ハチマン達を飲み込んだまま飛び去っていく巨大な翼竜相手に何も出来ず、
ただ眺めている事しか出来なかった一同は、悔しげに唇を噛んでいた。
「くそっ、何なんだよあれは」
「兄貴達、大丈夫かな?」
「あの兄貴にランとユウキ、それにリオンの姉御もいるんだ、きっと大丈夫だろ!」
「とりあえず私達も後を追いましょう」
一同は翼竜が飛び去っていった方角へと走り始めた。
その間にクリシュナは、第一軍と第三軍に連絡を入れている。
『さっき飛んできた翼竜はそういう事だったの、
いきなりだったから一応隠れたけど、こちらもその方角に向かってみるわ』
第三軍のユキノは、特に何のトラブルにも見舞われていないようで、
問題なく翼竜を追いかけられるようだ。
だが第一軍のアスナ達は、どうやら苦戦中のようだ。
『そういえばさっき、真上を何かが通過していったかも。
でもごめん、なるべく急ぐけど、中々そうもいかないんだよね………』
「何か問題発生?」
『う~ん、問題っていうかね、例えて言うなら今の私達は、
ゲリラ戦を仕掛けられているようなものんだよね、だから中々先に進めなくて………』
「ゲリラ戦?敵のタイプは?」
『武器を持った人型ラプトルかな………』
「………それは厄介ね」
マップ上で言えば、第一軍がジャングル地帯の中央を進んでいるのだが、
どうやらそこは、道も整備されていない、本当の意味でのジャングル地帯のようだ。
鬱蒼と茂った木々の間から、敵が絶え間なく攻撃してくるのだ。
第二軍と第三軍は東西に分かれて南に進んでいたが、
比較的道は整備されており、ハチマン達を追いかけるのに何の不都合もない。
「でも多分大丈夫よ、あの翼竜は第一軍がいる方向に飛んでいったみたいだし、
多分そのまま進めば自然に発見出来ると思うわ」
『分かった、それじゃあこのまま進むね』
「うん、お願い」
事実、クリシュナが大雑把に記入した敵の移動方向と、
ユキノが記入した移動方向とは、アスナ達の正面で交わっていた。
おそらく中央のジャングルが激戦区になっているのは、そちらに何かがあるからなのだろう。
クリシュナはそう判断し、ユキノと相談の上、その交わる座標を目指す事にした。
「みんな、こちらが向かう先には人型ラプトルが待ち構えているみたいよ、
敵は基本不意打ちをしてくると思って、何か違和感を感じたら、かならず警戒して!」
ユキノも同じような指示を出し、第二軍と第三軍も、
中央の深いジャングルへと足を踏み入れていったのだった。
「キリト君、左の茂みが動いた!」
「分かった、任せろ!」
第一軍は、度重なる敵の襲撃に頑張って対応していた。
敵は狡猾であり、複数の方角から同時に奇襲をかけてくる。
こういう場合、どうしても受身にならざるを得ない為、進軍速度が上がらない。
「チッ、厄介な」
「気付かないうちに、卵の孵化条件を満たしちゃったのかな?」
「どうだろうな、でもまあ全滅させれば問題ないだろ」
「まあね」
「問題は本当にこの方角で合ってるのかって事だよな」
「出来れば真っ直ぐ目的地に着きたいもんね」
一応指示された座標に向かってはいるが、それはあくまで推測であり、
このマップは広い為、本当の目的地からかなりズレてしまう可能性も否定出来ない。
「キリトさん、アスナさん、ちょっと手近な木に登ってみてもいいですか?
