ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第954話 千両役者

「何事だ!?」

 

 敵が大暴れする中、先日の反省を踏まえ、安易に飛び込んではいけないと、

ぐっと我慢していたユージーンの目の前で、敵の頭がいきなり真横に()()た。

防御力が高い為、頭が吹き飛んだりはしなかったようだが、

敵はまるで脳震盪でも起こしたかのようにふらついている。

その凄まじい威力にユージーンは狼狽し、きょろきょろと辺りを見回した。

 

「今のは銃?の攻撃だよな、一体どこから………」

 

 だが何者の姿も見つける事は出来ない。

シノン達がいる場所は、ここから五百メートルくらい離れた所の高台である。

なのでそもそも下から見上げてもその姿を見つける事は不可能であるし、

そもそもユージーンは対物ライフルによる狙撃を見たのはこれが初めてなので、

遠くに意識を集中させる事などはなく、近場にだけ目を走らせていたのだ。

 

「むぅ、分からんが、これはチャンスだ!みんな、今が反げ………き?」

 

 ユージーンは、反撃の時だと言いかけて、途中でやめた。

敵に目を戻した瞬間に、そこに先ほどまでは絶対にいなかった、

白いフーデッドケープを纏ったプレイヤーの姿を見つけたからだ。

 

「お、お前は何者だ!」

 

 その言葉で他の者達もそのプレイヤーの存在に気が付き、

慌ててそのプレイヤーから離れた。

ユージーンは剣を抜いたが、そのプレイヤーがスッと左手を上げ、ユージーンを制した。

そのケープの下から出てきた手は、どう見ても女性プレイヤーの手であった。

そしてその手の中に、ユージーンもよく見慣れた白い豪華な長剣が現れた。

 

「ま、まさかお前………」

 

 その直後にその女性プレイヤー、セラフィムはこう叫んだ。

 

「展開!フォクスライヒバイテ!」

 

 その瞬間に、セラフィムの持つ剣の鞘が左右に広がり、巨大な盾となる。

その中心にある剣を引き抜いたセラフィムは、目の前の雷竜に対して構えをとる。

見ると雷竜は先ほどの衝撃から復帰したらしく、目を光らせ、体をくねらせようとしていた。

 

「尻尾だ!か、回避!」

 

 ユージーンは慌ててそう叫び、サラマンダー軍のアタッカー達は、

訓練通りにその謎の女性プレイヤーの背後に回った。

彼らは姫騎士イージスことセラフィムの顔はもちろん知っているが、

フォクスライヒバイテ等、装備面については詳しくない為、

今自分達の目の前にいるのが誰なのか、まだ分かっていない。

そしてユージーン達が固唾を飲んで見守る中、雷竜の尻尾が百八十度を超え、

一周する攻撃だと判明した瞬間に、

絶妙なタイミングでセラフィムに向けてどこかから支援魔法が飛び、

同時に雷竜の尻尾付近がいきなり凍りつき、その動きが若干鈍くなった。

そして尻尾が目の前に迫った瞬間に、セラフィムが大音声を上げた。

 

「アイゼン倒立!イージス全開!魔導斥力!」

 

 セラフィムはそのまま敵の攻撃を受け止め、微動だにする事なくその場で踏みとどまり、

セラフィムの実力をよく知るユージーンも、思わずうめき声を上げた。

 

「あ、あれを止められるのか………」

 

 その瞬間にフーデッドケープがはらりと落ち、セラフィムの素顔が衆目に晒された。

 

「やはりお前か!セラ………」

 

 ユージーンは、セラフィム!と叫ぼうとしたが、

その声は周りから発せられる、より大きな叫び声にかき消された。

 

「姫騎士様だ!」

「イージス様が来てくれたぞ!」

「姫騎士様に無様な姿を見せられるか!みんな、死ぬ気で敵を攻撃しろ!」

 

 その声に合わせ、おおお、という地鳴りのような大歓声が上がる。

古来味方の士気を上げるのに、女神の存在以上に相応しい物はない。

その事をユージーンは、これでもかというくらい、

まざまざと思い知らされたのであった。

 

「こ、これは凄いな………」

 

 さすがのユージーンも感心せざるを得ない程、セラフィムの千両役者っぷりは凄まじい。

だがそんなユージーンを更に驚愕させるような出来事が起こった。

セラフィムの背後に、いきなり槍のような物が突き立ったのである。

 

「こ、今度は何だ?」

「将軍、あ、あれ!」

 

 その槍のような物は先端から光を発し、

その光は赤と白の色彩を帯びつつ次第に四角く変形していく。

それはナタク謹製のビームフラッグ、つまりはヴァルハラのギルドマークであった。

 

 うおおおおおおおおおおおおおおお!

