真・恋姫†無双~未踏世界の物語~   作:ざるそば@きよし

18 / 22
逆襲

 戦いを終えた敵軍が後退していく。規模こそ以前よりも小さいが、指揮も陣形も乱れてはいない。鮮やかなまでの引き際だ。僅かに盛り返したとは言え、やはり一筋縄で行ける相手ではない。

 太陽は既に地平線を彷徨っている。今日は恐らくここまでだろう。敵が夜襲や奇襲を仕掛けてくる可能性も残ってはいるが、それよりも今は損耗した兵士たちに治療や休息を与えるほうが先決だ。

 

 下がっていく敵の背中をじっと睨みつけながら、馬騰は兵士たちへ鋭く命じた。「敵の殿が撤退したらこっちも交代だ! 後続の部隊に防備を引き継いで休息に入るよ!」

 

 彼女の言葉を聞いた兵士の口から安堵の声が次々と上がる。本来このような気の緩みは士気に関わる問題だが、馬騰はあえて咎めはしなかった。自らの不利を知っている者に無理な発破をかける事は、かえって不満を募らせると長い経験から熟知していた。

 

 警戒しながら待機していると、城壁の内側から馬超が率いる後続部隊が姿を現した。右肩は相変わらず布で吊られているが、顔色は矢を受けた時と比べてかなり良くなっていた。

 

 彼女は兵士たちから持ち回りの仕事を一通り引継ぎ終えると、馬騰の元へ来て尋ねた。「どうだった? 敵の様子は?」

 

「相変わらずさ。不気味なくらい大人しいもんだよ」馬騰は城壁の淵に立ち、未だ遠くで蠢いている敵の動きを観察していた。その口元が不機嫌に歪んだ。「何を企んでるんだか、知れたもんじゃないね」

 

 サルカンの帰還から二日が経過し、戦いは新たな状況を迎えていた。龍の襲撃を警戒してか、討伐軍の攻撃は散発的かつ消極的なものとなり、今では小競り合いを挟みながら睨み合う程度の規模に収まっている。彼らへの防御が容易となった事で、馬騰軍はこれまでの戦いで負傷した兵士の治療に専念することが出来た。

 同時にそれは奇妙な状況でもあった。思わぬ痛手を受けたとは言え、敵軍は未だに圧倒的な数を誇っている。龍の存在を警戒している事を差し引いたとしても、現在の敵勢力はあまりにも小規模過ぎた。

 

 何かが起こる――指揮官として、戦士として長年戦い続けてきた彼女の勘が、自身にそう強く告げていた。

 

 熟考を重ねる母を前に馬超が言った。「単純に相手が怖気づいてるからじゃないのかな?」敵の猛攻と重圧で曇って顔は、僅かに生まれた均衡を前に多少の楽観を見せていた。「向こうだってまさか龍と戦う事になるなんて予想してなかったワケだし、ある程度消極的になるのは当然なんじゃないか?」

 

 彼女の回答に馬騰はかぶりを振った。「確かにそれはあるだろう。だけどね、あたしにはどうもそれだけとは思えないのさ」

 

「敵が何か企んでるって?」

 

「憶測でしかないけどね」馬騰は大きくため息をついた。それは迫り来る不安を吐き出す仕草にも似ていた。「とは言え、敵に囲まれてる現状じゃ斥候を出そうにも難しい。無事に戻って来れる保証もない以上、無暗に兵を外に出すわけにもいかないからね……さて、とりあえずあたしは一旦城に戻らせてもらう。くれぐれも敵への警戒を怠るんじゃないよ」

 

 油断なく頷く愛娘の顔を見届けると、馬騰は率いていた先発の兵士たちをまとめ上げ、そのまま城へと帰還していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 夜、城内に存在する一室において、馬騰を中心とした軍幹部による作戦会議が開かれた。

