ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第955話 北門解放、そしてカゲムネは

「お、ユージーン、来たのか?」

「ああ、ここは俺の戦場だ、お前らばかりにいい格好はさせてはおけないからな!」

 

 ユージーンはキリトにそう返し、新たにセラフィムが釣った敵に突っ込んでいった。

 

「ヴォルカニック・ブレイザー!」

 

 ユージーンは自身が開発した八連ソードスキルを容赦無く敵に叩き込む。

その威力はユウキのマザーズ・ロザリオに次ぐ攻撃力を誇るが、

通常攻撃も含めたトータルの与ダメージは、他の四人には及ばない。

もちろん正確な数字が表示されている訳ではないが、

ユージーンはその豊富な戦闘経験による感覚的な読みで、

この五人の中では自分が一番弱いとはっきり自覚させられた。

 

(くっ、何故だ、何故届かん………)

 

 これは技術うんぬんの話ではなく、単純な武器の差である。

魔剣グラムはいい武器だが、その実装ははるか前、

それこそハチマン達が、まだSAOで戦っていた頃に導入された武器である。

その特殊能力は、敵の武器による防御の無効化、つまりは完全なる対人武器であり、

プレイヤーが相手だとあまり目立たないが、こういうモブ相手だと、

攻撃力不足が顕著に現れてしまうのだ。

特殊能力を除いたその攻撃力は、実は上級職人が、一般素材を用いて作る武器に劣る。

当然キリトの彗王丸、アスナの暁姫、ランのスイレーやユウキのセントリーとは、

攻撃力の次元そのものがまったく違う。

だが魔剣グラムの性能にあぐらをかいてしまっているユージーンは、その事に気付かない。

ユージーンがその事を自覚し、愛着のある魔剣グラムを手放す決断をしたその時が、

ユージーンによっては飛躍への第一歩となるであろう。

だが差し当たり、この戦場ではそれはほとんど問題にならなかった。

ビービーはマラソンをしている仲間達への進路の指示を適切にこなしており、

同時にZEMALにも適切なタイミングで攻撃と待機の指示を出していた。

ZEMALはその指示をいつも以上に気を遣って守っている。

どうやらヴァルハラの存在に呑まれてしまっているようだ。

今この戦場で何もしていないのは、ハチマンだけであった。

そんなハチマンに、ビービーが苦情を述べた。

 

「あんたもちょっとは働きなさいよ!」

「俺はタイミングを計ってるんだよ!

いいかビービー、うちのソレイユさんは、もう五分も詠唱を続けている、

そろそろタイミングを見てぶっ放すから、お前は上手く仲間を避難させてくれ」

「五分って………わ、分かったわ、すぐに誘導するわ」

 

 ビービーはその言葉に驚愕しながらも、上手く味方の誘導を始めた。

 

「マックス、そろそろ一旦止め!」

「はい!」

 

 セラフィムもその指示を受け、敵が倒れたタイミングで後方に下がる。

 

「よし、こっちはオーケーよ!」

「姉さん、今だ!」

 

 その声を受け、ソレイユの目に光が灯った。

 

「アースランス!」

 

(アースランス?それって地面から土の槍が一本出るだけの魔法じゃ………)

 

 ビービーは一瞬そう思ったが、それが間違いだった事をすぐに理解した。

ソレイユが五分もかけて詠唱を魔改造しただけあって、

敵の真下から、通常よりも大きい複数の土の槍が立ち上がり、次々と敵を串刺しにしていく。

見た感じ、中型の敵は六割、大型の敵は四割程のHPを削られているようだ。

しかもその槍は敵の体を貫いており、その行動を阻害している。

敵のHPが多い為、それでも死ぬ敵はいなかったが、

移動出来なくなった以上、敵の攻撃の手段は著しく減っており、

張子の虎と呼んでも差し支えない状態となっていた。

 

「ビービー、全員に突撃の指示を出せ、お前も突っ込んでいいぞ」

「わ、分かったわ!」

 

 敵が動けないのを確認していた為、ビービーはそのハチマンの指示にすぐに従った。

そしてその場に残ったハチマンは、ぐったりしていたソレイユを抱き上げた。

 

「お疲れ姉さん、このまま休んでてくれ」

「さすがに疲れたからそうさせてもらうわ………」

 

 そして二人が見守る中、味方は一方的に敵を蹂躙していった。

シノン、シャーリー、サトライザーの放つ弾丸が飛び交い、

あちこちからソードスキルの光が立ち上がり、ひっきりなしに銃声が聞こえてくる。

そしてハチマンとソレイユの下に、セラフィムとクリシュナが合流してきた。

 

「マックス、クリシュナ、お疲れ」

「やる事が無くなったので戻ってきちゃいました、ハチマン様」

「私も効果時間が長い魔法をかけまくってきたから、これでお役御免ね」

「だな、いいとこあと十分くらいか?それで終わるだろう」

 

 そのハチマンの予想通り、どんどん敵は倒れていき、

あれだけ苦労していたのがまるで嘘のように、全ての敵は消滅した。

 

「よし、これで北門も突破だな、後はとりあえずユージーンとビービーに任せよう。

次に手伝う事があるとすれば、多分ゲンブ戦だな」

「北門側は背後から中ボスを倒したし、

それがゲンブ戦にどう影響するのかは興味があるわね」

「だな、まあゲンブ戦の時は、偵察を出す事にしよう」

 

