さて。腹が立ったので思いっきりぶん殴ったのだが、殴ってから我に返った。
「いっけね」
「どうしたんだよ流」
「手袋するの忘れた」
「別にいいんじゃね? 中学の頃、俺喧嘩素手だったし」
「なんだお前達は! 人の顔を殴っておいて!!」
そう言ってヨロヨロと立ち上がった男。どこかで見た記憶はあるが、はっきり言ってどうでもいいのだろうから覚えていない。
なので、俺は無視して雄二に反論した。
「いやいや大事だぜ? 警察沙汰にならないとか」
「この状況じゃ意味ないだろ」
「闇討ち」
「物騒だな!?」
「闇夜は背後に気をつけな」
「カッコつけたいだけか!?」
雄二のツッコミに周りにいた奴らはざわめき始める。大方、俺達が殴ったことについてだろう。
頬を抑えながら叫ぶ男を無視し、俺は声を張り上げた。
「黙ってみていたのなら同罪だろ! お前らだって見てるだけで何もしてなかった。見殺しにしてたんだからな!!」
「流?」
周囲のざわめきが一瞬しにして止む。雄二は首を傾げ、留美たちは黙って俺を見ている。
我に返ったと言ったが、あれは嘘だ。俺は今、この場で黙って見ていた奴らの人生を破滅させようと考えているぐらい怒っている。
「どうせお前ら学校でのいじめですら見て見ぬふりして生きてたんだろ? そうやって野次馬根性でここまで来たんだろ? 罪悪感はどうだ? まったくないか? こんな少女達をに対して何もしないで見ているだけの自分達に」
俺の言葉が突き刺さっているのか重くなる空気。それに反比例して白い制服を着た男たちは喚いているのが、よく響く。
正直お前達なんてどうでもいいし、このままいったらお前らがどういう状況になるのか決まったので無視し、俺は語る。
「まぁあんた達の事情は知ったことじゃない。正直言ってさわらぬ神にたたりなしだという言葉もあるから逃げるのもアリだろう。だけど、現状はどうだ? 高校生という大人に近い年頃でありながらよってたかってこんな状況。あんた達はそれから逃げるのか? 間違った大人にさせないために注意したりしないのか? 自分達の子供はどうするんだ? もしいじめられてたと分かったらどう対応するんだ? それすらもしないのか? だったらいいさ。それはそれでありだ。ただし、あんた達の心に一生! 拭えない罪悪感や聞こえるはずのない怨念が聞こえるかもしれないがな」
そう言ってニヤリと笑う。その言葉を聞き、俺の笑顔を見た奴らは完全に動揺して伏し目になり、見てない奴らですらこの雰囲気を重くする。
その雰囲気を感じ取った俺は、一変して明るく言い放った。
「だけど今日変わることができれば、あんた達が現状をきちんと理解することができて注意することになれば、そんな罪悪感に押しつぶされることはない。いかに今まで見過ごしていようが、これから見過ごさなければいいだけの事なのだから」
たったそれだけ。たった励ましにすらなってない励ましの事だけなのに、この場の雰囲気は一変した。
即ち、野次馬ではなく通告者に。
まず変わったのは誰もが携帯電話を取り出して現状を撮影する。俺は黙って留美たちの方へ近づき、倒れている霧島の首筋に手を当て脈を確認。
……正常。どうやら気絶しただけらしい。
念のために病院連れて行かないといけないなと思いながら携帯電話で救急車を呼び出そうと操作していると、「翔子は大丈夫なのか?」と雄二が。
「心配いらねぇよ。ただ気絶しただけだ。外傷はみたところない」
「……そうか」
ホッと胸をなでおろす雄二。それを見た俺は携帯電話で救急車を連絡しようとし、辞める。
「とりあえず保健室行くぞ。霧島を運んでやってくれ」
「ああ、分かった」
「鈴鹿さん達も保健室へ行ってくれ」
「……はい」
「……ありがとう、ございます」
ここから先は邪魔なので、被害者側を強制的に移動させる。
残ったのは俺と加害者連中と野次馬。
と、ここで「一体何があった豊橋」と野太い声が。
全員の視線が西村先生に向く中、俺は肩を竦めて言った。
「成り行きでAクラス代表と鈴鹿さんに妃さんを助けました。今雄二と一緒に保健室に向かいました」
「そうか……で、この生徒達は?」
男連中が驚いているのも意に介さず質問してくるので、俺は「さぁ? 学校名までは知りません。殴りましたけど」と申告する。
それに眉をピクッと反応させた西村先生は、「お前が殴るということは、余程のことがあったんだな?」と確認してきた。
それに対しあちらは咄嗟に何か言おうとしているのが丸わかりだったので、俺は静かに「全容は見ていた人たちの方が分かっていますよ。俺はただ、Aクラス代表の霧島さんが気を失っていたのを見て殴りかかったのですから」と出くわした場面を説明する。
それを目を閉じて吟味したらしい西村先生は周囲を見回して「誰か説明できる人はいますか」と質問。
それだけで目の前にいる奴らはどういう状況に立たされたのか理解したのだろう。慌てて逃げようとしても自分達が作った人の壁。左右はどちらも塞がっている。
右往左往しようと視線が泳いでいる姿が滑稽すぎて思わず笑いそうになるが耐えつつ黙っていると、急に人の壁が割れた。
現れたのは俺に道を聞いてきた人間――現鈴鹿家当主、鈴鹿東角。荘厳という言葉がぴったりで、風格で周囲の人間を退けることを素でやってのける。
並の神経じゃこの人間を睨めないよな…と思いながら視線をちらっと見てから真下へ移すと、その人間は口を開いた。
「先生は?」
「私ですが」
即答する西村先生。この人もまた並の人間じゃないんだよな…と考えていると、「娘は?」と質問してきた。
「保健室へ向かったそうです」
「そうか……」
そう言ってからちらっと視線を俺に向け、すぐさま縮み上がっている逃げる動きを見せた男連中を見てから翻り、そのまま行くのかと思ったが「そこの三人」と声をかける。
返事はない。が、その人間は続けた。
「あとで親と共に私の家へ来るように。異論は認めん」
その声に含められた怒りを感じ取ったらしい三人は完全に被食側に回ったらしい。
ざまぁみろと思いながら、俺は自然解散されていく流れに身を任せてその場を後にした。