保健室を出てすぐに、二人の方に、詩乃と唯花が走ってきた。
「おい、廊下は走るな」
「何先生みたいな事を言ってるのよ、それじゃあはいこれ、出海のカバンよ」
「えっ?あっ、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「さっきより多少は良くなったみたいだね、あんまり夜更かししちゃ駄目だよ」
「う、うん、心配かけてごめんね」
友達がほとんどいなかった出海は、誰かに心配してもらえる事が、
こんなに幸せな事なのだとこの時初めて知った。
「それじゃあ帰るとするか、そうだ、ついでに二人も送ってくか?」
その八幡の問いに、二人は首を横に振った。
「ううん、今日は遠慮するわ、その分出海の帰りが遅れたらまずいもの」
「私達は大丈夫だから、気にしないで下さい」
「そうか、それじゃあ出海、とりあえず駐車場で待ち合わせな」
「えっ?何でわざわざ?」
「いや、まあ俺の靴は来賓用の昇降口にあるからな、受付の人にも挨拶していかないとだし」
「あっ、確かにそうだね、うん、分かった」
八幡はそのまま来賓用の昇降口へと向かい、出海には詩乃と唯花が付き添った。
「本当に大分良くなったみたいね」
「うん、おかげさまでね」
「まあしばらく無理はしない事、いい?」
「あっ、う、うん」
まさか毎日見る悪夢のせいだとは言えず、出海は二人の言葉に素直に頷いた。
そして三人は、昇降口から駐車場へと向かった。
「あっ、キット、お~い!」
キットはその詩乃の呼びかけにハザードを点滅させて答えた。
それで八幡も三人の接近に気付いたのか、
いじっていたスマホをしまってこちらに目を向けた。
「それじゃあ今日はお世話になります」
出海は殊勝に頭を下げ、八幡は鷹揚に頷いた。
「おう、それじゃあキット、助手席のドアを開けてくれ」
『分かりました』
助手席のドアが直立していき、出海はそちらに向かおうとした。
結構注目を集めてしまっている為、早くこの場から逃げ出したかったからだ。
だがそんな出海を詩乃と唯花が呼びとめた。二人は出海に近付き、その耳元でこう囁いた。
「これは貸しにしておくわ」
「覚悟しておいてね、これは高くつくぞぉ?」
「は、はは………わ、分かった」
出海は乾いた笑いを浮かべながら助手席に乗り込み、キットは動き出した。
詩乃と唯花が手を振りながらそれを見送る。
出海はそちらに手を振り返すと、前を向いてキットに話しかけた。
「あの、キットさん、今日は宜しくお願いします」
『お任せ下さい、ええと………』
出海はキットが何を言い淀んでいるのか分からなかったが、
出海の代わりに八幡が答えてくれた。
「出海だ、山花出海」
それで自己紹介をしていなかった事に気付いた出海は、慌ててキットに自己紹介した。
「う、うん、出海、出海です!」
『分かりました、お任せ下さい、出海』
キットは出海にそう答え、門を出る直前で停止した。
『さて、どちらに向かいますか?』
「どっちだ?あ、大体の場所でいいからな」
『えっと………』
八幡にそう言われたのにも関わらず、出海は自宅の住所を番地まで全てキットに伝えた。
「お、おい、大体でいいって言っただろ、
お前はもう少し個人情報に気を遣え、これで俺にお前の住所がバレちまったじゃないかよ」
「私は別に気にしないけど?」
「気にしろ、自分の身は自分で守る時代だ」
「でも知っておいてもらえたら、
何かあった時に八幡さんに助けに来てもらえるじゃない?」
その言葉で八幡は、かつて詩乃が襲われた時の事を思い出した。
あの時の記憶は、今も八幡に鮮烈に記憶されている。
「………一理あるな、分かった、家まで送る」
「うん、ありがとう!」
八幡は素直にそう答え、出海は嬉しそうに微笑んだ。
そして二十分ほど車を走らせ、キットは高級住宅街へと入っていった。
「ん、ここか?」
「うん、うちは母子家庭なんだけど、幸い経済的には恵まれてるんだよね」
「ほう?でもここなら危ない事もあまり起きなさそうじゃないか?」
「一応だよ、一応!備えあれば憂い無しって奴!」
「まあそれもそうか、こういう所を狙う空き巣とかもいそうだしな」
そのまますぐに出海の家に到着し、キットは出海の指示に従い、
何台かは余裕で停められそうな駐車場の中で停止した。
「ありがとう、凄く助かりました!」
「おう」
『いえいえ、お役にたてて良かったです』
「それで、何かお礼がしたいんだけど………」
「そんなのは別にいらん、困った時はお互い様だろ?」
「う~ん、でもなぁ………あ、そうだ!
