リズベットから送られてきたキリトの恥ずかしい写真を見てニヤニヤしていたハチマンは、
ズズン、という音が遠くから聞こえてきた為、慌てて顔を上げた。
「今の音は何だ?」
「ハチマン、あそこよ!」
クリシュナにそう言われ、その指差す方向を見たハチマンは、あんぐりと口を開けた。
ハチマン達がいる場所はポータル近くの高台なのだが、
かなり遠くまでジャングルエリアの景色を見渡す事が出来る。
そんなハチマン達の居場所から目測で二キロくらい前方で、
メキメキと木が何本も倒れているのが見えたのだ。
「まさか何かやばいのが出たんじゃないだろうな、何か連絡は入ってないか?」
「う~ん、まだどこからも情報は入ってないけど、
位置的には丁度第三軍があの辺りにいるはずだよ」
リオンはそう言うと、マップを開いて味方の位置を確かめ、
確認するように顔を上下させ、ハチマンに頷いた。
「うん、やっぱりそうだね、今あそこには、第三軍の人達がいるはず」
「第三軍っていうと、GATEの七人とユキノ達か」
ハチマンは通信機を使い、すぐにユキノに連絡を入れた。
「あ~あ~、こちらハチマン、ユキノ、聞こえるか?何かあったのか?」
『………あっ、ご、ごめんなさい、ちょっと唖然としてしまって報告を忘れていたわ』
そのユキノの言葉にハチマンはかなり驚いた。
「ユキノが唖然とするなんて珍しいな、何があった?」
『え、ええ、実はここ、恐竜の産卵地になっているようなの。
一つ一つの卵の大きさが一メートルくらいあって、その卵が何百個も並んでいるのよ』
「マジでか、まさかその中から、
物理法則を無視して巨大な恐竜が出てきて大暴れしてるとか………はさすがに無いか?
さっきから随分木が倒れてるみたいで心配なんだが」
『ええ、特に敵が暴れている訳ではないわ、暴れているのは味方よ』
「ほう?」
『まあとりあえず最初から説明するわね』
ユキノはそう前置きし、ハチマンに状況の説明を始めた。
『この産卵場を発見した時、私達は、おそらく何かがトリガーとなって一斉に卵が孵って、
こちらを襲ってくるのではないかと考えたの』
「その可能性は高いだろうな、とりあえず可能なら、数個だけ残して排除しておいてくれ。
残った卵がどうなるのか確認したい」
『もう三つほど確保はしてあるわ』
「おお、さすがに仕事が早いな」
さすがはユキノ、打てば響くとはこの事である。
『え、ええ。まあそれは置いておいて、話の続きなのだけれど、
三つ卵を確保した後、私達は順番に残った卵を潰していたわ。
でもロウリィさんがすぐに飽きてしまったみたいで………』
「まあ単純作業だしな」
『で、いきなりロウリィさんが、近くに生えていた木を、あの斧でこう、スパっと………』
「え?それじゃあれはロウリィさんの仕業なのか?」
『そうなの、木を狙った方向に倒す事で、一度にたくさんの卵を潰しているのよ』
「ああ、そういう事だったのか」
『止める暇もなくて、その、私も唖然としてしまって、報告が遅れてごめんなさい』
そのユキノの珍しく弱々しい声を聞き、ハチマンは、
現地はさぞ凄い事になっているんだろうなと、心の中でユキノに同情した。
「いや、まあ困った事になってなければ別にいいさ。
とりあえず周囲の警戒は怠らないようにな」
『ええ、分かっているわ』
それで何が起こっているのか把握したハチマンは、
他に何かあったら報告があるだろうと思い、マッピング作業へと戻った。
「あははははははは、みんな潰れてしまうといいわぁ!」
ロウリィはそう叫びながら斧を振るう度、木がスパスパと切断され、倒れていく。
その度に経験値が流れ込んでくる為、やはり卵が敵なのは間違いないだろう。
だがこの時点で割ってみても、中にはただのどろっとした液体が入っているだけであった。
ハチマンやユキノの予想通り、何かのキッカケでそれらがアクティブになり、
外に溢れ出てくるのだろうが、何がトリガーになっているのかは判然としない。
「いや、まあ楽でいいんだけどさ………」
「コミケぇ?ぶつぶつ言ってないで、いいからどんどん撃ちまくりなさぁい?」
「あっ、はい」
コミケはロウリィの迫力に押され、黙々と銃を撃ち始めた。
今のロウリィの目は爛々と輝いており、逆らう事など出来る雰囲気ではない。
「隊長、羨ましいっす!」
「どこがだよ………」
「ゴスロリネコ耳美少女からの命令とか、ご褒美じゃないっすか!」
「お前、絶対に人前でそういう事を言うなよ、俺のイメージが悪くなっちまうからな」
「隊長のイメージってもう最低じゃないっすか?何を今更………」
「お前さ、そういう事は思ってても口に出すんじゃねえっての!」
そんな二人をクリンとブラックキャットが、氷のように冷たい目で眺めていた。
どうやらもう完全に手遅れのようである。
「あっちは楽しそうよね、私達は………とりあえず写真でもとっておきましょうか」
「そうだね………」
更にそれを見ていた、この戦いにおいてまったく出番の無いユキノとユイユイは、
そう言って写真撮影を始めた。
その写真はすぐにハチマンに送られ、それを見たハチマンは、
頭痛を堪えるかのようにこめかみを抑えた。
「ここまでかよ、ってか何であの太さの木が簡単に斬れるんだ、
さすがは姉さんの元パーティメンバーって事か………」
その時クリシュナが鋭い声を発した。
