「ハチマン、いた!ラプトル!」
「オーケーだ、レン、フォローを頼む」
「任せて!」
バージョンアップ当日、ハチマンとレンは二人で行動していた。
場所はトラフィックスの南門から見て、やや街寄りの位置である。
「数が少ないから、まあ楽ではあるな」
「本隊は大丈夫かな?」
「まあ平気だろ、今日は姉さんもいるしな」
「それもそうだね」
バージョンアップが行われた直後、ヴァルハラは南門前で待機し、
門が開くのを今か今かと待ち構えていた。だが門から一定距離までしか近づけないようで、
ハチマンは内心で、出てきた瞬間に全滅させるのは無理だろうなと考えていた。
そして時間になった瞬間に門が開き、
沢山の恐竜達が一気にトラフィックスになだれ込んできた。
それに対して挨拶とばかりにソレイユを筆頭に、
ユミーとイロハが強力な魔法を叩き込んだのだが、
敵との距離があるが故に敵集団が左右に大きく広がった為、
中央部分の敵しか殲滅させる事が出来ず、その後も更に敵が門から殺到してきた為、
このままではMPが持たないだろうという事になり、
ヴァルハラは通常の殲滅戦に移行する事になったのである。
これは鍵の所有状況から仕方がない事であった。
おそらく他の門では、ここよりも多くのプレイヤー達が戦いに参加しているだろうから、
敵を包囲下に置く事も可能であろう。
だが南門の鍵を持つのはヴァルハラだけな為、人数的に完全包囲は不可能なのだ。
その為に徐々に門に近付いているとはいえ、全ての敵をキャッチする事は不可能であり、
二人一組のチームが何組か急遽編成され、漏れた敵の討伐に当たる事になった。
だが本隊からあまり人数を裂く訳にはいかない為、その数は四組八名に抑えられた。
具体的にはハチマンとレン、クックロビンとシャーリー、レコンと闇風、
そしてレヴィとサトライザーの四組である。
アスナは前衛陣の、そしてユキノは後衛陣の統括をしないといけない為、当然居残りだ。
コマチは何かあった時の連絡役として本陣で待機している。
そして四組は東西に散り、ヴァルハラからの攻撃を逃れた敵の殲滅の為に出撃した。
そんな訳でハチマンとレンは、二人でサーチ&デストロイを行っている最中なのである。
「ねぇハチマン、門から出てくる敵にもボスっているのかな?」
「そうだな、もしかしたらいるかもしれないな」
「それじゃあ出来るだけ早く戻らないとだね」
「だな、しかし敵の数が想像以上に多い………」
「まあずっと漏れ出してる訳だしね」
「落ち着くまではしばらくこのままだな」
「うん!敵は小型ばっかりだし、それまで頑張ろう!」
二人はそんな感じで敵の殲滅を続けていったのだった。
一方その頃本隊は、敵の流出が止まらない為に中々門に近寄れないでいた。
「くそ、大型の敵が混じってきたな」
「これじゃあ前に出れませんね」
「このままだと戦闘が長期化するな、今のうちに物資の確認をするか」
「それじゃあコマチは後方のユキノさんの所に行ってきます!」
「任せた!お~いゼクシード、弾はまだ大丈夫か?」
「問題ない、あと一時間はこのままでいけるよ」
そしてコマチもユキノとソレイユに、後衛達のMP状況を確認していた。
「ユキノさん、MPの具合はどうですか?」
「姉さん、そっちはどう?」
コマチにそう問われたユキノは、ソレイユに向けてそう尋ねた。
「節約してるから大丈夫、回復アイテムもまだ使ってないしね」
「オーケーよ、ヒーラーの方も大丈夫、ここまで大したMPは使っていないわ」
「分かりました!」
キリトとコマチは再び合流し、その事を前線にいるアスナに伝えた。
「ありがとう二人とも」
「大型の敵が増えてきたよな」
「うん、このままだとやばいのが出てくるかもしれない」
「お、とか言ってる間にまたやばいのが出てきたな」
丁度その時、門の中からかなり大きな背びれのような物を持つ恐竜が複数出現した。
「もしかしてスピノサウルス?」
「だな、俺とハチマンが作った資料の中にあっただろ?」
「う、うん、二人が凄く楽しそうに作ってた、あの資料ね」
