ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第932話 S&D

 さて、ハチマンが最後に気にしていた()()()()は、

南の海岸で釣竿を振り回し、今まさに悪戦苦闘している最中であった。

 

「だぁ、またアルヴマスか!」

「やっぱりまだスキルが足りてない?」

「くそ、あと少しのはずなんだけどなぁ………

アルヴブルーが釣れればいけるはずなんだよな」

「結局バージョンアップに間に合わなかったし………」

「でも南以外はとんでもない混み方らしいよ、比較敵ましなのが西とかなんとか」

「南はまだ()()しか鍵を持ってる所は無いらしいしな」

「西の鍵は取ったから、そっちに行ってもいいんだけど………」

 

 そう言いながら、その釣りをしていた少年は、

後方で足を組み、でん、と座っている少女の方を見た。

 

「今更引けないわ、さっさと釣り上げなさい、ジュン」

「そう思うなら手伝えよ、ラン!」

「私にエサの虫をつまめというの?」

「別に本物じゃないんだから構わないだろ!」

「嫌よ、私がつまむとしたら、ハチマンの乳首だけよ」

「兄貴にチクんぞコラ!」

「とにかく嫌なものは嫌、文句を言わずにさっさと釣りを続けなさい」

「あ~もう、分かったよ!」

 

 スリーピング・ナイツは未だに鍵を一つしか所持しておらず、

今はヴァルハラと行動を共にする為に、必死に釣りを行っている最中なのであった。

 

「はっはっは、ジュン、女のワガママをちゃんと聞いてやるのが男の甲斐性ってもんだぜ」

 

 そんなジュンの肩を叩く者がいた。

 

「ダインさん!」

「すまねえな、GGOには釣りスキルってのがそもそも存在しないから手伝えなくて」

「ギンロウさん!それはギンロウさん達のせいじゃないですって!」

 

 何故ここにダインとギンロウがいるのかは簡単である。

要するにダイン達がスリーピング・ナイツとナイツを組んでいるのだ。

これは別に偶然とかではなく、単にハチマンに紹介してもらったからである。

ハチマンとしても、おかしな集団をスリーピング・ナイツに近付ける気はまったくなく、

信頼出来る味方をスリーピング・ナイツに紹介したと、ただそれだけの理由である。

ちなみにチーム名はお互いの頭文字を取って『S&D』と名付けられていた。

 

「おいジュン、何かかかってるゾ」

「あっ、すみませんアルゴさん!」

 

 そしてアルゴはここにいた。

南門までの案内役としてスリーピング・ナイツに付き合っているのである。

今回のイベントにはアルゴは関わっていない為、参加する事が可能なのだ。

 

「ん?もう水面近くまで上がってきてるはずなのに、姿が見えないな」

「お、ジュン、遂に来たんじゃないカ?」

「遂にって、何がですか?」

「アルヴブルーだよ、姿が見えないのは、魚体が空の色をしてるからだロ」

「あっ、そうか!」

 

 そしてジュンは無事に魚を釣り上げた。

それはかつてニシダがここで最初に釣り上げた、あの青い魚であった。

 

「よっしゃ、いただき!」

「よくやったわジュン、これ、結構いい値段で売れるのよね」

「らしいな、兄貴が言ってた!」

「さて、それじゃあ次の段階に映るわ。テッチ、タルをここに」

「り、了解………」

 

 そしてランは、傍らにいたユウキに声をかけた。

 

「ユウ、どの辺りが良さそうだった?」

「えっとね、潜ってみた結果、ここ!ここなら海底に段差も無いし、

ハチマン達の時みたいに、途中で引っかかる事は無いはずだよ!」

「分かったわ、それじゃあダインさん、敵が上がってきたら攻撃をお願いします」

「おう、任せとけ!」

 

 そしてテッチがとても情けなさそうな顔でしょぼんとしているタルケンを連れてきた。

タルケンの胴には太いロープが巻きつけられており、()()としての準備は万端のようだ。

 

「それじゃあタル、お願いね」

「うぅ………わ、分かってるよ、

まさかノリやシウネーにエサ役をやらせる訳にはいかないもんね」

 

 本来なら一番非力なシウネーがエサ役をやるべきなのかもしれないが、

タルケンは男として、女の子にそんな事をさせる訳にはいかなかった。

ジュンは多少釣りスキルが上がっていた為、今回は釣り役として抜擢されており、

テッチとタルケンを比べると、テッチの方が力が強い為、

タルケンは自ら志願してエサ役を引き受けたのである。

 

