合宿数日前の日
梅雨の季節となる六月。
竹教頭の後釜を引っ張ってきてそいつに全部押し付けようとしたのに解析を丸投げにしやがったババアに対する恨みつらみを吐いたところでどうしようもないのでいつも通り朝早くから学校に来て新しく赴任した教頭と一緒にやっている。
「あのさ、流君」
「んー?」
「僕、一応君より年上のはずだし、立場も僕の方が偉いはずなんだけど」
「だなー。あ、スパコンにデータ出力終わった?」
「まだ八割……って、僕まだ書類終わってないんだけど」
「二時間で終わる終る。あ、元の方は送信終ってる」
「え、本当? それじゃ二割ほど来てないってことになるんだけど……って、うわっ」
「あー一気にデータ来たのか」
――こんな風に。
「流君流君! そっちの方みてないでこっちのデータ処理やってよ!! 僕書類やりたいから!!」
「えー書類なんてすぐ終わるじゃん」
「久し振りにこんなの扱ったから効率の良いやり方忘れたの!」
後ろの方からそう叫ぶ教頭。
それを聞いた俺は、システムにつないでいたノートパソコンを床に置いて立ち上がり、慌てているらしいそっちに向かった。
この学校に新しく赴任してきた教頭。名前は
色々あった去年に知り合い、今もなおバイトをしてるようなので昔の好で頼んだら二つ返事で了承してくれた三十四歳だ。
商社へ派遣などをやっていたらしく金に関することやその他諸々をそつなくこなせる人。教えれば一時間ぐらいで『プログラム言語って難しいよね』とか言いながら教えたことやるんだから大した人だよな。
「ふぅ。これでよしっと」
「もう八時になるのか…食堂空いてる?」
「多分空いてるんじゃね? 俺も教室行かないと」
「行ってらっしゃい」
ひとまずシステムデータのコピーが終わった時刻が登校時間のリミット近くだったので俺は急いで教室へ。
朝食は研究室ルームでエナジードリンクと栄養補給食品だけなので腹は減っているが、その分弁当の量は多いので色々大丈夫だろう。
部屋の近くに誰もいないことを確認した俺はそのままFクラスへ向かうことにした。
「What's up,Hideyoshi?」
「異常事態じゃな」
なにやら扉の前に着いたらそんな会話が聞こえた。
が、そんなことに興味を持てない俺は普通に開けて挨拶することにした。
「おいーっす」
「あ、な、流。Good morning」
「動揺しすぎだ。人いないうちにさっさと行け」
「あ、うん。それもそうだね」
そう言って明久はダッシュで教室を出て行った。
その後ろ姿を見たらしい秀吉が「一体何があったのじゃ?」と質問してきた。
「さぁ? 俺に分かるのは急いでいたということぐらいだな」
「なぜじゃ?」
「さぁ? このクラスに殺されるからじゃないのか?」
「それなら納得いくのじゃが…それはそれで問題だと思うのは普通かの?」
「普通普通。何事も暴力沙汰でエンドレスループしてるより普通」
「……ところで流。お主今日はどこか淡泊ではないか?」
「ん?」
普通に会話していたところ秀吉がそんなことを言ってきたので作業する手を止める。
そこまで露骨に態度に出てたかと思いながらも黙っていると、秀吉が「何かあったのか?」と質問してきた。
まぁ別に隠すようなことでもないしなと思いながらため息をついて言った。
「留美と由美の二人から合宿が終わったら遊びましょうと脅された」
「それは脅されたと言わぬじゃろ」
「明久と雄二のトーナメントで勝つための証言を盾にしてきたんだぞ? それが脅しじゃなくてなんて言える」
「……すまなかったと思っておるのじゃ」
「まぁイメージ回復のためなら必要の犠牲だと割り切ってるけどよ……鬱だ」
「割り切れておらぬじゃろそれは……」
何やら外から叫び声が聞こえているが反応する気もなく、ただ机に突っ伏す俺。
ちなみに他人には聞こえないような小さな声で話しているので反応はない。前に試して問題なかったため、聞かれたくない話はこれで解決できるようになった。
……というか、問題はそれ以外にもあるんだよな…。
昨日転校生の話をババアから聞いたせいで鬱に更に近づいたことを悟られない様にと思いながら、色々な要因が重なって一層騒がしいクラスの中静かに俺は寝ることにした。
眉間に思いっきり何かが当たったので顔を上げる。
すると、西村先生が睨んでいた。
「おはよう豊橋」
「おはようございます」
「ぐっすり眠れたか?」
「数十分ですけど脳がすっきりするぐらいには」
「そうか……では話を聞いてなかったな?」
「はい」
「詳しくは机にあるパンフレットを見る様に。あと、今から転校生を紹介する」
俺は話半分にパンフレットを暇潰しがてらめくる。
その間に誰かが『女ですか!?』と質問したが無視され、「いいぞ」と廊下の方に声をかける。
ちらっと見ずとも先に誰か来るのか分かっていた俺は、クラス内の興奮がすごい中独り全日程を読んでいた。
……やっぱり秀吉と薫は男子から外されたか……って、あれ? 俺も外れてないかこれ?
そんな事実に気付いたのは、入ってきた女――アデール=アミエの名前を聞きながらだった。
「~~であるから……で」
黒板に字を書きながら解説する福原先生の声を聴きながら周囲から発せられる殺気を感じ取りつつ、
表情は変わっていなさそうだがどことなくつまらなそうな感じが分かる。
参謀貴族ってのはやっぱり頭がいいんだなと思いながら、黒板に書かれ、先生が説明している部分をささっとまとめてノートに書き留めていた。
なぜこいつがいるのかというと、先程フランス語で隣に来た際説明してくれた(紙に書いてあったもの)。
要約すると参謀貴族のリーダーである妹――セリーヌ=アミエがこの学園に入学したいという我が儘をかなえた結果、自分も入学せざるを得ず、俺を見張るためにこのクラスに自分が入ることになったそうだ。
……歳は俺と同じらしく、妹は一つ下らしい。
日本語とフランス語を流暢にしゃべれるのだから頭はとてもいい方なのに大変だと憐れみそうになったが、どんだけ妹好きなんだよとしか思えなかった。
まぁ戦力としては申し分ないんだよなと考えながらもうこうして授業が始まっているのだが……どうにも視線が厳しい。
いやまぁ理由は察することができるし同情も出来るのだが。
そこは抑えとけよ…とうんざりしながらも授業が終わったので俺は黙って窓を開ける。
「どうしたんで?」
「逃げる」
不思議そうに首を傾げて訊いてきたアデールに親切に答えて俺は何度目かになる飛び降りて脱出した。
そういや現地集合なんだよな、うちのクラス。ま、俺初日に遅れるけど。