「ユナの事を晶彦さんに相談したい」
八幡は次の日、学校を休んで朝から次世代技術研究部の面々に、直談判に行っていた。
そこには陽乃とアルゴ、それにダルと舞衣も同席していたが、
一同はその八幡の申し出に、困ったような顔をしていた。
「八幡君、気持ちは分かるけど、当然命の危機に関するリスクについても考えてるわよね?」
「それに関してはあまり心配はしていない、
晶彦さんが今更俺に危害を加えようとするとは思えないからだ」
「それを信用しろと?」
「晶彦さんじゃなく、俺の判断を信用してくれ」
八幡はそう言って譲らず、陽乃はため息をついた後、アルゴに言った。
「アルゴちゃん、スタンドアローンのシステムはもう確立出来てるの?」
「ああ、問題ない、うちの何にも干渉させずにハー坊が茅場晶彦と話す事が可能だゾ」
「マジか、もう出来てるのか?」
「オレっちを誰だと思ってるんだ、それでも感謝の気持ちを表明したいってなら、
全てが終わった後、オレっちを嫁の一人に加えると確約しロ」
「おお、認める認める、ただし明日奈が認めたらな」
八幡は軽い調子でそう答え、アルゴは八幡から見えないようにニヤリとした。
陽乃と紅莉栖だけは、生暖かい視線を八幡に向けていたが、八幡はそれには気付かない。
八幡は、明日奈は絶対にそんな事を認めないだろうと安易に考えていたが、
陽乃やアルゴ、それに紅莉栖は明日奈が思ったよりも押しに弱い事を把握しており、
法改正でもあれば、間違いなくそれを認めてしまう事を理解していた。
仮に無くても、内縁の妻という事で押しきれる可能性も高いと三人は踏んでいた。
それくらい、明日奈は八幡が大事なのと同様に、
自分と同じく八幡の事が好きな女性陣を、大事に思っているのである。
その為に陽乃は、八幡に直接的に手を出さないようにと、女性陣に徹底させてきた。
その積み重ねが他の女性陣に対する明日奈の精神的優位を確立させ、
逆にそういった方向へのハードルを下げる役割を果たしていたのである。
ちなみにいざとなったら、自ら国会議員に立候補して、十年以内に重婚を認める法案を、
少子化を盾に国会に提出する為の根回しも着々と進めていた。
魔王の戦略は、かくも長期的視点に立った、気の長い物なのである。
更にちなみに紅莉栖はどう転んでも自分には関係ないと、
興味本意で分析しているだけである。
「レスキネン部長、そういう事なので、いいかしら?」
「まあ仕方ないデスね、確かに情報は必要ですから」
陽乃にそう尋ねられ、責任者であるレスキネンもそれを認めた。
こうして八幡は、アメリカ行き以来封印されていた、
茅場晶彦が封じられたニューロリンカーにアクセスする権利をもらい、
やや緊張しながらもニューロリンカーを装着し、そのスイッチを入れる事となった。
その脳内の映像は、スタンドアローン形式で外部とは完全に切り離されたシステムを経て、
室内にあるモニターへと反映される事になっている。
次世代技術研究部の面々は、開発部と合同で、茅場晶彦の出現から今まで、
着々と彼に接触する為の準備を進めていたのであった。
「ここは………?ああ、懐かしいな」
八幡がニューロリンカーに接続してすぐに、
封印されていた茅場晶彦が動き出したのが確認された。
ニューロリンカー側からこちらのシステムに干渉があったのだ。
そしてモニターに、この場ではアルゴしか分からなかったが、
かつて血盟騎士団の本部であった場所と同じデザインの室内が映し出された。
「これハ………」
「アルゴちゃん、ここがどこか分かるの?」
「ここは血盟騎士団の本部ビルだな、団長の執務室だゾ」
「そう、ハチマン君とヒースクリフ、だったかしら?
二人がよく言葉を交わしていた場所という事なのね」
「つまり次に出てくるのハ………」
アルゴがそう呟いたのと同時に、画面の中のハチマンの目の前に、
かつて血盟騎士団の団長として君臨していたヒースクリフが、
当時の姿そのままに姿を現した。
「ハチマン君、久しぶりだね」
「久しぶりだな、ヒースクリフ」
相手がヒースクリフとして接触してきていると判断したハチマンは、
当時と同じ態度でそう答えた。
「さて、君が自らここに足を運んでくれたんだ、何か話があるんだろう?