 敵の出現予測や援軍の到着時期、実際に現れた際の連携方法など、話し合いの内容は多岐に渡って行われ、新たな項目に移るたび、彼らは綿密な計画を立てていった。

 それらの出来について馬騰は概ね満足だった。部下たちの士気はこの数日で完全に息を吹き返しており、自ら鼓舞するまでもなかった。勝負の流れに限って言えば、自分たちは敵よりも圧倒的な優位を保っていた。

 だからと言って油断は出来ない。敵が持つ優位性はいくつもあり、自分たちはその中のほんの一部を取り戻したに過ぎないのだ。最終的な勝利を手にするまで、決して侮ってはならない。

 

 深夜に及ぶほどの時間をかけ、彼らは予め決めていた項目についてほとんどの話し合いを済ませた。そして最後の議題として敵陣への偵察を取り上げた。

 

 彼らの多くは最初、偵察隊を送り出す事については賛成だった。相手の現状を詳しく知ることが出来れば、戦況は今よりもずっと楽になるのだ。やらない手はない。

 だがそのためには、包囲されている狄道の城から密かに抜け出し、敵陣の奥深くまで食い込んだ上で再び戻って来なければならかった。

 これは口で言うほど容易な行為ではなく、例え手慣れの者を送り込んだとしても、無事に帰ってこれるのは半数以下か、下手をすれば誰一人帰ってこない可能性もある。

 それに加え、今は包囲されている現状だ。城から誰か出てくれば捕らえて人質にするだろうし、交渉が不可能と分かれば即座に切り捨てるだろう。敵情視察と言えば聞こえはいいが、ほとんど命を捨てに行くも同然の任務である。

 あまりに厳しすぎる条件を前に誰もが偵察隊の結成を諦めていたが、不意に一人の男がその流れに異を唱えた。

 

「俺が斥候に出ましょう」そう声を上げたのは別世界から来た異邦人――サルカンだった。「万が一何か問題が起きたとしても、俺なら逃げ出す事も自力で戻って来ることもできる」

 

 卓を囲んでいた人間たちは一同に彼の力を思い返した。龍の姿となって敵を蹴散らし、自分たちの危機を救ったその力を。今でこそ失った体力を取り戻すために変身を控えているが、いざとなればあの時と同じように異形の力を振るい、敵を屠りながら帰還する事も出来るだろう。異論はなかった。

 

「……そうだね。あんたがそう言うなら、頼むとしようか」しばらく考え込むように唸っていた馬騰が重たげに声を上げた。彼女の中では彼に頼り切りになる事は避けたいようだったが、他に取れる手がない事もまた事実だった。

 

 すると彼の隣に座っていた馬岱が勢いよく口を挟んだ。「おじさまが行くなら、たんぽぽも付いて行くよ!」

 

「駄目だ。お前はあたしらと一緒にここで防衛に専念しな」喚く馬岱を後目に馬騰は即座に首を振り、彼女に拒否の意を示した。「大体あんたが一緒じゃ、こいつが逃げる時に足手纏いになるだろ。ただでさえ今は人手が足りてないんだ。貴重な指揮官をこれ以上無駄使いする訳にはいかないよ」

 

 現状、兵士を統率できる指揮官は限られている。一度はお情けの心で羌の地へと逃がしたが、自分の意志で戻ってきた以上、この姪っ子には否が応でも働いて貰うつもりだった。

 

 童女のように頬を膨らませ、馬岱は不満の眼差しをサルカンに向ける。「ねえ、おじさまぁ……」甘ったるい口振りからして彼から同行の許しを貰おうとしているのは明らかだった。

 

「馬騰殿の言う通りだ」だがサルカンの言葉は冷たかった。「俺には俺の、お前にはお前の役割がある。今はそれをきちんと全うしろ」

 

 にべもない回答に馬岱は思わずサルカンの琥珀色の瞳をじっと睨む。その視線はあくまで自らの同行を願っていたが、彼がその想いに応える事は決してなかった。

 

「はぁ……わかったよ」しかたないと言わんばかりに肩を竦めた馬岱が言った。「その代わり、ちゃんと無事に帰ってきてよ。約束だからね?」

 

