「で、お前らは泳がないのか?」
「お兄様が子供のようにはしゃいでらしたのを鑑賞していたのです」
「とてもかわいらしかったです、流様」
由美はどうして頬を染めて言うのだろうかと思いながら「来たんだから入れよ」と言っておく。
それに対して留美は頷いたと思ったら何か思いついた顔をして「ああお兄様。その前に日焼け止めを塗っていただけませんか? 肌が弱いので」と言ってきた。
咄嗟に俺は振り返って飛んできたボールを蹴り上げてキャッチ。
なにやら殺意を持っている康太と明久に対し、「一々反応するなよ」とバレーのジャンプフローターサーブでボールを返して二人の顔面へ直撃。
着地と同時に二人が水に浮かんだのを見た俺は、つい反射的にガッツポーズして「おっしゃぁ!」と叫んでしまった。
「って、何やってるんじゃお主は!?」
「なにって、報復」
「清々しいほどの笑顔でひどいことをさらっと言いおったな!」
やられたら徹底的にやるのが普通だろうになんて思いながらも秀吉を見て思いついた俺は、「そうだ秀吉」と声をかけた。
「なんじゃ?」
「留美の日焼け止め塗ってやれないか?」
「なんでわしがやらんといけないんじゃ!?」
「そうですよお兄様! どうしてお兄様がやって下さらないのですか!?」
勢いよくそう言う留美に対し、俺は「いや……なんで俺がやらないといけないんだよ」と正直に言う。
「というかお前日焼け止め塗らなくても肌黒くならないだろ? ガキの頃よくプール一緒に入った時日差しが強くても肌黒くならなかっただろ」
「そ、それは昔の話ですわお兄様! というより、よくそんな昔の話を覚えておりますわね!!」
「ならいいだろ別に」
「うっ……」
何も言えなくなったようなので、「おとなしくプール入れよ」と言っておく。
「うぅ……お兄様のいけず。少しは留美の気持ちに気付いてくださってもよろしいのに……」
「流様。翔子さんと一緒に泳いできます」
「おう楽しんできな」
「それで、その……泳ぎ終わってから、なんですけど」
「ん?」
「一緒に帰りませんか?」
「ん? そんぐらいなら(パシパシッ)別にいいけど」
「ありがとうございます!」
明久と康太からの攻撃を受け止めた俺は手を振って由美を見送る。
それを見ていた留美は衝撃を受けたらしく、「で、でしたら留美も同席してよろしいですか!?」と頼んできた。
それぐらいなら別にいいかなと思った俺が頷くと、「私も泳ぎます!」と綺麗なフォームで飛び込んだ。
「おー」
「なんというかお主は……」
「まぁお兄ちゃんの場合過去が過去だからね」
「む。それは一体どういう事じゃ?」
「その話はまた別な時にするさ。必要があればな」
「そうか。なら今は敢えてきかねぇよ」
「お、雄二。やっと解放されたのか」
「なんとかな」
いつの間にか男子勢がプールサイドに上がっていた。康太なんてすでにカメラでパシャパシャと写真を撮っている。
明久も上がっている姿を見た俺は、ふと先程の光景で疑問が浮かび聞いてみた。
「なんでボールあったんだ?」
「ああそれか。用具室にあった」
「それじゃ島田さんに抱きついてるのは?」
「あれはDクラスにいる清水という女子じゃな。試召戦争のときでも島田に対してはただならぬ執念を燃やしておったわい」
「それじゃ、今新しく入ってきたのは工藤なんだな」
「え? あ、本当だ」
「あ、吉井君たちじゃん。どうしたの?」
工藤は普通に入ってきて平然と首を傾げて訊いてきたので、俺は逆に「そう言うお前はどうしているんだよ?」と訊ねた。
「いやー今日部活休みだったのを学校来るまで忘れててね。まぁみんなで遊んでるみたいだしいいよね?」
「どうよ雄二?」
「いいんじゃないか別に。どうせ俺達の貸切だからな」
随分と太っ腹な雄二。まぁこの懐の深さが指揮官としての素質なんだろうきっと。
なんか暇になったなぁと欠伸をしながら座っていると、康太が二回目の輸血をしている姿を発見。
