清涼祭初日の朝。
いつも通り一時間早く登校した俺は、雰囲気自体ががらりと変わっている学園を前にして感慨深くなりつつ教室へ向かう。
今日は財布と携帯電話ぐらいしか持ってきていない。鞄なんて邪魔になるし、そもそも持ってくるものが俺にはない。
さぁってどうなってるかなとワクワクしながら教室前に立った俺は、すぐさま気付いた。
「……この建物一度立て直したのかよ」
そう言わざるを得ないほど、うちのクラス、ひいてはEクラスの木造が様変わりしていた。
Eクラスは比較的まだ綺麗な方でFクラスは完全にオンボロだったが、今ではどちらも新築同様の匂いをさせている。
三百五十万出したらここまでやるのかよあいつら…と、リフォーム会社に呆れながら立て付けの良いドアを開けた先に見たものは。
自分のクラスだと見間違うほどの清潔さを感じる、畳の上に白いテーブルとイス、その上喫茶店のようなメニューが書かれたメニュー表が、昨日配置した通りの場所に配置されているという事実。
妥協せずにやったかひょっとしてと思いながら隅っこに置いた教壇の上に置いてあったペットボトルで抑えていた紙を読む。
『ついでだから西村先生っていう、話の分かる人に手伝ってもらって全面改修した。金は引き落としておくから学園祭頑張れよ。 P.S.始まったら行くからよろしく』
「マジか……まぁ、別にいいか」
俺はその紙を折りたたんでポケットに突っ込み、中身が入ったペットボトルを振り回しながら深呼吸して教室から出た。
とりあえず西村先生のところ行くか。
「失礼しまーす」
「豊橋か」
生徒指導室へ入った俺は、扉を閉めずに挨拶をする。少し寝ていたらしい先生は目を擦りながらも「お前のせいでひどい目に遭った」と文句を言う。
俺は教室に置いてあったペットボトルを先生に渡して「いやー手伝っていただけてありがとうございます」と笑顔で礼を述べた。
それを見た先生は受け取ったペットボトルを飲みながら「あそこまでやる必要はあったのか? あのクラスの環境は確かに最悪だと思うが」と質問してきた。
それに対し、手伝ってくれた礼として、俺は答えることにした。
「教頭が盗聴器仕掛けてたの、聞いてますか?」
「……なんだと?」
「俺が早々に見つけたんでそこから調べたんですが、どうも教頭は他校と共謀してまして」
「だったらすぐに捕まえればいいだろ」
「ところがそうはいかないんですよ。盗聴器の指紋がべったりついて教頭室を調べて中身が出たとしたらイメージダウンにつながるんですよ。つまり、逮捕報道になったらこっちがピンチなんです」
「……確かに」
どういう事か理解してくれたらしい。
なら詳しくは説明しなくていいかと思った俺は、「だからこっちは逮捕報道にしない範囲で教頭を追い出すのが勝利条件になるんです。そこにイメージアップがついたらなお良いって感じで」と続けると「だから清涼祭で、と」と先生。
俺は頷いてから補足した。
「姫路さん、身体弱いの知ってますよね?」
「ああ」
「その上彼女は風邪を引いたせいでFクラス。教育熱心な親としては転校させたいと思うでしょう」
「……まぁな」
Fクラスの惨状を思い浮かべたらしく、少し間を置いて肯定する。
即答すれば楽なのに生徒思いだなと思った俺は、「でも彼女はそれは嫌だと考えられます。勉強しながらも笑顔でいるので分かると思いますが」とよく見ているだろう前提で話をする。
「彼女は親の意見に反対です。だから見返したかった。そんな時に清涼祭でトーナメント戦がイベントとして存在するのを知った。だから彼女は同じクラスの島田さんとエントリーした。Fクラスでも、充分勉強ができると証明するために」
「……なるほど」
「それでも設備自体の問題は解決しない。けれど、それに関しては売り上げで買えば何とかなるという考えに居たり、先生も一応肯定した。これで頑張れば、設備も何とかなると考えたに違いないでしょう」
「…それが?」
「
「……豊橋」
「なんですか?」
「俺はお前がただのお調子者だという認識だったが……学園長が『化け物』と言う理由が分かった」
「そりゃよかった。じゃぁそのまま話を聞いといて。……で、その売り上げを出すには盗聴器をそのままにしているから雄二たちの対談が横流しになっている状態を想定しなければいけないんです。つまり、妨害工作の可能性です」
「つまり坂本たちの行動は教頭先生を釣り上げるエサだと」
「そうじゃありません。彼らの行動で学園長の弱みを握ろうとする教頭を追いつめる作戦です。雄二たちの方は副次的でしかありません」
「意外と友達思いなんだな」
「なんですかいきなり」
唐突に変なことを言われた俺は突っかかる。
それをスルーしながら、西村先生は根拠を提示した。
「豊橋。お前は彼らに何が降りかかろうとも策はあるんだろ? あの教室にしたってそうだ。改装前、聞けばトーナメントに参加する坂本たちにあまり無理をさせないよう指示を出したそうだな。改装も、文句を言われたくないため、だろ。
言葉に詰まる。そんなこと言われたのが久々過ぎて。
思わず涙腺が決壊しそうだったので、俺は目を瞑って「ですかね…」と自嘲気味に言う。
「ああ。きっとそうだ」
「……そう言われるとそうかもしれないと思えてくるのが不思議ですよね」
そう言って俺は生徒指導室を出ることにした。
屋上で空を眺める為に。
西村先生はいいこと言いますね。
ご愛読ありがとうございます。