真・恋姫†無双~未踏世界の物語~   作:ざるそば@きよし

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急報・下

 出現した敵ドラゴンの存在に耿鄙は動揺を隠せなかった。まさか敵がこれほど近い場所から襲い掛かって来るとは予想すらしていなかった。

 無論、敵の奇襲を全く警戒していなかった訳ではない。散発的でも味方に攻撃を続けさせていたのは、マナリス建造までの時間を稼ぐと同時に敵を出来るだけ城内に留めておきたかったからだ。

 だがその目論見は見事に外れた。敵は何らかの方法で包囲された城を抜け出し、こちらの目をかいくぐりながらここまでやって来たのだ。

 

 しかし彼は同時にある疑問にぶつかった。あのドラゴンは一体どこから現れた?

 

 最初にドラゴンの姿を見た時、あれは敵のプレインズウォーカーがこの次元のどこかから調達し、従わせたものなのかと思っていた。だがそれならば、戦闘が終わった直後から姿を見せていないのはおかしい。

 そして今見えているドラゴンは肉体を持った紛れもない本物だ。接近すれば子供でも気がつく。突然の奇襲になど使える訳がない。

 矛盾を孕んだ二つの要素――それは決して交わる事はない。たった一つの例外を除いては。

 

「まさか……」

 

 やがて耿鄙は一つの回答にたどり着いた。あのドラゴンこそ、敵のプレインズウォーカーそのものなのではないか?

 

 他の次元には自らの姿を自在に変えられる種族や呪文が存在する。もしあの敵ドラゴンの正体がそうであるならば、その記憶や心を読むことで正体が割り出せるのではないだろうか?

 

 かなり危険を伴う行為だが、プレインズウォーカーが敵の中に居る以上、何としても排除しなければならない。この機会を取り逃せば最後、敵は次元を超えて襲い掛かって来るかもしれないのだ。

 

 耿鄙は残ったマナから巨鳥の幻影を新たに生み落とすと、その背中へと跨った。

 幻影特有の透き通った身体は儚げな見た目に反してきちんと男の体重を支え、上空へと押し上げていく。

 そして十分な高度を確保すると、三匹のドラゴンたちが飛去った方角に向かって素早く移動を開始した。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 この辺りでいいだろう――鋭い岩山を幾つか越えた辺りでサルカンは旋回し、追尾してくる二匹のドラゴン達と向かい合った。半透明の顔からは憤怒の表情が文字通り透けて見えていた。

 

 戦闘の意志を読み取った追跡者たちは互いの顔を見合わせると、ここで決着をつけんとばかりに縦列になって押し寄せる。

 

 最初に仕掛けたのはやはり隻腕の方だった。幻影特有の身軽な動きを武器に一気に距離を詰める。

 素早い軌道の左腕。人間で例えればフックのような軽い攻撃だが、鋭利な龍爪の前では容易に致命傷になり得る。

 

 風切り音と共に恐ろしい速度で死の気配が近づいてくる。刃がその身を切り裂くまであと数秒もないが、サルカンの心に怯えはない。戦いとはどんな時も死と隣り合わせであり、生き残る為には自身の恐怖心を飼い慣らす事が何よりも大事だと、戦士としての長い経験から熟知していた。

 

 身体を切り裂かれる寸前のところでサルカンは翼をはためかせ、脇をすり抜けて敵の攻撃を回避する。

 二匹目の攻撃も似たようなもので、同じ要領で限界まで引きつけた後、軌道を逸らして避けてみせた。

 

 ――やはりな。

 

 単純な力こそ本物と遜色ないが、この幻影たちはドラゴンの強さや本能を完全に模写している訳ではない。

 長年ドラゴンを追求し続けてきたサルカンにとって、目の前の幻影たちの動きはひどく緩慢で、本物からは遠くかけ離れているように感じた。

 それを証明するように彼は敵の攻撃を鮮やかに捌くと、その代償として手痛い反撃を与えていく。

 

 ――勝てる。

 

 数の差から慎重な作戦を取っていたサルカンだが、敵がそれほどでもないと分かった以上、生かして帰すつもりはなかった。敵ドラゴンがいなくなれば、馬騰軍の不利は再び覆る。

 