あいつはあいつで大変だよなと思いながら工藤を見送った俺は、「なぁしりとりでもしねぇ?」と明久たちに持ちかけた。
で、毎度毎度明久が終わるので罰ゲームだなこりゃとなり、その内容を決めていると、明久が気付いた。
「ねぇみんな」
「ん?」
「なんじゃ?」
「どうした」
「あそこすごい白熱してるんだけど」
そう言って示した方向を見てみると、島田さんと清水さんペア、霧島と姫路さんペアでバレーをやっていた。留美と由美はサイドラインを見ており、工藤は審判をやっていた。
その雰囲気がただならぬ感じだったので、俺は思わずつぶやいた。
「白熱っつぅか、こりゃ険悪そのものだろ」
「だな……特に島田と姫路の間がすごい」
「ただならぬ気迫を感じるの」
「何か賭けているんですかね?」
薫のその言葉にピンときたのか、雄二は明久に聞いた。
「なぁ明久。お前にあげたチケットどうした?」
「あれ? 美波と姫路さんが行きたそうにしてたから二人にあげたよ」
その言葉を聞いた瞬間、明久以外の声が被った。
「「「「それが原因だな(じゃ・です)」」」」
「え?」
まるで分ってないという顔をしてる明久。それに関しては本人が気づくか否かの問題なので俺達は何も言わず、この勝敗の予想を考える。
「どう見るこれ?」
「島田と姫路なら勝負は決まったようなものだが、姫路の方だな」
「そうですね。島田さんのパートナー、わざと手を抜いてるようですし」
「ふむ。確かにの……これは島田にとっては残念な結果になるやもしれぬの」
「頑張ってくださいですお姉ちゃん!」
「……シャッターチャンス」
いつの間にか一か所に固まった俺達。そして勝負を見るという形に。
未だにわかってない明久の事を放置して見ていると、ついに二セット目に入った。
「このままだったら姫路さん達勝利確定だな」
「そうじゃの」
そう言い合った、その時だ。
『あなたの事を明日から『清水さん』と呼ぶわ』
『……』
「ね、ねぇ見た雄二!」
「なんじゃあのサーブは!?」
「垂直に曲がるって……翔子もさすがに取れないだろ」
「あんなことできる人いるんですね…」
「は? あれは多少難しいぐらいだろ。相手陣地に落ちて弾まないサーブよりは」
「あーそう言えばお兄ちゃん、よくそんなサーブやって封殺してたよね授業の時」
「あの時は七割ぐらいだったが、今では百%そのサーブできるぞきっと」
「ええ!?」
薫が驚くのと同時に今度は破裂音が聞こえた。どうやら、ボールが割れたらしい。
「決着つかなかったな」
「そうだね」
一時休憩という形で姫路さん達もプールサイドに上がり俺達の方へ来た。
「みんなお疲れ様」
「すごかったの、あれは」
「ありがとうございます」
明久と秀吉の称賛に姫路さんが照れる。それを見ていた俺は由美に耳を引っ張られた。
「ったたたた。引っ張るなよおい」
「見惚れてました」
「あいつには好きな奴がいるんだよ。そんな目で見るかっての。つぅかよ、お前婚約者いるだろ」
『え!?』
俺の発言に周囲が驚きの声を上げる。
だがさして驚くべきことのない俺達は普通に続けた。
「あれは、なくなりました」
「マジで?」
「本当ですわお兄様。清涼祭の時に起こったあれを起こして殴られた方が婚約者でしたの。あそこの家はもうありませんので婚約が自然消滅したんですわよ」
「そっかー消えたのかあの家。別にどうでもいいけど」
「でもあれは当然の結果だよお兄ちゃん。どの道浮いてたから」
「別にお前らの関係図に関しては大して興味ないんだが……そうか。金蔓になりそうな家が消えたか……」
『いやいやいや! その前に色々説明しろ!!』
心底残念そうにつぶやいたが、そんなものは無視されて明久たちからの説明しろという叫びが強かった。
俺は留美達に視線を向けてからため息をついて言った。
「雄二と霧島、康太と秀吉に工藤は知ってると思ったんだが……しゃぁない。今一度自己紹介するか。まずは留美からな」
