天竜相手の戦いは、実にスローな滑り出しを見せていた。
これはホーリーに攻撃を当てる訳にはいかない為、
攻撃のタイミングが敵が空中にいる間だけとなるからである。
もっとも敵がホーリーに近接している時に丁度弾込めをする事が出来る為、
攻撃準備に関しては実にスムーズに進んでいた。
戦況が大きく動いたのは、その少し後からである。
「シールドスロー!」
敵が急に向きを変えた為、ホーリーはすかさずスキルを放った。
だが敵がそのまま他のプレイヤーに向かった為、
これはおそらくランダムターゲットか何かだと判断したホーリーは、
敵が向かった方向に向けて注意を促した。
「無差別攻撃の可能性がある、気をつけてくれ!」
敵が向かっていく先にいるプレイヤー達はその言葉に慌て、
敵の攻撃を何とかしようと防御姿勢をとった。
一部のプレイヤーは、ギリギリまで敵を引き付けて避けようと考えていたが、
そのほとんどがALO組である。何故ならGGO組にはそんな技能は必要ないからだ。
ナイフによる近接戦闘を行う機会があるGGOプレイヤーならばあるいは可能なのだろうが、
ここにいるほとんどのGGOプレイヤー達は、ただ銃を撃つだけのライト層であり、
咄嗟にそんな行動がとれる者は多くない。
ほとんどの者が死を覚悟する中、そんな彼らの目の前に、
どこからか飛来した銀色の壁が突き立った、アサギの鉄扇公主である。
アサギは多少なりとも味方のダメージを減らそうと、
遠くから自らの武器を投げ、壁としたのであった。
「ホーリーさん、ある程度は私がフォローします!」
鉄扇公主が壁になったおかげで、敵の突進の威力が僅かに削がれ、
何人か死者は出たが、多くの者が即死を免れる事となった。
セラフィムのフォローをしていたアサギが、
ハチマンの指示によってこちらに回ってきていたのだ。
これは敵の特性からしてセラフィムのフォローに入る必要はないと判断されたからである。
この辺りの即応性、決断の早さはさすがハチマンだと言えよう。
「すまない、助かるよ」
ホーリーはアサギに礼を言い、再び敵のターゲットを確保した。
アサギはその間に鉄扇公主を拾い、再び敵の攻撃に備える。
天竜はそのままホーリー目掛けて何度も急降下し、
足や尻尾、牙などを用いて激しい攻撃を加えてくるが、ホーリーはまったく崩れない。
先ほどアサギがフォローに入った時のように、
敵がいきなりヘイトを無視して他のプレイヤーに攻撃をしてくるケース以外、
ホーリーは完璧に敵を抑え込み、専属でついているユキノの効果的な支援もあり、
まさに鉄壁と呼ぶに相応しい立ち回りを実現させていた。
だがそれはある意味当然ともいえる。
そもそもホーリーは、回復魔法の無いSAOの七十五層まで、全てのボス戦を、
HPが半分を切る事無く乗り切った程の豪の者である。
それに比べれば回復魔法をかけてもらえるボス戦など、
ホーリーにとってはヌルゲもいい所であろう。
むしろ回復魔法をかけられてみたいという興味本位から、
わざと何度か攻撃をくらっていた程、ホーリーは余裕で敵を捌いていたのである。
「ふうん、やるじゃない、あんた達、私達も負けてられないわよ!」
ヴァルハラ・ウルヴズ並びにその友好ナイツの面々にシノンがそう発破をかけた。
「おう!」
「やってやろうぜ!」
「私の速さは生かせないけど、頑張る!」
闇風、薄塩たらこ、レンの三人は、そう気合いを入れた。
「あんた達、女を見せなよ!」
「あはぁ、
おっかさんがG女連に向かって叫び、ミサキは恍惚とした顔で銃を掲げる。
「任せてくれ、そういうのは得意さ」
「「やってやりましょうゼクシードさん!」」
ゼクシードはベテランの貫禄を見せ、ユッコとハルカもやる気を見せる。
「久々の出番だよ、あんた達、しっかりやりな!」
「「「「「おう!」」」」」
今日に備えていたSHINCは気合い十分のようだ。
「よっしゃ、俺達もやるぞ!」
「お前達、撃って撃って撃ちまくれ!」
