さて、ここまで書くと、戦闘が実に順調に推移したように見えるかもしれないが、
実際はそんな事はまったく無い。
ハチマンに動員された………というか、拉致されたヒルダとアスモゼウスは、
セイリュウが地に落ちたのを見てやっと休む事が出来ると、
まるで崩れ落ちるかのようにその場に腰を下ろした。
「はぁ、本当にやばかったね………」
「まあ仕方ないよ、あの無差別攻撃、性質が悪すぎだもん」
敵の直接攻撃は、全てセラフィムが封殺していたが、
当然セイリュウの攻撃手段はそれだけではなかった。
それが初期モードの仕様である、HPが五パーセント減るごとに放ってくる、
翼から放たれる竜巻である。
確かに事前の調査通り、竜巻を放ってくる間は敵が静止してくれる為、
こちらの攻撃を命中させる為の難易度は下がっているように見えるのだが、
風の防壁を常に身に纏っている為に、予定していた通りの命中率は得られなかった。
そしてその竜巻の仕様もまた極悪であった。
一つの竜巻につき、三十人のプレイヤーを宙に舞い上げた時点で消滅するのだ。
その竜巻の一度の出現数は十個であり、
つまり一度の攻撃で、三百人のプレイヤーが甚大な被害を受ける事になる。
もっともこの竜巻攻撃は、スキルやアイテムの使用によって耐える事が可能となっている。
三十秒耐えきれば竜巻はそのプレイヤーから離れ、他の犠牲者を求めて移動するのだ。
ハチマンは途中でジュンから報告を受けてその事を知ったのだが、
知ったからといって一般人プレイヤーの犠牲を減らせる有効な手段がある訳でもない。
ヴァルハラやS&Dのプレイヤーが無事なら戦線は維持出来る為、
ハチマンはそちらの対応にのみ心血を注ぐ事にし、他のプレイヤーに関しては、
ヒルダとアスモゼウスがいるから平気だろうと考え、
二人に頼まれた事以外は特に何の対応もしなかった。
こうして一般人プレイヤー達の命運は、二人の肩に圧し掛かる事になったのである。
「ちょっ、今ので何人やられたの?こんなの無理だって!」
最初の竜巻は、運悪く一般人プレイヤー達が陣取る一角の後方、
つまりは二人のすぐ傍に出現していた。
ヒルダとアスモゼウスは慌ててその攻撃を交わしたが、
周りにいた後衛陣の多くがその犠牲となってしまったのである。
「他のヒーラーはどうなってるのよ!」
「多分あそこで死んでるのがそうなんじゃないかな?」
「どうするの?このままじゃまずいわよ?」
「そうだねぇ………とりあえずヒーラーっぽい格好の人を蘇生して、
一ヶ所に纏まってもらうってのはどう?で、そこを誰かに守ってもらおう!」
「誰かって誰よ?」
「そこはほら、ハチマンさんに誰かを紹介してもらうって事で………」
「どうすれば守れるかも分からないのに?」
「確かにそうだけど、ヒーラーが逃げる時間だけ稼げればいい訳じゃない?」
「………それもそうね、まあとりあえず、蘇生を開始しましょっか」
それから二人はとにかく後衛っぽいプレイヤーを集中して蘇生し始めた。
予想外だったのは、フェイリスがそれを手伝ってくれた事だった。
フェイリスは当初は翼を攻撃する係としてこちらに配置されていたのだが、
どうやら自分がいなくても大丈夫そうだと判断し、
ハチマンにその事を伝え、こちらに手伝いに来てくれたらしい。
フェイリスが蘇生魔法を使える事はハチマンすら知らなかったのだが、
そんなハチマンにフェイリスはあっけらかんとこう言った。
「フェイリスの前世は聖女様だからニャ、これくらい朝飯前なのニャ!」
おそらくフェイリスは、何かあった時の保険にと思って覚えておいたのだろう。
照れ隠しのつもりでそう言ったのだとハチマンは判断したが、
せっかくだからフェイリスを喜ばせてやろうと、話を合わせる事にした。
「くっ、まさか俺より先に、お前が前世の記憶を取り戻していたとは………」
「ハチマンもそのうち思い出すのニャ、でもそうなったらきっと後悔するかもしれないニャ、
