答えを返し、その男もそれでいいと思ったのか、
ヘラヘラと貴子の言葉に同意した。
「よく聞いてなかったけど、時々八幡って言ってたのはそういう事かぁ、
う~ん、でもあの人ってば、私達の金ヅルなんだよね、
どうしよっかなぁ、まあいっか、最近金払いも悪くなってきたし、
そろそろ手を切ろうかなって思ってたところだからね」
貴子は嫌らしい顔でそう言うと、男達に手を差し出した。
「………その手は何だ?」
「情報料、って言ってもここのジュース代だけでいいよ」
「そ、それくらいなら………」
そう言って男達の中の一人が貴子に五百円玉を渡してきた。
「釣りはいらないぜ」
「毎度あり!で、本題なんだけど、残念だけどさ、多分人違いだと思うよ。
だってあの人は、いわゆる社畜って奴だもん。
だから金は持ってるけど、遊びとかにはまったく慣れてないから会話もつまらないんだよね。
で、少なくともゲームなんかやってる暇は絶対に無いね、
私達が毎日連れまわして金を使わせてるもん。
私の友達はまあ、とりあえずキープしておこうと思ってるらしいからあんな態度だけど、
金が完全に無くなったらすぐポイするんじゃないかなぁ」
貴子は即席でそう話を作り、男達に披露した。元々適当な事を言うのは得意なのである。
「そ、そうなのか?」
「うん、まあそんな感じ。だから情報量も格安にしといたよ、役に立てなくてごめんねぇ」
「い、いや、こっちこそなんかごめんな」
「違うって分かっただけで十分だ、サンキュー」
「ううん、いいよいいよ、あんなのただの財布だもん。他に何か聞きたい事とかある?」
「いや、大丈夫だ、時間をとらせて悪かったな」
「そ、それじゃあまたどこかでね、お兄さん達!」
貴子はそう言って、逃げ出すようにその場を立ち去った。
その後ろから、『女って怖えな………』などという声が聞こえてきたが、
貴子は足を止めず、そのまま自宅へと急いで帰った。
安心出来たのは家に入り、自分の部屋に戻ってからである。
「ふう、さっきはやばかった………でも何とか乗り切った、うん、私頑張った!」
だがその足はまだ震えていた。
「大丈夫、もう大丈夫だから」
貴子はそう自分に言い聞かせ、八幡に連絡をとろうとしたが、連絡先が分からない。
「よし、とりあえず詩乃に、録音した会話を聞いてもらおう」
そう決断し、貴子は詩乃に電話をかけた。
『ハイ、珍しいわね、こんな時間にどうしたの?』
もうかなり遅い時間であったにも関わらず、詩乃は機嫌を悪くするでもなく、
すぐに電話に出てくれた。
「いきなりごめん、実は聞いて欲しいものがあるんだよね、スマホに録音したんだけどさ」
『私に聞かせたいもの?何だろう?』
「聞いてもらえれば分かると思う、私にはサッパリなんだけどさ」
『ふ~ん、まあいいわ、聞かせてみて』
「うん」
そして貴子は詩乃に先ほど録音した男達の会話を聞かせた。
『何これ、この会話はどこで録音したの?』
「近所のスーパーの前で話してる奴らがいてさ、八幡さんの名前が聞こえたから、
絶対に聞き逃しちゃいけないと思って頑張ったんだ」
『そう………貴子、ありがとう、この事は必ず八幡に伝えるわ』
「あ、やっぱり詩乃が聞くと意味が分かるんだ?」
『ええ、貴重な情報よ、きっと八幡も喜ぶと思うわ』
「そっか、良かった………」
その声が若干涙声だった為、詩乃は貴子が本当に頑張ってくれたのだと感じ、
再び心からお礼を言った。
『貴子、本当にありがとうね、心から感謝するわ』
「私、八幡さんの役に立てたんだよね?」
『うん、立てた立てた、今度褒めてもらうといいわよ』
「う、うん、うん………」
貴子は満足感に包まれていた。
そんな貴子に不意打ちのように、詩乃がこう尋ねてきた。
『それよりも貴子、さっきの会話からすると、
こんな時間に八幡と一緒だったって事よね、どういう事?』
その言葉はヤキモチを焼いているようで、先ほどの詩乃の声よりもよほど必死に聞こえた。
(あ、そっちの方が詩乃的に大事なんだ)
その声の調子で貴子はそう判断した。
同時に先ほど八幡が怯えていた事を思い出した貴子は、詩乃相手に必死に弁解した。
「う………ち、違うの、お願いだから私の話を聞いて」
『ええ、もちろんよ、一体どうなってるの?』
「実はさ、私はただ、近くのスーパーに醤油を買いにいっただけなんだけどさ」
それから貴子は、偶然八幡と唯花に会った事、それから甘い物を奢ってもらった事、
そのせいで醤油を買うのを忘れ、買いに戻った時に男達と遭遇した事を詩乃に語った。
『そう、それはそれは、八幡と書記ちゃんは随分と仲がおよろしいみたいね』
(うわぁ、怖い、怖い怖い!)
貴子は先ほど男達に囲まれた時よりも、今の方がよっぽど怖かった。
『ふ~ん、へぇ、明日のお昼に書記ちゃんから事情を聞くのが楽しみね。
でも変ね、ねぇ、貴子も聞いた事無い?
うちの学校の生徒会長と書記ちゃんが付き合ってるって話』
「あ、それはデマだって八幡さんが言ってたよ」
『あら?八幡が?って事は書記ちゃんが八幡にそう説明したって事でしょうね』
「うん、多分そうなんだろうね」
『意外な所から伏兵が出てきたわ、やっぱり直接どんな人なのか確かめないとね』
「そ、そうね」
詩乃がかなり本気のようだったので、貴子はこれ以上関わらないようにしようと考えた。
だがそんな貴子の考えは、あっさりと詩乃に粉砕された。
『ねぇ貴子、明日は貴子も一緒に屋上でお昼を食べましょう?
もちろん嫌だったら別にいいんだけど、書記ちゃんから聞く話が本当かどうか、
判断してくれる役を貴子にやってもらえると嬉しいのよね』
(ひいいいい、こんなの絶対断れる訳ないじゃん!)
「う、うん分かった、よ、喜んで………」
『そう、ありがと』
こうして貴子の昼食会への参加が決定し、貴子は満足と不安が半々な状態で、
この日は眠りにつく事となった。