降りしきる矢の雨の中を、ハチマン達は走る、走る、走る。
どうやら敵の矢には限りがないようで、切れ目無くハチマン達に降り注ぐ。
だがハチマン達はそれをものともせず、
全ての矢を叩き落としながら適の懐へと飛び込んだ。
「弾幕が薄いわよ、何をやっているの?」
ランはドヤりながら敵を斬り伏せた後、スッと頭を下げた。
ランの顔があった位置を、ブンッ、と敵のクチバシが通過していく。
「へぇ、それが接近戦の手段?でもお生憎様、私はザクとは違うのだよ、ザクとは!」
ランはそう叫びながら敵のクチバシを斬り上げた。
「連続で来ない突きなんか全然怖くないわ、
だから貴方達はいつまでたってもボール止まりなのよ!」
このラン、絶好調である。ランはそんな調子のまま敵を屠っていった。
さすがは昭和を愛するランだけの事はあり、そのセリフは実に多様であった。
「お前さ、こんな時にネタにばっか走ってるんじゃねえよ………」
「仕方ないじゃない、私はオタク文化が花開く直前の昭和を愛する痴女だもの!」
「………………はぁ」
だがさすがのランも調子に乗りすぎたようだ。敵を罵倒した後、
何故か大見得を切ろうとしたランの足元近くの穴からいきなり翼竜が顔を出した。
ランは慌てて回避しようと無理な動きをし、足をもつれさせてその場に尻餅をついた。
その体に敵のクチバシが迫る。
「しまっ………」
「だから言っただろ、調子に乗ってばかりいないでもっと周りをよく見ろ」
その翼竜の攻撃は、どうやら事前に気付いていたのだろう、
ハチマンの機敏な動きによって防がれ、ランはホッと胸を撫で下ろした。
「危なかった、翼竜なんかに乙女の純潔を貫かれる所だったわ」
「おいラン、そういう事を口に出して言うんじゃねえ、このなんちゃって乙女が」
「あら、ヤキモチを焼いてるの?心配しなくても、私の純潔はハチマンの名前で予約済みよ」
「勝手に俺の名前で予約を入れるな、キャンセルだキャンセル」
「まあその話は置いておいて、よくやったわハチマン、褒めてつかわす」
「えらそうだなおい………」
「私がエロそうですって?そんな事はハチマンが一番よく知ってるじゃない」
「おう、よく知ってるぞ、お前がただの耳年増で、実践の伴わないエア痴女だって事はな」
「ぐぬぬぬぬ、それはハチマンがちっとも私に手を出してこないからじゃない!
このインポ野郎!さっさと私のおっぱいを好きにしなさいよ!」
「いいからさっさと敵を攻撃しろ、もっと手を動かせ」
「やってるじゃない!」
そう、驚いた事に、こんな頭のおかしな会話をしながらも、
ハチマンとランはきっちりと敵を仕留め続けているのだ。
さすがにセブンスヘヴンランキング一桁は格が違うという事だろう。
「もう、二人ばっかり楽しそうにいちゃいちゃしてずるい!」
そんな二人を見て、ユウキがそう抗議してきた。
「別にいちゃいちゃはしてねえよ!?」
「あら、ユウも遂に、私とハチマンのただならぬ関係に気付いてしまったのね」
「ただならぬ?ああそうか、それはいいな、
今度からお前のボケに俺が突っ込む度に料金を徴収する事にするわ」
「分かった、それなら体で払うわ」
そんなハチマンの塩対応にもランは屈せず、
訳がわからない事に戦いながら
「うっふ~ん、どう?溢れんばかりのこの色気、体の一部にズキューンって来るでしょう?」
「全然溢れてなんかねえっての、それならリオンの方がよっぽど………」
ナチュラルにエロい。
ハチマンがそう言おうとした瞬間に、その目の前を、リオンの中二レーザーが通過した。
さすがのハチマンも今のはびびったのか、即座に通信機を使ってリオンに抗議した。
「おいこらリオン、気を付けろ!マジで死ぬところだったぞ!」
『あれくらいじゃ死なない癖に何言ってるの?あと私は別にエロくない』
ハチマンの抗議に対し、リオンからの返事はまさかの逆抗議であった。
「え、何お前、もしかして俺の考えを読んだの?お前ってサトリか何かなの?」
『女の勘』
「マジかよ、お前の女の勘やべえな………」
『いいからさっさと敵を倒してこっちを手伝って。それと、後で仕返しするから』
