「う、うぅ………」
あれから三日目の朝、アスモゼウスこと山花出海は今日も悪夢にうなされて目を覚ました。
目の前に迫る魔砲の光、その強大な力に抗えず、立ちつくす自分。
そんな自分を片足を吹っ飛ばされながら助けてくれるハチマンと、
直後に向けられた、自分の身を気遣ってくれるような優しい目。
ここまではまだ悪夢とは呼べないが、問題はこの後だった。
この後の部分はこの三日間、毎日違う内容となっており、
それが悉く悪夢と呼べる内容になっていたのだった。
初日はそのままハチマンもろとも再び発射された魔砲で消滅させられる事となった。
二日目はいきなり誰かに背中を刺され、必死にこちらに伸ばしてくれた、
ハチマンの救いの手を掴む事すら出来ずに死亡した。
そして今日は、多くのユーザー達に、魔砲が使われた事を糾弾され、
それを庇ってくれたハチマンもろともプレイヤー達になぶり殺しにされたのである。
実際には返り討ちであろうが、夢がこういうおかしな設定になるのはよくある事である。
「はぁ、またなのね………」
現実に起こった出来事を追体験するでもなく、ただひたすらに自分が殺される夢。
出海には、そんな夢を見るようになった原因に心当たりがあった。
「私、ああいう風に死にそうになったのって、あの時が初めてだったもんなぁ………」
そう、アスモゼウスはヒーラーであり、通常は戦いの最前線に立つ事はない。
仲間達が強い事もあって、今までアスモゼウスが死ぬような目に遭う事は一度もなかった。
だが今回のイベントで、一歩歯車が狂えばアスモゼウスは確実に死んでいた。
おそらく悪夢を見るのはそのせいだろうと出海は分析していたが、
実は出海にはもう一つ原因に心当たりがある。それは自分が安易に攻撃に走らなければ、
魔砲の異変をすぐに察知出来たかもしれないという、
罪悪感からきているのではないか、という推測である。
どちらが真実なのかは分からない………あるいは両方なのかもしれないが、
理由が分かったからといって悪夢を見なくなる訳ではない。
なので今の出海に出来る事は、ただひたすらに、
悪夢を見せないで下さいと、神に祈る事くらいであった。
そしてその日の昼、出海は購買で偶然詩乃と唯花と遭遇し、
そのまま屋上で一緒に昼食をとる事になった。
ちなみにABCと遠藤貴子もその場にいたのだが、四人は出海達との同席を断った。
三日前に色々あったという話は聞いており、
今日はそれについて存分に話してほしいと遠慮したのである。
「そんな気を遣わなくても別にいいのに」
「まあまあ、私達が一緒だとしにくい話もあるだろうしさ」
そんな訳で、三人は屋上で一緒に昼食をとりながら、
先日のイベントについての話をしていたのである。
もう十二月なので、最近は屋上で食事をする事も減ってきてはいたが、
気温自体はそれなりにあるので、風が無く晴れている日は普通に屋上でも寒くはないのだ。
そして詩乃と唯花が普通にあの敵はああだった、この敵はこうだったと話をしている横で、
出海は曖昧に頷いていたが、かなり寝不足だった事もあり、うとうとし始めた。
「あれ、出海、寝ちゃった?」
「そうみたい、ちょっと元気も無かったみたいだし、寝不足なんじゃない?」
二人はそう言いながら出海の顔を覗きこみ、ある事に気がついた。
「………あれ、今日の出海、化粧がちょっと濃くない?」
「本当だ、いつもは化粧なんかほとんどしないのにね」
「あっ、これ、目の下の隈がひどくない?」
「そう言われると確かに………」
「ちゃんと眠れてないのかな?」
「かも………」
「もしかしてこの前のアレのせいかな?」
「どうだろう、でもこれはちょっと保健室で休ませた方がいいかもね」
「そうしよっか、出海、ほら出海、ちょっと起きて」
「う、うう~ん………」