もしかしたら何か見えるかもしれません」
その時レコンがそう提案してきた。
「上か………確かに一度見てみた方がいいかもしれないな」
「そうだね、レコン君、頼めるかな?」
「任せて下さい」
レコンはドンと胸を叩くと、近くの木にするすると登っていった。
この辺りはさすがプロの斥候というべきであろう。
「みんな、今レコンが上から偵察してるから、一度ストップだ。防御陣形をとってくれ!」
そのキリトの指示に従い、シリカ、シノン、イロハ、シャーリーを中心に、
他の者達がレコンの登った木を囲むように円陣を組む。
「これならまあ、奇襲を受ける事もないだろ」
「もし何か動く気配がしたら、とりあえず弓を撃ちこんでみるわ」
「私も狙撃してみます」
「私も私も!」
シノン、シャーリー、レンの三人がその言葉通り、
少しでも何かが動いたらそちらに向けて射撃を行っていく。
たまに経験値も入る為、敵が殺到してきている事は間違いない。
そしてしばらくして、レコンから通信が入った。
『キリトさん、前方に岩山のような物が見えるんですが、
その陰に翼竜の頭らしき物が見えます!』
「お、頭隠して尻隠さずって奴か?まあ単純にデカいだけかもしれないけどな」
『今から正確な位置を計測してマップに反映させます、
第二軍と第三軍への連絡をお願いします』
「分かった、任せろ」
キリトは直ぐにクリシュナとユキノと情報共有をし、
少しして、マップにレコンが記入した光点が表示された。
そこはここから五キロほど南南西に進んだ方角であり、
第一軍はそちらに向けて、再び移動を始めた。
「キリト君、ユキノとクリシュナの方はどうだって?」
「あっちもやっぱり奇襲されてるっぽいな、
ただユキノの方はGGO組が多い分、移動は楽みたいだ」
「ああ、確かにそうだね、しかもプロだしね」
「なのでもしかしたら、ユキノ達が一番最初に到着するかもしれないな」
「それじゃあこっちも急がないとだね」
その時アスナにどこからか通信が入った。
「はい、こちらアスナ」
『おう、俺だアスナ、まあ今はシャナなんだけどな』
「って、ハチマン君?」
アスナのその言葉に緊張が走った。今までいくら通信を入れても繋がらなかったのに、
いきなり連絡が来るという事は、ハチマン達が死んだ可能性が高いからだ。
そんな周りの様子を見て、アスナは慌てて自身の発言を訂正した。
「ごめんごめん、正確にはハチマン君じゃなくて、シャナからの通信だよ」
「え、シャナからなの?」
「うん、えっと………」
アスナはハチマンに事情を尋ね、納得したように頷いた。
「なるほどなるほど、ごめん、ちょっと待っててね。
みんな、ハチマン君ね、どうしてもこっちと連絡が取れないから、
ログアウトしてキャラを変えたんだってさ」
「「「「「「「「「「「その手があったか」」」」」」」」」」」
他の者達は、見事にハモってそう言った。
「で、そっちはどんな状況なの?」
『ドームの天井エリアにいきなり閉じ込められてな、
しばらく飛んでるような感覚がしてたんだが、
どこかに着地したみたいだから、辺りを調べたんだよ。
そしたら階段があった位置に、出口みたいな穴があってな、
他に何も無さそうだったからそこに入ってみたいんだが………』
そこでハチマンは少し言い淀んだ。
「どうしたの?」
『何かコックピットみたいになってたんだよ、何なんだろうな、あれ』
「あ、ハチマン君、ドームがね、凄く大きな翼竜になって、
ハチマン君達を連れ去っちゃったって報告が来てたよ?」
『そうなのか?って事は、これは人型が乗り込むタイプの敵のボスって事か』
「かもしれないね」
ハチマンはそれで事情を把握したらしく、納得したようにそう言った。
『今リオンがそこを調べてくれているんだが、もし動かせそうなら頂いちまおうと思う。
まだ脱出口が見つかってないから、同時にどこかから外に出られないか調べてみるわ』
「分かった、今は通信は無理なんだよね?」
『ああ、多分外に出ないと無理だと思う、
もしくはどこかをいじれば通信出来るようになるのかもしれないが、リオンの調査待ちかな』
「オッケー、そっちの居場所は確認済だから、私達もそっちに向かうよ」
『そうなのか?分かった、それじゃあまた何かあったら連絡するわ』
「うん、また後でね」
それで通信は終わり、アスナはユキノとクリシュナに事情を説明し、
そのまま進軍を再開する事にした。
「えっ、マジかよ、巨大ロボットを操作出来るかもしれないなんて、
ハチマンの奴、ずるいな!」
同じく話を聞いたキリトが、とても羨ましそうにそう言った。
「キリトさぁ、あんた子供じゃないんだから………」
「仕方ないだろリズ、ロボットってのはいつだって男のロマンなんだよ!
