真・恋姫†無双~未踏世界の物語~   作:ざるそば@きよし

10 / 22
 サルカン・ヴォルと馬岱は廃墟となった羌族の村で唯一生き残った少年・阿門と出会い、その惨劇の正体が役人たちによる心なき虐殺だと知った。
 羌族と役人、そして馬騰――二人を取り囲む謎は更なる深みを見せ、その全貌は未だ計り知れない。
 彼らは更に知る必要がある。


羌族

 サルカン・ヴォルの長靴の下で土埃が仄かに舞い上がった。彼の持つ鍬は深く大地を抉り、眼下の窪みをさらに大きく刻む。一度、二度、三度。

 そしてぽっかりと開いた隙間の中に幼い少女の遺骸を横たえると、今度は土を被せて穴を塞ぎ、小さな石を乗せて墓碑とした。

 たったいま葬った少女を含めて、彼が弔った村人の数は既に十名を超えていた。馬岱や阿門が作業に加わった事で昨日よりもいくらか効率は高まっているが、いかんせん村人全員を弔うにはまだまだ遠く、全てが終わるにはあと二日はかかるだろうと彼は予想していた。

 

 再び鋤が大地を刻んだ。刃に込められた力に従って、硬い地面に僅かな亀裂が走る。

 何故、という思いがサルカンの胸の中で蠢いた。

 彼らが一体何をしたというのだろうか。何をすればここまでの仕打ちを受けなければならないのだろうか。これを行った人間には一体何の目的があるのだろうか。サルカンにはそれが分からず、たとえ理解できたとしても到底許せるとは思えなかった。

 

「おーい! おじさまー! そろそろお昼だし、少し休憩にしようよー!」村の向こう側で作業をしていた馬岱が、彼の元に駆け寄ってきてそう言った。いつの間にか太陽は空の頂点近くまで登り切り、その暖かな光を存分に大地へと振り注いでいた。

 

「……そうだな。なら蒲公英と阿門は昼飯の準備をしてくれ。俺はもう少し、ここで彼らを弔っている」彼はそう答え、新たな村人を葬るべく再び鋤の歯を大地に向かって突き立てる。

 

「うん。分かったよ」

 

 頷いた馬岱が一夜を明かしたあの家に戻ろうとしたその時、サルカンの耳が村の外から聞こえる微かな地響きの音を捉えた。

 音の方角へと近寄ると、平原の向こうに凄まじい砂煙が舞い上がっているのが見える。濛々を上がるその煙はまるで砂嵐でも起きたのかと錯覚させるほどだった。

 

 馬に乗った人間が近づいて来ている。それも大勢の。

 

 サルカンは咄嗟にそれが戻って来た役人たちかと考えたが、すぐに考えを改めた。全てが終ったこの場所にわざわざ戻ってくる理由など無い。

 だとしたらあれは一体何者だ?

 

「おじさま? 急にどうしたの?」後を追いかけて来た馬岱が尋ねた。

 

「誰かがこの村に近づいて来ている」サルカンは遠くに見える土煙を視線で示した。「もしかしたら敵かもしれない」

 

 敵という言葉を耳にした途端、馬岱はその顔を紅潮させ声を荒げた。「それなら好都合だよ! 役人が戻って来たんなら、今度は逆にたんぽぽ達でやっつけてやろうよ!」

 

「あれが役人だと決まった訳じゃない」彼は小さくかぶりを振った。「それに俺たちには阿門も居る。あの子を危険には晒せない。何であれ、まずは奴らの正体を見極めてからだ」

 

「……おじさん? おねえちゃん?」

 

 不意に後ろから声。見やると、二人の様子を見に来た阿門が話に割って入ってきていた。「僕がどうかしたの?」

 

 サルカンは咄嗟に阿門を見つめた。もし土煙の正体が馬岱の言うように戻ってきた役人やその手下だったとしたら、虐殺から生き残った少年をそのまま生かしておくとは思えない。見つかればたちまちその手にかかって命を落とすだろう。先ほど自分が埋めたあの少女のように。

 可能性が高いとは思わない。だが僅かでもそれがあるというのならば、用心しておくに越したことはないのではないだろうか。

 

「――蒲公英。阿門を連れて村の反対側に行け。馬も一緒にだ。念のための用心だが、いざとなったら阿門を飛龍に乗せて村から離れろ」有無も言わせぬ鋭い声で、彼は馬岱にそう命じた。

 

 鬼気迫ったサルカンの声音に、思わず馬岱も緊張の面持ちを浮かべる。「……おじさまはどうするの?」

 

「まずは奴らの正体を探る。もし何か大きな物音や声が聞こえたら、馬に乗ってすぐに村を離れろ。いいな?」

 

