ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第972話 ユナの歌

「さて、どういう事なのか説明してもらおうか」

「もちろんさ、当然実は私が生きていた、などというつもりはまったく無いよ」

「そりゃそうだ、ここにいる全員、茅場晶彦の死体を実際に見ちゃってるからなぁ」

「その通り、今の私は確かに肉の体を失っている」

 

 キリトのその言葉にヒースクリフは頷いた。

 

「まあ別におかしな事をした訳じゃないさ、

ナーヴギアをエミュレートして、そこに私のナーヴギアからサルベージして保存しておいた、

ヒースクリフのキャラクターデータを突っ込んで、

後は偽造した私の脳波データを使ってログインしただけだよ」

 

 そのヒースクリフの言葉に四人は黙りこんだ。

どこから突っ込んでいいのか分からなかったからだ。

 

「え、何なのこの人、ナーヴギアの構造が全部頭に入ってるの?」

「まあナーヴギアからキャラデータを抜いておいたってのは分からなくもないけど」

「というか自分の脳波の波形を知ってるって………」

「ご、ごめんね三人とも、晶彦は昔からこういう所があるのよ」

 

 ひそひそとそう言葉を交わす三人に、コリンが恐縮したようにそう言った。

 

「いえ、常識が通用しないのは俺も分かってるんで大丈夫です」

「ひどいなハチマン君、昔は()の事を、実の兄のように慕ってくれていたのに」

 

 ヒースクリフは自分の事を、私ではなく僕と呼んだ。

それはつまり、今のが茅場晶彦としての発言だという事になる。

 

「弟分を殺そうとした癖に、どの口がそれを言うってんだよ」

「そう言われると返す言葉も無いね」

 

 ハチマンに反論され、ヒースクリフは肩を竦めた。

 

「まあしかし私とて万能ではないよ、

その証拠に、ALOにログイン出来る状況を整えるのに、丸一日もかかってしまったからね」

「「「「も?」」」」

「ん?」

 

 四人は思わずそうハモったが、ヒースクリフは首を傾げただけであった。

 

「これ以上突っ込むのは疲れるだけだからいいとして、

ヒースクリフ、俺に伝えたい可能性の話っていうのは………」

「ああ、私がここにいる、その事が答えさ」

「お前がここにいる事………?」

 

 ハチマンはそう言われ、じっとヒースクリフの顔を見つめた。

 

「元々はユナの話だったんだ、って事はまさか、

あのユナがおまえと同じ、虚構の存在だとでも?中身が別人とかではなく?」

「私はその可能性も否定出来ないと、君に提言しているだけさ」

「何か根拠はあるのか?」

「ああ、だがその前に」

 

 ハチマンに根拠を問われたヒースクリフは、一拍置いてからハチマンにこう切り出した。

 

「この前の祝勝会の時に、君は歌を歌っていただろう?

ここでそれをもう一回歌ってくれないか?」

「は、はぁ?い、いきなり何を………」

「大事な事なんだ、恥ずかしいのは分かるが、

凛子はともかくアスナ君もキリト君も事情は知ってるんだ、

今更君が歌う事を茶化したりはしないだろう?」

「それはそうだが、いや、そもそも何で俺が祝勝会の時に歌ってた事を知ってるんだよ!?」

 

 焦るハチマンに、ヒースクリフは笑いながら答えた。

 

「そんなのは簡単さ、

君達のヴァルハラのメンバー専用のページにアップされていた動画を見ただけだよ」

「「「あっ」」」

 

 その単純な答えに、コリン以外の三人は思わずそう声を上げた。

メンバー専用ページにヒースクリフがアクセス出来た事に関しては誰も突っ込まない。

そんなのは今更だからだ。

 

「俺達の動向をチェックしてやがったのか………」

「その言い方は悪意に満ちすぎてやしないかい?

