ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第951話 三門、それぞれの戦い

 東門での戦闘には千人近くが参加していたが、その中にMMTMとT-Sがいた。

組んだ相手はどちらも中堅ギルドだった為、ここか北門のどちらかに回る予定だったのだが、

北門にはM&Gがいた為、こちらに回る事にしたのだった。

味方ですら撃つ可能性のある集団と共闘したくないのは当然であろう。

 

「くそっ、まさかこんな消耗戦になるなんてな………」

 

 東門の周辺は、明らかにGGO組の方が有利な戦場である。

そのフィールドは広く、見通しもいい。だがここにはとにかくALO組の人数が多かった。

そもそものゲームの規模が大きいせいもあるが、

北門にはサラマンダー軍が、そして西門には七つの大罪がいるという噂が、

プレイヤーの間で一気に広がったせいもあるだろう。

かつて大暴れしていたサラマンダー軍に嫌悪感を持つ者は多く、

まともな話が出来そうもないと思われている七つの大罪と共闘するのは誰でも嫌である。

もっとも今の戦力で言えば、七つの大罪側はそれなりに人数がいるが、

サラマンダー軍は種族同士で争う意味が無くなった事もあり、いくつかのギルドに分かれ、

ユージーン率いる領主軍は、今は三十人規模の中堅ギルドとなっていた。

ナイツを組んでいるのは何故かクラレンスただ一人である。これはクラレンスが、

組んでくれるスコードロンが無く困っていたユージーンに自分を高く売り込んだからであり、

高い報酬と引き換えにクラレンスが一人スコードロンを作り、

ナイツとしての最低限の体裁を整えただけというのが真相である。

クラレンスにとって唯一不満だったのは、

仲間内に口説けるような女性プレイヤーがいないという事だけであろうか。

 

「さすがのMMTMでもこれはきついか」

「いやいや、これは無理だろ、あいつら無駄に突っ込んでバタバタと死にやがるし、

援護しようにも撃てばフレンドリーファイアになっちまうよ」

 

 デヴィッドは戦場でたまたま会った、T-Sのエルビンとそんな会話をしていた。

両スコードロンとナイツを組んだALO組は突進はせず、無駄な犠牲者も出していないが、

初心者を中心としたプレイヤー達は、

死ぬかわりに少しでも敵にダメージを与えればいいと思っているフシがあり、

何のためらいも無く敵に突っ込んでいく。

トラフィックス内ではデスペナルティは無い為、これはこれでありなのかもしれないが、

実力者である彼らは、当然こういう戦闘は好きではない。

 

「………とはいえこのまま何もしないのはまずいし、俺達もやるしかないか」

「そうだな、まあ人生で一度くらい、こういう格好悪い戦闘を経験しておくのもいいだろ」

「そう言われるとそうかもな、よし、それじゃあ一丁やってみるか」

 

 こうしてMMTMとT-Sも、敵目掛けて突っ込んでいった。

死んだら運よく蘇生してもらうか、もしくは街に戻って再びここまで走ってくるという、

そんな地獄のような戦場を、人数の力で押しきり、

東門は開幕三日目に、ついに敵の完全な掃討に成功する事となる。

 

 

 

 北門は前述した理由により、参加人数がかなり少ない。

こちらにいるのはサラマンダー軍とクラレンス、それにビービーとZEMALのM&G、

それに十人規模のナイツが五つ集まった連合体が一つ、ただそれだけである。

頭数だけは百人規模まで膨れ上がっているが、千人近くを動員した東門とは比べ物にならず、

しかもそのナイツの連合体は、初心者が集まって出来た、名前すら無い互助会であり、

ここの鍵を取るのにも更に手伝いを呼んだという、

戦力としては数えられない集団なのである。

サラマンダー軍に対する悪感情は減りつつあるが、

M&Gがヴァルハラ・ウルヴズを敵に回したという噂はもう手遅れな程広がっており、

その後、和解ぎみに決着がついたという話はまったく伝わっていなかったのだ。

ビービーにとっては誤算な事に、どのナイツももう情報交換すらしてくれなくなっていた。

 

「これは参ったわね、ヴァルハラの人気を甘く見ていたわ」

 

 それでもM&Gが単独でも強力なナイツであったら、

まだ擦り寄ってくるナイツもいたのだろうが、いかんせんM&Gは零細ナイツであり、

ユージーンに頭を下げ、サラマンダー軍と同行させてもらう事は出来たが、

あまりにもプレイヤーの人数が少なすぎる為、ここを突破出来るかどうかすら分からない。

 

