ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第973話 首を洗って待っていろ

 ヒースクリフとコリンをその場に残し、ヴァルハラ・ガーデンを出た後、

三人はそのままトラフィックスへと移動し、中央広場に三人仲良く腰かけていた。

これはラスボスの攻略会議を行う為であるのだが、

本当はハチマンだけが出席すればそれで事足りるところを、

アスナもキリトも特に用事が無いという理由で何となくついてきたのである。

ちなみにこの攻略会議は実は名ばかりのものであり、

ヴァルハラですらラスボスに関する情報がまったく得られていない為、

実際はただ、明日何時から始めるか決める為だけの集まりであった。

なのでこの集まりには特に参加資格はなく、

来たいギルドのリーダーは誰でもウェルカムという、実に緩い集まりなのである。

ついでに言うと、別に来るのはリーダーじゃなくても構わず、

人数制限なども設定されていない。もっとも参加して日程を聞いて、

お疲れ様でした、明日は宜しく、と言うだけの集まりに好きで来たがる者は少なく、

大抵のギルドがその役目をリーダーに押し付けているというのが実情であった。

 

「なぁハチマン、これ、一つのギルドから一人の参加者が来てるってのが普通だよな?」

「まあ普通はそうだろうな、開始時間以外に話す事が無いからな」

「ラスボスの情報、本当にまったく何も無かったもんね………」

 

 ハチマン達は、ジュラトリアのクエストをクリアすれば、

多少なりともラスボスに関する情報が得られるだろうと期待していたのだが、

クエスト攻略を担当したレコンからの報告だと、

情報どころか、その話題すらまったく何も出てこなかったらしい。

 

「でもよ、戦術とかの話は一応しておいた方がいいんじゃないのか?」

 

 キリトがそう、至極真っ当な疑問をハチマンにぶつけてきた。

 

「戦術っていうと、具体的には?」

「え~っと、タンクのローテーションとか?」

「確かにそうなんだが、うち以外にボスのターゲットを維持出来るギルドは存在しない」

「………そう言われるとそうだった」

「強いタンクって本当にいないよね」

 

 キリトをフォローした、という訳でもないのだが、アスナがため息まじりでそう言った。

 

「まあタンクがいなくても何とかなっちまう事が多いからなぁ」

「でも今回のイベントで、それじゃあ駄目だって気付いたギルドも多かったんじゃない?」

「だといいんだがなぁ、タンクのトップファイブのうち、

四人がうちのギルドってのはどうなんだ………」

 

 どうやらハチマンは、早速『ホーリー』も数に入れたようだ。

ちなみに残りの一人はカゲムネである。

 

「お、そろそろ始まるっぽいな」

「ハチマン、前に出なくていいのか?」

「別にいいだろ、仕切りはあいつらに任せるさ」

 

 その視線の先にいたのはファーブニル、ヒルダ、そしてアスモゼウスであった。

何故彼らがここにいるかというと、その理由は簡単である。

ルシパー達に参加させる事で、何か問題が起こらないか危惧したスプリンガーが、

強硬にファーブニルを推したからである。

生徒会長としてこういった会の進行に慣れているファーブニルは、

苦笑しながらもそれを快諾し、ヒルダはファーブニルの助手として、

そしてアスモゼウスはルシパーの代理の置物として、

今日この場に参加していると、まあそんな訳なのである。

 

「さて、揉めるような議題がある訳じゃないですし、

ここにいる皆さんの多数決で、開始時間を決めたいと思います。もし異論が………」

 

 ファーブニルが当たり前のように参加者から意見を聞こうとしたその瞬間に、

ハチマンがいきなり立ち上がって腕を組み、ファーブニルをじっと見つめた。

 

「ハチマン君?」

「ハチマン?」

「ファーブニルは真面目すぎるな、馬鹿正直に意見なんか集めてたら日が暮れちまう。

さて、ここでどう対応するかであいつの評価が決まるんだが………」

 