私はただ、昔の仲間達の活躍を嬉しく思いながら見ていただけさ」

「仲間、ねぇ」

 

 ハチマンはヒースクリフをじろっと睨み、キリトは苦虫を噛み潰したような表情をし、

アスナはそんな二人を見て苦笑した。

 

「まあいい、歌えというなら歌ってやるさ」

 

 そしてハチマンは、先日歌ったユナの歌を再び披露した。

 

「ストップ」

 

 その歌の途中で、ヒースクリフがいきなりそう叫んだ。

 

「どうした?」

「アスナ君、今の部分の歌詞の対象が誰なのか、分かるだろう?」

「あっ、はい、はっきりと明言してる訳じゃないですけど、

間違いなくハチマン君の事じゃないかなって」

 

 今ハチマンが歌っていたのは、先日重村徹大が気付かなかった、

他人に対する歌が、誰かを想う歌に変化していた部分、

具体的には愛する誰かに、という歌詞が、愛する貴方に、に置き換わっていた部分であった。

 

「そうだね、では次にこれを聞いてくれ。

これは以前私がたまたまネットの海の中で拾ったとても弱い信号を、増幅させた物だ」

 

 そう言ってヒースクリフはコンソールを慣れた手付きで操作し、

どこかで聞いたような声の歌が室内に響き始めた。

 

「こ、これは………」

「ユナの声!?」

「本当だ、俺も聞き覚えがある」

 

 そしてその歌が、先ほどヒースクリフが止めた部分に差し掛かった。

 

『愛する師匠に』

 

「はぁ!?」

 

 そのハチマンの驚きは只事ではなかった。同時にアスナとキリトが顔を見合わせる。

先ほどは確かに『貴方に』と歌われていた部分の歌詞が、『師匠に』に変わっていたのだ。

 

「今師匠って言ったよね?」

「また別のバージョンか?」

「いや、そういう問題じゃない」

 

 そんな二人にハチマンは厳しい目を向けた。

 

「ハチマン君、私は部外者だからよく分からないけど、何かおかしな部分でもあったの?」

 

 そのコリンの問いに、ハチマンは頷いた。

 

「アスナならよく知ってると思うが………いや、今はキリトも知ってるか、

俺とユナの師弟関係は、俺とアスナ、それにエギル以外は誰も知らなかった」

「ああ、それは聞いたぜ。まったく俺にまで秘密にしやがって………」

「悪いな、ちゃんと話すつもりはあったんだが、中々タイミングがな」

 

 ハチマンは申し訳なさそうにキリトに謝った。

 

「ノーチラス君だけは、ユナちゃんがハチマン君の事を好きだって分かってたと思うけど、

師弟関係の事については知らなかっただろうしね」

「だからユナは、秘密を守る為に師匠という言葉は俺と二人の時にしか使わなかった、

多分アスナも直接聞いた事は無いんじゃないか?」

「………そ、そう言われると確かにそうかも」

 

 アスナはユナが直接ハチマンに師匠と呼びかけていた場面を思い出す事が出来なかった。

 

「だから当然歌詞の中に師匠という言葉を入れる事なんかありえない、

もし入れる事があるとすれば………」

「ゲームがクリアされた後か!」

 

 キリトがそう叫び、ハチマンは頷いた。

 

「つまりユナちゃんは、間違いなく生きてる!」

「だな、でもこれってあのユナの中身が人間以外のAIか何かだっていう証拠になるか?」

「断言するつもりはないが、少なくとも本人が生きているのに、

その友達なり家族なりが、彼女に似せたキャラをわざわざ作って、

しかも接続経路がそう簡単には辿れないような細工をする必要があるかい?」

「確かにそう言われると………」

「まあそういう可能性もあるって事を、私は言いたかっただけだよ」

 

 ヒースクリフはそう言って肩を竦め、ハチマンはそんなヒースクリフに突っ込みを入れた。

 

「その為だけにこんな回りくどい事をしたのか?」

「別にいいじゃないか、私だって、たまにはこうやって誰かと言葉を交わしたかったんだよ」

 