 

 その瞬間に、更なる歓声が巻きおこる。

それを見て呆然とするユージーンの横を、四人のプレイヤーが駆け抜けた。

その集団は左右に分かれ、雷竜に向け、その手に持つ光る武器を叩きつけた。

 

「マザーズ・ロザリオ!」

「スターリィ・ティアー!」

「真・緋扇!」

「なんちゃってスターバースト・ストリーム!」

 

 その四人とは、ユウキ、アスナ、ラン、キリトであった。

キリトだけがやや締まらない技名を発しているが、

ALOではまだ正式に二刀流が導入された訳ではないので、これは仕方ないだろう。

実際普段はハチマンもキリトも、右手と左手で別のソードスキルを時間差で放ち、

無理やりクールタイムを無くすという強引な手段で二刀流の運用をしているのだ。

その凄まじい四連撃を受け、雷竜があっさりと消滅していく。

ユージーン達が六割方削っていたとはいえ、異常な程の威力である。

そして四人の持つ武器の光が消えた。どうやら先ほどまで光っていたのは、

クリシュナの支援魔法の効果だったようだ。

 

「お、お前達………」

 

 そんな四人に声を掛けようとしたユージーンの肩をポンと叩く者がいた、ハチマンである。

 

「よっ、苦労してるみたいだな、ユージーン」

「ハ、ハチマン!べ、別に俺は苦労なぞ………」

 

 そう意地を張ろうとするユージーンに、ハチマンはニッコリ笑いかけた。

 

「あんまり肩肘を張るなって、俺達、友達だろ?

競い合う事も大事だが、友達ってのは助け合うもんだ。

だから借りだとか貸しだとか深く考えるなって、ほら、一緒にあのでかぶつ共を掃除するぞ」

 

 その言葉はユージーンの心に深く突き刺さった。

俺が俺がと思うあまり、何でも自分でやろうとしてしまっていたユージーンは、

何かに許されたような気分になり、心が洗われるような感覚を覚えていた。

 

「そ、そうだな、ありがとう、ハチマン」

 

 ユージーンは心からハチマン達に感謝し、ハチマンはその背中を再びポンと叩いた。

 

「ところでお前にはヴォルカニック・ブレイザーがあるだろ?何でこんな後方にいるんだ?」

「いや、その、何度か使いはしたんだが、その硬直の度に俺が毎回殺されてしまってな、

それで毎回総崩れになってしまったから、正直使うのが怖いんだ………」

 

 それでハチマンは状況を理解した。

 

「なるほどな、タンクが機能しない事の弊害って奴だな」

 

 ハチマンはそう言って、チラリとカゲムネの方を見た。

カゲムネはその視線にハッとし、下を向いて何か考え始めた。

 

「まあ今はその心配はない、思う存分暴れてきていいぞ」

「し、しかし全体の指揮が………」

「それなら適役がいるだろうが」

 

 ハチマンはそう言って誰かを探すようにきょろきょろした。

その時ズルズルと何かを引きずるような音がし、

二人の前に、ビービーがぽいっと放り出された。

 

「きゃっ!」

「おお、こいつだこいつ」

「こ、こいつって言わないでよ!」

 

 見るとビービーを引きずってきたのはまだ詠唱を続けているソレイユだった。

ソレイユは意識があるのかどうか分からないような目をしていたが、

ちゃんと周りの状況は理解していたらしい。

まさか脳が複数ある訳でもないだろうに、驚異的な並列思考っぷりである。

どうやらソレイユは、近くで様子見をしていたビービーの首根っこをいきなり掴み、

ここまで引きずった後に、こちらに放り投げてきたらしい。

ZEMALの連中は、何も出来ずに呆然としていた。彼らもソレイユの事は知っており、

手を出した瞬間に自分達が死ぬと理解しているのだ。

さすがは序列一位、ソレイユの実力は、まだまだ底が知れないようだ。

 

「サンキュー姉さん、おらユージーン、指揮ならこいつにやらせればいい、

『指揮者』なんだから出来るよな?ビービー」

「ま、まあ指揮だけでいいなら………」

 

 そう微妙に言い淀むビービーに、ハチマンは更に苦情を言った。

 

「っていうかお前さ、こんな状況なんだ、

自分が指揮をするって、自分からユージーンに言い出せっての」

「し、仕方ないじゃない、外様で肩身が狭い上に、あいつらのお守りで精一杯だったのよ!」

 

 ZEMALの方を見ながらそう抗議するビービーに、

ハチマンは冷たくこう言い放った。

 

「それは俺が何とかしてやる、だからやれ」

「わ、分かったわ」

 

 ビービーはハチマンの迫力に押され、その申し出を承諾した。

 

「という訳でユージーン、思いっきり暴れてきていいぞ」

「い、いいのか?」

「おう、ここは俺に任せろ、ユキノにお前のカバーもしてもらうから、

そっちのヒーラーは他に回していいぞ」

「お、おう、何から何まで悪いな」

「気にするなって」

 

 ユージーンが敵に向かって走り出した後、ハチマンは傍らのビービーに向けて言った。

 

「それじゃあこっちは片っ端から釣って倒すから、お前は全体を見ててくれな」

「え、ええ、任せて」

 

 この時点をもって、北門の戦いは一方的な殲滅戦へと移行する事となった。


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