「あはははは、あはははははは」
ハチマンはしばらく笑い続けていたが、さすがに周囲の戸惑った雰囲気に気が付き、
取り繕うように咳払いをした。
「んっんんっ、よし、攻略を続けるとするか、ホーリー!」
「心得た」
ホーリーはすかさず敵にシールドスローを放つ。
だが光の盾が敵に着弾した瞬間に、敵の体からいきなり大量の黒い煙が噴き出し、
フィールド全体が暗闇に包まれた。
「な、何だ?」
「お、おい、HPが………」
気が付くと、その場にいる全員のHPが最大値の一割にまで減少していた。
「強制的に瀕死にするとか悪辣すぎんだろ!」
「やべっ、死ぬ、死ぬ!」
「薬、薬はどこだ!」
プレイヤー達は慌てて回復アイテムを取り出したり、回復魔法を唱えようとした。
だがこういう時ほど周囲への警戒が疎かになりがちだ。
それは最強の名を欲しいままにするヴァルハラのメンバーも同様であったが、
その中にもやはり例外というものが存在する。具体的には全プレイヤーの中でたった六人、
ヴァルハラの幹部連とホーリーだけが、
「総員上空に警戒せよ!」
いつの間にか上空に、光る槍のような物が大量に生成されており、
それがこちらに向かって降り注ぐ。ヴァルハラ・リゾートのメンバー達は、
そのハチマンの警戒を促す叫びのおかげで武器による防御が間に合った。
タンクや近接陣は当然問題なくその光の槍を武器で切り払い、
光の槍にいち早く気が付きつつも、仲間達を信じて回復に専念していたアスナとユキノは、
二人ともキリトがキッチリとガードしていた。
サトライザーはGGO組のフォローをしている。
これは点で攻撃してくる物体を銃で撃ち落すのにはかなりの技量を必要とする為、
ALO組よりも被害が大きくなると予想された為だ。
ホーリーは敵が他のプレイヤーをターゲットにしてもすぐ動けるように、
細心の注意を払って敵の動きをじっと観察していた。
そして叫びを放った当のハチマンは、クリシュナとリオンを庇い、
二人に向かってくる全ての槍を撃ち落していた。
「ったく、完全に殺しに来てやがるな」
「ありがとうハチマン、正直助かったわ」
「ご、ごめん、ありがと」
「二人とも大丈夫そうだな、それじゃあ体勢を立て直しつつ攻撃再開だ、とはいえ………」
ハチマンは眉を顰めながら他のプレイヤー達の方をチラリと見た。
アスモゼウスは咄嗟に魔砲の陰に隠れたらしく健在であり、蘇生活動を行っている。
ヒルダはラキアが庇ったようで、こちらも蘇生活動に勤しんでいた。
強制的にHPを削られた後の範囲攻撃、その攻撃力は、
ハチマンクラスになると一発は耐えられるようだったが、
多くのプレイヤーのHPはその域に達していない為、
全体の八割くらいのプレイヤーが、今の攻撃で死亡するという大惨事になっていた。
「ヒーラーをある程度纏めてガードをつけておくべきだったかしら?」
「いや、そこまでうちが口を出すのもな、
まあ自己責任だ自己責任。とはいえうちも蘇生活動に人を回そう、
ホーリー以外のタンクは一端下げて、
位置的にヒーラーだと思われるプレイヤーを片っ端から蘇生しよう」
「分かったわ、私も一応使えるから行ってくる」
「わ、私も」
蘇生魔法は呪文が長い為、覚えるのはかなり困難なのだが、
要は暗記力の問題であり、この二人に加え、セラフィム辺りも難無くこなす。
イロハとフェイリスもユミーを見習って覚えたようで、
今は総動員体勢で蘇生活動を行ってくれているようだ。
ちなみにヴァルハラとその友好チームには死者はいない。
気付くのが早かった分しっかり対応出来たからである。
だがこの状況で積極的に削りにいく訳にもいかず、戦闘はやや膠着状態に陥っていた。
そのまま立て直しは進み、大体半分くらいのプレイヤーの蘇生が完了した時点で、
ヴァルハラのメンバーは蘇生活動を切り上げ、削りを再開すべく準備を開始した。
「こんなもんだな、後は自前の蘇生に任せよう」
「ハチマン、そろそろいける!」
「こちらも大丈夫よ」
「こっちもいつでもいけるぜ!」
「よし、制限時間があったらまずいからな、攻撃再開だ」
こうして再び攻撃が開始されたのだが、
敵のHPが二割削れたところで同じパターンの攻撃がきた。
敵の背中辺りから、また黒い煙が沸き出してきたのだ。
「チッ、厄介な」
その時敵の様子を観察していたクリシュナが、こんな事を言い出した。
「ねぇハチマン、あの煙、背中に一定間隔で並んでる突起から出てるように見えない?」
「む………確かにそう見えるな、もしかしてあれを破壊すれば煙は止まるのか?」
「どうかしら、でもやってみる価値はあるわね」
「そうだな、クリシュナ、しばらく指揮は任せる。
しばらくは蘇生優先で削り少なめでやってくれていいからな。
俺はアスナを連れてちょっとシノンの所に行ってくる」
「分かったわ、気をつけて」
ハチマンはそのままアスナを連れ、シノンの所に走った。
途中でフィールドが再び黒い霧に完全に覆われ、