 ヒースクリフは珍しくやや拗ねたようにそう言い、四人は苦笑した。

 

「まあ私からの話はそれだけさ、それじゃあもう会う事も………

いや、まあ、絶対無いとは言えないが、みんな、元気でいてくれたまえ」

 

 そう言って立ち去ろうとしたヒースクリフの肩を、ハチマンがガシッと掴んだ。

その顔は何かを思いついたようにニヤリとしており、

アスナとキリトはひそひそと囁き合った。

 

「おいアスナ、ハチマンの顔………」

「うん、凄く悪い顔をしてるね」

「何をするつもりなんだろうな」

「さあ………」

 

 ハチマンに肩を掴まれたヒースクリフは、怪訝そうな顔で振り返った。

 

「まだ何かあるのかね?」

「いやいや、あるに決まってるだろ、何勝手に落ちようとしてるんだ?」

「勝手も何も、用事が済んだから落ちるだけだが?」

「いやいやいや、まだ今後の事を話してないだろ」

「………今後の事?」

 

 ヒースクリフは訳が分からないという風に首を傾げた。

 

「ああそうだ、なぁヒースクリフ、お前さ、

昔SAOで、団長権限だ、みたいな感じで俺とアスナに色々してくれたよなぁ?

俺からアスナを奪っていったり、クラディールみたいな馬鹿をアスナの護衛に付けてみたり、

他にも色々とやらかした事、忘れてないよな?」

 

 そのハチマンの言葉にヒースクリフはぽかんとした。

 

「一部は言いがかりな気もするが、結局君は何を言いたいんだい?」

「団長権限の重さについては否定しないよな?」

「あ、ああ、それはもちろんだが………」

「ここはヴァルハラで、その団長は俺だ、で、お前はさっきヴァルハラに入団した。

つまりお前は俺の命令を聞かなくてはいけない立場にある、違うか?」

 

 その言葉にヒースクリフはしばらく無言だったが、

やがて心から楽しそうに大声で笑い出した。

 

「あははははは、違わない、君の言う通りだよ、で、私に何をさせたいんだい?」

「先ず改名だな、その名前はさすがにやばすぎる、おいキリト、何かいい案は無いか?」

 

 ハチマンにそう呼びかけられたキリトは、

ハチマンが何をするつもりなのか理解してはいたが、残念ながら何も思いつかなかった。

 

「う~ん、そういうセンスは俺には無いからハチマンが付けてくれよ」

「そうか?う~ん、本来ならいない人物………うん、それじゃあ今からお前はホーリーだ。

装備もそのままだと知ってる奴には変に思われるだろうから、新しい物をうちから支給する。

ゲームへのログインは別に強制しないから、

気が向いた時にでも戦闘に参加してくれればいい」

「それは助かるね、まあストレスがたまった時にでも適度に遊ばせてもらうよ」

 

 その言葉を聞いたハチマンは、おかしな物を見る目でヒースクリフをじっと見つめた。

 

「………ストレス、今の状態でもたまるのか?」

「冗談だよ、冗談」

「………………はぁ」

 

 ハチマンは、昔から晶彦さんは冗談のセンスが無いんだよなぁと思いつつ、

ヒースクリフの肩を掴んだまま引っ張っていき、無理やりソファーに座らせた。

 

「まだ何かあるのかい?」

「いや、まあ人間をやめたのは分かるけどさ、少しは周りも見ようぜ」

 

 ハチマンはそう言いながらアスナとキリトに顎をしゃくり、入り口の方へと歩いていった。

アスナとキリトはハチマンに頷き返し、その後をついていく。

 

「待ちたまえハチマン君、これはどういう事だい?」

「………大人しくコリンさんに説教されろって言ってんだよ、

それじゃあまたな………晶彦さん」

 

 そう言ってハチマン達は去っていき、その場には茅場晶彦と神代凛子だけが残された。

この後に二人が何を話したのかは、誰も知らない。


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