「ああ」サルカンは頷いた。言われるまでも無い事だった。「分かってる」

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 闇夜が支配する天幕の中、董卓は何度目とも知れない思案を再び繰り返した。

 上る議題はただ一つ、耿鄙の提案に乗るかどうかだ。

 彼の言葉はーー見せられた記憶と剥き出しの感情は、ひどく真実味を帯びていた。過去に盗み見た印象の断片と照らし合わせても不自然な箇所は何もない。恐らくは全て事実なのだろう。

 だとしたら何と悲しい事か。この世界の人々はもう何百年以上もの昔から争いと殺戮に支配され、未だその呪縛から逃れられていないのだ。あの男はそんな世界を本気でどうにかしようと本気で行動している。 

 だが彼の考える世界のあり方は、自分の理想とは真逆を向いていた。自分の夢――戦争や虐殺の無い世界とは全く違う世界。それは彼らの拭えぬ戦いの性を密かに管理し、争いを制御しているに過ぎなかった。

 董卓は彼の思想を否定したかった。間違っていると反論したかった。そんなやり方では平和な世界など決して訪れぬのだと。

 だが出来なかった。彼は経験し、自分も知ってしまった。人は決して“力”からは逃れられぬという事を。

 

「平和な世界……皆、それを望んでいるはずなのに……」

 

 彼女の葛藤はそれから一刻以上も続いた。何度も何度も頭の中で考えを組み立てては解き、そして新たな可能性を模索する。それはまるで何処かに存在するかもしれない奇跡にすがっているようにも見えた。

 まるで石像のようにじっと動かずにいた董卓であったが、やがて静かに立ち上がると、確かな足取りで天幕の外へと出て行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 沈んでいた太陽が再び顔を出し始めた頃、サルカンは馬騰に連れられて城の中庭までやって来ていた。

 彼女の話によれば、ここに外に出るための道があるという。

 サルカンもこの場所には何度か訪れた事があったが、そんな物があるとは全く知りもしなかった。今も視界に映るのは手入れされた草花や小さな池ばかりで、外に通じるようなものはどこにも見当たらない。

 ならば一体どこにあるというのだろうか?

 

「ここさ」彼の疑問に答えるように、彼女は庭の隅にある古ぼけた枯れ井戸を指し示した。「この井戸には特別な仕掛けが施してあってね。非常用の地下通路に通じてる。中を進んでいけば、城から少し離れた山林に出られるはずだよ」

 

 サルカンは感嘆の声と共に薄暗い井戸の奥底を見つめた。「そんなものが……」

 

「元は前の城主が作ったものさ。城の人間も、あたしと娘たちを含めた一部しかここの事は知らない」馬騰はそう言うと鞄の中から何本かの松明と鉤爪の付いた長縄を取り出し、彼へと手渡した。「中はかなり暗いから常に明かりを絶やさないようにしな。それと、くれぐれも無理するんじゃないよ。危なくなったらすぐにずらかるんだ。いいね?」

 

「俺は故郷で長い時間を戦士として過ごしてきました。斥候の心得は覚えているつもりです」彼は差し出されたそれらを受け取ると、自分の鞄へと納めた。

 

「あんたならきっと上手くいくさ。成果を期待してるよ」

 

 馬騰の期待を背中に受けると、サルカンは古井戸の縁へと手を掛け、中へと飛び込んだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 馬騰が言っていた通り、井戸の壁は一部が取り外せるように細工が施してあった。サルカンはそれを取り外すと、暗闇に満たされた道を松明を片手に歩き始めた。

 通路は鍾乳洞を利用して作られているのか、天井のあちこちから氷柱のような鍾乳石や風化した岩肌が覗いている。時折、洞窟全体が地震にあったように震えているのは、道の真上が戦場となっているからだろう。