まずそれを聞こうじゃないか」
「それなら遠慮なく」
ハチマンはヒースクリフに、ユナというプレイヤーが、、
ゲームクリアとほぼ同時にゲーム内で死亡した可能性がある事、
生命の碑の表示ではログアウトしているにも関わらず、政府にもその記録が無い事、
そして最近新たにユナを名乗る存在が、
当時の姿そのままにハチマンの前に現れた事をヒースクリフへと伝えた。
「ふむ、なるほど、まずはログアウトに関しては、
ログアウトの表示があったのなら、確実に行われていると断言しよう。
だがクリアと同時に死亡というなら、考えられる可能性が一つある」
「可能性、とは?」
「ログアウトの文字は、ほんの僅かでも死亡が早かった場合には表示されない。
それが例え千分の一秒だろうが万分の一秒だろうが表示されないんだ」
その言葉にハチマンは、安堵のあまり力が抜けるのを自覚した。
「という事は、ユナは無事だと?」
「ああ、だがそれには落とし穴があるんだ。一度ナーヴギアが暴走状態になりかけた場合、
それが静まるまでの間に、僅かながら衝撃が発生する場合がある。
それが脳を直撃すると、脳の一部が休眠状態になる可能性は否定出来ないんだ」
「………つまりユナはまだ眠ったままの可能性があると?」
「そうだね、ちなみに衝撃が発生する部位は、側頭葉だ。
これが何を司るかは、牧瀬君に尋ねてみるといい」
「それなら知ってる、記憶だろ?ヒースクリフ」
そのハチマンの指摘に、ヒースクリフは感心したような顔をした。
「ほう、色々と勉強したみたいだね」
「まあ今俺がつけてるニューロリンカーにも関わってくる部分だしな」
「結構結構、そんな訳で、ログアウト表示に関する説明は以上だ。
次に政府にも記録が無い事だが、これは簡単だ。
単純にそちらに連絡が行っていないだけだろうさ」
「………つまりあれから五年近くも自力で生命を維持していると?」
「そういう事だね、お金持ちのお嬢様なんじゃないかな」
ハチマンはその説明に頷いた。確かにユナは、
礼儀正しく優雅な一面も持っており、育ちがいい事を感じさせたからだ。
「そして最後の答えだが、そのユナという少女とそっくりなプレイヤーが現れた、か。
それは一部は偶然であり、一部は偶然ではないだろう」
「言いたい事が分からない、つまりどういう事だ?」
「君と彼女が出会ったのは偶然で間違いない、ボスクラスのラストアタックを、
君達を差し置いて取るだなんて、偶然でもなければ不可能だからね。
そうじゃなければ君と彼女は知り合わないまま終わっていたはずだ、
いつか偶然出会う可能性は否定しないがね」
「俺達への高い評価、恐れ入るよ」
ハチマンはそう答えつつ、目でヒースクリフに続きを促した。
「だが彼女の今の姿に関しては、明らかに誰かの手が入っていると見ていいだろう。
少なくともまったく違和感なくかつての姿を彷彿とさせるなど不可能だ。
何故なら君達の顔のデータは旧SAOのサーバーにすら残っていないはずだからね、
それを見て同じ顔を作ろうとしても、不可能なのさ」
「………つまりログアウト、もしくは死亡と同時に外見データが完全に消去される?」
「その通りだ、要するに何が言いたいかというと………」
ヒースクリフはそこで一拍置き、ハチマンの顔を見ながらこう断言した。
「彼女の身内か知り合いが、彼女の写真なりを参考に顔データを作成した、
それ以外にはありえない」
「聞いてみると当たり前の結論に聞こえるな」
「だが少なくとも他人が演じている可能性は否定出来ただろう?それは不可能さ」
「でも逆に言えば、写真さえあれば作れるんじゃないのか?」
「この個人情報の取り扱いが厳しい今のご時勢にかい?
そんな手間をかけてまで、他人に成りすます必要がどこにあるというんだい?
しかも身長から体型まで、
ヒースクリフは君にの部分を強調しながらそう言った。
確かにダンジョン内の罠の存在すら見分けるハチマンの目を誤魔化すのは、
難易度が凄まじく高いだろう。
「それは………確かに」
「なので結論はこうだ、彼女は何かしらの目的を持ってALOにログインしたが、
君と会ったのは偶然だ、そしてその中身は君の知る彼女ではない、という事かな」
「で、でも本人である可能性は否定出来ないんじゃ………その、記憶喪失、とか」
「ありえないね、誰が好き好んで自分の本当の顔をゲームの中で晒すんだい?
