ハチマン達が北門で激しい戦いを繰り広げていた頃、
アルヴヘイム攻略団を主とする軍団は、ビャッコへのリベンジを果たそうと、
今まさに開戦しようとしている所であった。
何とか全員分の弓を確保し、もしくは魔法を覚え、
和気藹々とそれを披露しあう味方の士気は高かった。
だがその中でヒルダだけは、昨日のハチマンの言葉が気になっており、
内心不安でいっぱいだった為、まったく落ち着く事が出来なかった。
(もしかしてドラゴニアンが途中で攻めてきたりするのかな?
これって誰かに相談した方がいいのかな?)
ヒルダはそう考えたが、第一候補であるファーブニルは、
ルシパー達と戦闘に関しての打ち合わせをしており、当分手が空きそうになかった。
アスモゼウスに相談する事も考えたが、今日のアスモゼウスは珍しく弓を装備しており、
その事で仲間達から質問攻めにあっていた。
アスモゼウスは確かに弓も使えると公言していたが、
実際に弓を撃つ姿を見た者は誰もいなかった為、
半ば都市伝説のような扱いになっていたのだが、今日初めてそれが現実になった格好である。
(そうすると………)
そうなるともう、ヒルダが頼るべきプレイヤーは、スプリンガーとラキアしかいなかった。
(あの二人は………いた!)
前方に二人の姿を見付け、そちらに向かったヒルダの目に、
妙に様になった姿で弓を引くラキアの姿が飛び込んできた。
ヒルダはその立ち姿を美しいと思い、思わず見入ってしまった。
「どうだ?あいつが弓なんて珍しいだろ?」
ヒルダの接近に気付いたスプリンガーが、そう声をかけてきた。
「あ、はい、それもありますけど、何か綺麗だなって」
「ああ、あいつは弓道もやってたらしいからな」
「ラキアさんって弓道部だったんですか?」
「いや、俺の知る限りずっと帰宅部だったな」
「ん?んん?」
ヒルダは首を傾げたが、それも当然だろう。
部活以外に習い事として弓道をやる者は、今の世の中にはほぼ皆無だからだ。
「ああ、あいつは小学校から高校まで、凄い数の習い事をしてたからな。
茶道、華道、習字、ピアノ、合気道、弓道、
俺が知らないだけで、他にも何かやってたかもしれん。
高校の時には背筋力測定で、百七十六キロを叩き出したらしい………」
「ひゃっ………百七っ………!?」
たまたま先日あった身体測定で、ヒルダの背筋力は八十五キロであり、
同学年の女子の中では三番目であったが、そのヒルダの倍以上の数値である。
その凄さにヒルダは眩暈を覚えた。
「も、もしかしてラキアさんって、リアルじゃプロレスラーみたいな方なんですか!?」
少し失礼かなとも思ったが、ヒルダはどうしても好奇心を抑えられず、そう尋ねた。
「いや、あいつはとんでもなく美人でな、小さくて細いし、
全然パワータイプには見えないぞ」
「マジですか、そんな人、存在するんですね………」
「だよなぁ、まああいつが唯一天から与えられなかったのは胸くらいだ、あはははは」
その瞬間に、スプリンガーの顔のすぐ横を、唸りをあげて矢が通り過ぎた。
当然その矢を放ったのはラキアである。
「お、おい、何しやがる、危ないだろ!」
「フン」
ラキアは逆にスプリンガーをじろりと睨み、
スプリンガーはすごすごと引き下がった。
「くっそ、まともにやり合ってもあいつには絶対勝てねえ………」
「ラキアさんって本当に何でも出来るんですね」
「まあな、あいつは昔から完璧超人だったんだよ。
よくもまあこんな冴えない俺と一緒になってくれたもんだ」
それは珍しいスプリンガーの惚気であった。
「今の弓、凄い威力でしたけど、ラキアさんはどちらかというと、
いつもの斧みたいにごつい近接武器の方が好きなんですか?」
「そりゃ昔からだな、あいつは何のゲームをやっても、
とりあえずごついおっさんキャラを選ぶんだよ」
「ごつい………」
そう呟いたヒルダは、もしかしたらと思い、スプリンガーをガン見した。
その視線の意味に気付いたスプリンガーは、ヒルダの想像を慌てて否定した。
「いやいや、俺は普通だよ?中肉中背の、どこにでもいるおっさんだからね?」
「本当ですかぁ?」
「いやいや、マジだって」
ヒルダはそのまま当初の目的を忘れ、スプリンガーとの会話を楽しんでしまった。
これはスプリンガーの凄まじく高い社交性の賜物であったが、
今日ばかりはそれが完全に裏目に出た。そのままスプリンガー達の下を去り、
しばらくしてドラゴニアンの事を相談し損ねた事に気が付いたヒルダは、
慌ててスプリンガーの所に戻ろうとしたのだが時既に遅し。
既にビャッコ相手の布陣が始まってしまい、ヒルダは仕方なく、自分も配置についた。
(まずいまずいまずい、だ、大丈夫かな?)