何故ならフェイリスとハチマンは、前世では………にゅふふ」
フェイリスはそう思わせぶりな事を言いながら、笑顔で二人の方に向かっていき。
ハチマンはそれを見て、どうやら喜んでもらえたみたいだと満足した。
「二人とも、フェイリスも蘇生を手伝うのニャ!」
「あ、ありがとうございます、助かります!」
「それじゃあヒーラーを中心にお願いしますね!」
「任せるのニャ、ヒーラーはっと、あの子とあの子とあの子ニャね」
フェイリスがあっさりとそう特定していった為、二人はギョッとした。
リメインライトは誰の物でもそのデザインは共通であり、
そこから職業まで類推する事などは不可能だからだ。
「えっ?見ただけで分かるんですか?」
「ふふん、フェイリスのこの古き猫の魔眼、クリソベリル・アイは、
それくらい簡単にお見通しなのニャ!」
二人はその説明に首を捻りはしたが、蘇生してみると確かに皆が蘇生魔法を使えた為、
二人はフェイリスの底知れなさに、畏れを抱いたのであった。
「さあ、どんどん蘇生して立て直すニャよ!」
「「はい!」」
途中で二度目、三度目の竜巻に襲われながらも、運良くその位置が遠くだった為、
三人は頑張って蘇生を続け、一般人プレイヤー達の戦線を見事に立て直したのであった。
そして二人は即席でヒーラー部隊を作り、その暫定的なリーダーとして振舞う事となった。
「ふう、何とかなったわね」
「これで一先ず安心ニャ!」
「それじゃあ今のうちに、ハチマンさんに誰か紹介してもらおっか」
「ん、どういう事ニャ?」
「それはですね………」
二人は先ほど考えた事をフェイリスに説明した。
「なるほど、それならフェイリスに任せるのニャ!」
そう言ってフェイリスは駆け出し、ハチマンの了解をとった上で、
ジュンをこちらに引っ張ってきた。
「話は聞いたぜ、俺に任せろ!」
ジュンは自信満々にそう言い、二人はそんなジュンに頭を下げた。
「宜しくね」
「お願いします!」
その直後に、これはもしかしたら野球やサッカーで言う、
交代した直後の者の所にボールが行くという法則と同じ類の事象なのかもしれないが、
四人のすぐ近くに竜巻が出現した。
「うわ!」
「近いニャ!」
「危ない!」
「みんな、早く下がって!」
ジュンは咄嗟に三人の前に立ち、自分が犠牲になる事を選択した。
だがもちろん無抵抗のままやられる気はない。
「アイゼン倒立!うおおおお!」
スリーピング・ナイツのサブタンクでもあるジュンの装備はハチマンにもらった物であり、
その足のパーツには当然アイゼンが標準装備されていた。
ジュンは倒立させたアイゼンを、そのまま思いっきり地面に蹴り埋めて支えとし、
その手に持つ大剣を地面に突き刺して、宙に舞わないように必死に竜巻に抵抗した。
ユイユイやセラフィム、それにアサギなら、
ヘヴィウェイトを使うだけで簡単に耐えたのだろうが、
残念ながらジュンはまだ、そこまで多くのスキルを取得出来ていない。
だがジュンはその攻撃に見事に耐えきった。
三十秒後、竜巻がその場を離れ、別の方にいるプレイヤーの方へと向かっていったのだ。
「えっ?」
「移動したのニャ?」
「一定時間耐えると他に行くんだ………」
「おお、頑張って抵抗したおかげでいい情報が!」
三人は蘇生を行う必要がある為、今のうちにという事で、
ジュンはハチマンの所に報告に走った。
「ほう?それはいい事を教えてもらった、よく耐えたな、ジュン」
「あ、兄貴!」
褒められた事で感極まってハチマンに抱きつこうとしたジュンを、
しかしハチマンはその頭を手で掴み、あっさりと止めた。
「そういう趣味は無いっての、ジュン、早く戻ってまたあいつらを守ってやってくれ」
「そ、そうだった!それじゃあ兄貴も頑張って!」
「おう、余裕だ余裕」
そしてジュンが去った後、ハチマンは仲間達にこの事を伝える為、
誰かにメッセンジャー役を頼もうと考えた。