今誰もいないんだけど、良かったら家にあがっていかない?」
八幡はその言葉にスッと目を細めた。
「………それは何の罠だ?」
「罠って何!?そんな訳ないってば!私、そんなに恩知らずじゃないよ!?」
「まあそうなんだろうが、でもさすがに女子と二人で部屋にってのはな………」
八幡にとってはそれはよくある事であったが、それは全て棚上げだ。
「あ、女子扱いしてくれるんだ」
「まあそうなんだろうが、でもさすがに二人で部屋にってのはな………」
「それ、女子を省く必要あった!?」
そう反論はしたものの、この八幡の反応は出海にとっては想定内だった。
だが出海には、家に上がってもらう可能性を手繰り寄せる腹案があった。
「実は私の部屋、よく女の子らしくないって言われるんだけど、
実は今まで発売されたゲーム機がほとんど置いてあるんだよね」
「へぇ、そんな物には全く興味はないが、せっかくだしお邪魔させてもらおう」
八幡はその言葉に即落ちした。いや、即堕ちと言うべきだろうか。
ここまで効果があるのかと、出海にとっても驚きの豹変ぶりである。
「お邪魔します」
「誰もいないってば」
「いや、それくらいは普通言うだろう」
出海は笑いながら、八幡を自分の部屋に案内した。
「着替えるからちょっと待っててもらっていい?」
「そうだな、早く楽な格好になるといい」
そして数分後、ニットセーターにミニスカートという格好の出海が部屋から顔を出した。
「お待たせ、さあ、入って」
「お、お邪魔します」
中に入るとそこにはゲーミングPCデスクと三連モニターが設置されており、
下にはゲーミング用フットペダルまで設置されている。
そして横の棚には歴代ハードがずらりと並んでいた。
「うおおおお、本当に全部ありやがる!」
「だから言ったじゃない………」
八幡は、まさかのカセットビジョンまであった事に驚きを隠せない。
更にはもっと古い世代の知らないゲーム機もあり、八幡は興奮状態に陥った。
「凄えな………」
「せっかくだし何かで対戦しない?」
「ソフトは?ソフトは何があるんだ?」
「それはこっち」
出海が複数あるクローゼットの一つを開けると、
そこには綺麗に収納されたソフトの山、山、山。
「………待て、今決める」
「何でも受けてたつわよ」
八幡は全てのソフトをチェックする勢いで悩み始め、ぶつぶつと呟き出した。
「最初はそれなりに知名度の高いやつを………、
でもこれも捨てがたい、いや、でもな………」
そして悩んだ末に八幡が最初に選択したのは旧ストIIであった。
メジャーなタイトルで出海の腕前を確認しようと思ったのである。
「よし、やるか」
「フルボッコにしてやるわ」
「言ってろバーカ」
そして二人の戦いが始まったが、結果的に、八幡はフルボッコにされた。
「くっ、さすが現代遊戯研究部………」
「おほほほほ、あなたにはクンフーが足りないわ!」
「それ別のゲームだよな!?」
ボコられたにも関わらず八幡が楽しそうだった為、出海はとても嬉しかった。
今まで出海とこうして一緒に家でゲームをやってくれる者は今まで一人もいなかったからだ。
それはリアルではどちらかというと内向的な出海に友達が少なかったせいもあるが、
出海が子供の頃は、既に皆スマホゲーばかりしており、
こういった据え置き型のゲームを一緒にやろうとは、
奇異な目で見られる可能性もあり、中々言い出せなかったのだ。
「くそ、しかし勝てねえ………」
「ふふん、それじゃあ私に勝てたら何でも一つ、言う事を聞いてあげるわよ」