そんなのはリスクしかないじゃないか」
「………」
ハチマンはその言葉に黙りこんだ、確かにその通りだからだ。
「分かった、参考になった、恩にきる」
ハチマンは納得した表情でそう言った。
少なくともユナの生存の可能性が開発者によって担保された事が、ハチマンは嬉しかった。
「最後に一つだけ、伝えておくべきかもしれない可能性がある」
そのヒースクリフの言葉に、ハチマンは身構えた。
「だがそれは、こちらの出す条件と交換という事にしたい、どうかな?」
「条件?どんなだ?」
「ソレイユ内に、私の、いや、僕の居場所を作ってくれないか?」
次の瞬間に、ヒースクリフの姿が茅場晶彦の姿へと変化した。
「その姿になるって事は、SAOの管理者としてではなく、
晶彦さん個人としての頼みだと?」
「そういう事だね、とりあえず条件を言おう。
ソレイユで、僕のバックアップをとってくれないか?」
その申し出に、ハチマンは仰天した。
「ど、どういう事ですか?晶彦さん」
「それがね、広大なネットの海の中を泳ぎ回るのは思ったよりも大変でね、
時々体………というか心かな、心の一部が欠損するんだ。
なのでそれを防ぐ為に、今の僕がこれ以上磨り減らない前に、
どこか安全な場所にバックアップを残しておきたいと思ってね」
「………理由は分かりましたが、さすがに即答しかねます」
「その申し出、私が受けるわ」
その時突然近くから声がした。そこに立っていたのは誰であろう、雪ノ下陽乃であった。
「おや、これはお久しぶり、雪ノ下さん」
「姉さん、まさか他のニューロリンカーを使ってここに接続したのか?」
「ええそうよ、あなただけを危険な目にあわせる訳にはいかないもの」
「八幡君に危害を加える意図は、僕には全く無いんだけどね」
「おそらくそうでしょうね、でもまあその申し出に関する判断は、私がしないといけない、
そうでしょう?茅場さん」
その言葉に晶彦は頷いた。
「つまりもしこの事が他人に発覚した場合、
全ての責任をあなたがとると、そういう事でいいのかな?」
「そういう事よ、彼は私が守る、その決意表明だと思って頂戴」
「ね、姉さん、でもそれは………」
八幡はその陽乃の言葉に絶句したが、陽乃はそんな八幡に笑顔を見せた。
「あなたはもうすぐうちの全社員を背負って立つ存在になるのよ、
こういう時はどうすればいいのか、冷静に判断しなさい」
八幡はその言葉に黙りこんだ。
「………分かった、姉さんに従う」
「宜しい、それじゃあ茅場さん、私と貴方で契約をしましょう。
貴方の存在はうちが場所を用意して、そこに保存する。
うちからはそのデータに一切干渉しない、その代わりあなたもうちのデータには干渉しない、
その上でうちは、ニューロリンカーに残ったあなたの一部をアマデウス化し、
八幡君に所有してもらって、相談役のような事をしてもらう、これでどうかしら」
「ここに残っている僕は完全じゃないから、アドバイス出来る事と出来ない事があるが、
それは構わないかな?」
「ええ、構わないわ、あくまで相談役になってもらうだけだもの、
その相談役が万能である必要はないわ」
「分かった、契約成立だ。僕はこの契約の遵守をアインクラッドに誓う」
「では私は、この契約の遵守を八幡君に誓うわ」
晶彦と陽乃はそう言って、お互いに握手を交わした。
ちなみに外ではこの契約の成立を受け、早くも全員が動き出している。
「有意義な契約が出来た事を嬉しく思う。用件はとりあえず以上でいいかな?」
「晶彦さん、さっき言いかけた、最後に伝えておくべき可能性ってのは………」
「ああ、そうだね、でもそれは明日にしよう。
明日の十六時に、ヴァルハラ・ガーデンで待っていてくれないか?」
八幡はその言葉の意図が分からなかったが、
おそらくヴァルハラ・ガーデン内のモニター越しにでも話してくれるのだろうと思い、
その申し出に素直に頷いた。
「分かりました、ではまた明日」
「誰かを同席させてくれても構わないからね」
「分かりました、検討します」
こうして話し合いは無事に終了し、次世代技術研究部と開発部は、
晶彦の受け入れ準備に奔走する事となった。
そして次の日、ハチマンは約束通り、ヴァルハラ・ガーデンにいた。
連れはアスナとキリト、そしてもう一人………。