ロウリィ達とコミケ達を無事に引き合わせたハチマンは今、とある疑問を抱いていた。
(あれ、SHINCが試験前って事は、シノンやフェイリスも試験前なんじゃないのか?)
だが既に二人はもういない。ハチマンは二人に試験は大丈夫なのか尋ねる事を決め、
さしあたって今目の前にいる二人にも試験の事を尋ねる事にした。
「ところでお前ら、試験は大丈夫なのか?そろそろなんだろ?」
ハチマンのその質問に、ヒルダとアスモゼウスは沈黙で答えた。
「………おい?」
「あっ、はい、ちゃんと授業を聞いてるから、だ、大丈夫です」
「もちろん試験前にちゃんと勉強はしたよ!」
ハチマンはヒルダはともかく、そのアスモゼウスの言葉がとても引っかかったようだ。
「………おいアスモゼウス、何で過去形だ?」
「あっ」
「何で過去形だ?」
「え、えっと、その………」
「何で過去形だ?」
「繰り返さないで!えっと、そ、それは………………………今試験中だから」
「何だと!?」
それはさすがに予想外だったようで、ハチマンは思わずそう叫んだ。
「え、お前ら何でここにいるの?何やってんの?馬鹿なの?」
「わ、私は本当に大丈夫ですからね?
姫には負けますけど、いつも学年で十位以内には入ってますし」
「えっ、そうなのか?ヒルダは頭がいいんだな」
「まあこれでも一応生徒会役員ですからね」
「アスモはどうなんだ?」
「わ、私は普通かな、うん、普通」
「本当に大丈夫なのか?」
「う………」
そのアスモゼウスの態度から、大丈夫ではないようだと感じたハチマンは、
アスモゼウスがヴァルハラのメンバーではない為、自分が言う筋合いではないと思いつつも、
怒鳴らないように我慢しながらアスモゼウスに言った。
「とりあえずお前はもう落ちて勉強しろ?な?」
「わ、分かってるって、すぐやるって!」
そう言いながらアスモゼウスは慌ててログアウトした。
「まったくあいつは………」
「まあまあハチマンさん、明日はアスモちゃんの得意教科ですし、大丈夫だと思いますよ」
「ほう?何の教科なんだ?」
「数学と、選択の理系科目の何かですね」
「え、あいつは理系なのか?そう言われると確かにあいつ、現代遊戯研究部の部員だったな」
「はい、毎回理系教科はいい点数をとってるらしいですよ」
ハチマンは予想外だった為、むぅ、と唸った。
「ちなみに文系科目は?」
「………壊滅的だとか」
「昔の俺の真逆か………」
「ハチマンさんにもそんな時代があったんですね」
「国語だけなら学年三位だったんだけどなぁ………」
ハチマンはそう昔を懐かしんだ。
「ヒルダは本当に大丈夫なのか?」
「はい、私はいつも、試験中に勉強を集中してやるとかはしないので、
毎回軽く問題集をこなすくらいですね、今回はそれももう終わってるので、
落ちてパラパラと見直す程度です」
「ならいいが、まあ頑張ってな」
「はい!それじゃあ私も落ちますね、お疲れ様でした!」
そしてヒルダを見送り、ロウリィ達三人娘とコミケ達に別れを告げた後、
ハチマンは残っていたラキアとソレイユのいるテーブルに腰掛けた。
「それじゃあお二人とも、俺もそろそろ落ちますね、
ちょっとやらないといけない事が出来ちゃったんで」
「あら、まだ何かあるの?」
「はい、実はシノンは今試験中らしくて、
ついでにフェイリスも平気なのか確認しておこうかなと」
「それはそれは………まあ頑張ってあの二人のお尻を叩いてらっしゃいな、
で、話は変わるけど、ベル君とプリンさんのナイツはどうするの?」
「あ、そっちを試験が終わった後のSHINCに頼もうかなって思ってます」
「なるほど、あの子達なら二人を守ってくれそうだものね」
「はい、攻略に関してはうちに混ざってもらえばいいとして、
それ以外の時間はベル達についててもらおうと思ってます」
「なるほどね、それじゃあハチマン君、またね」
「はい、またです!」
ラキアも無言ながら、笑顔で手を振ってくれ、そのままハチマンはログアウトした。
「さて、どうするかな、まあフェイリスが先か」
八幡は比較的大丈夫だろうと思われるフェイリスに、先に連絡を入れる事にした。
「おう、こんな時間に悪いな」
『八幡、どうしたのかニャ?何かあったのかニャ?』
「っていうか、この時間でもフェイリスモードなのな………」
『実はメイクイーンからログインしてたから、今閉店作業をしてたところなのニャ!』
「なるほどな、で、ちょっと確認したいんだが、
フェイリスは二学期の期末試験はどうなってるんだ?」
『試験?うちはもう終わってるニャよ?』
「ああ、そうなのか、それならいいんだ」
『そう聞いてくるって事は、詩乃の学校はまだ試験前だったのかニャ?』
頭の回転が速いフェイリスは、八幡の行動から推測してそう尋ねてきた。
もっともヴァルハラには女子高生は他には詩乃しかいないので、
推測するのは容易だっただろう。
一応理央も試験だけは毎回ちゃんと参加しないといけないのだが、
そちらに関しては、八幡はまったく心配していない。
