「よぉルシパー、今日は宜しくな」
ハチマンはそう言ってルシパーに手を差し出した。
「フン」
それに対するルシパーの返事はそれだけだったが、
しっかり手は握り返してきたので、これはある意味ツンデレと呼べるかもしれない。
ちなみに後ろに控えていたサッタンはこちらに敵意を飛ばしてきていたが、
それはキリトとアスナが威圧して抑えていた。
他の幹部達は後方で何か作業をしているらしく、一瞬筒のような物が見えたくらいで、
この場にはいないしまったくこちらに来ようともしていない。
そんな中、その剣悪な雰囲気をぶった切るように、ハチマンがのんびりとした口調で言った。
「タンクはまあうちで何とかするから心配しないでくれ」
ルシパーはその言葉に黙って頷いたが、
その表情が若干悔しそうだったのは気のせいではないだろう。
ルシパーも今回のイベントで、タンクの重要性を嫌という程思い知らされていたからだ。
「まあいないものは仕方ないさ、これからじっくり育てていけばいい。
もし必要ならうちも手助けするからアスモゼウス辺りを通じていつでも言ってくれ」
ハチマンは基本的にフレンドリーに接しており、そんな提案も飛び出してきた。
「お前達の手は借りん」
だがルシパーはそれを断った。やはりプライドが許さないのだろう。
「まあそう言うと思ったよ、言ってみただけだ」
ハチマンはそう言ってルシパーに背を向けた。
今回は特に必要が無いと思ったのか、ホーリーの紹介はしない。
ホーリーの事を気にしているメンバーもいたようだが、
ルシパーを差し置いて前に出る気もないようだ。
ハチマン達はそのままスプリンガーやファーブニル達がたむろしている方へと向かった。
「ラキアさん、今日は宜しくお願いします」
ハチマンが最初に声をかけたのは、だがしかしその二人ではなくラキアであった。
この場の力関係を考えると妥当な選択といえる。
「むふっ」
ラキアは嬉しそうにそう言うと、そのままハチマンの背中をよじ登り、
何故かハチマンの肩の上に立った。これにはアスナも苦笑するばかりである。
相変わらず行動が読めないが、そのバランス感覚は凄まじい。
「んっ、んっ」
そしてラキアは何か言いたげにハチマンの肩の上でトントンと足踏みした。
「………スプリンガーさん、ラキアさんは何と?」
「ああ、時間まで遊んでだとさ」
「………分かりました、キリト、アスナ、あとは任せた。
ホーリーの紹介とさっきのアレの確認も頼む」
「あいよ」
「うん、分かった」
ハチマンはそう言って屈伸するように膝を曲げ、勢いよく立ち上がった。
その反動を使ってラキアが宙を舞い、空中で一回転してハチマンの右手に着地する。
「「「「「「おおっ」」」」」」
周囲から歓声と拍手があがり、遠くからも二人に注目が集まる事となった。
その間にキリトとアスナは、残りのメンバー達に挨拶をしていた。
「スプリンガーさん、ファーブニル君、ヒルダちゃん、今日は宜しくね」
「おう、こちらこそ宜しくな」
「今日は勉強させてもらいます」
「お二人とも、宜しくお願いします!」
「そしてこれがうちの新人のタンクのホーリーです、
今日のメイン盾になりますので一応紹介しておきますね」
「こんな姿で申し訳ありません、ホーリーです、今日は宜しくお願いします」
こんな姿、というのは例のアイマスクの事であった。
ホーリーはユージーン達にはわざわざそんな事は言わなかった為、
スプリンガーの物腰から、そうする必要があると感じたのだろう。
「おお、そうなのか、こちらこそよろしくぅ!」
それに対するスプリンガーの返事はとても軽かったが、
ホーリーを観察するその視線は実に鋭かった。
「新人さんなのに今日のメイン盾を?」
「そういう事になってますね、まあ役目はしっかり果たしますのでご安心下さい」
「へぇ?そりゃ楽しみだ」
「それでですね、さっきルシパー達が大きな筒みたいな物をいじってましたけど、
あれが何か分かりますか?」
そこでキリトが割り込むように、
「ああ、あれかぁ………」
そのキリトの問いに、スプリンガーは苦い顔をした。
「実は事前のミーティングに正体不明のフードの女が混じっててな、
誰かって聞いてもアドバイザーとしか答えやがらなくてよ、
で、そいつが使ってみてくれって置いてったんだよ、『魔力充填型の魔砲』って奴をさ」
「えっ?」
「ああ、味方殺しですか………」
そのアイテムの存在は、ヴァルハラのメンバーも知っていた。
