「おいキリト、この羽根どうやって動かすんだ?」
「わからない!」
「こういう場合のセオリーとか無いのか?」
「背中に意識を集中させてなんとかかんとか!」
「よし、やってみるか」
「何でお前そんなに冷静なんだよ!」
「いいからお前もさっさとやれ」
「くそ!動け!俺の羽根!」
そのキリトの叫びが天に届いたのか、二人の落下速度が少し弱まった。
「少し落下速度が落ちたか?」
「……そうか!おいハチマン、飛べって強く意識してみろ。この際羽根はどうでもいい」
「了解だ。よし、飛べ!」
その瞬間二人の落下速度が目に見えて遅くなり、二人は何とか空中で停止した。
「よし、出来たな」
「やっぱりか」
「どういう事だ?」
「例えば人間に天使の羽根が生えてても、実際は重くて飛べないだろ?
同じ理由でこんな小さな羽根じゃ、実際のところ飛べるはずはない」
「ふむ、つまり?」
「この羽根はあくまで補助のためのものであって、
一番大事なのは飛ぼうとする意思じゃないかって思ったんだけど、正解だったみたいだな」
「そう言われると、確かに物理法則とかゲームの中じゃあまり関係ないよな」
「後は意識の使い方で、自由自在に飛べるようになるんじゃないか。
コントローラーもあるみたいだが、そんなの一々使いたくないしな」
「そうだな、練習あるのみか。とりあえずこのままゆっくり降りよう」
「了解」
二人はそろりそろりという感じで下に降りていった。
地面に到達すると二人は、大きな溜息をついて座り込んだ。
「はぁ……さすがにびびったな」
「スタート地点が空中に設定されるとか、こんな話マニュアルにも書いてなかったぞ。
色々記事も見たはずだが、こんな記述は皆無だった」
「まあまずは何が出来るのか確認しようぜ。ウィンドウってどうやって出すんだ?」
「SAOと一緒らしいぞ。まあ初期状態のはずだし、
出来る事なんかほとんど無いだろうけどな。さて、まずはあれの有無の確認だ」
「そうだな……」
二人は緊張しながら、真っ先にログアウトボタンの有無を確認した。
「ログアウトボタンがある……」
「ああ、あるな……」
「正直俺、ちょっとびびってたわ」
「ハチマンもか、実は俺もだ」
「まあこれで安心だな。さて、今のスキルはっと……」
次にスキルの数値を確認しようとした二人は、数値を見て呆然とした。
「……おい」
「……ああ」
「何だこれ?」
「意味が分からん……」
二人のスキルの数値は、ほとんどがマックス近くまで到達していた。
二人は黙ってその数値を見ていたが、キリトが何かに気付いたようにハチマンに言った。
「なあ、俺この数値に見覚えがあるんだけど、ハチマンはどうだ?」
「奇遇だな、俺もだ」
「……SAOの最終スキルの数値と同じか?」
「ああ。まったく一緒だな」
「どう思う?」
「そうだな、おそらくSAOとALOのフォーマットは同じなんだろう。
だからナーヴギアにセーブされていたデータがそのまま上書きされたんじゃないか?」
「うわ、この所持金の額を見ろよ。俺達最初から大金持ちだぞ」
「HPやMPは上書きされないみたいだな。フォーマットが違うんだろうな」
二人は一通りスキルをチェックした。
「……アイテムはどうかな」
「さすがに無理じゃないか。俺達が今装備してるのって、
どう見てもマニュアルに載ってた初期装備だしな。
もし上書きされているなら、違う見た目の装備になってるはずだ」
「どれ……」
二人は恐る恐るアイテム欄を開いてみた。
二人は少し期待していたのだが、その期待は予想通り裏切られたようだ。
キリトは残念そうに溜息をつき、横でハチマンも同じように溜息をついた。
「やっぱりだめか……初期装備以外全部文字化けしてるな。ハチマンも全滅か?」
「ああ、見事に全滅だな」
「これ、消した方がいいかな?」
「そうだな、バグだと判断されたら少しやっかいだな。仕方ない、消すか」
「……そう……だな」
「……気持ちはわかるぞ」
二人はアイテムを消去するボタンを押そうとしたが、中々押せなかった。
それもそうだろう。文字化けしていて判別は出来ないが、
どれも二人にとっては思い入れのある装備なのだ。かといってどうなるものでもない。
二人はためらいつつもなんとか消去のボタンを押す事が出来た。
アイテム欄が空になったのを見て、二人は先ほどよりも深い深い溜息をついた。
「なんか、やっぱ寂しいものがあるよな」
「男ってコレクターな部分がどうしてもあるしな」
「まあキリトの場合はまだましだろ。武器は普通の剣で問題ないはずだしな。
俺の場合はアハトファウストがな……この世界にあれは……無い、よな?」
「おそらく無いな。何かで代用するしかないだろう」