 松明が放つ炎の輝きは通路全体を照らすにはいささか弱く、まるで久遠の闇の中を歩き進めているかのようだった。一本道なので迷うことはないが、足下に危険がないとは限らない。細心の注意を払いながら、彼は進んでいった。

 

 前へ。更に前へ。地面すら見えぬ暗闇の中を、ただひたすらに歩いていく。

 城の守りはどうなっただろうか。散発的な攻撃が続いているとは言え、それが今日も同じとは限らない。敵が新たな手段に訴えているかも知れない。いや大丈夫だ。彼らならきっとこれからも守り抜いていけるだろう。

 

 沸き立つを不安を振り払いながら歩き進めている内に、サルカンはいつしかこれまでの己の人生を思い返していた。

 ドラゴンを追い求めて半生を過ごしてきた筈の自分が、今や別の誰かのために龍の力を振るうなど、一体誰が予想しただろうか。奇妙な――実に奇妙でこそばゆい感覚だったが、彼はそれでいいとも思っていた。

 彼らは自分に、今まで得られなかった物をくれたのだ。龍を追い求めている間には絶対に得られなかった物を。優しさを。

 おかげで自分はようやく人間らしいものを手に入れられたような気がした。今の自分は龍でもあるが、同時に西涼の人間でもあるのだ。

 彼らの為になら力を振るう事も戦うことも何ら惜しくはない。それだけのものを、彼らはしてくれたのだ。

 戦い抜こう。それが今の自分に出来る唯一の事なのだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 地下道を歩き始めて数時間が経過した頃、ようやく暗闇ばかりだった通路の先に小さな光が見え始めた。

 

「……ようやく外か」ぼそりとサルカンが呟いた。先の見えぬ不安と脆い天井を警戒していたせいか、いつにもなく声に疲れが滲んでいた。

 

 彼が光の元へと辿り着くと、そこは生い茂った山林の真っ直中だった。時折戦いの喧噪が聞こえてくるものの、その音は遠く、戦場や城からだいぶ離れている事が伺える。まさに馬騰の言っていた通り、非常用の脱出路にふさわしかった。

 見たところ周囲に敵の姿はない。自分がここから現れたことを知る人間はおらず、それは帰りもこの道を使う予定のサルカンにとっては実に都合が良かった。

 周囲の状況を確認し、いよいよ敵陣への偵察に向かおうと考えていた彼だったが、不意に近くの茂みから何者かの気配を感じた。

 

「誰だ」彼は腰に差していた直剣を引き抜くと、気配に向かって切っ先を突きつけた。

 

 見回りの敵兵か、それともここらをねぐらにしている野党の類か――出てくるのはそのどちらかだろうと彼は考えていたが、皮肉なことにそこに居たのは倒すべき敵などではなかった。

 

「待って待って!殺さないで!」声の主である少女――馬岱は大げさに両手を振ると、困ったような表情で茂みから現れた。

 

「蒲公英!?」居るはずのない人物の登場に、思わずサルカンは目を剥いた。「何故お前がここに居る!」

 

 彼の記憶の中では、彼女は馬騰や馬超と共に城の兵士を指揮しているはずだった。それが何故こんな場所にいるのか。

 

 問いつめるような彼の視線に晒され、馬岱は素直に白状した。「……やっぱりおじさまの事が心配になって、こっそり先回りして来たんだよ。あの通路の事はたんぽぽも知ってたし、この辺りの道も大体分かるから……」

 

「だがお前は指揮をしろと馬騰殿に言われていただろう。それを承知で勝手に出てきたのか?」

 

「誤解されると嫌だったから、出かける前にちゃんと書き置きは残しておいたよ。それに防衛っていっても、ここ最近の敵なんてぜーんぜん攻めてこないし、たんぽぽが居なくても大丈夫だよ」

 

「そうだとしても――」次の文句を言い掛けたところで、不意にサルカンは彼女の口を自分の掌で塞いだ。「静かにしろ。誰か来る」そして彼女の手を取ると、自分たちの身体を近くの茂みの中へと押し込んだ。

 