ダインとギンロウは、仲間達と共に天竜に照準を合わせる。
「さて、それじゃあ俺達もお仕事お仕事っと」
「隊長、仕事じゃないっすよ!」
「こういう時くらい仕事の事は忘れましょうよ」
「でもやってる事は一緒なのよね」
「緊張感が無いわね」
Narrowの五人はのんびりした口調で話していたが、
さすがプロらしく、決して攻撃の手を抜く事はない。
ナタクとスクナもここに居り、サトライザーに射撃の手ほどきを受けつつ、
魔法銃にもっと習熟しようと試みているようだ。
テュカはシノンの横に立っていた。同じ弓使い同士、気が合うらしい。
そしてシャーリーは無言でAS50を構えた。
ALOとGGO、どちらにも精通しているシノンはGGO組のまとめ役に最適である。
シノンの言う事は、あのおっかさんやミサキですらちゃんと聞くのだ。
ついでに言うと、一般プレイヤー達も同じような状況である。
ALO組はヴァルハラの『必中』としてのシノンの指示に従い、
GGO組はALOのシノンがGGOのシノンだと確信している為、
BoB常連でゾディアック・ウルヴズの一員であるシノンには素直に従う。
こうしてシノンによって、組織だった攻撃が展開される事となり、
敵が飛んでいる為に一気に削る事は出来ないが、堅実に敵のHPが削れていった。
そんな余裕のある戦闘の中、HPを半分まで削った時、いきなり天竜が空中で静止した。
そして天竜の口の辺りに光が集まり始めた瞬間に、ホーリーは味方に向けて叫んだ。
「おそらくブレスだ、顔の向きに注意してくれたまえ!」
それと時を同じくして、アサギもまたこう叫んでいた。
「多分ブレスです、敵が自分の方を向いたらすぐ避けて下さい!」
(ほう?よく敵を観察している、指示の思い切りもいい、彼女はきっといいタンクになる)
「アサギ君、その調子で頼むよ」
「はい!」
ホーリーはアサギにそう声をかけ、再び敵と向かい合った。
今のブレスで何人かが死亡はしたが、ヒーラーのキャパシティを超える程ではなく、
門の突破の時にいい意味で死亡&蘇生慣れしたプレイヤーとヒーラー達が、
スムーズに蘇生をこなした為、攻撃陣に綻びは見られない。
前述したように敵が空を飛んでいる為に削りこそ遅いが、
天竜組は、このように堅実な戦いを続けていた。
一方地竜である。こちらは天竜と比べると、実に親切設計であった。
地竜の攻撃は、通常攻撃は激しいが、セラフィム一人で余裕で耐えられる程度であり、
残りはブレスと範囲攻撃になるのだが、そもそもここには近接アタッカーがいない為、
範囲攻撃が範囲攻撃たりえない状態となっていた。
例えば地面を槍のように隆起させる攻撃は、地竜を中心に円状に放たれるのだが、
地竜の攻撃を担当している魔法アタッカー達は、そもそもその範囲にはいない。
しかもその攻撃は地面に前兆のマークが現れる為、避けるのは容易である。
他にも体を一回転させ、尻尾をムチのように使って円形の範囲に攻撃してくる事があったが、
こちらもその範囲内にはセラフィムしかいない。
しかもその攻撃は、セラフィムが敵に接近してしゃがむだけで防げてしまうのだ。
多少ダメージを受けても、リーファとシリカ&ピナがまたたく間に癒してしまう。
これを親切設計と言わずに何と言おう。
例外的にブレスだけは射線上から逃げる必要があったが、
気をつける必要があるのはそれだけである。
「イロハ、大きいのいくよ」
「分かりました、合わせますね!」
「気円ニャン!」
ユミー、イロハ、フェイリスの三人娘が強力な魔法を叩き込む。
「おらおらおらおらおら!」
「こいつは楽でいいじゃんね」
「二人とも、避けるのな!」
スモーキング・リーフからは、リク、リョクの二人がこちらにいた。
リナは敵をじっくり観察し、攻撃に夢中になりがちな二人に注意を喚起している。
ちなみにレレイは無言で魔法を撃ち続けていたが、
その表情はいつもの無表情ではなく若干興奮しているように見える。
どうやらノーガードで魔法を撃ちまくれるのが楽しいらしい。