八幡達も期末試験はあるのだが、帰還者用学校は全国から生徒を集めている為、
帰省する生徒が余裕を持って予定を立てられるように、
試験の実施期間は通常の学校よりもかなり早く、既に終わっている。
「まだっていうか、まさに今試験中らしくてな」
『ニャんと!?でも確か、詩乃の成績はトップクラスじゃなかったかニャ?』
「まあそうなんだが、ちゃんとやってるか、一応確認しないとと思ってな」
『パパニャ、パパがいるのニャ!』
「いや、まあ遠くにいる祖父母の代わりに俺が保護者みたいな事をやってる訳だから、
あいつには特に厳しくしないとまずいだろうと思うんだよ」
『差別ニャ!フェイリスの事もそれくらい気にして欲しいニャ!』
同じくハチマンに保護者をやってもらっているフェイリスは、
ヤキモチを焼いたようにそう主張した。
「いや、フェイリスが試験中だったらそっちの事も気にしたって。
現に今こうして連絡してるだろ?」
『確かにそれもそうニャね、それならいいのニャ!八幡の愛を感じるのニャ!』
「はいはい、それじゃあ俺は詩乃に確認してみるから、
フェイリスも早く閉店作業を終わらせて、気をつけて家に帰るんだぞ」
『ありがとニャ、それじゃあまた明日なのニャ!』
こうしてフェイリスに確認を終えた八幡は、
ラスボスに挑むようなつもりで詩乃に電話をかけた。
『ハイ、何?どうかした?』
「おう、唯花と出海に聞いたんだが、お前まだ試験中なんだろ?
ちゃんと勉強してるか確認しようと思ってな」
八幡はそう問いかけたが、詩乃は何故か無言であった。
(まさかこいつ、勉強してないんじゃないだろうな)
そう思いつつも八幡は、その詩乃の沈黙に対して嫌な予感がした。
(何だ?何かが気になる………ただ勉強をしていないっていう沈黙ならそれでいいんだが、
俺の第六感が警鐘を鳴らしているような、そんな気がする。
だがそれがどうしてなのかが分からない)
『もちろんやってるわよ、もし心配ならはちまんくんに聞いてみれば?』
それから少しして、返ってきた返事はそれであった。
「そ、そうか、それじゃああいつと代わってくれ」
『分かったわ』
八幡は何ともいえない気分を味わいながら、とりあえず詩乃にそう頼んだ。
『よぉ、久しぶりだな、相棒』
「そうだな相棒、それで聞きたいんだが………」
『事情は聞いたぜ、詩乃の勉強の事だな?
大丈夫、ちゃんとやってるって言うように言われたわ』
「それって駄目な奴じゃねえか!」
「そうか?ちゃんとやってるぞ?」
同時に電話の向こうから、『はちまんくん!』という詩乃の声が聞こえ、
八幡は、これは自分も顔を出した方が良さそうだと考え、その事をはちまんくんに伝えた。
「はぁ、とりあえず俺もそっちに行くから、お前は詩乃にしっかり勉強をさせておいてくれ」
『分かった、任せろ』
そのまま電話を切った八幡は、慌てて詩乃の家へと向かった。
「相棒、詩乃はちゃんと勉強してるか?」
「大丈夫だ、見て分かるだろ?」
「いきなりそれ?もう、心配性なんだから」
「………ちゃんとやってるみたいだな」
詩乃ははちまんくんにちゃんと勉強を教わっているように見え、
八幡は安心したようにその場に座りこんだ。
「まったく焦らせやがって………」
「心配性ね、ちょうど休憩にしようと思ってたところだし、今お茶を入れるわ」
そんな八幡を見て詩乃がそう言った。
「お、おう、悪いな」
八幡はそう答えつつ、詩乃がいなくなったのを見計らってはちまんくんにこう尋ねた。
「で、相棒、あいつは本当にちゃんと勉強してたのか?」
「大丈夫だ相棒、ログアウト前も、ログアウト後も、熱心に勉強してたぞ」
「………え、マジで?」
まさかはちまんくんが嘘を言うはずもないだろう。
だが確かにさっきはちまんくんは、こう言ってたはずだ。
『大丈夫、ちゃんとやってるって言うように言われたわ』と。
「お前さっき、詩乃がちゃんとやってないみたいな事を言ってなかったか?」
「詩乃に言われた通りに言っただけだぞ。伝聞系だったのは確かだが、
内容は確かに合ってるから、特に訂正もせずそのまま言っただけだ」
「何………だと?」
八幡は何故詩乃がそんな風に言わせたのか意図が分からず混乱した。
丁度そこに詩乃が戻ってきて八幡にお茶を差し出してきた。
「はい、どうぞ」
「お、おう、悪いな」
「それじゃあ私は勉強に戻るけど、八幡も分からない所を私に教えてね」
「お、おう、俺に分かるところならな」
期間者用学校は三年制だが、
その特殊な事情もあって年末は学校を閉めるのが早く、
授業の進行具合は通常の学校よりも早い為、
学年がある訳ではないが、通って二年目な八幡は、
一応詩乃の学校よりも、先の部分を既に学んでいた。
なので教える事は可能といえば可能なのである。
「なぁ詩乃、さっきは何で相棒にあんな事を言わせたんだ?」
勉強を教えている最中に、八幡は雑談風に詩乃にそう尋ねた。
「それって何だったかしら」
「ちゃんとやってるって言うように、こいつにわざわざ言ったんだろ?