だろ?クライン、エギル」
「だな、必殺技とか出してみたいわ」
「俺はそうでもないけど、でもまあ乗ってはみたいな」
「でも翼竜タイプなんですよね?それじゃああまり格好良くはないような」
シリカのその言葉に、キリト達は腕組みをした。
「確かに………」
「どっちかっていうと悪役って感じだな」
「しかも乗ってるのがあのハチマンだからな」
「どこからどう見ても悪役メカだな!」
今はその程度の会話が出来るくらい、敵の襲撃が減っていた。
この先にあるのはボスエリアの可能性が高いはずなのに、おかしな話である。
「敵、出なくなったね」
「確かにな、みんな、油断しないように行こう」
キリト達は移動速度は落とさなかったが、より周囲を警戒するように進んだ。
だが敵が減った理由はすぐに判明した。前方の岩陰に、ユキノ達がいたからである。
ユキノはし~っというように唇に手を当て、こちらに手招きしてきた。
「そうか、ユキノ達が先行してたから敵がいなかったのか」
「あの向こうに何かいるっぽいね」
「よし、行こう」
キリト達は音を立てないように慎重に進み、ユキノ達と合流した。
「今丁度そっちに通信を入れようと思っていたところだったの」
「そうだったんだ、丁度良かったね。第二軍は?」
「もうすぐ到着するみたい、これで全員集合ね」
そう言いながらユキノは岩の向こうを指差した。
そこにはハチマン達を飲み込んだ巨大な翼竜が鎮座している。
「うわ、大きいね………」
「あれが敵に回らないというのは助かるわね、仮に操作出来なくても、
ハチマン君達がコックピットを守ってくれれば無力化出来るものね」
「だね、それで他の敵は?」
「今のところは見当たらないわね、多分私達が近付いたら、
ほらあそこ、あの岩に空いている穴から出てくるんだと思うわ」
ユキノがそう言って指差した岩の穴は、翼竜の半分程ではあるが、かなり巨大であった。
「うわ、もしかして敵もあれくらい大きいのかな?」
「否定出来ないわね、あ、あとそっちにポータルがあるから、解放しておいたわ。
これで街からここに直接来れるようになったわね」
「って事は、一旦ここで中断するのもあり?」
「そうね、ハチマン君と情報の摺り合わせをしないといけないもの」
「こっちから向こうに連絡が取れればいいんだけどね」
その時単眼鏡を覗いて翼竜を観察していたレコンが小さな声で二人に話しかけてきた。
「アスナさん、ユキノさん、あの翼竜の目の部分にハチマンさんがいます!」
「えっ、本当に?」
「あ、ハチマン君だ、それじゃああそこがコックピットなんだ!」
「そのようね、それなら会話も出来そうだわ」
ユキノは慎重に身を乗り出し、ハチマンが気付く事を期待してそちらにアピールした。
やがてハチマンもそれに気付いたのか、こちらに手を振ってきた。
「やった、気付いてもらえたね」
「ポータルが開通したからその事も伝えないと」
「そうね、またログアウトしてもらいましょう」
ハチマンはこちらの意図に気付いてくれたのか、すぐに姿が見えなくなり、
代わりにシャナから連絡が入った。
『到着したんだな、こっちは………』
「待ってシャナ、ポータルが開通したの、直接こっちに来てもらっていい?」
『そうなのか?分かった、多分二十分くらいで行けると思うから、そこで休憩しててくれ』
それから二十分後、その間に第二軍も合流し、ポータルからシャナが姿を現した。