「殴り込みですか!?」
「おう、ついさっきALOで偶然会ったんだが、その時の事が気に入らなかったみたいだ」
「そ、そうなんですか………迎撃しますか?私もやれると思いますけど」
優里奈にそう問われ、八幡は笑ったりせず真面目に検討を始めた。
「何かあっても相手はただの引きこもりだ、体力も無いし俺一人で問題ないと思うが、
一応備えておくか………確かどこかに釣り道具がしまってあったよな、
そこに玉網があるはずだから、やばいと思ったらそれを相手の頭に被せてくれ」
「分かりました!」
そう言いながら八幡が窓から下をチラリと見ると、
そこには交差点を鬼の形相で走るフラウの姿があった。
「今交差点を渡ってる、そろそろだ」
「はい!」
その少し後に、マンション入り口のインターホンが押された。
「はい、こちらハチマン」
八幡は相手にアピールするように、遭えてALOでの名を口に出した。
『本当にいた!今からそっちに行くから首を洗って待ってるんだお!』
「はい、お待ちしてますね」
そう答えつつフラウをビルの中に入れた八幡は、ぼそりと呟いた。
「首を洗って待ってろってそういう意味だったのかよ………」
そして部屋のインターホンが押され、八幡は身構えながら扉を開けた。
『ハチマアアアアアアアアン!』
いきなりそんな声が聞こえ、フラウが部屋の中に飛び込んできた。
「ご近所に迷惑だろ、静かにしろ静かに」
八幡はそう言いながらフラウを取り押さえようと動いたが、その必要はなかった。
部屋の中に飛び込んできたフラウが、荒い息を吐きながら八幡の方に倒れてきたからだ。
「おわっ!」
八幡は慌ててフラウの体を片手で支えたが、
フラウはまったく体に力が入っておらず、ぐにゃりとしていた。
「………………」
そして八幡は、フラウがとても小さい声で何か呟いているのに気が付き、
その口に自分の耳を寄せた。
「ひ、引きこもりの体力の無さを舐めんなよ………」
そう言ってフラウはそのまま気絶し、八幡と優里奈はぽかんとしたまま顔を見合わせた。
「何なんだこいつは」
「さあ………」
「まあいいか、とりあえず優里奈、タオルを濡らしてこいつの頭にかけておいてくれ、
俺はこいつをソファーに寝かせておく」
「分かりました!」
そして優里奈は料理に戻り、八幡はフラウの顔を見ながらぼ~っとしていた。
(こいつ、凛子さんに全然似てないな、でも姉妹って言ってたよな、
もしかして両親のどっちかが違うのか?)
そんな事を考えているうちに夕食が出来上がったらしく、
優里奈が八幡に声をかけてきた。
「八幡さん、お待たせしました!」
「おう、それじゃあそろそろフラウを起こすわ」
八幡はそう答えながら、フラウの頬をペチペチ叩いた。
「う~ん、あと五分………」
「もう気絶から回復して普通に寝てんのかよ!」
「びゃっ!?」
いきなり耳元で八幡に怒鳴られ、フラウは慌てて起き上がった。
「え………ここどこ?」
「お前が殴り込みに来たんだろうが、とりあえず飯を作っておいた、そこに座れ」
「あっ、サーセン………」
フラウはまだ頭が上手く回っていないようで、そう言って素直に席についた。
「よし、みんな席についたな、それじゃあいただきます」
「いただきます!」
「い、いただくお………」
そして優里奈の料理を口に入れた瞬間に、フラウの目がカッと見開かれた。
「何これ、美味っ!」
「そうだろうそうだろう、うちの優里奈の作る料理は美味いだろう?」
「うん、本当に美味………………ん、優里奈、誰?」
「初めまして、櫛稲田優里奈です、フラウさん」
すかさず優里奈がそう自己紹介をし、フラウも頭を下げた。
「あっ、どうもご丁寧に、神代フラウだお」
「そして俺がお前の探していた比企谷八幡だ、宜しく」
「フヒヒ、私が誰を探してたって?ちょっと自意識過剰なんじゃないかお………
って、ハチマン!」
フラウはそれで意識が覚醒したのか、慌てて立ち上がろうとしたが、
八幡が素早くフラウの頭を抑えた為、フラウは立ち上がる事が出来なかった。
「ぐぬぬ………」
「とりあえず話は後だ、とりあえず飯を食え」
「…………わ、分かったお」
フラウは八幡と優里奈をチラチラと見ながら食事を再開し、
八幡と優里奈もそのまま食事を続け、三人は平穏なまま食事を終えた。
「「ごちそうさまでした」」
「ご、ごちそうさまでした………」
二人から僅かに遅れてそう唱和した後、
フラウは八幡に手招きされ、居間のソファーに腰掛けた。
「さて、それじゃあ話をするか、でもまあもういい時間だ、エキサイトせずに落ち着いてな」
八幡に冷静に諭され、フラウは頷いた。
「あ、あんた、本当にALOのハチマン?」
「おう、さきも言ったが本名は比企谷八幡という」
「プークスクス、実名系乙」
「それは仕方ないんだって、俺の場合はな、
テストプレイのバイトの時の名前がそのまま製品に反映されちまったんだよ」
「あっ、そういう………ふ~ん、じゃああんた、元はアーガスの人?」
「いや、違う、まあ詳しい説明は省くが、今はソレイユの人と学生を兼業してる。
お前とも面接の時に会ったよな?」
「面接?あの時いた男は一人だけで、確か眼鏡にスーツの………」
そこまで言いかけて、フラウは目を細めて八幡の顔をじっと見つめた。
「あっ、もしかして変装してたとか?」
「そんな意識は無かったが、まあ一目じゃ分からないようにはしてたな」