「さて、誰に頼むか………適役はレンかな」
ハチマンはそう思ってレンの方をチラリと見た。
「お~い、レ………」
ハチマンがそう言いかけた瞬間に、レンはどうやって察知したのか、
いきなり全力でこちらに走ってきた。
「私に何か用だよね?」
「お、おう、早いな………」
「それだけが取り柄だもん!」
レンはそう言いながら、満面の笑みを浮かべてハチマンを
いつもハチマンを見下ろしている香蓮にとって、どうやらその事はとても嬉しいらしい。
「実は伝言を頼みたい」
ハチマンは素早くジュンから報告を受けた事をレンに伝えた。
「分かった、任せて!」
そしてレンは凄まじい速度で去っていき、仲間達に順番にその事を伝えていった。
「………レンの奴、俺よりもステータス的には低いはずなんだが、俺よりも速い気がするな、
ALOとGGOじゃ計算方法が違うのかな」
それからも削りは順調に続き、敵のHPをチラチラ見ていたフェイリスがジュンに言った。
「多分そろそろニャね、もうこっちは大丈夫だから、
ジュンは一度スリーピング・ナイツの所に戻るのニャ」
「お?了解、それじゃあ気を付けてな!」
「そっちもニャ!」
ジュンは上位者であるフェイリスの指示に素直に従い、そのまま仲間達の所に戻り、
その直後にハチマンの周りに光るリングが複数現れた。
「やっぱりそろそろだと思ったのニャ」
「フェイリスさん、あれは?」
「ハチマンの新しい翼なのニャ!」
そしてそのハチマンの新たな翼はセイリュウを追い詰め、地面へと追いやった。
直後にスリーピング・ナイツがセイリュウに突撃し、遂にその翼を叩き折る事に成功した。
「勇者達よ、待たせたな、今までやられた分を、全力で敵にお返ししてやれ!」
ハチマンのその叫びと共に、
今まではただ殺されるばかりであった近接アタッカーを中心とした集団が、
脇目もふらずにセイリュウへと殺到していく。
「フェイリス達も攻撃するニャよ!」
「は、はい!」
「り、了解!」
ヒルダは攻撃魔法を、アスモゼウスは弓を選択し、
二人もフェイリスと共に、セイリュウへとガンガン攻撃を叩きこんでいく。
途中でセイリュウの色が何度か変わったが、
HPの減りと連動してモードが変わっているのだろう。
だが飛ぶ事が出来ず、更にユキノの追加の魔法によって、
完全に地面に縫いつけられているセイリュウは、こちらに攻撃をする事が出来ない為、
どんな風に攻撃方法が変わっているのかどうか、まったく確認出来ない。
そしてセイリュウのHPは凄まじい速度で減っていき、遂に残り一割を切った。
そこでまた敵の色が変わり、発狂モードに突入したが、
セイリュウは相変わらず何も出来ないままであった。
こうなると当然、全員がラストアタックを狙いに走る事になる。
「さて、どうなるかな………」
さすがにこのペースだと、
誰にラストアタックボーナスがいくのかハチマンにも見当がつかない。
そのまま敵は消滅し、辺りは歓呼の嵐に包まれた。
うおおおおおおおおおお!
と地面が揺れるような大歓声が上がり、すぐに興味はラストアタックの行方へと移った。
「やった!」
そんな中、遠くでそんな女性の声が聞こえてきた。
どうやらラストアタックは、その女性プレイヤーに取られてしまったようだ。
「あら、残念だったわねハチマン君」
「だな、まあ仕方ないさ、あの状況でダメージのコントロールなんか出来ないからな」
「まあそうよね」
「とりあえず何がドロップしたのか聞きに行くか」
ハチマンはそう言ってそのプレイヤーに近寄っていった。
その幸運なプレイヤーは、銀髪の女性のようだ。
「ラストアタックおめでとう、
それですまないんだが、何をドロップしたか教えてもらってもいいか?」
その声にそのプレイヤーは振り向き、ハチマンはその顔を見て硬直した。
「ユ、ユナ………?」
「えっ?私は確かにユナって名前ですけど、どこかでお会いしましたっけ?」