そして戦端が開かれ、味方から一斉に遠隔攻撃が飛んだ。
それを受け、ビャッコが大空へと舞い上がる。
「よし、盾を構えろ!」
弓を持っていては盾を構える事は出来ない。
なのでアルヴヘイム攻略団が考えたのは、二人ひと組になって、
射手と盾役をセットとし、攻撃役と防御役を適宜に交代する事であった。
ビャッコの攻撃で現在確認されているのは、ノックバック効果を伴う羽ばたきと、
それに付随する金属製の羽根飛ばし、
それに足で味方を持ち上げて高所から落とすという攻撃である。
両手で盾をただ構えるだけなら何のスキルも必要がなく誰にでも可能であり、
盾を斜めにすればノックバック効果も抑えられる上に、
盾が敵の巨大な足で持ち去られても、盾役が手を離せば空に連れ去られる事もなく、
ついでに落ちてきた盾を斥候が回収する事で、再利用する事が出来る。
資金を豊富に投入して盾を多く揃えた甲斐もあって、
しばらく戦場は、まったく危なげなく順調に推移していった。
(どうやら心配しすぎたかな?)
ヒルダもその安定ぶりに、やや気が緩んできていた。
だが敵のHPが半分を切った瞬間にそれは起こった。
ビャッコが攻撃をやめ、この広場の入り口、
つまりは西門へと繋がる通路の真上に移動し、空中で静止したのだ。
「何かやってくるかもしれない、絶対に敵から目を離すな!」
全員がビャッコに向けて盾を構え、そちらに注視したその瞬間に、
いきなり背後から、大量の魔法がこちらに向けて降り注いできた。
「何だと!?」
「うおおおお?」
「見ろ、奥に何かいるぞ!」
ヒルダも肩に魔法の直撃をくらい、自分にヒールをかけた後、後方に目をやった。
「あ、や、やっぱり来た………」
そこにはドラゴニアンの集団が大量に姿をあらわしており、
ヒルダは情報を伝えそこなった事を後悔しつつも、
自分の仕事を果たす為に、仲間にヒールをかけまくった。
「くそ、先にあいつらを片付けないと!」
「でも凄い弾幕だぞ、どうすればいいんだ?」
「くそ、全然あっちに近づけねえ!」
そんな彼らを更に悲劇が襲う。ビャッコが再び羽ばたき始めたのだ。
そのせいで、安易にビャッコに背を向けてしまった何組かが、
派手にドラゴニアン側に飛ばされ、即死してしまうというケースが目立ち始めた。
もっともこれはどうしよもない、こちらは両側からの弾幕の真っ只中にいるのだ。
「どっちに向けても地獄かよ!」
「死ね、バ開発!」
「せっかく順調だったのに………」
だがこうなってしまった以上、愚痴を言っていても始まらない。
とにかく何とかするしかないのだ、それは皆が分かっている。
だが分かっていてもどうしようもない事もある。
ルシパーやサッタン、それにラキアクラスでさえ、前後から挟まれるのはかなりきつい。
ファーブニルはいい指揮官になれる素質を秘めているが、まだ経験が足りない。
アスモゼウスとヒルダはヒールに追われており、周りを見る余裕はない。
チルドレン・オブ・グリークスの連中は右往左往するばかりだ。
こうして西門攻略チームはまさかの二日連続の敗北を喫し、
ビャッコの前に屍を晒す事となったのだった。
(私がちゃんと情報を伝えていれば………)
ヒルダは悔やんだが、時間が巻き戻る訳ではない。
諦めて街に戻ったヒルダはかなり落ち込み、とぼとぼと歩いていたが、
そんなヒルダに声をかけてくる者がいた、北門の攻略を終えたハチマンである。
「おいヒルダ、随分元気が無いみたいだが、まさか負けたのか?」
「う、うぅ………ハ、ハチマンさんの馬鹿ぁ!」
「おいおい、落ち着けって、とりあえず何があったのか話してみろ」
「う、うん」
そしてヒルダは戦闘の経緯をハチマンに伝え、ハチマンは難しい顔で腕組みをした。
「そりゃきついな、鬼畜すぎだろ、初見殺しって奴だな、まあでも次は平気だろ?」
「う~ん、どうなんだろ?」
「まあ頑張れって、さすがに俺達が手伝いを申し出てもルシパーに断られるだろ?」
「ま、まあね………」
ハチマンは、西門の裏からキング・ドラゴニアンを狙撃すれば、
おそらくドラゴニアンの集団は登場しなくなるだろうと思っていたが、
まだジュラトリアや北、東門方面の調査という名の中ボス狩りを終えていない今、
ハチマンにとってはせめてあと二日は西門チームがビャッコを突破出来ないのが望ましい。
「まあいざとなったら乱入してやるから、しばらく自力で頑張ってみろって」
「分かった、それじゃあ頑張ってみる」
ハチマンに説得され、ヒルダは大人しく引き下がったが、
その次の日も、また次の日も、西門チームはビャッコを突破出来なかった。