 やがて思い通りに行かないことに業を煮やしたのか、両腕の龍が出鱈目な姿勢からサルカンへと突進を繰り出した。

 崩れきった姿勢からでも速度を出せるのは肉の身体を持たない幻影の特権だが、今回は逆にそれが仇となった。相対速度を利用したサルカンは突っ込んでくる龍に爪を突き立てると、そのまま一気に敵の身体を引き裂いた。

 

 水を掻いているような奇妙な手応えだったが、効果はあった。一文字に切り裂かれた龍は苦しげに錐揉み落下していくと、そのまま塵のように砕け、大気へと散っていった。

 

 あと一匹。

 

 ドラゴンを撃退したことで勢い付いたサルカンが次に手負いの方へと向かおうとしたその時、彼の精神を急激な違和感が襲った。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 サルカンが幻影と戦いを始める少し前のこと。生み出した幻影の鳥に跨がりながら、耿鄙は怪物について更なる考察を続けていた。

 あれがもし自分の考えた通りのものであるならば、近づけば必ず正体が分かる――問題はそこまで安全に近づけるかどうかだ。

 

 直接ドラゴンの前に出るのはどう考えても得策ではない。やるならば敵が戦っている間――可能ならば、敵が己の勝ちを確信して油断しきったところが良い。精神呪文の効き目は相手が精神に隙があればあるほど強く作用する。

 

 飛行を続けていく内に前方の空から喧噪が聞こえる。敵はすぐそこまで迫っている。

 居た。互いに絡み合うように旋回と格闘を続けるドラゴンが三体。間違いなかった。

 敵の方へと向かっていく間、耿鄙は両腕の龍に向かって一つの指示を出した――その身を犠牲にして敵の隙を作り出せ、と。

 忠実な幻影はそれに従い、敵に向かって強引な突進を敢行した。まるで炎に惹かれて飛び込む哀れな蛾のように。

 

 耿鄙の予想通り、敵は策に引っかかった。無理な姿勢で突進する幻影を鮮やかな手並みで倒してみせると、勝ち誇ったように咆哮を上げる。そしてそれは心を読むまでもなく明確な油断の合図だった。

 

 瞳に青白い光を浮かび上がらせた耿鄙は幾つかの呪文を唱えると、それを前方の敵ドラゴンへと差し向けた。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 何者かが自分の思考を覗いている。記憶を割開いて読み漁っている。

 脳内を貫く不快感にサルカンはうめいた。この感覚を自分は知っている。誰かが自分に向けて精神呪文を唱えているのだ。敵のプレインズウォーカーが。

 苦しみながらも周囲を見渡すと、少し距離を置いた所に小さな幻影が見える。術者に間違いなかった。

 

 更に不快感が大きくなった。思考を切り刻まれて奪われているのが分かる。誰かが自分の考えを盗み取ろうとしている――やめろ!やめろ!!やめろ!!!

 

 急激な激痛が身体を襲い、彼の意識は脳の奥から現実に引き戻された。いつの間にか隻腕のドラゴンが自分の翼に食らいついている。精神呪文に思考を囚われている間を襲われたのだ。

 

 炎のような痛みが背中に広がると同時に、頭の中を津波のような不快感が這いずり回る。もう龍の姿を維持することが出来ない。もう何も考えられない。

 高度が落ち、肉体が人のものへと戻っていく――かみつかれた部分が龍の部分消え去り、傷を負った人体が現れる。

 

 混乱と重傷と不快感に中、人間の姿に戻ったサルカンは森の中へと墜ちていった。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

「消えた……」煙のように消えた敵ドラゴンを姿を見つめながら、耿鄙はその正体を考えた。

 

 読み取った記憶は断片的な印象に過ぎなかった。不意を付いたとはいえ、距離が遠すぎたのだ。

 分かった事と言えば、敵はやはりプレインズウォーカーであることと、そしてドラゴンについて並々ならぬ感情を持っていることだった。自らを龍に変化させる呪文を使っているあたり、それも当然だと言えるだろう。

 

 耿鄙は森に降りてその生死を確かめたいという衝動に駆られたが、幻影を敵の城まで送り込まなければならないことを思い出した。予想外の奇襲によって時間と幻影を潰された以上、もう予断は許されなかった。

 

「……命拾いしたな。名も知らぬプレインズウォーカー」彼は吐き捨てるように敵が落ちていった大地に告げた。その人物が未だこの次元に留まっているのかどうかは分からなかった。

 

 彼は幻影たちに後退の指示を送ると、耿鄙は傷付いた幻影を修復するべく、一度マナリスの元へと戻っていった。


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