ハチマンとキリトは先日の打ち合わせの後、参考資料として、
映画などの映像も盛り込みながら二人で恐竜の詳しい資料を作成し、
メンバー達に配っていたのであった。
その作成をごろごろしながら横で見ていたアスナは、二人の熱心さに若干引いたものだった。
「ああ、あれは凄く楽しかったよ」
「………男の子って恐竜が好きだよね」
「むしろ恐竜が嫌いな男なんかこの世に存在するのか?」
「さ、さあ、どうだろ」
「さて、それじゃああいつらを片付けるか」
「うん!」
そう答えながらアスナは戦闘指揮を開始した。
門から出てきたスピノサウルスは三体であり、
それぞれを三人のタンクが受け持つ事になった。
当然その間、雑魚がどんどん散っていく事になるのだが、
この状況ではそれもどうしようもない。
「ハチマン君達、大丈夫かな?」
「さすがに数が多いよなぁ、一応連絡は入れとくわ」
「うん、お願い!」
「レン、今キリトから連絡があった、大型の敵が複数出てきたから、
ちょっとこっちに回ってくる敵の数が増えるそうだ」
「了解!まあ何とかなるなる!」
「今日のレンは随分楽しそうだな」
「え?そうかな?えへへ」
それは当然だろう、今の状況は、ハチマンと二人でデートしているようなものだからだ。
もちろんやっているのは戦闘であり、そこには色っぽさの欠片もなかったが、
それでもレンは、久しぶりにハチマンと一緒に遊べて浮かれていた。
その事がレンに思わぬ窮地をもたらす。
その後何匹かの敵を倒したその直後、ドヤ顔でハチマンの方を見たレンの真横の茂みから、
一匹のラプトルが飛び出してきて、レンに襲いかかったのである。
「うわあああああ!」
「レン!」
だがその瞬間に、そのラプトルの頭が弾け飛んだ。
どこからか飛来した弾丸が、その頭に命中したのだ。
「今のは………シャーリーか?」
「あっ、ロビンさんもいる!」
その窮地を救ったのはクックロビンとシャーリーであった。
二人は慌てたように全力でハチマン達の所に駆け寄ってきた。
「レンちゃん、大丈夫?」
「うん大丈夫、ありがとう!」
「シャーリー、よく狙撃出来たな」
「スコープを覗いて索敵してたらちょうどレンちゃんの後ろに敵の姿が見えたんで、
そのまま撃っちゃいました!」
「おお、マジで助かったわ、サンキューな」
「い、いえ、お役に立てたなら良かったです!」
ハチマン信者とも言うべきシャーリーは、褒められてとても嬉しそうにしていた。
その横でレンは、クックロビンにお説教されている。
「レンちゃん、気を抜くのは見通しのいい場所と、
ハチマンと一緒のベッドの中だけにしなよ?」
「おいロビン、レンをお前と同類扱いするんじゃねえ、
あと俺はお前と一緒のベッドに入った事は無い」
ハチマンは即座にそう突っ込んだが、それは必要がなかった。
何故ならレンは、クックロビンのそういったトークには慣れているからである。
「うん、周りには気をつけるよロビンさん」
「まあハチマンと二人っきりだから浮かれるのも仕方ないだろうけどね、くっ、羨ましい」
「な、何かごめん………」
その時本隊から通信が入った。
「おう、キリトか?そっちはどんな感じだ?」
『ハチマン、スピノサウルスを倒したと思ったら、今度はでっかい雷竜が出てきやがった』
「ほう?手強いのか?」
『いや………それがそいつ、タンクのターゲット取りにまったく反応しなくてさ、
こっちに攻撃とかもしてくる気配も無いし、雑魚敵も沸かなくなったから、
アスナの判断で、とりあえず様子見って事で連絡したんだよ』
「ほうほう、分かった、とりあえずそっちに向かうわ」
『悪いな、頼む!』
ハチマンは今の通信内容を説明し、レンと二人で先に本陣に戻る事にした。
「あれか………」
「遠くからでもすぐ分かるくらい大きいね………」
二人は本隊に向け、凄まじい速度で走っていた。
だが本隊がまったく見えないうちからその雷竜の姿は見え、
どれほどの巨体なのかと二人は目を見張った。
「お~いハチマン!」