「ハチマン、奥から何か来てる、見て!」
そちらに視線を向けると、確かにユキノ達がいる場所の奥の木が、
次々と倒れていくのが見えた。
「ユキノ、ちょっと確認だ。今その場所に、パーティメンバーは全員揃ってるか?」
『ええ、全員いるわよ』
「そうか、その場所から二百メートルくらい前方の木が何者かになぎ倒されてる、
多分敵だと思うから、それに備えてくれ」
「二百メートル前方ですって?分かったわ、すぐに体勢を立て直すわ」
ハチマンからそう連絡を受けたユキノは、仲間達に声をかけた。
「みんな、どうやら敵襲よ!幸いここに広場が出来たから、ここで敵を迎え撃ちましょう」
その言葉を受け、遂に出番が来たとばかりにユイユイが、
丁度何も無い広場の中央に仁王立ちをする。
赤の貴婦人、ルッセンフリードと呼ばれる真紅の鎧を纏い、
光り輝く大盾を持つユイユイの姿は実に頼もしい。その脇をロウリィが固める。
ユイユイの後方にはユキノが布陣し、その両翼をユミーとレレイが固める。
テュカは近くにある木に登り、枝の上で弓を構えている。
その姿は森の乙女と表現するに相応しい。
コミケ、ケモナー、クリン、ブラックキャット、闇風、薄塩たらこは左右に分かれ、
森の中に潜んでいるようだ、完全な迎撃体勢の完成である。
そして敵を待ち構える第三軍の目の前に、遂にその敵が姿を現した。
「あれは確か………バリオニクスだったかしら」
「ワニみたいな顔に長い爪、資料で見たバリオニクスで間違いない」
レレイはハチマンからもらった資料を読み込んでいるようで、ユキノにそう断言した。
「資料には、通常は十メートルくらいだって書いてなかったっけ?」
「かもしれないけど、あれはどう見ても小学校のプールくらいの大きさはあるわね」
「まあ一体だけなら楽勝っしょ」
ユミーは鼻で笑うようにそう言った。
「そうだといいのだけれど………」
ユキノはそう返事をしながらチラッとキープしてある卵の方を見た。
卵には今のところ特に変化は無いが、この後どうなるかは分からない。
「とりあえずあのワニトカゲを倒しましょうか」
そしてユキノはユイユイに開戦の指示を出した。
「ユイユイ、それじゃあやっちゃって頂戴」
「ほいほい、それじゃあえっと、お命頂戴!」
その声を合図に戦闘が開始された。ユイユイは一気に敵に近付き、敵と正面から激突する。
敵はユイユイに噛み付こうと不用意にその頭を下げてきたが、
その顎目掛けてユイユイは、カウンターぎみに左手に持っている盾をぶちかました。
「シールドバッシュ!」
ガコン!
という音と共に、バリオニクスの頭が跳ね上がる。
優しげな顔に似合わずユイユイは力が強い。何より彼女の仲間を守ろうとする意思は強靭だ。
バリオニクスは怒りに燃えた目でユイユイを睨み、威嚇するように唸り声を上げ、
その手の太い爪をユイユイ目掛けて振り下ろした。
だがそんな単純な攻撃はユイユイには通用しない。
ユイユイは軽くサイドステップしてその攻撃をかわし、
体の構造的に丁度真上に来た敵の顎に、再び痛烈なシールドバッシュをかました。
その攻撃は見事なカウンターとなり、バリオニクスが一瞬硬直する。
「もらった!」
そんなバリオニクスに向け、樹上からテュカの矢が飛来し、その左目を見事に貫いた。
同時にロウリィが、先ほどユイユイに向けて振り下ろされた爪を、
その手に持つ巨大な斧で斬り飛ばす。
「GYAAAAAAOOOOUUUUU!!!」
バリオニクスはたまらず後退し、嫌がるようにぶんぶんと頭を振り回す。
そこに左右からの十字砲火が始まった。
タタンッ、タタタンッ!
バリオニクスの体に銃弾が雨あられと降り注ぐ。
その時バリオニクスがいきなり体を横に向けた。
「ユイユイ、尻尾よ!」
「オッケー!」
ユイユイは敵の尻尾の一撃に備えたが、敵もさるものである。
その尻尾は途中で軌道を変え、高く振り上げられた。
「上!?」
そのままその尻尾がユイユイ目掛けて二度三度と振り下ろされる。
「こっのぉ!」
だがユイユイが崩れる事はない。他のナイツの掛け持ちタンクとは防御力の桁が違うのだ。
時々ユイユイの体が光る事があるが、それは全て防御系スキルの発動の証である。
ロウリィは神速の突撃と後退を繰り返し、敵の注意を引かないように、
そのHPをガンガン削っていく。
こうなると普通、フレンドリーファイアの心配が出てくるものなのだが、
ロウリィの体には一発の銃弾も当たっていない。
Narrow組も闇風と薄塩たらこも熟練の腕を持っている為、
きっちりとロウリィの動きに合わせて攻撃してくれるのだ。
「へぇ、やるじゃない」
ロウリィはテンションが上がり、狂ったように攻撃を続け、
誰も大きなダメージを負わないまま、
第三軍は遂にバリオニクスを発狂モードまで追い詰めた。
だがその瞬間にそれは起こった。
「しまった!」
いきなり敵のパワーとスピードが上がった為、
ユイユイが敵の尻尾の攻撃を受け、倒れはしないものの、数メートル後方に飛ばされたのだ。
そのせいでユキノがそちらに気を取られた瞬間に、後方でパリンという音がし、
次の瞬間にユミーがうめき声を上げた。
「うっ………」
「………ユミー?」
慌てて振り返ったユキノの目に飛び込んできたのは、
おそらくたった今、卵から孵ったのだろう、