 そんな話をしているうちに、仲間達がどんどん集結してきた。

 

「それじゃあユージーン、勝ち鬨を上げてくれ」

 

 興奮したような表情で戻ってきたユージーンに、ハチマンはそう言った。

 

「それはお前がやるべきじゃないのか?」

「いや、まあ俺達はただの助っ人だからな、ここはやっぱりお前がやらないと」

 

 これはただハチマンが面倒臭がっただけな事を、ヴァルハラのメンバーは理解していたが、

誰も何も言おうとはしなかった。

 

「わ、分かった、よし、お前ら、我らの勝利だ!」

 

 そう言ってユージーンが拳を天に突き上げたのと同時に、仲間達から大歓声が上がった。

 

「やった、やったぞ!」

「ヴァルハラの皆さん、ありがとうございます!」

「これでやっと次に行けるな!」

 

 かなり苦労したのだろう、中には泣いて喜ぶプレイヤーもいた。

 

「まあこの先はしばらくは普通に進めるだろうから、頑張ってくれよ、ユージーン」

「言われなくともそうするさ、ところで次はどんなエリアなんだ?」

「場所ごとに違うからな、よし、全員で門を解放して見に行ってみるか」

 

 そのハチマンの提案を受け、全員並んで門を解放し、そのまま門の奥へと移動した。

そこには巨大な川が流れており、一本の広い道が、その川べりを走っていた。

 

「こりゃまたシンプルな………大河エリアとでも言うべきかな」

「奥に行けば何か変化もありそうだな」

「ちなみにユージーン、南門の先は渓谷エリアで、

中ボスクラスの敵も六体くらいいたからな、

こっちもそのくらいの数は、厄介な敵が出てくるかもしれないぞ」

「分かった、肝に銘じておく」

 

 ハチマンにそうアドバイスされ、ユージーンは頷いた。

 

「思ったより早く終わったな、ここで少し休憩を挟んで、俺達は奥の探索に行く」

「おう、頑張ってくれな」

「………ハチマン、今日は本当に助かった」

「気にするなって、貸し一って事にしておくから」

 

 そのハチマンの言葉にユージーンはあんぐりと口を開けた。

 

「お、お前、さっき確か、借りだとか貸しだとか深く考えるなって言ってなかったか!?」

「深く考えるなと言っただけで、貸しが一切発生しないとは言ってない」

「ぐぬぬ………」

 

 ハチマンはそう言って肩を竦め、ユージーンは悔しそうに唸ったが、それは一瞬であった。

ユージーンはすぐに真顔になり、ハチマンに頭を下げた。

 

「分かった、それでいい、ありがとう」

 

 そのユージーンの殊勝な態度に、ハチマンの方が驚いたような顔をした。

 

「お、おう、それじゃあな、ユージーン」

「ああ、またな、ハチマン、それにみんなも」

 

 そう言ってユージーンは他のヴァルハラメンバーにも頭を下げた。

 

 

 

「今東門に偵察に行ってもらってたコマチから連絡があった、

あっちも無事に通過出来たみたいだ」

「そっか、それなら良かったな」

「さすがに千人もいればねぇ」

「数の暴力ってのは結構脅威だよな」

 

 そんな会話をしながら西門へと飛ぼうとした一同は、

誰かが追いかけてくる気配を感じて足を止めた。

見ると向こうからカゲムネがこちらに向けて走ってきているのが見えた。

 

「どうかしたか?」

「ハチマンさん、俺、決めました!」

 

 カゲムネは到着するなりそう言い、ハチマンは確認するような口調でこう返した。

 

「何をだ?」

「リセットです!」

「そうか………」

 

 ハチマンは短くそう答えると、カゲムネの肩をポンと叩いた。

 

「それじゃあお前の門出を祝して、俺が装備を贈ってやるから、完成したら連絡する」

「い、いいんですか!?」

「おう、これから苦労するお前に何か贈ってやりたいからな」

「ありがとうございます!」

 

 そしてカゲムネは、何度もこちらに頭を下げながら去っていった。

 

「ハチマン君、今のは?」

 

 一同を代表して、アスナがそう問いかけてくる。

 

「ああ、実はメニューの奥の方に、

ステータスとスキルをリセットするってボタンがあるんだよ。

それを押すと、今まで得たスキルが全部無くなって、ステータスが全て初期化されるんだ。

今まで得た経験のうち八割は戻ってくるんだけどな」

「そんな機能があったんだ」

「まあ知らなくても仕方ない、本当に奥の方にあるからな」

「そんな事をして、カゲムネはどうするつもりなんだ?」

「多分、マックスみたいなタンクを目指すんだと思うぞ」

 

 ヴァルハラが合流してすぐに、

ハチマンはそれとなくカゲムネにその事を目でアピールしていた為、

ハチマンはそう考えていたが、それは正解であった。

 

「なるほどな、カゲムネも思い切った決断をしたもんだ」

「そんな訳で、俺はナタクの所に行ってくる、

みんなはとりあえずジュラトリアの探索でもしててくれ」

「ほいほい、了解了解っと」

 

 こうして無事に北門は突破され、

同時に後にALOでベストファイブに入る事となるタンクが、この日、誕生した。


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