「いや、そうなったらけつをまくって逃げるからな」
信じられない事に、この会話中もハチマンは普通に敵を屠り続けていた。
そんなハチマン達の人間離れした姿を、リーファとフェイリスは呆れた顔で眺めていた。
「援護の必要性が感じられないのニャ」
「うん、そうだね………」
「こうなったら自主的に下の敵の殲滅でも手伝うかニャア?」
「そうだね、卵も全部孵化しちゃったんだろうし、そうしよっか」
二人はその旨をハチマンに伝えて承諾を得ると、その場から下に向かって攻撃を開始した。
卵を狙う必要もなくなったせいか、本隊の殲滅速度も上がっており、
ドーム内を飛び回る敵の数は、みるみるうちに減っていった。
「よし、上はあらかた片付いたか?」
「思ったよりも楽だったね!」
「まあかなり神経は使ったけどね」
あちこちから矢が飛んでくるのだから、それも当然だろう。
普通のプレイヤーならかなりのダメージを負うか、もしくはもう死んでいる。
だがこの三人は普通ではない。
「下もそろそろ片付くか?」
「うん、大丈夫そうかな」
「ボスっぽいのはいなさそうだな」
「今のところはそうみたいだね」
「全滅させた瞬間が問題な気もするわね」
「だな、一応警戒するか」
三人はそう相談し、上に何か無いかと端の方に寄り、辺りを軽く探索する事にした。
端に寄ったのは、味方の射線を塞がないようにという意味合いもある。
特にリオンは、下手をすると本気でハチマンに攻撃を当ててくる可能性がある。
「見事に何も無いな」
「ドロップアイテムも微妙じゃない?」
「あっ、見てハチマン、この柱だけ妙に太くない?
もしかしてここがこの部屋の一番奥かな?」
「って事はこの下が出口か?」
下を見ると、確かに壁に出口のような物が口を開けているのが見えた。
「やっぱりそうみたいだな、このままぐるっと回って階段に戻るか」
「運営のケチ!」
「まあそう言うなって、経験は凄い事になってるからまあいいだろ」
「それはそうだけど………」
ランはぷくっと頬を膨らませながら不満そうな表情をした。
丁度その時クリシュナから通信が入った。
「ハチマン、残り三匹で敵の殲滅が終わるけど、この後どうする?」
「今こっちも上を軽く探索したんだが何もなかったわ。
こっちはこのまま階段から下に降りるから、全員でドーム内を探索して、
何も無かったら少し休んで進軍続行だな」
「分かったわ、穴から落ちないように気をつけて戻ってきてね」
ハチマン達は、そのまま外周を通って階段まで戻ろうとした。
リーファとフェイリスはどうやらもう下に降りたようで、下にその姿が見える。
代わりに階段を上ってくるリオンの姿が見え、ハチマンはそれを訝しく思い、通信を入れた。
「リオン、どうした?何で上に来たんだ?」
『何かあってもサポート出来るように、師匠が一応ハチマン達を迎えに行ってくれって』
「ああ、そうなのか。てっきり俺へのお仕置きが待ちきれなくて上に来たのかと思ったわ」
『そんな訳………あ、あれ?』
その瞬間にドーム内が暗くなり、
通信機の向こうでリオンがきょとんとしたような声を上げた。
「何だ?」
『ハ、ハチマン、後ろ!』
そのリオンの声を受け、ハチマンは慌てて振り向いた。
見ると先ほどいた場所にあった太い柱が赤黒く変色しており、
天井も同じようにどんどんと色が変わってきている。
「これってボスの出現の前兆とか?」
「かもしれないな、まあでも沸くとしても下だろう、とりあえずここで様子見だ。
最悪穴から飛び降りて敵に攻撃する必要があるかもしれないからな」
「「了解!」」
さすがにこの状況ではランも茶化したりはせず、
二人はハチマンの指示に従ってこの場で周囲の警戒を始めた。
リオンも自己判断でこちらに向かってきている。確かにバラバラでいるよりは安全だろう。
「ハチマン!」
「おう、無事に合流出来たな」
「何か出てくるのかな?」
「だと思うが………」
四人は何が起こってもいいように鋭い目で周囲を観察していたが、