「よし………みんな、後は任せた!」

「タル、頑張れ!」

「タル、頼むぞ!」

「タル、しっかり!」

「骨は拾ってやるからな!」

「出来れば骨になる前に拾って!」

 

 タルケンはそう言い残し、釣り針を手に海へと潜っていった。

 

「ジュンも頼むわよ」

「おう、任せとけって!」

 

 ジュンはそう言いながら竿と同時にタルケンの体に繋がっているロープを持ち、

そちらに神経を集中させた。

タルケンから合図があったらすぐにリールを巻く手はずとなっているからであった。

 

「多分そろそろのはず………」

 

 ジュンがぼそりとそう呟いた瞬間に、ぐいっとロープが引っ張られた。

 

「よっしゃ、合図来た!」

 

 そしてジュンは必死でリールを巻いた。だがさすがに巨人は大物であり、

そう簡単に釣り上げる事は出来そうもない。

 

「くそっ、てごわい………」

 

 その時遠くにチラリと巨人が顔を覗かせた。

見るとロープが完全に口の中に飲み込まれている。

それを見た瞬間にジュンは竿を捨て、ロープだけを手にし、思いっきり引っ張り始めた。

 

「みんな、手伝ってくれ!()()()()が完全に飲み込まれてる!」

 

 その声を合図に仲間達がわらわらと集まってきて、必死にロープを引っ張った。

 

「シウネー、エサケンはまだ生きてる?」

「はい、まだ生きてます!」

 

 何かあった時に即座にヒールを飛ばせるように後方で待機していたシウネーが、

コンソールを開きながらそうランの問いに答えた。

そうしている間に巨人はどんどん引っ張られていき、

ほどなくして完全にその全身が陸の上に引き上げられた。

 

「よし、それじゃあ口を開かせましょう、その瞬間にタルを引っ張り出すのよ!」

 

 そしてランは自ら巨人の鼻先に向け、歩いていった。

 

「ラ、ラン?」

「私が囮になるわ、みんな、口が開いたらお願いね」

 

 そして巨人の目の前に立ったランは、一番色っぽいと思っているポーズをとった。

 

「あっは~ん、ほぉら、とっても美味しそうなかわいい私が目の前にいるわよぉ?」

 

 そう言ってランは腰をくねくねさせ、一同はその姿にぽかんとした。

 

「ランの奴、何がしたいんだ?」

「自分の魅力で口を開けようとしてるんじゃないかと………」

「普通に目の前に立つだけでいいと思うんだけどな………」

 

 だが巨人はまったく反応しようとしない。

ランは知らない事だが、この巨人は口に物が入っていると他のエサには見向きもしないのだ。

 

「こ、このインポ野郎!」

 

 それを見て、当然ランはキレた。それはもう思いっきりキレた。

 

「総員、この不能巨人目掛けて攻撃!」

「お、おい!まだ中にはタルが!」

「ボクに任せて!」

 

 その時ユウキがそう言って巨人へ向けて走った。

 

「ラン、ふざけてないで、目を狙うよ!」

「ふ、ふざけてなんかいないわよ、大真面目よ!」

 

 そう言いつつもランはユウキに呼吸を合わせ、二人は巨人の左右の目を同時にえぐった。

 

「VOOOOOOOOOOO!」

 

 たまらず巨人は吼え、その瞬間にジュンが大声で叫んだ。

 

「今だ!引け、引け、引け!」

 

 その掛け声と共にタルケンの体が巨人の口の中から引っ張り出された。

その体は五体満足ではなく、右足と左腕を失った状態となっており、

HPもかなり減っていたが、それはシウネーが即座に回復させた。

 

「ヒール!」

「よし、ラン、ユウキ、後は任せな!」

「お、間に合ったのニャ?」

 

 そこに丁度フェイリスが合流してきた。フェイリスは仕事が忙しかった為、

スリーピング・ナイツと合流してから南門に向かう予定になっていたのだ。

 

「おっ、話は聞いてるぜ、あんたがフェイリスさんだな?