「でもおじさま――」

 

 何か言おうとする彼女の言葉を遮り、サルカンが低い声で再び告げた。「行け!!」

 

 その言葉にもはや何も言うまいと馬岱は頷くと、強い力で阿門の手を取った。「……阿門くん。行くよ」そしてそれを思い切り引っ張ると、急いで村の道を走り始めた。

 

 状況を飲み込めていない阿門だけが驚き戸惑った声をあげる。「え……? なに? 二人ともどうしたの?」

 

「いいから! ほら!」

 

「え、あ、ちょっと! 馬岱おねえちゃん!」

 

 有無も言わさず阿門の手を引ったくった馬岱がそのまま村の反対側へと走っていく。

 その様子をサルカンは彼女たちの姿が見えなくなるまでじっと見つめていたが、やがて視線を土煙へと戻した。

 鋭く光るその双眸は、既に人間のそれから荒々しきドラゴンのものへと変わっていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 平原の向こうで土煙を巻き上げていた何かは、距離が縮まるに連れてその姿をはっきりとサルカンに示した――馬に跨がった戦士たちの群、およそ数十騎。

 彼らは村にたどり着くと同時にすぐさまサルカンを取り囲み、持っていた武器を彼に向かって突きつけてきた。

 サルカンは戦士たちをじっと観察した。見たことのない毛皮の服と槍。外見や雰囲気からそれはかつてのティムールの戦士たちを連想させたが、彼らの服装は雪山で過ごすかの氏族たちのそれよりもずっと薄く、同時に機能性に優れていた。

 しばらくは無闇に抵抗せず、されるがままに任せていたが、やがて取り囲んでいた戦士のうちの一人がサルカンの前へと進み出てきて言った。

 

「何者だ貴様。この村の者ではないな。ここで何をしている」

 

 出てきたのはどうやら彼らの頭目のようだった。その声は注意深い気配の他に、仄かな殺気を含んでいた。

 

 サルカンから見てもその戦士は若かった。自分よりもずっと年下だった。だがその分、力と若々しさに溢れていた――尖った剣気と油断の無い気配。腰には見事な装飾の長剣を帯びており、彼はいつでもそれを抜けるように身構えていた。

 

「そう言うお前は?」サルカンは手にしていた穴掘り用の鋤を捨てて両手を空けた。もし彼らが襲いかかってきたとしても、すぐさま抵抗の呪文を唱えられるように。「この村に何の用だ」

 

「質問はこちらがする。貴様はただ答えればいい」男は話も聞かずに冷たくそう言い放った。「まずはお前の姓名を言ってもらおうか」

 

「俺の名は、サルカン・ヴォルだ」

 

「ヴォル?」僅かな戸惑いと共に男が聞き返した。「聞いたことのない名だ。見たところ漢人では無いようだが、どこの生まれだ」

 

 やや躊躇した後、彼は言った。「……ここからずっと遠く、この国の果てよりもなお遠い場所で生まれた」別の世界――と正直に答えたところで、その存在を知らない彼らは到底信じはしないだろう。タルキールと答えても反応は同じようなものだ。ならばと思い、彼はそう答えた。

 

「西域の生まれか」彼の言葉をどう解釈したのか、男は鼻を鳴らして言った。「聞き慣れない名前なのも納得だな」そして背後の部下にいくつか耳打ちすると、再び質問を続けた。「ここには一人で来たのか?」

 

「そうだ」サルカンは即答した。妙な勘ぐりをされぬ為であった。馬岱や阿門たちが離れた場所で隠れていると彼らに気づかせてはならない。

 

「どうだかな。部下が付近を調べればすぐに分かることだ。隠し立てしているようなら、そいつらもただでは済まないぞ」

 

 男は彼の言葉をまるで信じていないようだった。彼が後ろに控えていた部下に目配せを送ると、そのまま何人かは村の向こう側へと消えていった。

 

 やってみろ。そうなれば貴様ら全員、生きてここからは帰れない。

 膨れ上がる敵意を胸に押し込め、サルカンは密かに喉の奥深くから獣のような声を発した。

 

 男は質問を続けた。「それで、貴様はこの村に一体何をしに来た?」

 

 彼は言った。「俺は旅の途中に偶然立ち寄っただけだ。屋根のある場所で休ませて貰おうと思ってな。だが村にたどり着いてみると中は既にこの有様だった。むしろこれはお前達がしでかした事ではないのか?」

 

「……なんだと?」男の目が鋭く光った。怒りに、あるいは図星に。

 