ALOのアタッカーの中で一番人口が多いのが魔法アタッカーだという側面もあり、
地竜はまたたく間にそのHPを減らしていき、地面にその屍を晒す事となった。
そして人竜である。人型故に動きが素早く、
両手の剣を振り回されると近接陣も中々近寄れない。
それに対してハチマンは、即座にカゲムネに前に出るように指示をした。
要するに、一本の腕に一人のタンクを張りつけたのである。
もっともどちらの腕もターゲットは共通である為、
まだ経験の浅いカゲムネは危ない場面もあったが、
それは師匠であるユイユイがフォローした。
そのうち二人のコンビネーションもとれてきて、
二人で交互に敵のヘイトを取る事で、安定した立ち回りが出来るようになった。
こうなると、後は背後からの攻撃を中心に近接アタッカーが、
スイッチしつつ強力なソードスキルを叩き込むだけである。
元々ここにはセブンスヘヴンランキングの上位が集まっている事もあり、
戦闘が軌道に乗った直後から、恐ろしい勢いで敵のHPが削れていく。
「マザーズ・ロザリオ!」
そんなユウキの攻撃を皮切りに、ラン率いるスリーピング・ナイツが突撃する。
「みんな、ユウに続くわよ!」
「「「「おう!」」」」
「みんな、頑張って下さい!」
シウネーがそんな仲間達に声をかける。
お次はルシパー率いるアルヴヘイム攻略団だ。先頭にいるのは当然ラキアである。
その後にファーブニル、スプリンガーと、七つの大罪の幹部連が続く。
ヒルダは何が起こっても対応出来るように周囲を警戒していた、さすがは出来る子である。
「ヴォルカニック・ブレイザー!」
そしてユージーン率いるサラマンダー軍の攻撃の後、
ヴァルハラのメンバー達が敵に襲いかかる。
アスナはこちらのメインヒーラーな為、とりあえず攻撃には参加しないようだ。
代わりにキリトを先頭に、エギル、クライン、フカ次郎がソードスキルを叩き込み、
それと入れ替わるように、久々に暴れられるとばかりに、
コマチ、レコン、アルゴの斥候組が短剣のソードスキルを放つ。
お次はロウリィ、リョウ、リンの三人だ。
ロウリィとリョウは、バトルジャンキーの名に恥じない攻撃を叩き込み、
あまり目立たないが、リンもそれに負けないような一撃を敵に放つ。
リツはリョウが暴走しないようにお目付け役としてこちらにいた。
ちなみにアスモゼウスは何かあった時の為に再び魔砲に魔力を注いでいたのだが、
それが完了した後は、その場でサボっていた。さすがは出来ない子?である。
そして続々と一般プレイヤー達もソードスキルを放ち、
人竜のHPは一気にレッドゾーンに達した。
そこで予想外に、いきなりアスナが動いた。どうやら我慢出来なくなったらしい。
アスナはそのまま凄まじい速さで敵の懐に飛び込んだ。
「スターリィ・ティアー!」
その一撃で、人竜は断末魔の悲鳴を上げ、その場に倒れる事となった。
「アスナの奴、他の奴の見せ場を取っちまいやがったな」
「まあまあ、ちょっとくらいいいじゃない」
「リーファさんが、ずるい!って顔をしてるけどね」
そんなアスナの姿を見て、指揮に専念していたハチマンは苦笑した。
左右を固めるのは参謀役たるクリシュナとリオンである。
「さて、これで天竜も片付くな」
その言葉通り、地竜と人竜を担当していた者達が一気に天竜に殺到し、
残り三割くらいとなっていた天竜のHPも、一気に消し飛んだ。
天竜は地に落ち、そこに屍を晒す事となった。
「さて、お次は何が起こるのかな」
そう楽しそうに呟くハチマンの目の前で、敵の死体がいきなり立ち上がった。
「………お?」
「そういえば、倒しても敵が消えなかったね」
「確かにそうね、何が起こるのかしら」
そして三体の死体は足をひきずるように合流し、その姿が闇に包まれ、
闇が消えた直後に再び上空に文字が表示された。『合体!屍黄龍』と。
「あはははは、ジョジョの奴、やりすぎだっての!」
その文字を見たハチマンは、再び大笑いしたのであった。