北門を突破した後、一日準備の為に空けた後、
サラマンダー軍はビービー達と行動を共にし、順調に中ボスの討伐を進めていた。
戦闘はかなり安定しており、強力な敵が出て来ようとも、まったく崩れる様子はない。
カゲムネが、タンクとしてキッチリ機能しているというのが、理由としてはとても大きい。
能力が下がったはずなのに、何故ここまでスムーズに事が運んでいるかというと、
実はカゲムネがタンクになった次の日、
ハチマンがカゲムネを借りる為に、ユージーンに会いに来ていたのだ。
「カゲムネを?それは別に構わないが、どうするんだ?」
「何、減った分の経験値を稼ぐ手伝いをしてやろうと思ってな」
「い、いいのか?」
「おう、まあ俺にもカゲムネに、暗にタンクを勧めた責任があるからな」
そしてカゲムネはヴァルハラの一部メンバーと共に、狩りに参加する事となった。
全員ではないのは、もちろんジュラトリア周辺の探索を進めてもらう必要があったからだが、
それでも十分な経験値を稼ぐ事が出来、カゲムネは必要なスキルを取得し、
ステータスもタンクとして適正な物に振り直す事によって、
最前線に立ってもまったく問題ない力を手に入れる事が出来たのだ。
そしてその日の深夜、カゲムネはハチマンに誘われ、アルンの訓練場にいた。
「ハチマンさん、今日はおかげで助かりました、ありがとうございます!」
「まだ礼を言うのは早いぞ、こんな時間に呼び出したのは、
お前の為の装備を持ってきたからだ。
ナタクが頑張って完成させてくれたから、早めに渡したいと思ってな」
「な、何から何までありがとうございます、有難く頂戴します!」
「おう、まあその代わり、うちで人手が必要な事があったら手伝ってくれよ」
「はい、必ず!」
そしてハチマンは、カゲムネに漆黒の剣と盾と鎧一式を差し出してきた。
「やっぱりカゲムネって言ったら黒だよな」
「こ、これは………」
さすがにルッセンフリードや、フォクスライヒバイテ、
もしくはハロ・ガロクラスの装備は素材が足りなくて作れなかったが、
さすがはナタクの手による装備だけあって、
その鎧はカゲムネがヴァルハラに加わったと言われても信じてしまう程、
強者感が溢れるデザインを誇る、素晴らしい出来栄えであった。
「早速着てみてくれ」
「はい!」
カゲムネは緊張しながらその装備をストレージにしまい、
メニューを使って順に装備していった。
「おお………何か力が溢れてくる気がします!」
「ハイエンドの素材が無くて、余ってる素材で作ったんだが、
気に入ってもらえたなら良かったよ」
「こ、これで余りの素材なんですか!?」
「おう、何か悪いな」
「い、いえ、これでも俺には過分な装備ですから!」
カゲムネは恐縮したように慌てて首を横に振った。
カゲムネからすれば、明らかにもらいすぎだと感じているからである。
「ん?そうか?そんな事ないだろ?そもそもお前がタンクをやる事になったのも、
俺がそう仕向けたせいでもある訳だし」
「それでもです!」
「そうか、お前は謙虚だな、あはははは」
カゲムネは、根本的な金銭感覚的な物が違いすぎると天を仰いだ。
同時にヴァルハラにとっては本当に大した物ではないのかもしれないと思い、
ヴァルハラへの尊敬を新たにした。
「ところでカゲムネ、まだ時間は大丈夫か?」
「はい、平気です!」
「それじゃあ装備の慣らしといくか、
あと、ユイユイを呼んでおいたから、色々教えてもらうといい」
「ユイユイさんに教えてもらえるんですか?それは願ってもないです!」
タンクとしては新米なのに、サラマンダー軍にはカゲムネ以上のタンクがいない為、
身近にいい指導者がいないカゲムネにとって、その提案は渡りに船であった。
それからしばらくしてユイユイが到着し、
カゲムネはタンクとしての基本技術をユイユイに叩きこまれる事となった。
「えっとまずは、何から教えればいいかなぁ?」
「それなら敵の突進の止め方を是非お願いします!」
「あ~、確かに今必要なのはそれだよね、えっとね………」
そんなユイユイを見て、ハチマンはハッとした。
(しまった、ユイユイは思いっきり感覚派だった、大丈夫なのか………?)