 現れたのは二人組の兵士だった。青と白に塗られた鎧と鉄槍。装備からして討伐軍に間違いない。彼らは聞こえてきた声の正体を探ろうと、賢明に周囲を探し回っていた。

 背後から一気に仕止める――サルカンが隣の馬岱にその意を目配せすると、彼女は何も言わずに頷いた。

 己の存在を気取られないよう細心の注意を払いながら、二人は兵士たちの背後に向かってゆっくり移動していく。

 そしてその作業が完了すると、彼らは疾風のような早さで敵に襲いかかった。

 先に仕掛けたのは馬岱だった。彼女は腰の鞘から短刀を引き抜くと、相手の喉頸に向かって刃をあてがい、そのまま一文字に斬りつけた。

 喉元から鮮血吹き出してくずおれる敵兵。恐らく彼は、自分に何が起こったのかすら気づかぬまま息絶えた事だろう。

 一方のサルカンはと言うと、己の腕を龍の大顎へと変化させ、相手の顔面を丸ごと削り取っていた。

 

「まずいな……」音を立てないよう敵の死体をゆっくりと地面に寝かせながら彼は言った。「今のやりとりを他の兵士にも聞かれているかもしれない。死体を隠したら急いでここを離れるぞ」

 

 すると馬岱が兵士達の鎧を指さした。「待って。こいつらの服を着ていけば怪しまれないんじゃないかな?」

 

 確かに敵兵の鎧を身につければ、万が一発見されてもすぐ気付かれることはない。幸いなことに死体の血はほとんど鎧にかかっておらず、少し拭えば死体から奪ったものとは分からないだろう。妙案だった。

 

「上手い考えだ」サルカンは頷くと、早速死体から鎧を取り外しにかかった。「これが終わったら俺はこのまま敵陣を目指す。お前は……」

 

 どうするべきかを一瞬考えたが、戻らせたとしてももう遅い。ならば何かあったときの為に連れて行った方がましだった。

 

「仕方ない……だがくれぐれも邪魔になるような真似だけはするな。分かったな?」

 

 許しを得たことで馬岱が屈託のない笑みを浮かべる。「うん!ありがとうおじさま!」

 

 やがて倒した兵士達から全ての装備を外し終えると、二人は急いでそれらを自らの身体に装着し始めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 何も分からないまま延々と作業をこなす――それは孫策がもっとも忌み嫌うことの一つであり、その不快感は今や限界点に達しつつあった。

 彼女は陣地の外れ――耿鄙が何らかの法則で定めた岩場の一角で、奇妙な土木工事に従事していた。

 彼女らは付近の岩山から石材を次々と切り出すと、耿鄙やその部下が出す指示に従って一つ一つその場所へと積み上げていく。そうして作られた石柱のような何かは二日目の昼には既に一つ出来上がり、今では二つ目の完成に向けて着手していた。

 彼曰く、この石柱は大地の力を汲み上げるための特別な装置であり、この力を使うことで馬騰軍を倒す“切り札”を呼び出すことが出来るのだという。

 しかし、彼の切り札が具体的に何なのか、それでどうして討伐軍が勝利できるのか、肝心な事は未だ分からず仕舞いであった。 

 

「ねえちょっと」痺れを切らした孫策は、部下にいくつかの指示を出していた耿鄙を捕まえて言った。「いい加減聞いてもいいかしら?」

 

「何かご用ですか? 孫策殿」仮面のような笑みを張り付けて耿鄙が返事をする。

 

 この男の薄っぺらい笑みとこちらの意図を見透かしたような喋り方にはうんざりさせられる気分だったが、孫策は無視して本題を告げた。「あの石柱は大地の力を汲み上げる装置だってあんたは言ったけど、それで一体どうなるのよ? 巫術が使える人間は自然の力を呼び起こす事が出来るっていうのは聞いたことがあるわ。でもそれはこんな大がかりな物を作らなくてもできるんじゃないの?」

 