「な、何の為に?」
「それはあの面接が、次期社長の専属に相応しいかどうかを知る為のものだったからだな。
そしてお前はそれに合格した」
「そ、それ!」
「どれだ?」
八幡はその言葉に首を傾げた。
「わ、私は自分の稼ぎで好きで引きこもりをしていただけで、
まだ余裕があるからすぐに働く必要はなかった。
だけど姉さんがそんな私を心配して、ソレイユの面接だけでも受けてみないかと言ってきて、
わ、私は姉さんの顔を立てようと、
だけど確実に落ちるようにと意図してひどい受け答えをした。
そんな私が合格とかイミフすぎてわけわかめ」
「そりゃまあ、俺が合格って言えば合格になるからな、俺の専属選びなんだし」
「ちょ、調子に乗るな若造、何故あんたが勝手に決める」
「だから俺の専属選びだからだって言ってんだろ」
「………………はぁ?」
「だから俺がソレイユの次期社長なんだっての」
「妄想乙」
「はぁ………どうすれば信じるんだお前は」
八幡は深いため息をつき、それを見た優里奈が横から口添えしてきた。
「あの、フラウさん、八幡さんはまだ若いから信じられないかもしれませんけど、
次期社長ってのは本当の事ですよ」
「えっ、本当に?分かった、私に美味しい物を食べさせてくれる、
天使のような優里奈たんの言う事なら信じるお!」
フラウは途端に手の平を返し、八幡は目をパチクリさせた。
「お、お前、いい性格してんな………」
「フヒヒ、サーセン」
フラウはそう言って謝ったが、どう見ても本気で謝っているようには見えなかった。
「まあいい、という訳でお前、週明けから出社な」
「ファッ!?い、いきなり!?」
「何だ、嫌なのか?」
「嫌に決まってるお、さっきも言った通り、就職する気なんかないんだお!」
「そうなのか?それじゃあ仕方ないか………」
八幡はあっさり諦めるそぶりを見せ、フラウの方が逆に驚いた顔をした。
「え、こ、断ってもいいの?」
「おう、残念だが本人にその気が無いなら仕方ない、
実に残念だ、お前となら世界を征服する事も出来ると思ってたんだがな………」
八幡のその言葉に、フラウはピタリと動きを止めた。
「な、何ですと?」
「その気が無いなら仕方ない」
「そ、その後!」
「お前と一緒に世界を征服出来ないのは残念だ?」
「そ、そこんとこ詳しく!」
「社外秘だ」
「くぅ………」
フラウはこの世の終わりが来たくらいの勢いで落ち込んだ。
「そんなに聞きたいのか?」
「も、もちろんだお!」
「う~ん、どうすっかな………」
八幡はそうもったいぶった後、いかにも渋々といった感じでフラウに言った。
「仕方ない、ここに来る前に受付で封筒をもらっただろ、
そこに入ってる書類にサインしたら教えてやってもいい」
「び、秒でサインするお!」
フラウは慌てて書類を取り出し、内容を全く見ないままそこにサインをした。
「こ、これでいい?」
「あとは拇印でいいか、優里奈、頼む」
「用意してあります」
そう言って優里奈が差し出してきた朱肉を使い、フラウはあっさりと拇印を押した。
「よし、これで入社決定だな、おめでとさん」
「ファッ!?」
フラウは驚いたが、その書類は既に優里奈によって回収され、
今はそのコピーがとられている所であった。さすがは優里奈、実に手回しがいい。
「ど、どゆこと?」
「優里奈、そのコピーをこっちにくれ。原本は一時優里奈の部屋に保管しておいてくれ」
「はい、どうぞ」
原本は優里奈がそのまま回収、どこかへと持ち去っていき、
八幡はフラウにコピーの方を渡した。
「内容も見ないでおかしな書類にサインしちゃ駄目だぞ、フラウ」
「ぐぬぬぬぬ」
そしてフラウはその契約書の内容を見たが、
そこにはシンプルに数行の文字が書かれているだけだった。
だがその内容が問題であった。
・比企谷八幡の業務命令には絶対服従、逆らった者には死を。
・業務中に得た情報は絶対に他者へ漏らしてはならない、漏らした者には死を。
・正当な理由なくして専属をやめる事は出来ない。その判断は比企谷八幡本人が行う。
「な、何これ、契約書として認められるの?」
「さあな、だがそれくらい俺の専属ってのは、重い立場だってこったな」
実際こんな契約書には効力はない。単に候補者の覚悟を問う為のお遊びのような物だ。
「な、何で?これって絶対無効っしょ?なのに何でこんな物が用意されてるの?」
「さあな、ただうちの社長が言うには、『これくらいは自主的に守ってもらわないと、
世界の支配者の側近にはなれないでしょう?』だそうだ」
「あ、あの怖そうな社長が?」
「怖そう?面接の時、姉さんはずっとニコニコしてただろ」
「そんなの見せ掛けだけじゃん、引きこもりの観察眼なめんな、
伊達に四六時中他人の目を気にしてる訳じゃないんだお!」
「ほう」
八幡は感心したようにそう言うと、じっとフラウの目を見つめた。
「で、お前はどうするつもりだ?」
「分かった、あの社長がそう言うんなら本気みたいだし、やるお」
「理由はそれだけか?」
「普通の会社と違って面白そうだから、ただそれだけ」
「そうかそうか、それじゃあ決まりだな」
八幡はそう言ってフラウに手を差し出し、フラウもその手を握り返した。
「宜しくな、フラウ」
「不真面目な社員になると思うけど、上手く使いこなしてね、デュフフフフ」
こうして八幡の専属に、またおかしな人材が加わる事となった。