結果的にこの判断は間違いだった。いきなり足元の金網も赤黒く変色したのだ。
「なっ………」
「ハチマン、金網に空いていた穴も塞がってるわ!」
「うええええ、何か脈うってない?」
「くそ、脱出口を塞がれたか、すまん、俺の判断ミスだ」
「何が起こってるんだろ?」
「クリシュナに確認してみるか」
ハチマンはそう言って通信機を取り出したが、そこからはノイズしか聞こえてこない。
「通信機も使えないのか………」
「あれ、な、何か床が………」
その直後にいきなり床が傾き始め、四人は足を踏ん張ったが、
角度がどんどん急になった為、ずるずると端の方へと追いやられていった。
さすが、ハチマンとランとユウキは転んだりする事もなく、上手く端へと到達出来たが、
決して運動神経が良いとは言えないリオンは、途中で耐え切れずに転んでしまう。
「きゃっ!」
「おっと」
そんなリオンをハチマンが片手で受け止め、くるっと回して自分の方に引き寄せる。
「大丈夫か?」
「う、うん、ありが………」
お礼を言いかけたリオンの顔がどんどん真っ赤になっていったが、
リオンがハチマンに背中を向けている為に、ハチマンはその事に気付かない。
「ん、どうかしたか?」
「いや、えっと………」
リオンを受け止めた時、ハチマンはリオンの胸の部分に手を回していた。
そしてそのまま自分の方に抱き寄せたという事は、つまり今、
ハチマンはリオンの胸を背後から揉んでいる格好となっているのであった。
だが今はそんな事を言っている状況ではない為、
リオンは恥ずかしさに必死に耐え、状況が落ち着くまで我慢する事にしたのだった。
チラッと振り返ると、ハチマンはその事を意識する様子もなく、鋭い目で辺りを眺めている。
(うん、これは仕方ない、仕方ない事だよね)
リオンがそう考えた瞬間に、ふわっと浮き上がるような感覚があった。
「ハ、ハチマン、何か浮いてる気がしない?」
「だな、これ、明らかに空を飛んでるな」
「私達、どうなるんだろ」
「攻撃されてる訳じゃないし、とりあえず様子見だな。とりあえずみんな、こっちに」
ハチマンは開き直ったようにそう言い、ランとユウキが二人の方に近付いてきた。
そのせいで二人は当然ハチマンとリオンの状態に気付く事になる。
「あっ!リ、リオン、ずるい!」
「ん?何がずるいんだ?」
「だってハチマンが、リオンの胸を揉んでるじゃない!な、何て羨ましい!」
「へ?」
それでハチマンはやっとその事に気付き、慌ててリオンの胸から手を離そうとしたが、
周囲が激しく揺れている為にそれもままならず、ハチマンは手を離す事が出来なかった。
「わ、悪いリオン、もう少し安定するまで待ってくれ」
「う、ううん、この状況なら仕方ないから」
「ううう、ず、ずるい!」
「ハチマン、ボクもボクも!」
「何がボクもなんだよ!大人しくしてろっての!」
四人は緊張感がない状態のまま、しばらく揺られる事となった。
一方本隊は、突然の環境の変化を受け、決断を迫られていた。
「クリシュナさん、兄貴達の姿が見えなくなった!」
「あの黒い膜みたいのは何なんだろ………」
「生き物の内臓みたいで気持ち悪いね………」
ドーム内は今や真っ黒だった。幸い本隊が立っている床に変化は無いが、
壁もドクンドクンと脈打っており、このままここにいた方がいいのかどうか、
クリシュナは決断を迫られていた。
(敵を全滅させているのにいきなり即死イベントとかはありえないはず、
そうするとこれは………)
そこで壁に次の変化があった。脈打っていた部分が、皮膜のような物に覆われてきたのだ。
(まさかこれ………ドーム自体が………)
「みんな、一旦外に退避!大丈夫、あの四人がそう簡単にやられるはずはないわ!」
クリシュナはそう叫び、仲間達はダッシュで外へと離脱した。
その瞬間にドームが
「あ、あれって………」
「巨大な翼竜?」
「ドーム自体がボスってオチかよ………」
「これはまた、何とも豪快だね………」
そんな一同をあざ笑うかのように、その巨大な翼竜は、いずこかへと飛び去っていた。
ハチマン達をその体内に収めたまま。