教室に入ったら力なく卓袱台に突っ伏している雄二と明久の姿を目撃した。
俺は近づいて「どうしたんだ一体」と質問する。
答えたのは、雄二だった。
「バイトやったら翔子たちのせいで滅茶苦茶になった。そのせいでバイト代もらえなかったんだよ……」
「ふーん」
「もうバイトなんてやりたくないよ……」
明久がそんな風に弱音を吐く。
そんな様子を見た俺は、そう言えば今週末のイベントの人手が足りないとか言ってたなぁと思いだし、「まだバイトしたいのなら俺が紹介するけど?」と提案する。
のそのそと顔を上げた雄二は「本当か?」と疑わしそうに聞いてきた。
「本当本当。内容とかは簡単なことだし、向こう次第だけど日給は高い方だと思う」
「……いつやるんだ?」
「今週の土曜。確か西村先生の都合で補習ないだろ?」
「ああそうだな……しゃぁねぇ。やるか」
「明久やる?」
「僕は……どうしようかな」
明久が渋っていると、康太と秀吉が近づいてきた。
「何の話をしておるんじゃ?」
「ん? バイトの話。今週末知り合いが人手足りないって言ってたのを思い出して」
「……あの時は散々だった」
「そうじゃの…色々と衝撃的なバイトじゃった」
「で、やる? 雄二は参加するって」
「……俺もやる。結局お金が入らなかったから」
「わしも参加するとしようかの。流が斡旋するバイトなら安心して働けそうじゃから」
「え、秀吉も参加するの?」
「なんじゃ、明久はやらぬのか?」
「うんやるよ」
「さっきまで渋ってたよなお前」
「…今更だけど背に腹を変えられない現状だったことを思い出してね」
「お前がそんな言葉を知っているだと!?」
「流それはいくらなんでも失礼じゃない!?」
俺が驚くと明久が反論したが、雄二達は黙って視線を逸らしたことにより浮き彫りに。
ヒドイや! と泣きにはいる明久を放っておくことにし、「じゃ、土曜日午前七時に校門前に集合。他言無用でよろしく」と集合時間と場所を言っておいた。
で、土曜日。
六時半に校門前で待っていると、秀吉と康太がいつもと変わらぬ感じで来た。
「おっす」
「おはようなのじゃ流。今日はよろしく頼むぞ」
「……よろしく」
「そういや朝食食べた?」
食べてない俺がそう訊ねると二人とも食べてないと言ったので、会場へ行く前にコンビニへ行って買うかと移動の予定を瞬時に考える。
六時四十分。雄二が肩で息をしながら来た。
「…ハァ、ハァ……何とか撒けた」
「何やってたんだよ」
「……翔子から逃げていた」
「……なんかすまん」
そう言うと「こんな朝早くに集合なんて、一体どこへ向かうんだよ?」と質問があった。
「それは全員そろって移動中に話をするから」
「あー眠いや……」
「言ったそばから来たの」
「……たぶん徹夜」
「あいつ休みの日はずっとゲームやってるからな。家族がいないからって」
「ふ~ん」
適当に相槌を打ちながらのそのそと歩いてくる明久を待っていると、その後ろから乗用車がクラクションを鳴らさずに来ていた。
明久はそれに気付かず俺達に近づき、欠伸をしながら「おはよう」と挨拶をする。
「間抜け面だな」
「……バイトやるとは思えない」
「さすがに呆れてものが言えんわい」
三者三様の言葉にも明久は動じずにいたので俺はとりあえず眠らそうと考えて「今来た車に乗ってくれ。こっから小二時間ぐらい移動するから寝ててもいいが、途中で朝食買うためにコンビニ寄るからな」と言っておく。
それを聞いた雄二達は財布を持ってくるのを忘れたようなので、「まぁ俺が適当に買ってきてやるよ」と言いなおす。
「すまないな」
「……お金は後で返す」
「恩に着るぞい」
「ありがとうございます流様」
「……明久を眠らせた方がいいと思う人」
「「「異議なし(じゃ)」」」
とりあえず明久眠らせて車に乗った俺達は、途中特に何があったわけでもなく目的地に着いた。
「着きましたよ」
「あー悪いね」
「「「「ありがとうございました」」」」
俺は助手席から降り、明久たちは後部座席の方から降りて運転してくれた人――高野さんにお礼を言った。
高野さんは手をひらひらと振るだけで言葉を返さず、そのまま車を発進させた。
それを見送った俺は、会場となる建物を見上げながら「んじゃ、車の中で説明した通りな。まずは挨拶するぞ」と言ってその建物――ブリッジゲームズ支社隣にある発表会場専門のビルの中に先陣を切ってはいることにした。
……そういや俺が社長(実質的)だって言ってなかったよな。
そんなことを思ったが、別にいいかと思い直した。
「つぅかイベント会場設営のバイトって聞いたことないぞ」
「……俺はそれに撮影も含まれている」
「わしと明久と雄二は裏方じゃな。……ところで、明久は何を呆けておるのじゃ?」
「えっ、ここブリッジゲームズなんだよ? ゲームをやってる人にとってはこれほど」
「言っとくけど明久。ここは本社じゃないから。ただ発表する場となってるだけだから」
「…え?」
更に目を丸くする明久。それを見た俺達はため息をついた。
「お前入口にちゃんと書いてあっただろ」
「そうじゃ」
「うっ……だって会社名見たら誰だってそう思うじゃないか!」
「よく見ればその隣にちゃんと書いてあったぞ」