出海は二人に起こされ、そのまま両脇を抱えられて保健室へと連れていかれた。
そして二人は養護教諭にゲームの事は伏せつつ出海がかなりの寝不足だと説明し、
養護教諭も出海の顔を見て納得し、放課後まで保健室で寝ている事を許可してくれた。
「担任の先生には私から伝えておくわ」
「すみません、お願いします………」
「それじゃあ私達も放課後にまた来るから、出海はしっかり寝ておきなさいね」
「出海、また後でね」
「うん、ごめんね二人とも」
出海はそうお礼を言い、大人しく横になった。
だが内心ではまた嫌な夢を見そうで寝たくなかった為、
そこから出海はかなり頑張って起きていたのだが、
二時間ほどで限界を迎えたのか、そのまま寝てしまった。
気がつくと出海はいつもの戦場にいた。遠くには真黄龍の姿も見える。
(あ、私、寝ちゃったんだ………)
夢の中で、これは夢だと自覚出来る事は稀にある。
今回もその例の一つなのだろうが、とにかく出海はこれが夢だと認識していた。
だが夢の中を自由に動ける訳ではなく、
体はいつも通り、真黄龍に向かって弓での攻撃を続けていたのだった。
ただいつもと違いがあるとすれば、ここが学校だからか、
今の自分が学校の制服姿だという事くらいであった。
顔に関してはどちらなのかは分からないが、
出海の感覚だと、本当の自分の顔であるはずであった。
まあ夢というのはそういう曖昧なものであろう。
(駄目よ私、そこで振り向いて!)
魔砲が発射されるタイミングが迫っていたが、出海は弓を撃ち続ける。
(お願い私、動いて!動けないならせめてハチマンさんに………)
出海はとにかく犠牲を自分だけで済ませようと、
ハチマンに向け、来ないでと叫ぼうと必死で努力した。
その甲斐あってか、出海の口が徐々に開いていく。
同時に後方にある魔砲の先端に光が集まっていく事も分かった。
繰り返しになるが、夢とはまあそういうものである。
出海は焦り、渾身の力を振り絞って口を開こうとした。そしてその努力は報われた。
「来ないで!」
「はぁ?誰がお前の言う事を聞くもんかよ」
いきなり耳元でそんな声がしたが、ハチマンは当然出海の言葉を聞きいれてはくれない。
何故かというと、出海がハチマンをそういう人間だと認識しているからだろう。
そして出海の手がぐいっと引かれた。
いつもと違うのは、その部分に熱が感じられた事くらいだろう。
その直後に出海はハチマンの逞しい腕の中にいた。その横を魔砲の光が通過していく。
「あ、あれ?私、助かった?」
「危ない危ない、ギリギリだったな」
見上げるとそこにはハチマンの笑顔があり、それを見た瞬間に出海の感情が爆発した。
「良かった、無事だったのね?」
「いや、足の一本は持ってかれたが、こんなのはすぐ治るからな。
まあヒールでもかけておいてくれ」
「うん、分かった、任せて!」
そして出海がヒールをかけた瞬間に、ハチマンの足が再生した。
こんな事は現実にはありえないが、夢ならではという事なのだろう。
もっとも出海は悪夢ではなかった事に安堵するばかりであり、そんな事は気にもしなかった。
「サンキュー、それじゃあ俺達をこんな目に遭わせてくれたあいつに仕返しするか」
「あいつ?」
出海が振り返ると、魔砲の横には確かにプレイヤーの姿があった。
着ているのは七つの大罪の制服であったが、それが誰なのかは分からない。
「うん、そうだね、やっちゃいましょう!」
出海は躊躇いなくそう言い、いつも間にか手にしていた弓に矢を番え、
そのプレイヤーに向けていきなりぶっ放した。
「くらいなさい!」
出海が放った矢は、途中で勝手に本数が増え、そのプレイヤーに突き刺さる。
ハリネズミのようになって倒れたそのプレイヤーの顔は………グランゼの顔をしていた。
「やったわ!」
(あれ、グランゼちゃん?)