そう不安に思いながらユイユイを見守っていたハチマンの耳に、
思いもよらず、整然とした説明の言葉が飛び込んできた。
「えっとね、まず絶対なのがアイゼン倒立ね。
それでも駄目そうならヒールアンカーも併用かな。
駄目かどうかは戦闘経験を積めば分かってくるからね。
後は受ける体勢かな、腰をこう低くして、相手に向けて半身になって、
相手の運動方向と真正面からぶつかると飛ばされるから、ちょっと方向をずらして………」
そのユイユイの説明は、実に理路整然としており、
ハチマンは思わずユイユイの顔を二度見した。
「………ん?どしたの?」
その視線に気付き、ユイユイがハチマンの顔を見て首を傾げた。
「い、いや、てっきり、
『えっと、敵がこうくるから、こう、バ~っと止めて、
その後は盾をぐってして、ガシッ!って感じかなぁ?』
とか説明するんじゃないかと思ってたから………」
「それあたしの真似!?全然似てないし!」
「い、いや、高校の時のお前はこんなかわいい感じだったろ」
「凄い無理やり感!ってかそれ絶対に褒めてないよね!?」
ユイユイはぷ~っと頬を膨らまし、ハチマンをぽかぽかと叩いた。
それによってユイユイのたわわな二つの膨らみが激しく揺れる。
「悪い悪い、イメージが違いすぎてちょっと驚いてたんだ、
随分と理論的に説明が出来るようになったんだな」
「あたしだっていつまでも子供じゃないし!」
「いや、まあお前を子供だと思った事はないけどな」
ハチマンはそう言いながら、うっかりユイユイの胸元に視線を走らせた。
当然それはユイユイに察知されてしまう。
「ちょっ、どこ見て言ってるし!」
ユイユイは、胸を隠しながらじろっとハチマンを睨んだ後、スッと目を細めた。
「どうせ、『そういう仕草が男を勘違いさせちゃうんですよ、気をつけて下さいね』
とか思ってたんでしょ~!」
「な、何で昔の俺の心が正確に読めるんだよ!お前、タイムトラベラーか何かなの!?」
「うわ、当たってたんだ!?ユキノンが昔、ヒッ………じゃなくて、
ハチマンは絶対にそういう事を考えてるはずだからって言ってたの、当たってたんだ!」
「ユキノがサイコメトラーだったか………」
ハチマンはユキノの洞察力に今更ながら恐怖を抱きつつ、
他にも知られてはいけない自分の内心を読まれていなかったかとビクついたが、
よく考えるとユキノに胸関連の事で苦情を言われた記憶が無かった為、
たまたまなのだろうと思い直した。
「まあそれは置いておいてだな、ユイユイも真面目な意味で大人になったな、えらいぞ!」
「その言い方が子供扱いしてるって言ってるの!」
「別にそんなつもりは無いんだけどな」
「本当に?」
「お、おう」
ユイユイはそんなハチマンを見て、何かを決意したように胸を隠すのをやめ、
顔を赤くしてそっぽを向きながら、両手を体の後ろで組んで、
「本当に大人だと思ってるなら、ちょ、ちょっとだけ触ってみる?」
ハチマンはその言葉に硬直した。こういう攻めはハチマンが一番苦手とする所である。
ハチマンは困った顔でカゲムネを見たが、
カゲムネは、自分は何も見ていません聞いていませんという風に後ろを向きながら、
鳴らない口笛をヒューヒュー吹いていた。
それでカゲムネは助けてくれる気が無さそうだと思い、
ハチマンは仕方なしにユイユイの方に向き直った。
「お、落ちつけ、ユイユイはきっと疲れてるんだ、
今度ストレス解消にどこかに遊びに連れてってやるから、な?」
「ストレス?ストレスっていうか、今は欲求不ま………」
そう言いかけたユイユイは、何かに気付いたように黙りこくり、わたわたと両手を振った。
「あっ、いや、今のは冗談、冗談だからね!
こんな時間だからちょっとテンションがおかしくなってた!」
「お、おお、もちろん分かってるぞ、大人の時間帯なのが悪い!」
「だよね、大人の時間だもんね、あはははは!」
カゲムネは、アダルト的な意味での大人なのでは、などと思ったが、
そんな突っ込みが出来るはずもなく、まるで岩のように動かなかった。
だが実はカゲムネは、内心でハチマンへの尊敬を深めていた。
(何でこれでギルド内の人間関係が破綻しないんだ………ハチマンさん、凄すぎです!)
「そ、それじゃあカゲムネの訓練を再開しようぜ」
「そ、そうだね!」
「宜しくお願いします!」
そして気を取り直した三人は、再びタンクの訓練を開始した。
カゲムネはユイユイの丁寧な指導のおかげで基本をしっかり学ぶ事が出来、
無事にユイユイのお墨付きをもらう事が出来た。
「ハチマンさん、ユイユイさん、本当にありがとうございます!」
「カゲムネ君、飲み込みが早くていいね!」
「そ、そうですか?」
「おう、見てただけの俺でもそう感じたぞ。
よし、それじゃあ最後の試験といくか、カゲムネ、俺を止めてみてくれ」
「あっ、はい!」
ハチマンとカゲムネは訓練場の真ん中で対峙し、そしてハチマンは何かの詠唱を開始した。
その詠唱が完成した瞬間に、ハチマンはニコラスに変化し、
間髪入れずにカゲムネに突進したが、カゲムネはまったく動じた様子も見せず、
静かに盾を構え、じっとハチマンの動きを観察しているように見えた。
(ほう?)
ハチマンは感心しつつ、カゲムネの直前で横に飛び、斜めからカゲムネに突進したが、
カゲムネはそんなハチマンの動きにキッチリ対応し、
見事にハチマンの突進を受け止めてみせた。
「やったね!」
ユイユイは喜び、ハチマンも変身を解いてカゲムネの肩を叩いた。
「合格だ、俺の動きをよく見ていたな」
「ありがとうございます!ちょっと自信がつきました!」
カゲムネはとても嬉しそうにそう言うと、こちらに何度も頭を下げながら去っていった。
「あいつはいいタンクになりそうだな」
「だねぇ!」
二人はそのままウルヴズヘブンに帰ろうとしたが、
その道中で、トボトボと歩くヒルダとアスモゼウスを見かけた。
「うわ………」
「背仲が泣いてるな」
その悲壮感溢れる様子に二人は絶句したが、その声が聞こえたのだろう、
二人はバッと顔を上げ、すぐにハチマンを見付け、すごい勢いでこちらにやってきた。
「ハチマンさん、虎さんが、虎さんが突破出来ません!」
「何なのよ、もう、本当に何なのよ!」
ハチマンは二人の剣幕に、どうしたものかと頭をボリボリと掻いたのだった。