「……見落とし」
「ぐふっ」
項垂れる明久。正直いって邪魔になるのでさっさと起こし、俺は今回のトップ――春日部さんを探す。
と、向こうがこちらに気付いたのか「来ましたか!」と大きな声で呼びかけてきた。
反射的に声がした方へ振り向くと、こちらに向かってくる白衣を着た長身の優男が途中でこけた。
「「「「「…………」」」」」
黙ってその様子を見守る俺達。一方で、周りの人たちはお構いなしに作業を続ける。
倒れて数秒でむくりと春日部さんは起き上がり、「いやーごめん。ちょっとコード踏んだみたいで」と言いながら近づいてきた。
雄二は俺を肘でつついて訊いてきた。
「あの人が今回のバイトを紹介してくれた人か?」
「ああ。春日部さんっていうんだよ」
「流よ。お主の交流関係はどうなっとるんじゃ?」
交流関係というかここの会社一応俺が経営している(書類上では李里香さん)んだが。
そう言おうと思ったが今回俺は知り合いという設定を作っているのでうまく誤魔化――
「社長。この子たちが今日バイトしてくれる子たちですか?」
――せそうにないな、これじゃ。
ドジなのは知ってるがいくらなんでも考えなしみたいだぞとため息をつくと、案の定雄二達が『社長?』と首を傾げる。
その反応でやってしまったのをやっと認識したのか、「あはは、社長と知り合いなんだよね、流君」と慌てて誤魔化す。
雄二が何やら考えている時点でもうバレるのは確定なんだがな……なんて考えながら「まぁそうですね」と返すと、「まぁいいか」と雄二の声が。
自分で放棄してくれてよかったと思った俺は、「それじゃ、さっそく指示をください」と春日部さんに言った。
午前九時。
春日部さんからの指示により別れた俺達は、向かった先の人たちからの指示を受けて働く。
ただし俺はというと、一人設営会場の上の階に来ていた。
「すいません社長お手を煩わせて」
「そう思うならあいつらの日給上げたれよ」
「そうですね……あ、さっきはすいません。思わず言ってしまって」
「まったくだ。ばれたぞ完全に」
ため息をついてそう言うと、春日部さんが「本当にスミマセン」と書類を見ながら謝ってきた。
「まぁいいや。んで? 今日ってパソコン教室だっけ? 月に一度の」
「そうですね。今日はプログラミングについてになりますよ。受講者は段々と増えているようですし。何より受けもいいですね」
「まぁ良かったよ。このボランティアの評判がよくて」
「うちのボランティア活動はその筋じゃ有名ですからねー。あ、ここ間違ってる」
「昨日何してたんだよ一体」
「あーちょっと次のゲームについて軽い論争をしてたので……今この有様なんです」
「お。もう計画するんだ? 頑張ってくれよ」
「社長も手伝ってくださいよー」
軽い悲鳴を無視した俺は、「それで? この場に呼んだ理由って何?」と質問した。
すると書類確認をやめ、真顔で質問してきた。
「自分で経営を立て直したのに、何ほっといて学校に通っているんですか?」
「……」
ようやくというかよく今まで言われなかったなと思いながら黙っていると、「社長にとってここはその程度の物だったんですか?」と言われる。
ふぅと息を吐いた俺は「今までよく言わなかったな」と感想を漏らす。
「別に社長の事だから言わなくても考えていたことでしょう。ですが、誰かが言わないといけないと思ったんです。いくら年齢が未成年だからといって、実質的社長であるんですからね」
「だから李里香さん書類回して来たのか……」
「実際彼女は頑張っています。社長の代わりに矢面に立って。彼女がいなかったらこの会社はありませんし、社長だってこうして自由に生活できていませんよ」
「だろうな……今度何かお礼でもするか」
「というより、先程の質問に答えてもらっていないのですが」
今更話を戻してきたので、俺は考えるそぶりを見せて即答した。
「言わなかったっけ? ある程度軌道に乗ったら権限を譲渡するって」
「それで高校に入学ですか……」
「ま、ぶっちゃけて言うと引き取ってもらった人が兎にも角にもいい加減な研究者でね。俺を引き取った理由が『システム解析がサクッと終わるだろうから』だってよ」
「……なるほど。確かにそれじゃしょうがないですね。
「夏休みになったら墓参りするか」
「社員一同で行かせてもらいますので日付の連絡よろしくお願いしますね、その時は」
「ったく」
ちゃっかりしてるというかなんというか。そんなことを考えながら息を吐くと「春日部さん。登場お願いします! ……って、社長!?」と言われたので席を立つ。
「戻るんですか、社長」
「ああ。うちの学校の奴ら真面目なんだけど一直線な奴らが多くてさ。正直退屈しないんだわ」
「そうですか。ま、楽しそうならいいですよ。社長。頑張ってください」
「ああ」
ま、高校卒業したらこっちに戻ってくるんだけどな。そう思いながら春日部さんと拳を打ち合わせて部屋を出た。
ちなみに。
俺が会社の経営者だという事は当たり前のようにバレたが、そんなのあまり関係ない様で。
『だって流だから(じゃから)』
の一言で解決したらしい。
バイト代は二万弱(康太だけ三万弱)貰ってみんなうれしそうにしていたので、まぁ良かったのだろう。