いきなりで悪いがあの巨人に攻撃を頼む!ラン、ユウキ、避けてくれ!」

 

 そのダインの声が聞こえた瞬間に、ランとユウキは大きく左右に飛び退った。

そして巨人に向け、銃弾が嵐のように浴びせられ、フェイリスの気円ニャンも飛び交い、

巨人は断末魔の悲鳴を上げる事もなく、光の粒子と化して消滅する事となった。

ハチマン達の時より早く倒せたのは、おそらく二人による目への攻撃が、

かなり敵のHPを削る事になった為であろう。

 

「やった、何とか今日のうちに終わったわね!」

「ふう、本当に頑張ったよ………」

「タル、マジでお疲れ!」

「うぅ、気持ち悪かった………」

 

 こうしてタルケンの頑張りのおかげで、S&Dは南門の鍵を手に入れる事が出来た。

 

「まだ時間もある事だし、とりあえず南門を目指しましょうか。

ハチマンからの情報だと、一度門に鍵を登録すれば、次は街から直接飛べるそうよ」

「ほほう、至れり尽くせりだな」

「まあトラフィックス自体がイベントなんだし、それくらいはね」

「違いねえ、それじゃあ行こうぜ!」

「ええ、行きましょう」

「レッツゴーなのニャ」

 

 そこからは敵らしい敵も出ず、S&Dも無事に南門に到着する事が出来た。

 

「おうラン、待ちくたびれたぞ。まあそうは言っても、別に待ってた訳じゃないんだけどな」

「二人とも、久しぶり」

 

 てっきりヴァルハラはもう先に進んでいると思っていたのだが、

そこには予想外に、ハチマンとリオンの二人がいた。

 

「おうダイン、ギンロウ、こいつのお守り、ありがとな」

「いやいや、二人には助けてもらってばっかりだぜ」

「ハチマンさん、ちわっす!」

 

 ハチマンはダインとギンロウにそう声をかけ、他のメンバー達にも手を振った。

 

「あれ、兄貴?」

「兄貴だ!」

「兄貴!僕、エサ役を頑張りました!」

「えらいぞタルケン、俺もあれはやったが、正直気持ち悪かったよな」

「はい、正直気が遠くなりかけました………」

 

 ハチマンはタルケンを労い、そんなハチマンにランが質問してきた。

 

「で、こんな所で二人で何をしているの?」

「俺はマッパーだ」

「私はハチマンのサポートかな」

「マッパー?ここのマップって自動生成じゃなかったかしら?」

 

 確かにランの言う通り、トラフィックスのマップは自動生成型であり、

そのプレイヤーが通った場所が記録され、見えるようになるタイプである。

 

「いや、実はな………いや、見てもらった方が早いな、みんな、こっちだ」

 

 そう言ってハチマンは立ち上がり、一同を扉の奥へと連れていった。

そこは巨大な渓谷となっており、あちこちに通路が張り巡らされていた。

 

「何これ………」

「まるでダンジョンね」

「だろ?なのでうちの連中を、今日居るヒーラーの数に合わせて三組にチーム分けしてな、

しらみつぶしにルートを開拓してもらって、

その先々で何か変わった物があったら報告してもらってるんだ。

で、俺がそれを纏めて記録して、全員にフィードバックしてる感じだな。

道の先が繋がってそうな所もあるから、被らないようにリオンに調整してもらってな」

「ああ、そういう事なんだ!」

「という訳でほれ、マップデータを今送るから、

S&Dはとりあえず東寄りの道の調査を頼む。

ちなみにこっちはアスナチーム、キリトチーム、サトライザーチームの三つで探索中だ。

スリーピング・ナイツには魔法使いがいないから、フェイリスはS&Dに参加してくれ」

「分かったわ」

「了解ニャ!」

「悪いな、それからアルゴ、お前はここに居残ってデータの解析を手伝ってくれ。

そういうのは得意だろ?」

「オーケーだぞ、今はどんな感じなんダ?」

「おう、今はな………」

 

 ハチマンがそう言ってアルゴに説明をしている間に、S&Dも探索へと出発していった。

 

キリトチーム

 キリト、リズベット、シリカ、リーファ、レコン、ゼクシード、ユッコ、ハルカ。

 

アスナチーム

 アスナ、セラフィム、シノン、ソレイユ、コマチ、フカ次郎、レン、シャーリー。

 

サトライザーチーム

 サトライザー、レヴィ、ユキノ、ユイユイ、ユミー、イロハ、闇風、薄塩たらこ。

 

S&D

 ラン、ユウキ、ジュン、テッチ、タルケン、ノリ、シウネー、フェイリス、

 ダイン、ギンロウ、他四名


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