どのくらい手を引いて走っただろうか。
とりあえずからんできた奴らが視界から消えたのを知りつつ走って数分……だと思う。
撒けた上に俺の自宅から離れられたがこれからどうするかと路地裏から通りを見ながら考えていると、不意にシャツの制服の袖の裾をつかまれたので、振り返る。
当たり前のように、彼女がうつむいていた。
困った俺は誰かに擦り付ければいいやと思い至ったが、クラスメイトで頼りになる奴が思いのほかいないことに気付いた。
そもそもクラスメイトにばれた瞬間俺も標的にされるのだ。その上、長年のフラストレーションのせいか、霧島もいい具合に壊れて雄二が所有物化されつつあるし、明久は姫路さんと島田さんに血祭りにあげられるだろうし、康太はまず鼻血出して終わり。
となると秀吉が一番安全なんだろうが……と考えていると、「変わってなくて良かったです、流様」と言って抱きついてきた。
俺はため息をついて言った。
「そういえば別な婚約者出来たって? 良かったな」
「……」
答えない。それどころか、腰に回してきた腕が若干震えている。
「……本当に」
震えていた。彼女の声も、彼女の身体も。
「本当に、そう思われているんですか?」
心外だと云う様に。自分は嫌だと云う様に。
それらをすべて理解しているつもりの俺は、それでも「良かったな」と吐く。
「俺みたいな化け物と結婚なんて誰もが嫌だってことくらい俺自身がよく知っている。気味悪がらない奴なんて、ほとんどいなかったしな。良かったじゃないか」
が、そう言ったところで彼女がここにいる意味を理解していない俺じゃない。どういう意図で彼女がこうしてあの学校にいるのかは、八割推測が成り立つ。
でも、だからこそ、俺は関わる気をなくすように徹底的に折ると決めた。
……そうでもしないと留美みたいに壊れた奴が出てきかねないしな……。
手の施しようのない元妹の存在を思い出して頭を抱えたくなっていると、「化け物なんかじゃありません」と強い意志の籠った声が。
やっぱりか……八割の推測が確信に変わった俺は、彼女が続ける前に電話を掛けることにした。
『もしもし木下じゃ』
「秀吉ばんわー」
『珍しいのぉお主から電話を掛けてくるとは』
「ちっと厄介事を匿ってほしくて」
『秀吉ー? 牛乳まだなのー?』
『…またかけてほしいのじゃ』
まるで何かを諦めた感じで秀吉は電話を切った。というか木下姉って家じゃぐうたらなんだな。良い事知った。
携帯電話をポケットに入れた俺は手に入れた情報をどう使おうか吟味していると、「今、木下さんに電話したんですか?」と質問が。
「まぁな。転校してすぐ知ったと思うが、うちの学校結構無法者の巣窟でな。誰が一応まともなのかを判断できる目がないとあそこで生き抜くのはつらいぞ」
「でしたら平気です。私は流様を信じておりますから」
「……やっぱり変わってないな。親同士が一度無理に決めた婚約だというのに」
俺の言葉に彼女は「初めてお会いした時に言った通り、嫌でした。でも、今じゃ流様以外の方との結婚は考えられません。たとえ家を出ても、この気持ちは変わりません」とこれまた強い意志で宣言する。
……どうしてこうも堂々と自分の気持ちを言えるのかね。一周回って冷静になった俺の頭はそんな疑問を浮かべていた。
しかしその気持ちを飲み込み、仕方なく俺は彼女の手を握って「とりあえず、ここから木下の家へ行くか」とため息交じりに、力なく言った。
そんな俺とは対照的に嬉しそうな声で「はい!」と彼女――由美は言った。
さらば…平穏じゃなかったけど関わり合いの少なかった日常よ……。
木下の家へ向かいながら、俺は内心で涙を流しながら今までの日常へ別れを告げることになった。
「誰よこんな夜遅くに……って、あんた!」
「ウィッス木下姉。試召戦争のときはかなりえげつなかったな」
「……で、何か用?」
特に怒りもせずに用件を訊ねてくる。さすがに猫被っていてもAクラスにいる人間。切り替えは早いな。
由美を背中に隠しながらもそう思った俺は、「悪いけど、泊めてくれる?」と訊ねる。
「ハァ? なんでよ」
「俺じゃないんだよ。当たり前の事だけどよ」
そう言って俺は背中にいる由美を木下姉に見える様に移動する。
「妃さん……? Fクラスのあんたが一体どういう関係なのよ?」
「詮索するなら秀吉経由で頼む。それか、今日泊めて直接聞いてくれ」
答えるとは限らないがな。心の中でそう呟きながら返事を待っていると、木下姉が観念した様に「…分かったわ。ちょっと家族に相談して来るから待ってなさい」とため息をつきながら言って玄関から消える。
入れ違うように、秀吉が玄関に来た。
「どうしたんじゃ流よ。電話したと思ったら直接来て」
「時間が時間だからこの子を任せようと思って」
「初めまして。わたくし、木下優子さんと同じクラスの妃由美と申します。秀吉さんは似ていらっしゃいますね」
「よく言われるぞい。じゃがわしは男じゃ。ゆめゆめ忘れんでくれ」
「大丈夫です。ちゃんと見分けはつきますから」
「許可取ってきてわよ妃さん……秀吉、あんた妃さんの事案内しなさい」
「姉上がやればいいではないか。クラスメイトなのじゃろ?」
「良かったな。家に帰ることが無くて」
長くなりそうだったので、俺はすぐさま退散出来る様に口を挟み、「じゃ、また明日」と言って逃げることに。
ちょっと待つのじゃ! などと聞こえたが、そんな些細な声に耳を傾けずそのまま駈け出した。
ところ。
走ってしばらくの街灯があまり機能していない道で囲まれた。数は四人。夜目になっているので服装でどういった関係なのかは想像できた。
動かない四人に対し、俺は一言提言することにした。
「
そう言って先へ進む。前方の二人が警戒しているのが分かっていながら、俺はその二人の間を通り抜けて同時に抜き取った拳銃二丁を両手で回しながら「危ないから没収するぜ」と四人を置き去りにして俺は家へ帰った。
やれやれ。この拳銃どうやって処分しようかね。
今頃俺とあいつの関係話しているんだろうなぁと考え、明日は気が滅入りそうだと思いながら、拳銃を押し入れに投げ入れて、寝た。
書類はちゃんと終わらせた。
ご愛読ありがとうございました。