だが実際に製作してみて、威力はあるが照準器が無いと命中率が低すぎる上に、
その照準器を作るのに必要な素材がまだ見つかっていない為、
実戦で使うと間違いなく味方の背中を撃つ事になってしまう事から、
ヴァルハラでも武器庫にしまわれたままになっているという曰く付きの武器である。
「味方殺し?そうなのか?」
「はい、あれはですね………」
キリト達は武器の性能について説明をし、スプリンガー達は天を仰いだ。
「マジか、まさかそんな武器だとは………」
「戦闘中に使うつもりなんですかね?」
「さすがにそれはたまらないな、俺からも使わないように進言しておくさ」
「お願いします、私達が言うと意地になるかもしれませんから」
「ああ、分かった、タイミングを見て伝えておくよ。
あと戦闘中はおかしな事にならないように俺が監視しておくさ」
「はい、お願いします」
キリトはそう言って頭を下げ、
ヴァルハラ本隊にこの事を伝えてもらおうとアスナの方へ振り返ったが、
そのアスナはいつの間にか、ハチマンと一緒にラキアと遊んでいた。
二人ともAGIビルドの癖に軽々とラキアを支えており、その総合力の高さが伺える。
ちなみに当然の事ながら、二人のコンビネーションも完璧だ。
「………それじゃあ俺は、仲間にこの事を伝えてきますね」
「………うちのラキアが何か悪いね」
「いえいえ、気にしないで下さい、まだ時間はありますから」
そう言ってキリトとホーリーはその場を去り、
残されたハチマンとアスナも、戦闘開始五分前には仲間達の下へと戻ってきた。
そんなハチマンを、意外な人物が出迎えた。
「相変わらず楽しい事をしてるじゃないか、シャ………じゃない、ハチマン坊や」
「あれ、おっかさんじゃないですか!」
「白銀の乙女参上さね、最後の戦いにはギリギリ間に合ったみたいだね」
「おお、今日は宜しくお願いします」
実は白銀の乙女は東門の戦いの初日に参加しており、残念ながら全滅していた。
その後、ハチマン達が参加した門の攻略時から今まで、
メンバーの都合が合わずに参加出来ていなかったのだが、
今日は時間ギリギリになってしまったが、こうして間に合ったと、まあそういう訳であった。
「こちらこそ宜しくね、坊や。うちの連中は好きに使っとくれ」
「分かりました、GGO組はシノンの、近接組はキリトの指示に従って下さい」
「了解だよ、坊や」
おっかさんとの話を終えた後、ハチマンとアスナはキリトに謝った。
「悪いキリト、つい楽しくなってギリギリになっちまった」
「ごめんね、キリト君」
「いや、別にいいさ、それよりもハチマン、例のアレの事なんだが………」
キリトは先ほどスプリンガーから聞いた魔砲の事をハチマンに説明した。
「やっぱりあれは魔砲だったか………
ナタク、魔力充填型だと何分で一発撃てるんだったか?」
「大体二十分で一発ですかね」
「って事はそろそろ撃てるようにはなるか………、
謎のフードの女ってのも気になるが、出所はどこだと思う?」
「大手の職人ギルドならどこでも作れるでしょうから、特定するのは難しい気がするわね」
続けてリズベットがそう答え、ハチマンは腕組みをした。
「ユキノ、ルシパーの奴、撃つかな?」
「そうね………前提によって変わると思うわ」
「………というと?」
「ただ提供されただけなら、味方を巻き込むケースだと撃たないのではないかしら、
さすがにそんな事をしたら参加したプレイヤー全員から叩かれてしまうわ」
「ただ提供されただけなら、か………」
「ええ、提供してきた相手が黒幕で、必ず撃つように言い含められていたとしたら、
もしくは黒幕がスパイか何かを送り込んできていたら、
批判なんかお構いなしに、いきなり背後から撃ってくる可能性が高いでしょうね」
「なるほど、確かにそうだろうな」
ハチマンはそのユキノの意見に頷いた。
「とりあえず開幕で撃たせてみるわ、それで戦闘で使ったっていう大義名分が立てば良し、
無理でもまあ、スプリンガーさんが監視しててくれるなら何とかなるだろ。
もし強行されて誰か死んだら、その時は戦争だ」
ハチマンはそう判断を下し、一同は交戦的な表情で頷いた。
「よし、それじゃあ戦闘を開始するか」
ハチマンはそう言って前に出ると、最初にルシパー達に向けて大きな声でその旨を伝え、
ルシパーがどこかホッとしたような表情でそれを了承し、
こうして魔砲の一撃を合図に戦闘が開始される事が決定したのだった。