「敵と上手く距離をとれ、決して無理はするなよ!」

「で、でも将軍、敵のリーチが長すぎて………ぐわっ!」

 

 草食竜が、その長大な尻尾をぶんぶん振り回してサラマンダー軍を蹂躙していく。

特にこのエリアでは飛べないというのがとてつもないハンデとなっている。

さすがのユージーンやビービーも、こればかりはどうしようもない。

ユージーンは思わぬ敵の強さに焦り、自分が何とかしないとと無理を繰り返した結果、

今は普通にリメインライトと化しており、そこから一気に戦線が崩れた為、

どちらかというと対人が得意でモブ狩りは苦手なビービーも、

その後を追うように死亡してしまい、全滅の憂き目に遭っていた。

ヴァルハラの偵察隊が来たのは丁度その頃である。

ユージーンとは当然知り合いなのだが、リメインライトがずらっと並んでいる状況では、

そこに誰がいたのかを判別するのは不可能だ。

なのでハチマンへの報告は、人が少なく全滅していた、で済まされてしまったのである。

ここでユージーンが苦戦していると分かれば、

面白がって恩を売ろうとハチマンが援軍を送ってきたに違いないのだが、

ハチマンがその事を知るまでに、この日から二日もかかってしまったのであった。

 

(これは仕切り直しだな)

(これはユージーン君と話さないと駄目ね)

 

 二人は同時にそう考え、街に戻った後、どうすればいいのか二人で話し合った。

その甲斐あってか次の日からは、囮に敵を引っ張らせ、

攻撃をとにかく一匹に集中する事によって少しずつ敵を殲滅する事が出来たが、

多くの敵が走り回る事となり、一匹倒すだけでもこちらの消耗が激しかった為、

このままのペースだとおそらく一週間はかかってしまうだろうと思われた。

だがとにかくやるしかない為、ユージーンとビービーは疲労しながらも、

とにかく門の突破に向け、自分達に出来る事を黙々と続けていったのであった。

 

 

 

 最後に西門である。初日からいい滑り出しを見せただけの事はあり、

二日目で無事に門を突破する事が出来たアルヴヘイム攻略団は、

そのまま次の枯れ谷エリアの攻略を進めていた。

 

「いやぁ、さっきの人っぽいの、まさか魔法攻撃してくるとは思わなかったねアスモちゃん。

ハチマンさんが言うには、あれってドラゴニアンって種族らしいよ」

「ヴァルハラはもうあいつらの正式な名前まで知ってるの?

戦闘中に、そんな情報は見れなかったよね?」

「大きい声じゃ言えないけど、ザスカーに知り合いがいるんだって」

「………ずるい」

「攻略情報とかは聞いてないらしいよ、今攻略がどうなってるか話したら、

勝手にあっちが自爆したんだって」

「ああ、そういう事、まあ確かにハチマンさんは、そういうズルは嫌いそうだしね」

 

 移動中にこんな雑談が出来る程、アスモゼウスとヒルダはすっかり仲良しになっていた。

 

「そういえばアスモちゃん」

「うん」

「これもハチマンさんに聞いたんだけどさ、ここの最後の所にやばいボスがいるらしいよ」

「やばいって、どんな?」

「えっとね、四神って知ってる?」

「ああ、セイリュウ、スザク、ビャッコ、ゲンブの事?」

「そうそれ、詳しいねぇ、さっすが現代遊戯研究部」

「まあ定番だもん、で、ハチマンさん達は何に遭遇したんだって?」

「スザクだってさ」

「ああ、あっちは南門だもんね」

 

 アスモゼウスは納得したようにうんうんと頷いた。

 

「どうして南だとスザクなの?」

「さっき言ったセイリュウは東、スザクは南、ビャッコは西、ゲンブは北の守り神と、

昔から相場が決まってるのよ」

「そうなんだ、じゃあこの先には白い虎がいるのかな?」

「ええ、多分そうだと思うわ」

 

 二人は至極真っ当な思考を経て、そう結論付けた。

だが現実はそんな簡単なものではない。攻略が進み、そして二人の前に姿を現したのは、

まさかの重装甲のメカプテラであった。

 

「え、ええ~!?」

「何ですと!?」

 