 サルカンはさらに言葉を投げつけた。「貴様らこそ、何故こんな廃墟のような村にやってきた? この村に生き残りが居るかも知れないと考えて引き返してきたからではないのか? まだいるかもしれない生き残りをその手に掛けるために」

 

 彼の言葉にとうとう男は腰から長剣を引き抜いた。「貴様ぁ! 我らを侮辱する気か! 同胞を救うべく駆けつけた我らが羌の戦士を!」だが男が怒りと共に放った言葉は、サルカンの思いもよらぬものだった。

 

「なに……?」

 

 戸惑いと共にサルカンが眉を顰めてそう呟いた時、人垣の向こうから聞き馴染みのある喚き声が聞こえてきた。

 

「――放せッ! 放せってばッ!!!」

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 僅かに時を遡ること少し前、壊れかけの厩舎から馬を連れ出した馬岱と阿門は、村の出口近くにある家屋の中で息を殺しながらじっと身を潜めていた。

 別れ際にサルカンが言っていたような大きな物音は未だ聞こえてこない。村は不気味なまでの静寂に包まれ、二人は己の息づかいばかりを耳にしていた。

 

「おじさん大丈夫かな。無事だといいんだけど……」不安げに阿門がそう呟いた。馬岱によって事の顛末を聞かされた彼は事情を理解したものの、その代償として先程から酷く怯えていた。怯えない方が無理というものだ。何しろ自分を殺しにあの役人が戻ってきたかもしれないのだから。

 

「……うん」どこか上の空な口調で馬岱がそう答えた。恐怖に震える阿門とは逆に、彼女には一切の恐怖はなかった。代わりにこの惨状を行った下手人に必ずや罰を下そうという暗い血気だけが、彼女の心の中を強く渦巻いていた。

 

 絶対に許さない。何の罪もない人たちにあんな事をする奴らは、自分が一人残らず殺してやる。

 

 馬岱は己の得物である銀閃を握り締めた。この十字槍も厳めしい光を放ちながら戦いの時を待っている。そしてそれがあるとしたら、今この時をおいて他にあるだろうか? もし官軍がこの村を再び襲ってきたのならば、村の人たちの為に一人でも多くの人間にその報いを与えてやるべきではないのか。

 

 しばらく思いつめた表情を浮かべていた馬岱だったが、やがて決心したように頷くと阿門に言った。「……阿門くんはここで待ってて、ちょっとおじさまの様子を見てくる」

 

「え……でも、おじさんは出口の近くで待ってろって……」阿門は弱々しい口調で抗議した。この場所に一人で置いていかれる事は彼にとっては耐えがたい状況だった。

 

「ここにずっと居たって向こうの状況がどうなってるか分かんないじゃん。もしかしたらおじさまがさっきの奴らと戦ってるかも知れないし」

 

「でも……」

 

「大丈夫。ちょっと様子を見てくるだけだから」一方的に彼女はそう言い残すと、阿門と馬を置いて家屋跡からそっと抜け出した。

 

 勢いで外へ飛び出していった彼女だったが、その後は誰にも見つからぬよう点在する建物の死角や瓦礫の影を巧みに利用しながら、少しずつサルカンの居た場所まで戻っていく。

 

「おじさま、まださっきの場所にまだいるのかな……?」彼女が思わずそう呟いた時、目の前の方向から別の人間が近づいてくる気配を感じ取った。

 

「おっと……」

 

 すかさず瓦礫と瓦礫の間に体を滑り込ませると、息を殺して近づいてくる人間の正体を伺う。

 果たして建物の向こうから姿を現したのは、その身に毛皮の衣服を纏った何とも見慣れない風貌の男だった。手には厳めしい槍を携えているが、その拵えは明らかに官軍の物とは違うものであった。

 どうやら男は彼女の存在には気づいていないようで、そのまま瓦礫の山を一瞥することもなくそそくさと通り過ぎていく。

 やがて男が完全に居なくなったのを確かめると、馬岱はようやく瓦礫の隙間から体を出した。

 

「あいつ……見たところ役人って感じじゃなかったし、一体何者だろう。それにあの恰好、どっかで見たようなことあるような……?」馬岱は首をひねった。彼女の中では役人が戻ってきたものとばかり考えていたので、この結果は予想外であった。

 

 居なくなった男の方向をしばし見つめながら考えていた彼女だったが、やがてそうもして居られないと再び瓦礫伝いに元の方角へ歩を進めていると、背後から唐突に男の声が聞こえた。

 

「誰だッ!」

 

「っ!!」

 

 振り返ると、そこには先ほどやり過ごした男とは別の男が毅然と立っていた。

 

「貴様何者だ! ここで何をしている!!」手にした槍を馬岱に突き出し、男は鋭く問い詰める。

 