そもそもちゃんとやってたなら、そんな事言う必要はないよな?」
「さあ、何でだったかしら、忘れちゃったわ」
そう答える詩乃はかなり冷静であり、八幡は再び嫌な予感がした。
(何だこれは………何かがおかしい)
その時はちまんくんが、横から会話に入ってきた。
「悪い相棒、そろそろ充電しないと動けなくなる、後は任せた」
「そうなのか、分かった、任せてくれ」
そう言ってはちまんくんは去っていき、八幡と詩乃は二人きりになった。
部屋は暖房がガンガン焚かれているせいか、かなり暑い。
「………ちょっと暑いな」
「確かにそうね、一枚脱ごうかしら」
詩乃はそう言っていきなり上着を一枚脱ぎ捨てた。
その姿がこんな季節だったのにタンクトップ一枚だった為、八幡は仰け反った。
「お、おいお前、さすがにその格好は無いだろ」
「暑いからいいのよ、ほら、八幡も一枚脱げば?」
「………お、おう」
確かに八幡も暑さに耐えかねていた為、上着を脱ぐ事にした。
そもそも暖房の設定温度を下げればいいのだが、
詩乃がさっさと服を脱いでしまった以上、今更言い出しにくい。
「それじゃあ頑張りましょう」
「そ、そうだな」
それから詩乃は、最後まで熱心に勉強を続け、
八幡は詩乃が薄着な為、顔を赤くしつつも最後まできちんと勉強を教えた。
「ふう、こんなものかしらね」
「そうだな、よく頑張ったな」
「あら八幡、随分汗をかいてるみたいね、せっかくだしシャワーでも浴びてくれば?」
「い、いや、俺は………」
「いいからいいから、ほら、さっぱりしてきなさいって」
詩乃はそんな八幡の背中をぐいぐい押し、シャワー室に閉じ込めた。
「着替えは用意しておくわ」
「わ、分かった」
八幡はそんな詩乃に抵抗出来ず、軽くシャワーを浴びる事にした。
先ほどからの嫌な予感はまったく消えず、八幡は何ともいえない気分でシャワーを浴び終え、
用意されていた着替えを着て、ハッとした。
「そういえば何で俺が着れる服がここにあるんだ………」
そしてリビングに戻った八幡は、詩乃のベッドの横に、
もう一つ布団が敷いてあるのを見て呆気に取られた。
「な、何だそれは」
「あら、一緒のベッドが良かった?私は別にそれでもいいけど」
「そもそも泊まらないって言ってんだよ!俺は帰るぞ!」
「どうやって?」
「どうやってって、普通にキットで………」
「キットならもう返したわよ」
そう言って詩乃は、ニタァっと笑った。
「な、何だと!?」
焦って外を見た八幡は、確かにそこにキットがいないのを見て仰天した。
「そ、それならスマホでキットに連絡をとって………」
「スマホもキットに積んでおいたわ」
「それなら電車で………」
「もう終電は無いわよね?」
「タ、タクシーで!」
「困った事に、八幡の財布もキットの中なのよね」
「お前、何て事をしやがった!」
「ふふん、私の罠を見抜けなかった八幡が悪いのよ、勝負に負けたんだから、
敗者は大人しく勝者の言う事を聞きなさい」
「ぐっ、ま、まさかお前、相棒にあんな事を言わせたのも罠だったのか?」
「あら、やっと気付いたの?八幡もまだまだね」
「く、くそっ、それなら………」
どうしようもなくなった八幡は、詩乃のスマホを奪おうとした。
だがそれも想定していたのだろう、詩乃は既にヒモを通してあったスマホを首にかけ、
あろう事か、それを八幡に見せつけるようにブラの間に差し入れた。
「ほら、取れるものなら取ってみなさいよ、まあそんな事をしたら明日奈にチクるけどね」
「き、汚いぞお前!そんな場所に手を入れられる訳がないだろ!畜生おおおおおおおおお!」
「それじゃあ私もシャワーを浴びてくるわね、
別に覗いてもいいわよ、明日奈には秘密にしておいてあげるわ」
「そんな事出来るか!」
「あら、残念」
結果として八幡は、その日は詩乃の家に泊まる事となった。
詩乃の完全勝利、パーフェクトゲームである。
もちろん二人の間には何も無かったが、次の日詩乃は上機嫌で試験に臨む事となり、
結果として二教科で満点を取る事が出来、そのせいで学年一位の座をゲットする事が出来た。
それを聞いた八幡は、悔しいながらも詩乃を褒める事しか出来ず、
二重の屈辱を味わう結果となったのであった。