 ハチマンはファーブニルから視線を外さずに、アスナとキリトにそう答えた。

ファーブニルはしばらく考え込んでいたが、その時ヒルダがファーブニルに何か耳打ちし、

ファーブニルはそれに頷き、ハチマンに声をかけてきた。

 

「異論うんぬんは間違いです、失礼しました。ハチマンさん、それでいいですか?」

「ああ、もちろんそれで構わない、

そうだな、午後六時、七時、八時の三択くらいで決を取ればいいだろう」

「分かりました、それではそうします」

 

 ヴァルハラとアルヴヘイム攻略団の双方の合意に割って入れるようなナイツは存在しない。

故にどこからも反対意見が出る事はなく、スムーズに多数決が行われ、

討伐開始時刻は明日の夜八時と決定された。

 

「随分早く決まったな」

「スムーズだったね」

「まあこんなもんだろ、最後は結局こうなるんだ、

自由討議で余計な時間を使う必要はないさ。その方がみんな嬉しいだろうしな」

 

 実際参加者達は、早く終わった事で、

知り合い同士連れ立って街の酒場辺りに向かう者が多そうであった。

 

「それじゃあ人がもう少し減ったら、ファーブニル達のところに顔を出して帰るか」

「ハチマン君、ファーブニル君の評価はどう?」

「ヒルダが何を言ったかによって変わるな、まあ保留だ。

それじゃあ俺は今のうちにみんなに出欠の可否を確認しておくわ」

「あっ、うん、お願い」

「何人くらい参加出来るかねぇ」

 

 そしてハチマンがメッセージを一斉送信した瞬間に、

その中の一人から光の早さで返信が来た。その速度は人間業とは思えないほどであった。

 

「早っ」

「ん?もう誰かから返信がきたのか?」

「ああ、誰だと思う?」

「そうだな、『ホーリー』だろ?」

「正解だ、どうやらコリンさんとの話はもう終わったらしいな」

「かなり激しく怒られたと予想するぜ」

「というか、メッセージ、届くんだ………」

 

 どうやらアスナ的にはそっちの方が気になったらしい。

 

「ああ、何かメアドみたいなのを教えてもらったんだが、見てくれよこれ、

ドメインが、『.kayaba』なんだよ………」

「何それ………」

「よくそれで届くな………で、あいつはどうするんだって?」

「参加だそうだ、明日のメイン盾は決まったな」

 

 ハチマンはニヤニヤしながらそう言った。

どうやらホーリーをこき使う気が満々のようだ。

 

「で、あいつの事、みんなに伝えるのか?」

「そうだな、記録に残す訳にもいかないし、明日口頭で伝える事にするさ。

ちなみにうちのメンバーで、SAOで家族を亡くした奴は………

ああ、メンバーじゃないが、優里奈がそうか………」

 

 ハチマンは、一応後で優里奈と話さないといけないなと心のメモに記入した。

 

「あの………ちょ、ちょっといい?」

 

 その時誰かがハチマン達に話しかけてきた為、三人は驚いた。

遠くから黄色い声援を送ってくる女性プレイヤーは結構いるのだが、

この三人が揃っている状態でこうして直接接触してくる度胸のあるプレイヤーは、

今まで一人もいなかったからである。

そんなレアな出来事である為、遠くで何か話していたファーブニル達も、

驚いたような表情でこちらに注目していた。

 

「あ、ああ、何だ?」

「ええと、ちょっと聞きたい事があるんだお」

 

 その瞬間にアスナとキリトが噴き出した。

 

「ファッ!?」

「ご、ごめん」

「一瞬ダルかと思ったわ………」

「ダ、ダル?」

「いやすまん、こっちの事だ、どうぞ話を続けてくれ」

 

 キリトにそう言われ、その女性プレイヤーは気を取り直したように頷いた。

 

「それじゃあ遠慮なく………

ええと、そちらはヴァルハラのザ・ルーラー氏と黒の剣士氏で合ってる?」

「………ああ」

「………おう」

「あの、お二人って、どっちが攻めでどっちが受けなのかなって?」

 