 彼女の質問に男は意外そうな顔を浮かべた。まるで教え子が定説に対して鋭い問いかけを投げかけたかように。

 

「ええ。全くその通りです」彼は素直に頷いた。薄ら笑いはそのままだったが、その声音に嫌味のようなものは入っていなかった。「ですが術師が引き出せる力というのは、その土地の質によって少々異なります。私が一番得意な場所は主に水辺と森なのですが、生憎この辺りは山ばかりなものでして」

 

「ふーん……」以外にも生真面目な回答を寄越した彼にいささか戸惑った孫策だったが、どこまで本当なのか分からない以上、話半分で聞くことにした。「でもあんなものまで使うんだから、その切り札っていうのは、さぞすごいんでしょうね?」

 

「それは実際に見ていただいた方が早いかと」

 

 こちらの方はあくまで最後まで語るつもりはないらしい。

 仕方ないと彼女が詮索を打ち切ろうとした時、不意に一人の伝令がこちらに向かって駆け足で近づいて来た。

 

「石柱の建設作業が完了いたしました。作戦はいつでも始めることが出来ます」

 

 静かに報告を聞いていた耿鄙だったが、満足げな表情を浮かべると孫策へと自信ありげに告げた。

 

「丁度いい。では今からその切り札がどんなものか、直にお見せしましょう」

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 奪った防具と武器を身につけたサルカンと馬岱は、時折巡回してくる兵士たちをやり過ごしながらも、ゆっくりと敵陣に向けて近づいていた。

 既にあの非常口から歩き始めて半刻ほど経っている。今はまだ本陣の姿は見えないが、目的地が近づいている事は肌で感じられた。

 

 鬱蒼と茂る山林の切れ目がようやく見え始めた頃、不意にサルカンが声を上げた。「……大勢の人間の気配がする。陣地はすぐ近くだ」

 

 後ろに控えていた馬岱が神妙な顔で頷く。ここから先は更なる警戒が必要だった。

 周囲に潜んで居るかも知れない敵兵の姿を常に探りながら木々や茂み中を通り抜け、細い獣道へと躍り出る。

 そこを慎重に進んでいくと、ついに彼らは敵兵士の集団を発見した。

 

「ここが本陣か……」

 

 それはまさに大軍と呼ぶにふさわしい規模だった。山の中とは思えないほど多くの天幕が陣地の内部に並び立ち、中では多くの兵士たちが張りつめた空気の中で装備の点検や兵士たちの治療など、今後の戦いに必要な作業をこなしている。

 

「やはりかなりの規模だな」言いながら少しでも鮮明に記憶を残そうと、サルカンは陣地全体を隈無く見つめる。

 

 すると馬岱が陣地の片隅を指さした。「ねえ待って。あれはなに?」幼い指の先には奇妙な二本の石柱が天空に向かって屹立していた。「石の柱? あんな物ここにあったっけ?」

 

 馬鹿な。サルカンは我が目を疑った。あれと同じようなものを別の次元で見たことがある。あれは……。

 

「マナリス……」

 

 気付けばその名を口にしていた。地中に存在する合流点から任意のマナを引き出すためのアーティファクト。新たに訪れた未知の次元でプレインズウォーカーが最初に探し求めるものの一つだった。

 

 《マナリス》https://imgur.com/a/MQHrznB

 

 動揺するサルカンを尻目に、馬岱が不思議そうな顔で尋ねた。「おじさま、あれが何か知ってるの?」

 

「あれは大地が秘める力をーーマナを引き出すためのものだ。あれの本当の意味を知っているものは、プレインズウォーカーだけだ」

 

「え……?」驚きと衝撃の言葉に彼女は眉を潜めた。「それってどういう……?」

 

 サルカンがその質問に答えようとすると同時にすさまじい金切り声が空に響き渡り、巨大な二つの幻影が姿を現した。

 

 《幻影のドラゴン》https://imgur.com/a/4oS7S6y

 




 次回、怪獣大決戦。

 ※6/11 シーンを一部追加しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。