「ハチマン君!」
「あれがその敵か?」
「敵っていうか、まったく襲ってこないけどな」
「ふ~ん」
ハチマンは興味深げにそちらを眺め、大胆にもそちらに近付いていった。
「お、おいハチマン!」
「攻撃はしてこないんだろ?なら大丈夫だ」
「それはそうかもだけど………」
アスナとキリトはそう言って、ハチマンと一緒にその雷竜に近付いていった。
「これは種類は何なんだろうな」
「確かに雷竜の区別って本当につかないからなぁ………」
そう言いながらハチマンがその雷竜の視界に入った瞬間に、
雷竜がいきなり反応し、その首をぐいっと曲げ、その顔をハチマンの正面に持ってきた。
「むっ」
「うおっ」
「キャッ!」
『そなたがこのナイツの頭目か?』
そしてその雷竜は、いきなりそう話しかけてきた。
「ああ、そうだ」
『そうか、我に攻撃をしないでおいてくれた事、感謝する』
雷竜にそう言われた事で、何となくハチマンは事情を察知した。
おそらく草食恐竜とは戦う必要は無いのだろう。
「すまない、一つ尋ねたいんだが、もうあの門から敵は出てこないのか?」
『ああ、我が生きている限りは大丈夫だ、
もっとも使わない時は閉じておいてもらえると助かるがな』
(なるほど、門を解放しても、普段はしっかり門は閉めておけって事か)
ハチマンは開発者の意図をそう判断しつつ、仲間達に指示を出した。
「分かった、こちらに侵入した肉食恐竜を倒したらまた挨拶に寄る」
『そうか、それはこちらとしても助かる。
お礼という訳ではないが、その時に我の加護を授けよう』
「加護?」
『我が眷属には気性の荒い者も多くてな、そういった者達に襲われなくなる加護である』
「ほうほう、それは有難い、それでは後ほど、雷竜殿」
『我の事は今後、エスガイアと呼ぶが良い』
「分かったエスガイア、それじゃあまたな」
『ああ、再会の時を楽しみにしている』
こうしてエスガイアとの交流を終え、
ハチマンはアスナとキリトと共に仲間達の所に戻った。
「ハチマン君、何がどうなってるの?」
「ああ姉さん、多分あいつはナイツのリーダーに反応するようになってるんだと思います、
攻撃してたら多分、大暴れした事でしょう。アスナ、ファインプレイだったな」
「良かった、私の判断は間違ってなかったんだ」
「そういう事だ、それじゃあこれから全員で山狩りだ、
五人ひと組くらいに分かれて残った敵を殲滅しよう」
そしてハチマン達は無事に敵の殲滅に成功し、エスガイアに加護をもらった。
「エスガイア、ちなみに他の門にもあんたと同じような存在がいるのか?」
『ふむ、西門にはウィガイア、東にはイーガイア、北にはエヌガイア、という者が居る』
「そいつらから加護はもらえたりするのか?」
『いや、これ以上の加護は無い』
「分かった、ありがとう」
『ああ、良い旅を』
こうしてヴァルハラは、最速で南門の解放に成功した。
何故人数が多い他の門よりも速かったのかは、説明するまでも無いだろう。
「ん、アスモゼウスから連絡が入ってるな、『草食恐竜強すぎやばい』だそうだ」
そのハチマンの言葉に一同は顔を見合わせた。
「確かにあの大きさじゃねぇ………」
「質量兵器って奴だな、あの尻尾を振り回すだけでもやばそうだ」
「しかも喋れるって事は、多分魔法も使うんじゃないかな」
「だよな、まあどちらにしろもう手遅れだ、戦闘を始めちまったらしいからな」
「アスモちゃん、ドンマイ」
「まああれだ、後でヒルダをここに呼んで、加護だけでももらえないか実験してみよう」
「アスモちゃんはいいの?」
「何となく、あいつはもう少し苦労した方がいい気がするから別にいい」
「うわ………」
「アスモちゃん、かわいそう」
「そういえばあいつらはまだ無理なのか?」
「うん、まったくの未経験だったから手こずってるみたいだよ」
「そうか、まあそれでももうすぐだな」
そんな訳で、他の門の解放までにはここから数日を要する事となり、
ヴァルハラは他の門に一歩先んじて、新たな世界へと足を踏み入れる事となった。