 その瞬間に場が凍りついた。腐海のプリンセスが同じような事をよく言っていたせいで、

その用語に対する知識がアスナやキリトにもしっかりと備わっていたからである。

 

「いきなり何だよ、俺達は別に………」

 

 そんなんじゃないよ!とキリトは続けようとしたのだが、ハチマンがそれを制した。

 

「ハ、ハチマン?」

「知りたいか?」

 

 その問いにキリトばかりでなくアスナも仰天した。

 

「早く教えろ、下さい!デュフフ、妄想が捗るお………」

 

(まさかとは思ったがやっぱりか………?)

 

 ハチマンはつい最近、こんな話し方をする女子と会ったばかりである。

というか、ついさっきコリンとの会話で話題に上がっていた。

その人物、神代フラウの面接の時は、ハチマンは冴えない社員の姿に変装し、

受け答えや質問は全て陽乃が行っていた為に、直接言葉を交わしてはいなかったが、

ずっとその喋りを聞いていた為、神代フラウの話し方はしっかり把握していた。

とはいえハチマンが疑いを持ったのは、

目の前にいる女性プレイヤーのやや卑屈そうに見える動きが、

神代フラウにとてもよく似ていたせいである。

 

「俺が攻めだ」

「おぉ………」

「ただし相手はキリトじゃなくアスナだけどな」

 

 そう言ってハチマンは、見せつけるようにアスナを抱き寄せた。

その姿を遠くで眺めていたヒルダの方から、私も私も!と聞こえたような気がしたが、

当然ハチマンはそれを無視した。

 

「ファッ!?な、何それ、それじゃあ何もかも台無しだお!

バーサクヒーラー氏もそう思うよね?」

「えっ?えっと、私はそういうのは別に好きじゃないんだけど………」

「何ですと!?ホモが嫌いな女子なぞこの世に存在しない!

つまりバーサクヒーラー氏は女子ではない!?」

 

 その瞬間に、ハチマンの拳骨がその女性プレイヤーの脳天に直撃した。

 

「あべしっ!」

「何言ってんだお前、こんなに美人で気立てが良くて料理が上手で、

出るとこは出てて引っ込む所は引っ込んでるアスナが男なはずないだろうが!」

「ハ、ハチマン君、後半は凄く恥ずかしいんだけど………」

 

 アスナはそう言ってもじもじした。

 

「ぐぬぬ、女子力がデフォ………」

 

 その女性プレイヤーは苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。

ちなみにキリトはこの流れについていけず、ひたすらぽかんとしていた。

もっともアスナがついていけているかというと、まったくそんな事はないのだが。

 

「とりあえずまだ連絡がいってないと思うが、お前は採用だ。

出社してきたらこき使ってやるから覚悟しとけ」

「ファッ!?え、嘘、姉さんがしつこいから落とされるつもりで適当に受け答えした面接が、

まさかの採用ですと!?ってか面接の事を知ってるなんて、ま、まさか………」

「俺からの話は以上だ、ほれ、しっしっ」

「うっ、屈辱だお、首を洗って待ってるがいいお!」

 

 そう言ってその女性プレイヤーは逃げるように去っていった。

 

「ハ、ハチマン君………」

「おいハチマン、今の奴の事、知ってるのか?」

「おう、あいつ多分、さっき話題に出てた、コリンさんの妹だ」

「そ、そうなの?」

「うわ、こりゃまた姉に似ず個性的な………」

 

 呆れる二人に、ハチマンは疲れたような表情で言った。

 

「とりあえずファーブニル達への挨拶は任せる、

あいつらさっきからこっちをガン見してたから、適当に誤魔化しといてくれ。

俺は落ちてナタクにホーリーの装備製作を依頼して、少し休むわ………」

「あ、う、うん」

「お、お疲れ」

「ああ、それじゃあまた」

 

 ハチマンはそう言って少しフラフラしながら落ちていった。


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