「あ~………二人とも、とりあえず俺が甘い物でも奢ってやるからついてこい」
ハチマンは人目が気になる事もあり、二人を甘味処へと誘った。
当然のようにユイユイもついてきたが、最初からそのつもりだったので問題は無かった。
むしろここで一人にされる事の方が、ハチマン的にはつらいのである。
そして店に入って注文をし、すぐに商品が運ばれてきた。
それで落ち着いたのか、二人はハチマンに問われるままに、
この二日間の出来事を語り始めた。
「で、昨日と今日はどんな感じだったんだ?」
思い出したくもないという風な顔をしつつ、アスモゼウスがぼそっとこう呟いた。
「………フルボッコ?」
「………………なるほど」
「えっと、昨日はですね」
さすがにそれでは説明不足だと思ったのだろう、ヒルダが横から口を挟んできた。
「ドラゴニアンが沸く所にあらかじめ戦力を置いておこうと思ったんですよ」
「まあセオリーだよな」
「普通だよね」
「でもそれが逆に、最初からドラゴニアンを沸かせる事になっちゃって………」
「ああ、味方の位置もトリガーになってたのか」
「はい、えっと、味方が奥に進むとしても、
どうしてもビャッコにも注意しないといけないじゃないですか」
ハチマンはその光景をイメージし、すぐに頷いた。
「確かにそうだな、無防備のまま戦場を突っ切るのは無理だ」
「で、そのせいで上にばっかり気を取られちゃって、正面に敵が沸いた事に気付かずに、
不意を突かれて近距離から敵の魔法を受けてですね、
ドラゴニアン担当部隊があっさり全滅しちゃったんですよ」
「うわ、やばっ!」
「そういう事か、それじゃあ立て直しは難しいな」
「はい、まあそういう感じです。で、今日はそれも含めて慎重に進んだんですが、
別働隊がドラゴニアンの陣地に近付いた瞬間に、
今度はビャッコがそっちに移動して着地したと思ったら、急に強く………」
(ああ、もしかしてそこでキングがビャッコに乗り込んだとかそんな感じの設定か?)
「なるほどなぁ」
ハチマンはそう推測しつつ、口に出してはそう言うに留めた。
「もうどうすればいいのか分かりません………」
「それってタンクがしっかりとビャッコのタゲをとっておけば防げたりしないのか?
話を聞いてると、ビャッコが思いっきりフリーのままになってる気がするんだが」
「それが出来れば苦労しないんですけどねぇ………」
ヒルダはそう言ってテーブルに突っ伏し、アスモゼウスもその後に続いた。
「そもそもあいつのタゲをとって無事でいられるタンクなんかいるの?
飛んでくる鉄球はまだしも、敵に捕まれたら体を上空に持ってかれちゃうじゃない。
もし盾だけで済んだとしても、その間無防備になっちゃうし、
予備の盾を持っておくって言っても限度があるわよね?」
まあ確かにその通りである為、その辺りはどうなのか、
ハチマンは実は可能な事は分かっていたが、二人に自覚させる為に敢えてユイユイに尋ねた。
「どうなんだ?ユイユイ」
「ん~?別に余裕?みたいな?」
「だそうだぞ」
「えっ、余裕なんですか!?」
「え~?だって、ホールドウェポンとかヘヴィウェイトを使うだけだし?
まあ強制イベントとかで敵が動いちゃうのは仕方ないと思うけど、
それ以外でターゲットが他に移るってのはちょっと考えられないなぁ」
その説明を聞いた二人は驚愕した。
「そんなスキルがあるんですか?」
「うちのタンク連中はそんな事は一言も………」
「あ~、多分VITが全然足りてないんじゃないかな?
あまりにも取得条件よりもVITが少ないと、リストにすら出てこないし?」
「そういう事なんだ………」
二人は絶望的な表情をした。
ユイユイはそれを見て、何とかしてあげてという視線をハチマンに向けた。
正直ジュラトリア側からキング・ドラゴニアンを狙撃すればそれで終わる話なのだが、
今日の探索結果がまだ届いてない以上、安易に確約は出来ない。
ついでに言うと、下手に手を出してルシパー達から色々言われるのもだるかった。
(さ~て、どうすっかなぁ………こいつらもこんな時間まで頑張ってるんだし、
何とかしてはやりたいがなぁ………)
「悪い、ちょっとうちの進捗状況を確認してくるわ」
ハチマンはそう言って席を立ち、こんな時間に悪いなと思いつつ、レコンに連絡を入れた。
『あっ、ハチマンさん、どうしました?もしかして報告についてですか?
こんな時間だから、報告は明日の朝にしようと思ってたんですが』
「だよな、悪い、ちょっと急ぎで状況を知る必要が出ちまったんだよ」
『そうですか、今日の探索の結果、ほぼ全ての探索を終える事が出来ました、
クエストとかもいくつかあったんですが、全てクリア済です』
「………っ、そうか!それは良かった!ありがとな、レコン」
(よし、これならいけるな)
ハチマンはそう思い、キング・ドラゴニアンからのドロップアイテムも手に入れようと、
その場で作戦を考え始めた。そして考えが纏まったハチマンは、三人の所に戻った。
「あっ、お帰り、どうだった?」
「問題は全てクリアした、ついでに作戦も考えてきたぞ。とりあえずは………」
ハチマンはそう答え、じっとアスモゼウスの顔を見た。
「な、何?」
「お前さ、シノンに
タダで物をもらうとやっぱり申し訳ない気分になるだろ?