「答える必要なんかないね!」そう答えるや否や、馬岱は手にした十字槍を素早く翻し、突きつけられていた槍の穂先を思い切り打ち払った。

 

 突発的に始まった戦闘だが、男と馬岱の技量にはかなりの開きがあった。打ち合いが進むごとに彼女の槍は勢いを増し、五合もせぬうちに男の手から槍を弾き飛ばすと、勢いそのままに得物の柄を男の延髄に叩きつけ、その意識を奪い取った。

 

「どうだ! 馬岱様の槍の腕前、恐れ入ったか!」

 

 そう喜んだのもつかの間、彼女の後ろから再び声が襲いかかった。

 

「そこまでだ!」そこには最初にやり過ごしたはずの男が、馬岱の首筋に切先を突きつけて立っていた。「動くな小娘。少しでも動けば、今すぐにでも首を撥ねるぞ」

 

「う……くそ……!!」

 

 観念したように馬岱は武器を手から滑り落とすと、自らの両手を宙に掲げた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

「隊長! 怪しい女が村をうろついていたので捕らえて参りました!」人垣をかき分けて新たに現れた戦士はそう言うと、縄で縛りつけた馬岱を頭目の男に向かって勢いよく突き出した。動けない彼女は足をもつれさせて地面を転がり、自分の体を砂埃が舞う大地へと強く擦り付ける。

 

 武器と体の自由を奪われ、自分で動くこともままならない馬岱が失意の顔を浮かべた。「ごめんおじさま、捕まっちゃったぁ……」

 

「蒲公英! ……なぜすぐに村を離れなかった! あれほど強く言った筈だぞ!」

 

 彼女の名を聞いた途端、尋問を行っていた男の顔つきが怪訝なものに変わった。「蒲公英、だと?」そして馬岱の方へと近寄ると、その顔を確認するかのようにまじまじと見つめた。

 

「あれ?……その声、もしかして周吾?」男の顔を見た馬岱も同じく困惑した表情を浮かべていたが、やがてその表情を破顔させて言った。「ああ! やっぱりそうだ! 周吾だ! 周吾! 久しぶりじゃん!……って、あれ? じゃあこの人たち、もしかして羌の人なの?」

 

 場違いなほど急に明るくなった馬岱の声音に事情が呑み込めない他の男たちはしばらく困惑していたが、やがて呆れたように男が部下に向かって命じた。「――この女の縄を解いてやれ。彼女は馬騰殿の姪だ。我らの盟族にあたる者だぞ」

 

 予期せぬ彼の言葉にしばらくあんぐりと口を開けていた戦士だったが、やがてハッと気がつくと、すぐさま縛り付けていた馬岱の縄を解き、彼女に体の自由を明け渡す。

 

 戦士たちと同じく驚きと困惑の表情を浮かべたサルカンが馬岱に尋ねた。「蒲公英、この男を知っているのか?」

 

「うん。そいつ、間違いなく羌の人間だよ。最後に会ったのは随分前だけどね」縛られていた腕をさすりながら馬岱が立ち上がってそう言うと、今度は意地悪い笑みを顔に張り付けた。「いやー。でもまさかあの周吾が羌の戦士を率いるまでになるなんてねぇ。前に会ったときはお姉様にボコボコにされて何度もベソかいてたのにさ」

 

 馬岱がその話をした途端、数分前までは一分の隙さえも見せぬ歴戦の戦士の顔つきだった男が、まるで弱みを握られた子供のように情けない表情へと変わった。「な!? そ、その話はよせ! まだ子供の頃の話だろうが……!」

 

「えー、子供の頃って言ったって、まだ十年とかそこらの話じゃん。あの頃はてんでで弱っちくて“鼻垂れ周吾”なんて言われて皆に笑われてたのにさ~」からからと笑いながら馬岱が言い返す。

 

「くっそ……! 言わせておけば言いたい放題に……!」

 

 これほど慌てふためく頭目の姿を見るのは初めてなのか、周りの戦士たちが信じられないと言う様子で二人のやりとりを見つめている。そしてそれはサルカンも同様で、この奇妙な状況に付いていけず、ただただ言い争う二人に困惑するばかりであった。

 

「……おい蒲公英。それよりも阿門はどうした?」あまりにも急すぎる話の流れに殆どついて来れていないサルカンだったが、不意に彼女に守るよう頼んでおいた少年の姿が見えない事に気が付いた。「一人で村から逃がしたのか?」

 

