馬鹿と気が合うお調子者   作:末吉

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匿う

 夏木さんとの会談が終わった翌週。

 

 俺は今日も補習を遅くまでやって帰って来たところ、郵便ポストに一通の葉書が入っていた。

 

「…………?」

 

 宛名は書いてなかったのでまたあいつかなと裏返すと、『助けて』という言葉と電話番号が書かれていた。

 

「……どうしたものか」

 

 この手紙の人物の予想はできたが、これが罠の可能性も捨てきれないので悩む。

 

 ここでそのまま電話をとった場合、ここがばれる。それだけは絶対に避けなければならない。

 

 そもそもどうやってこの葉書をここに届けられたのだろうかなんて考えながら、俺はカバンなどを自室に放り投げて携帯電話と財布とはがきを持って家を出た。

 

 

 いつぞやのホテルのロビーまで来た俺はそこで電話をする。

 相手は3コール目で出た。

 

「あ、流君」

「ん?」

 

 割りと近くで。

 電話をやめた俺はそれなりの荷物を持っている夏木さんに向き直り、「どこで知ったんです?」と訊くと「カヲルさんから」と言われ、納得する。

 

 納得はしたが、気軽に教えるなよという気持ちが芽生えたので後に怒ることにし、「それじゃ行きましょうか」と促す。

 

「え、どこに?」

「置いてきますよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 完全に説明する気ないので、俺はそのまま歩き出すことにした。

 

 

「着きましたよ。さっさと入ってください」

「え? あ、うん」

 

 困惑する彼女をしり目に中に入るように促した俺は、空いてる部屋ってどこだっけと思い出しながら郵便物を再度確認していると、「お、お邪魔します……」とエントランスに彼女が足を踏み入れた。

 

「緊張してる?」

「え、そ、そうかな……そんなことないと思うけど」

「まぁそろそろ説明しとくか」

「え?」

 

 事情を一切言わなかったのでそれを伝えて納得してもらおうと思った俺は、この場で説明を始めた。

 

「ここは俺が所有してる場所だから戸籍がなくても住める。一部屋貸すので暫く暮らして慣れてください。もう少しで二十歳になるんですよね?」

「え? あ、うん。ちょ、ちょっと待って。少し整理してもいい?」

「いいけど」

 

 そう答えると彼女はいきなりぶつぶつと呟き始めた。

 

「……確かにこのアパートだって言われたけど。それでも土地含めて全部だなんて……」

「夏木さん? なんで今更驚きを隠せてないの?」

 

 そう問いかけると「流石に想像できないよ……」と力なく答えた。

 

「そう?」

「そうだよ……どこでそんな大金手に入れてきたの?」

「大学卒業して転々と移り住みながら仕事して換金したから? 後は後見人の遺産は……関係ないなあっちは別で使ったし」

「それでもおかしいよ。1ドル=100円だとしてもここを土地代含めて買うとなると三千万は下らない筈。アメリカでの生活費用と渡航費用も含めると最低四十万ドルは必要でしょ……そうなると月給が最低でも平均三万ドルって……」

「住み込みで働いていたから電気代とかはタダで、月給はまちまち。宝くじで当たった資金を運用して月給使わないで生活して日本に戻って書類とか作る費用とかに充てた。だからじゃね? もっとも、アメリカには半年ぐらいしかいなかったけど」

「うぅ……流君の行動が相変わらず斜め上過ぎるよ」

「んなこといってないで部屋に行きますよー」

「ああ待って!」

 

 二階に上がった俺はどの部屋にしようかと思案していると、彼女が荷物をもって上がってきた。置いてきても良かったんだが、それを口に出さず「どこでもいいか」と漏らしてから階段に一番近い部屋を開ける。

 

 部屋の構造はほぼ一緒だから特に迷わなくていいなと思いながら「入ってきたら?」と中に入りながら言う。

 

「ああ待って!」

 

 慌てながら彼女はついてきた。

 

 

「ここで暫く暮らしてくれ」

「普通の独り暮らしってこんな小さい部屋なんだ」

 

 大分感覚のずれがある感想を漏らしながら部屋の中を見渡す彼女。

 

「夏木さんもこの『普通』に慣れていかなくてはいけませんからね」

「あーそうだった」

「それと、あくまで成人するまでの期間ですから。書類できたら一人で暮らしてください」

「…………はーい」

 

 念のためにもう一度いうと彼女は露骨に落ち込んだが、それに頷いたのは彼女自身なので無視。

 電気代とかの徴収どうすっかなぁとぼんやりしていると、「ねぇ流君」と呼びかけられたので我に返って「なんすか?」と返事をする。

 

「お風呂は?」

「こっち」

 

 そう言って風呂場に案内する。

 

「……小さいね」

「普通だってそれが」

「トイレは?」

「玄関入って扉見えたでしょ? そこ」

「……はー普通の人の一人暮らしって結構大変だね」

「まぁ慣れだろそこら辺は」

 

 そう言いながら水道が出ないことを確認した俺は、水道局の契約どうなってたっけと頭の中で思い返し……全部買ったからこっちで栓を開けば出るんだったなと思い出す。

 そうなると光熱費は全部俺に来ることになるのか。面倒だな。なんて事実に気付き息を吐いた俺は、まぁ成人する迄の辛抱かと割り切ってから「食事とかはどうするんで?」と質問する。自炊できるかどうかの確認も含めて。

 

 それに対し彼女は「う~ん」と悩んでいた。

 

「というか、自炊できるの?」

「出来なくはないけど……材料買いに行ったら怪しまれない?」

「そうなんだよなぁ」

 

 指摘された内容から派生する最悪のパターンを頭の中で展開した俺は、「しゃぁねぇ、俺がまとめて買ってくるか」と言うしかなかった。

 

「本当! ありがと大好き!!」

 

 こうして匿う生活が始まった……と、言えれば良かったんだが。

 

 夏木さんを部屋に押し込めて自分の部屋へ戻ったとき、鳴ることが珍しいインターフォンが鳴った。

 

「…………」

 

 一瞬で警戒心が出てくる。住所を知ってる人間が少ないから。

 緊張しながら応じず、そのまま玄関に行ってみたところ、その人はいた。

 

「こんばんわリュウ君」

「……どこで知ったんですか、玲さん」

「会社の人からです。不躾ですが、時差ボケが戻る迄部屋をお貸ししてくださいませんか?」

「自宅戻ったらどうですか」

「明日には出ていきますので」

「…………分かりましたよ」

 

 観念して俺がそう言うと、彼女__吉井玲はにっこり笑って「よろしくお願いしますね」と言った。




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