「お前、それは攻めすぎだろ」
「いいのいいの、余裕余裕」
「くそ、絶対に勝ってエロい目にあわせてやる」
「はいはい、出来るならね、ってか棒読みだし!」
ここで一瞬出海はわざと負けようかと悩んだ。
(エロい目にって、絶対大した事ないと思うんだけど………)
だがそれをやると、八幡が怒るだろうなと考えた出海は、
その後も手を抜かず、八幡をフルボッコにし続けた。
だが八幡の顔は晴れやかであり、出海もとても楽しい気分になれた。
「ふう、少し休むか」
「うん、そうだね、あっ、そこの冷蔵庫の中に飲み物が入ってるから好きに飲んでね」
「それじゃあ遠慮なく」
冷蔵庫を開けると、中にはまさかの選ばれし者の知的飲料が入っており、八幡は狂喜した。
「お前、中々センスがいいな」
「ふふん、それは基本でしょ?」
「おう、基本だな」
出海も同じ物を選択し、二人は休憩しながら雑談に入った。
「そういえばお前、ゲーセンとかにも行くのか?」
「うん、まあ最近は、カードを使ったりとかのゲームばっかりだから、
場末の古目のゲームがたくさん置いてあるとことかを選んで行くかな」
「へぇ、ああそうだ、うちの会社に俺が作った遊戯室があってな、
そこにはそういうゲームが沢山置いてあるから、今度招いてやろう」
「えっ、いいの?それじゃあ明日にでも!」
「行動が早えな………まあいいぞ、それじゃあ明日な」
「頑張って私に勝って、私の体を好きにしてみなさいよね」
(こいつ、調子に乗ってやがるな、ここは一つお灸を据えておかないと………)
「ふむ、明日は代理を立ててもいいか?」
「えっ、代理?」
「ああ、俺とお前の共通の知人にかなりのゲーム好きがいてな、それも一戦のみの代理だ。
その勝負でお前が勝ったら俺もお前の言う事を一つ聞いてやろう。
ただし聞いてやれない事もあるからそれなりに自重しろよ。
あ、言っておくけど相手は女の人だからな」
(女の人………それに知り合いなら、まあ平気かな)
「………うん、別に構わないわよ」
(もし私が勝てたら、またうちに遊びに来てってお願いしよっと)
「そうかそうか、はっはっは、これでお前に思う存分エロい事が出来るな」
「棒読み、棒読み!」
「いや、まあ一応言っておかないとって思ったんだよ」
「一応………ね」
その言葉に出海の女の部分が刺激された事に八幡は気付いていない。
「それじゃあそろそろ別のゲームをやるか」
「今度は私が選んでいい?」
「おう、何でもいいぞ、ただし俺が知らないゲームなら、
操作方法をちゃんと教えてくれよな」
「それはもちろん!」
そして出海はわざと四つん這いになり、棚の低い位置にあるソフトを漁り始めた。
「えっと、確かこの辺りに………」
「うっ………」
その時後ろにいた八幡がそんな声を上げた。
「どうしたの?」
「い、いや、何でもない」
見ると八幡は顔を赤くし、横に向けていた。
(ふふん、ギリギリ作戦成功!)
出海は女豹のポーズを意識し、パンツが見えるギリギリのラインまで腰を上げていたのだ。
だがリアルではポンコツな出海は完全に加減を誤まっており、
今八幡からは、出海のパンツが丸見えになっている事に出海は気付いていない。
「それじゃあこれで」
「おう、これなら知ってるわ」
ちなみにこの日、出海が八幡にパンツを見られた回数は、かなりの数にのぼり、
たまりかねた八幡が出海にその事を指摘し、
出海がしばらくフリーズするという事件も起こっていたが、
結局その後も二人はゲームに熱中し、楽しく遊び続けたのだった。
こうしてこの日の夜は更けていく。