「フォーマットが同じなんだ。もしかしたらあるかもしれないだろ?」
「往生際が悪いぞハチマン、諦めろ」
「ぐっ……ちくしょう」
ハチマンは少し涙目になった。キリトはなんとなくスキル欄を眺めていたが、
何かを思い出したのか、ハチマンに言った。
「なあハチマン、そういえば二刀流スキルが無いんだが、
この世界だと二刀流ってどういう扱いなんだろうな」
「あ、言い忘れてたわ。この世界だと、片手用武器なら特に制限なく両手で使えるらしいぞ」
「まじか、それは助かる」
「あ」
ハチマンは今の会話で何かに気付いたようだ。
「どうした?」
「よく考えたら俺も両手に武器を装備出来るって事じゃないか。
左手にもう一本短剣を持てば全て解決だ。まあ多少の練習は必要だろうけどな」
「そうか、やったなハチマン!これで解決だな!」
「元々あれは、なんちゃって二刀流のための苦肉の装備だったしな」
「あ」
今度はキリトが、何かに気付いたように声を上げた。
「どうした?」
「ハチマン、お前もう一つ特別なアイテム用のフォルダを持ってなかったか?」
「……そうだ、ユイとキズメルの宝石だけ別の場所に保管しておいたんだった。
どこだ……これか!あった、あったぞキリト!」
「中はどうなってるんだろうな」
ハチマンは、緊張しながらそのフォルダを開いてみた。
「これは……おい見ろよキリト。文字化けしてないぞ!」
ハチマンは、興奮しながらキリトに画面を見せた。
「まじか、やったな!よし、二つともタップしてみようぜ」
「ああ」
ハチマンは、ユイとキズメルが収納されているはずの二つの宝石をタップした。
キズメルの収納された宝石は残念ながら反応が無かったが、
ユイの収納された宝石は辺りに羽根をまき散らし、光りながら人の形をとりはじめた。
「おい、まじか!」
「これはあの時のままのユイだ!やったぞ!お前のおかげだキリト!」
光がおさまると、そこにはあの頃とまったく同じ姿のユイがいた。
「ユイ、ユイ!」
ハチマンが何度も呼びかけると、ユイはゆっくりと目を開いた。
「パパ……?」
「ああそうだ、パパだぞ、ユイ!」
「パパ!」
ユイは意識がはっきりしたのか、嬉しそうにハチマンに抱きついた。
「また会えました!」
「そうだな、全部キリトのおかげだ」
「良かったな、ハチマン!」
「キリトおじさん?あっ、キリトおじさんもいるんですね」
「久しぶりだな、ユイ」
「はい!絶対にまた会えるって信じてました!ところでパパ、ママはどこですか?」
「ユイ、ママはこの世界で誰かに捕まっているみたいなんだ。
ママを助けるために、力を貸してくれないか?」
「そんな、ママが……わかりましたパパ!」
「ユイ、アスナの気配を感じたりしないか?」
「この近くにはいないという事しかわからないです……」
「そうか……それじゃ、わかる範囲でいいので質問に答えてくれ」
「はいっ!」
「まずここがどこか分かるか?後、キズメルが起きないんだが理由が分かるか?」
「ちょっと待って下さいね、パパ」
ユイは耳に手を当てて、何かを探るような仕草をした。
しばらくしてユイは現在の状況を把握したのか、分かった事をハチマンに教えた。
「パパ、どうやらここはSAOのサーバーのコピーみたいです」
「まじか、フォーマットだけじゃなくサーバーそのものが同じなのか」
「基幹プログラムやグラフィック形式はまったく同じみたいですね」
「なあユイ、俺達のスキルがSAOの時のままの数値なんだが、これは大丈夫かな?」
「システム的には問題ありません」
「というか、ユイの存在も大丈夫なのか?」
「どうやら今の私は、ナビゲーションピクシーという物に分類されるようです。
他のプレイヤーにこの姿を見られるのは問題があると思うので、その姿になりますね、パパ」
「お、おう」
ユイはそう言うと、十センチほどの小さな妖精の姿に変化した。
「おお、かわいい……」
ハチマンはユイをつんつんつつき、ユイはくすぐったそうにしていたが、
やがて嬉しそうにハチマンの周りを飛び始めた。キリトは興味深そうにそれを見ていた。
しばらく飛び回っていたユイは、何かを思い出したようにハチマンの肩に乗った。
「ごめんなさいパパ、説明の途中でした」
「そういえばそうだったな。で、他にわかった事はあるか?」
「そのキズメルという名前のAIの事ですが、私のように適応する体が存在しないため、
今は休止状態のままになっているみたいです。
おそらく今後、適応する何かが導入された時に目覚める事になるんじゃないかと思います」
「そうか……その時を待つしかないか。もうちょっと眠って待っててくれな、キズメル」
ハチマンは、キズメルを大切そうにフォルダの中に収納した。