 二人はそれを見て呆気に取られたが、それも仕方がない。

ビャッコが翼竜だなどとは普通考えないからだが、これには理由がある。

確かにザスカーの開発陣は、四神の概念の導入を決めたが、

そもそも恐竜時代に虎などいる訳がない。

そこでザスカーの開発陣は、四神の属性だけに注目した。

陰陽五行の、木、火、土、金、水の概念である。

それによると、セイリュウが木、スザクが火、ビャッコが金、ゲンブは水に対応している。

ビャッコの担当は金、つまり金属である。

なのでこのプテラノドンは、ビャッコという名前で、

分厚い金属装甲を持つ存在として設計される事となったのであった。

東洋人から見ると、実にエキセントリックな解決法である。

ちなみにスザクがまともにボスとしての役割を果たしていれば、

ハチマン達は、これでもかというくらい、炎のブレスに晒される事になったであろう。

 

「アスモちゃん、あれってどういう事!?虎さんじゃないよ!?」

「わ、私にも分からないわよ」

「でもやるしかないよね?」

「ええ、きっとうちの馬鹿どもが馬車馬のように頑張ってくれると思うわ」

「うわ、アスモちゃん辛辣ぅ」

「別にいいのよ、あいつらは毎日私の作り物の胸の谷間をチラチラ見てるんだから、

こういう時くらいしっかり働いてもらわないと」

「うわ、作り物とか、ぶっちゃけるねぇ」

「ヒルダだってそうじゃない」

「それはそうだけど、ま、まあ女の見栄だもん、多少盛るのは仕方ないよね?」

「うん、仕方ない仕方ない、騙される男共が悪い!」

「「イェーイ!」」

 

 そして二人はパチンとハイタッチをし、それぞれの仲間の所に合流した。

 

「おいファーブニル、どうするよ」

 

 スプリンガーにそう尋ねられ、ファーブニルは悩むような顔で敵を眺め、腕組みをした。

 

「あの装甲の硬さ次第ですね………物理攻撃が通るなら、

地上に引き摺り下ろす事を考えないとですし、

それが駄目なら遠隔攻撃と魔法でチマチマ削るしかないですね」

「俺としては物理攻撃が通る事を祈りたいね、うちは魔法を使える奴が少ないからな」

「ですね………」

「なら俺とサッタン、それにラキアさんの三人で仕掛けてみよう」

 

 その会話を横で聞いていたルシパーがそう言い、二人は頷いた。

 

「初手から最大戦力をぶつける、いいと思います」

「サッタンもそれでいいな?」

「おう、腕が鳴るぜ!」

「ラキア、頼んだぞ」

 

 ラキアはその頼みにコクリと頷いた。

 

「そうなると問題は、敵の足止めだな」

「魔法使い全員で敵の足元にアイスコフィンやアースバインドを、

同時に敵の体にウィンドチェーンやアクアリングを掛ければ、

三人が攻撃を当てるまでの時間は稼げるんじゃないですかね」

「よし、それでいくか、魔法使いは前に出ろ!準備が整い次第攻撃開始だ!」

 

 中々しっかりとしたチームワークである。

こういった姿をずっと見せられてきた為、

問題児だったチルドレン・オブ・グリークスの連中も、

表面上はすっかり大人しくなったようだ。

 

「準備は出来たか?それじゃあ攻撃開始だ」

 

 ルシパーのその宣言により、攻撃が開始された。

敵が静止状態で戦闘を開始出来るというのはやはり楽であり、

魔法使い達は存分に時間を掛けてしっかりと詠唱を完成させ、

敵の足元が氷と土で覆われ、その翼が緑と青の光によってぐるぐる巻きにされた。

同時にルシパー達三人が、雄叫びを上げて敵に襲い掛かる。

 

「うおおおおお!」

「くらいやがれ!」

「むふぅ!」

 

 ガン、ガン、ガン!

 

 三人の攻撃が、動きを封じられた敵にまともに命中する。

三人はそのまま足を止めて攻撃を続けたが、

敵のHPバーがほとんど減らない、とにかく減らない。

 

「くそ、攻撃がまったく通らねえ!」

「いくら何でも硬すぎだろ!」

「むぅ………」

 

 時間と共に敵に掛けた拘束魔法の効果が薄れ、遂に限界が訪れた。

バキン、という音と共に、ビャッコの羽根の拘束が解かれ、足元の魔法も消滅する。

 

「くっ」

「ぐおおおおおお!」

「ぐぬぬ………」

 

 そして自由を得たビャッコは、三人をぶっ飛ばして大空高く舞い上がったのだった。

ここからアルヴヘイム攻略団を筆頭とする西門チームの、苦難の戦いが始まったのである。


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