「改めまして鈴鹿留美と申します。皆様ご存知だと思いますが、鈴鹿財閥の娘です。好きなものはお兄様で、愛しているのもお兄様です」
「はい次」
「それじゃ、僕からで……。僕の名前は上下院薫です。日本医療のドンみたいな家の息子で、現在十三歳です! よろしくお願いします!!」
「次は私ですね……。私、妃由美って言います。妃グループのトップを務める家の娘です。どうか今後ともお願いします」
「んで俺の名前は省略してこいつらとの関係性だけ言うと、留美は元妹。薫は元自称舎弟。由美は元婚約者だな。全部俺が家から追い出されたから一度切れたけど」
そう言って見渡すと、案の定雄二と霧島以外は固まっていた。
まぁこれぐらいなら言っても問題ない範囲だし。そう思いながらも留美に自己紹介に関して言いたいことがあったが、放置することにした。
その沈黙の中最初に口を開いたのは、明久だった。
「えっとつまり……流って元々鈴鹿さんと兄妹で、薫君にとってお兄さん的存在で、妃さんとは婚約関係にあったけど追い出されてこんな状況になった……ってこと?」
「おお。すごいぞ明久そういう事だ。一番理解が追い付かなそうだと思ったのに、やるな!」
「さすがに僕そこまで馬鹿じゃないからね!?」
「でも、どうして家を追い出されたのですか?」
明久の抗議の後に姫路さんが首を傾げてもっともなことを言う。それに共感するように秀吉たちも頷いたが、俺は笑って誤魔化した。
「義理立てする気はないけどそれは言えないんだよ。なんせ戸籍が抹消されてるからな。『鈴鹿流が存在していた』なんて事実が必然的になくなり、『追い出された』という事実はないことになってるんだから」
「そんな……」
「別にいいんだよ。おかげで別人として生きていけてるし、やりたいことやってるし」
そう言って強引に話を終わらせた俺は「あー腹減った。更衣室に荷物置いてきたから持ってくるわ」と言って男子更衣室に向かった。
すぐさま荷物を持ってプールサイドへ戻ってきた俺が目にした光景は、姫路さんがバスケットを持っている姿だった。
すぐさま悲惨な状況になった光景がフラッシュバックしたが今度こそ大丈夫だろうと思い直しつつ近づくと、こんな会話が聞こえた。
「――ですが、少ししたらお母さんとお父さんがトイレに籠ってしまったんですよ。出てきた時には顔が真っ青でした」
一体どうしてですかね? と首を傾げる姫路さん。それを見ていた秀吉、康太、雄二、明久、島田さんは浮かべていた笑顔のまま固まっていた。
何作って来たか分からないけど食べたらヤバそうだなと直感した俺は、「よし、俺達男子で水泳競争やろう」と提案した。
「賞品は姫路さんが作って来たもの」
「え、でも三つしかないんですけど」
「なら俺が持ってきたものも分けてやる! これでいいか!」
「「「「賛成!!」」」」
「あれ、僕は?」
「お前にはまだ早い!!」
薫が参加したそうにしてたのを一喝して却下した俺は、急いでスタートラインに立つ。
すると、工藤が「だったら僕がコールするよ」と言って近くに立った。
全員が並んだのを見た工藤があげていた手を振り下ろすと同時に「よーいスタート!」と叫んだのを聞いた俺達は飛びこんで、我先にゴールへとめざ――
「「くたばれぇ!!」」
――あいつら馬鹿だな。
結果。
「流。昨日は助かった」
「あ、西村先生。実はですね、秀吉と薫って女っぽいじゃないですか」
「いきなりどうした?」
「いや、それでですね、着替えようとしたら明久と康太が鼻血出しまして」
「……」
「競泳してたら女物の水着着ていた秀吉の上が外れてプールが文字通り血の海になったんです」
「…………はぁ。だったらその二人は別にした方がいいか」
「ちなみに掃除はちゃんとやらせましたんで。ルミノール反応が出ないよう、徹底的に。おかげで眠いです」
「……本当にご苦労だったな」
という会話があり、内心二人に頭を下げていた。