出海は嬉しそうにそう叫び、同時に別の出海がそう考える。
「おう、よくやった、これで悪は滅びたな」
(もしかして私、犯人はグランゼちゃんだって思ってるのかな?)
出海はそうも考えたが、直後にハチマンが出海の肩を右手で背後から抱いてきた為、
そんな考えは一瞬でどこかにいってしまった。
(わっ、わっ)
ハチマンはそのまま出海の左手を自らの左手で握り、
その握られた部分が先ほどと同じく熱く感じられる。
出海はドキドキしながらも、幸せな気分でハチマンの方に振り向いた。
「ありがとう!」
『何がだ?』
その時その場全体に、ハチマンの声が響き渡った。
明らかに今背後にいるハチマンが発していない、別のハチマンの声が。
そして出海の意識はいきなり覚醒し、目の前に、出海の顔を覗き込む八幡の姿があった。
その後ろには養護教諭の姿も見える。
出海が呆然としながら体を起こすと、そこは当然保健室のベッドの上であった。
「あ、あれ?」
「お前今、いきなりありがとうとか言ってたけど、もしかして寝言だったのか?」
「え、えっと………う、うん、そうかも」
「ははっ、一体何に感謝してたんだ?」
「それは………」
出海はそう言いながら、じっと自分の左手を見た。
そこが何故か、まだ暖かく感じられたからだ、というか右手と比べて明らかに暖かい。
出海はその事を疑問に思いつつ、八幡に夢の内容を伝えようとした。
だが八幡の顔を見た瞬間に急に恥ずかしくなり、結局出海は誤魔化すようにこう答えた。
「は、八幡さんがこうしてお見舞に来てくれたから?」
「寝てた癖に何言ってやがる、
というか俺は詩乃に頼まれて、お前を家まで送ってやる為に来ただけだぞ」
「そ、そうなの?」
「まあでも、確かにそれが見舞いなのかと言われたら、そうなのかもだけどな」
八幡は苦笑しながら、そのまま出海の顔を覗きこんだ。
(ち、近い、近いよ!)
「んん~、確かにひどい隈だな、とりあえず俺が家の近くまで送ってやるから、
車の中でもう少し寝るといい」
「う、うん、ありがとう」
そして八幡は養護教諭の方に振り返った。
「先生、それじゃあ連れて帰りますね」
「すみません、宜しくお願いします」
「おい出海、行くぞ、さっさと支度しろ。それじゃあ俺は部屋の外で待ってるからな」
「言い方、言い方!ってか別に出ていかなくてもそこで待っててくれれば………」
「いや、まあお前、服がちょっと寝乱れてるからな、
男がこの場にいるのはちょっとまずいだろう」
そう言って八幡は保健室を出ていき、出海は慌てて自分の姿を見た。
確かに襟元が多少開いたり、裾がまくれたりしていたが、
悲しい事に、まったくエロい感じにはなっていなかった。
おそらく出海の胸のサイズがもっと大きければ、また違った結果になっていたと思われる。
「山花さん、今日はしっかり栄養をとって、ゆっくり休んでね」
「は、はい先生、ありがとうございました」
出海は素早く身づくろいをし、養護教諭に頭を下げた。
「あ、そういえば山花さん、さっきじっと左手を見ていたわよね」
「あ、はい、何か暖かいなって思って」
その出海の返事に養護教諭は微笑んだ。
「それはあなたが目覚める直前まで、比企谷さんがあなたの手を握ってくれてたからよ。
比企谷さんが尋ねてきた直後に山花さんがいきなりうなされ出して、
それで慌てて比企谷さんが、あなたの手を握ってくれたんだけど、
その瞬間にあなたがうなされなくなったから、きっと効果があったんでしょうね」
「そ、そうだったんですか!?」
出海は驚いたようにそう言い、右手でそっと左手を握った。
「ええ、良かったわね」
「えっと………は、はい!」
「それじゃあ気をつけて帰ってね、山花さん」
「はい、本当にありがとうございました!」
こうして出海は八幡に、家の近くまで送ってもらう事になったのだった。