「あ!? いっけない! まだ隠れてた場所に待たせたまんまだったよ!」馬岱は慌てて答えた。「ちょっと迎えに行ってくる! おじさまはその間にそいつと話付けといて!」そしてそう告げるや否や、全員をその場に捨て置き、元居た場所へと掛け走っていった。

 

 何とも言えぬ空気のままその場に取り残された男達は、先程まで抱いていた互いの敵意も殺意も忘れ、ただ呆れたように突っ立っている事しかできなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 男たちの正体は村の惨劇を知って駆けつけた羌族の若き戦士たちに間違いなかった。彼らは警邏中に見つけた村の生き残りから村が襲われた事を知り、救助の為にと夜を通してここへやって来たのだという。

 そして偶然にもその場に居合わせてしまったサルカンを下手人の一味ではないかと勘ぐり、急遽取り囲んでしまったという訳だった。

 

 誤解が解けた一同は、互いに協力し合いながら改めて村人の弔いに手を付けた。元々サルカンや馬岱たちによってある程度の段取りが出来てはいたが、そこに大量の人手が加わった事で作業は驚くほど順調に進み、日が沈む頃にはすべての人々の埋葬を終え、今では夕食を兼ねた鎮魂の宴を開いている所だった。

 どうやら羌族の流儀では鎮魂のための宴は壮大かつ明るいものでなければならないらしく、事実彼らは村に漂う悲しみや死の匂いを吹き飛ばすかのように激しく火を焚き、その後は飲めや歌えやのどんっちゃん騒ぎを繰り広げた。

 明るさが取り柄の馬岱や羌族の一員である阿門も喜んで彼らに混ざり、存分に宴を盛り上げる。馬岱に至っては彼女が主賓なのではないかと勘違いしてしまうほどに大いに飲み食いし、歌い、踊り回っていた。

 そして一方のサルカンはというと、そんな彼らが盛り上がる様子をぼんやりと遠巻きから眺めているばかりであった。

 

「楽しんでいるか?」ふと、先ほどサルカンに尋問を行っていた男――後に餓何(がか)と名乗った――が、両手に錫製の杯を抱えて彼の元へとやってきた。

 

「おかげさまでな」サルカンは肩をすくめた。こういう騒ぎは昔からどうも苦手だった。というよりも、どう楽しんでいいのか未だに掴めていないという表現の方が正しかった。

 

「昼間の件は本当に済まなかった。まさか馬騰殿が目をかけている者だとは全く知らなかったのだ。どうか許して欲しい」餓何はそう言うとサルカンの隣に腰を下ろし、杯の一つを彼へと差し出す。中には騎馬民族では馴染み深い馬乳酒が入っていた。

 

「気にしていない」杯を受け取るとサルカンは言った。「実の所、俺もお前達の正体を探ろうとしていた。お互い様だ」事実その通りだった。さらに言えば、彼は万が一にも阿門や馬岱の身に危機が及んだ際には彼らを一人残らず殺し尽くそうとさえ考えていた。

 

「貴様は――いや、サルカン殿は見ず知らずの村の人間をあれほどまで丁寧に弔ってくれた。一族を代表して心から礼を言いたい」

 

「別に見ず知らずと言うわけでもない。俺は馬騰殿に恩義があり、羌は馬騰殿の盟族だ。ならば俺がそのために動くのは当然の事だ」

 

 彼の言葉に餓何はそうか、と小さく呟いたが、やがて意を決したように彼に告げた。「その……詫びと言ってはなんなのだが、サルカン殿に俺の真名を受け取って貰いたい」

 

「……いいのか?」サルカンは思わず聞き返した。彼はこの次元の人間ではなかったが、それでも真名が持つ意味とそれを他人に預けることの重大さは十分知っているつもりだった。

 

「一族の為にここまでして貰ったのだ。これで真名を預けぬなど、羌の戦士として名折れになる――我が名は餓何(がか)。真名は周吾(しゅうご)。迷惑でなければ、是非ともこの名を受け取って欲しい」

 

 しばらくの間、サルカンは彼の言葉をじっと噛みしめていた。真名の許可はその人物に対する無上の信頼を意味する。彼があっさりと自分にそれを託してくれたという事実に少しだけこそばゆい感覚を覚えたが、同時に何ものにも代え難いものを得られたのだという気分にもなった。

 

 やがてサルカンは静かに言った。「俺自身は真名というものを持ち合わせてはいないが、周吾――その名前、確かに預からせて貰おう」そして自分の杯を軽く掲げた。

 

 それを見た餓何も同じく杯を掲げると、互いに中身を一気に呷る。

 どの次元においても変わらない、男たちの友愛の儀式だった。

 

 《部族養い》https://imgur.com/a/1WZJ6

 





 異文化交流っていいですよね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。