HPが一割まで減少したが、二人は全く意に介さない。
その道中でアスモゼウスの横を通った時、ハチマンはとある事を思いつき、足を止めた。
「おいアスモ、これ、ちょっと借りるぞ」
「えっ?ちょ、ちょっと、何を………」
ハチマンはそのまま魔砲を操作し、上空に向けてアバウトにぶっ放した。
そのおかげでそれなりに多くの槍が消滅する。
槍は空全体を覆っていた為、適当に撃ってもどこかしらには命中するのだ。
しかもこれならフレンドリーファイアの心配もまったくない。
「こ、こんな使い方が………」
「おいアスモ、余裕が出来たらまた魔力を充填しておけよ」
「う、うん」
そして二人は降ってくる槍を撃ち落しながらシノンの所へと到達した。
「おいシノン!」
「あら?どうしたの?」
そう尋ねてきたシノンも、降ってくる光の槍を片っ端から撃ち落している所であった。
「とりあえず落ち着いてからでいい」
「あらそう?それは助かるわね」
ハチマンもそのまま防衛に加わり、主にシャーリーの防御を担当した。
シャーリーは武器が武器だけに、こういった戦闘は苦手なのである。
「ハチマンさん、ありがとうございます」
「その分これから働いてもらう事になるから気にしないでくれ」
「は、はい、私に出来る事ならなんなりと!」
アスナも近くにいる味方を自分を中心に範囲回復する魔法で一気に回復させていく。
そして二度目の即死コンボを乗り切ったところでハチマンは遠隔攻撃組を集めた。
「ちょっとあいつの背中を見てみてくれ、
一定間隔で突起というか、パイプみたいなのが並んでるだろ?」
その言葉で仲間達は一斉にそちらの方を見た。
「おう、確かに並んでるな」
「パイプみたいと言われたら、確かにそうかもですわぁ」
「要するにあれを壊せばいいの?」
「話が早くて助かるわ、あそこからさっきの煙が出ている可能性が高いっぽくてな、
あれを全部壊せばもしかしたらさっきの攻撃を防げるかもしれない」
その言葉に一同は頷いた。
「分かったわ、みんな、徹底してあの突起を狙っていきましょう」
「そうだ、せっかくだしユキノとイロハに足止めもしてもらうか、
ボス相手だから長時間はもたないかもしれないが、
まあちょっとくらいは動きを止められるだろ」
「それじゃあハチマン君、その間のメインヒーラーは私がやるね」
アスナのその申し出に、ハチマンは頷いた。
「悪い、頼むわ」
「うん、それじゃあ行ってくるね!」
アスナは駆け出していき、すぐにユキノ達の所に到着した。
そしてユキノとイロハが魔法の詠唱をしているのが見え、遠隔攻撃チームも準備に入った。
そして一分後、いきなり敵の足元が氷で覆われた。
「今だ、攻撃開始!」
その言葉を合図に大量の火線が敵の背中に集中し、突起がどんどん破壊されていく。
シャーリーもここぞとばかりに張り切って、突起を狙撃しまくっていた。
だが残念な事に、全ての突起の破壊は出来なかった。
「ハチマン、背中の中央のへこんだ部分にある突起に攻撃が届かねえ!」
「どうする?」
「そうだな………仕方ない、レン、闇風、伝令を頼む」
「分かった、どうすればいい?」
「味方全体に、一端攻撃中止と伝えてきてくれ、走りながら叫ぶだけでいい」
「それだけでいいのか?」
「ああ、頼む」
「分かった、行ってくるぜ!」
二人はそのまま駆け出していき、ぐるりと戦場を回った。
そのおかげで味方からの攻撃が完全に止まる。
「で、どうするの?」
「ああ、それじゃあちょっと行ってくる」
「え?」
ハチマンはそのまま全力で敵目掛けて走り出した。
尻尾から背中を登り、一気に突起まで到達したハチマンは、
すれ違いざまに見事に突起を切断した。
「うわお」
「坊やもやるもんだねぇ………」
「ああっ、ハチマン様、さすがですわぁ」
だがそれで終わりではなかった。
「おまけだ、くらいやがれ」
ハチマンはそのまま敵の頭の方に向かい、敵の首筋を切り裂きながら進んでいく。
そして頭まで到達したハチマンはそのままジャンプし、ホーリーの後方に着地した。
屍黄竜は怒り狂い、ハチマン目掛けて攻撃しようとしたが、
その攻撃はホーリーが完璧に防いだ。
「ははっ、派手な登場だね」
「別にやりたくてやったんじゃないけどな」
そしてハチマンはレンと闇風に合図を出し、
二人は攻撃再開と叫びながら、味方の間を再び走り回った。
それと同時にハチマンと入れ替わりでキリト達が敵に突進していく。
「ハチマン、お疲れ!」
「おう、後は任せた」
そしてハチマンはクリシュナ達の所に戻り、その場に腰を下ろした。
「ふう」
「ハチマン、お疲れ様」
ここぞとばかりにリオンがハチマンの肩を揉み始める。中々抜け目がない。
「おう、サンキュー」
「これで敵のあの攻撃、止まるかな?」
「どうだろうな」
「止まるといいわね」
三人が固唾を飲んで見守る中、敵のHPが四割削れ、半分まで到達したが、
再びあの黒い煙が発生する事はもう無かった。