ってな訳でお前さ、明日一人でドラゴニアンの方の相手をしろ」
「「ええええええ?」」
アスモゼウスとヒルダはその言葉に驚愕した。
「初期位置から敵に向かって矢の本数を最大に増やして攻撃するだけでいい、
とにかく撃ちまくればそれでいいから」
「そ、それくらいなら………」
アスモゼウスは渋々それを承諾した。
「ハチマンさん、でもそれ、
全部のドラゴニアンがアスモちゃん目掛けて殺到してくるんじゃ」
「かもしれないな」
「えええええ?もしそうなったらどうすれば………」
「そうだな………」
ハチマンは少し考えた後、アスモゼウスを見てニヤリとした。
「大人しく死ね」
「「………………へ?」」
ハチマンは無慈悲にそう言い、二人の目は点になった。
「冗談だ冗談、そうだな、とりあえず相手を悩殺しろ」
「意味が分からないわよ!」
「だよねぇ………」
ここまで傍観していたユイユイもさすがにそう呟いた。
「ああ?お前は色欲なんだろ?トカゲのオスくらい手玉に取れなくてどうする」
「敵に性欲があるならそうするわよ!」
「「お~!」」
そのド正論な返しに、ユイユイとヒルダは拍手をした。
「む、確かに一理あるな、でもアスモゼウスの癖に生意気だ、
調子に乗るんじゃねえ、この偽乳が」
「うわ」
そのハチマンの乱暴な返しに、ユイユイは少し引いた。
そしてアスモゼウスは顔を真っ赤にしてハチマンに抗議した。
「だ、誰が偽乳よ!」
先日その事をヒルダと話したばかりだった為、
その言葉は確かにアスモゼウスの痛いところを突いていた。
「お前だお前、リアルと比べて明らかに盛り過ぎなんだよ!」
「う………何か心が痛い………」
そのハチマンの言葉は当然ヒルダにも飛び火する。
「こ、これは男共に夢を見せる為の演出よ!」
「言い訳すんな、要するに偽じゃねえか、いいか、本物ってのはな………」
そう言ってハチマンは、チラリとユイユイの方に視線を走らせた。
ユイユイはさすがにどちらの味方をするのも憚られたのか、
我関せずという風によそ見をしていたが、
釣られてそちらを見た二人は、もしかしたら癖になっているのだろうか、
ユイユイが時々肩が凝ったような仕草を見せる事に気が付いた。
この世界では肩が凝るなどという事はありえない為、
それはまさしくリアル巨乳の証、強者のみに許された特別な仕草なのである。
その事に気が付いた二人は、黙って肩を落とした。
「さすがだな、ユイユイ」
「へ?今何かあった?」
「いや、こっちの事だ、とりあえずアスモゼウス、
明日はちゃんとさっき言った通りにするんだぞ」
「わ、分かったわよ、やればいいんでしょやれば!」
アスモゼウスはヤケになったようにそう言い、ハチマンは満足げに去っていった。
もちろんユイユイもその後に続いたが、ユイユイは去り際に二人に手を振ってくれ、
その仕草がまたかわいかった為、二人はとてつもない敗北感に塗れる事となった。
「………私達も落ちよっか」
「………………うん」
そして次の日、アスモゼウスは言われた通り、
嫌々ながらではあったがドラゴニアンには自分が対処すると強引に主張し、
敵の集団が出てきた瞬間に、そちらに向けて大量の矢を放った。
「もう!死んだら一生取り付いて、養ってもらうんだから!」
恨み言にしては妙にリアルな事を言うアスモゼウスであったが、
当然の事ながら、死んだらヒルダ辺りが蘇生してくれるだけである。
だがまさかのまさか、放った矢が敵に届くか届かないかという時に、
いきなり全てのドラゴニアンが消滅した。
「………えええ?」
(これ、数を増やすと攻撃力はほとんど無くなるんじゃなかったっけ?)
(嘘、ハチマンさんの言う通り、本当に何とかなっちゃった!?)
アスモゼウスとヒルダはぽかんとしたが、それは他の者も同じである。
「え?」
「おお?」
「うわ、アスモゼウスってば強すぎじゃね?」
「シノンにもらったとかいうその弓のせいか?」
「さすがは志願しただけの事はあるねぇ!」
「むむむむむ」
「とにかくドラゴニアンは倒した!残るはビャッコだけだ!撃って撃ってうちまくれ!」
こうしてアスモゼウスの謎の活躍により、ビャッコは無事に倒される事となった。
ただビャッコに最後に攻撃をしたのはラキアであったが、
そのログに敵を倒したという文言が無かった為、
おそらく継続ダメージで敵が死んでしまったのだろうという事になり、
アルヴヘイム攻略団の面々は、そりゃないぜと肩を落とす事になったのだった。