取り敢えず次回で爆弾小僧の話は終了です。野球少年は結構短くなるかも。
「…………終わったか」
爆炎が漂う中で隼人は綱吉がさっきまで居た場所に視線を向けている。
今もなお炎上しているその場所は黒煙が立ち込めている。姿が確認できてはいないが恐らく無事には済まないだろう。むしろあの状況ではどう足掻いても逃げることはできない。
これで倒れた、等と欠片も思ってはいないがそれでも今のは大ダメージは確実。
隼人はそう考えながら煙が晴れていくのを待ち、もし生ているのなら更に爆撃の嵐を浴びせようとして、
身体が硬直した。
「ッ……………………」
―――――それは獣の眼だった。
大凡そうとしか表現できない相貌で煙の中から自分を見つめている。
隼人はそう直感し、身体を動かして更に攻撃を叩き込もうとダイナマイトを取り出そうとして、自身の身体が動かないことに気付く。まるで恐怖で身体が動かないように、美しい物を見て心を奪われているかのように。
そして煙が切り払われて綱吉が姿を現した。
「いっつ……………久々に死にかけた」
全身はぼろぼろで身に纏っている制服は所々焼け焦げている。素直に言って満身創痍としか言えない惨状だ。
それでもその瞳に宿る力は劣らず、むしろ先程よりも強くなっている気がした。
を
「ったく、時間が掛かり過ぎなんだよ。でも、これで戦える」
綱吉は心底煩わしそうに瞳を抑えながらそう呟き、眼を見開く。
蒼く輝く双眸は内に宿す橙色の光を更に強めながら隼人を射抜き、その手に持っていたナイフを突きつけた。
こいつ、まだ戦うというつもりなのか、そんな身体だというのに…………。
満身創痍、最早立っているだけでも辛い筈だというのにそれでも刃を突き付ける綱吉の姿に隼人は恐怖を抱く。
しかし―――――、
「はっ、よく言うぜ。そんな身体で何が出来るっていうんだ?」
文字通り綱吉の身体はぼろぼろだ。それこそ今立っているのが不思議なくらいに傷ついていた。
だというのに綱吉は隼人のその言葉を聞いて愉快そうに笑みを浮かべた。
「出来るよ。俺に出来ることならね――――例えば今から瞬間移動するとか、ね」
綱吉がそう言った瞬間だった。隼人の視界から突然消え去ったのは。
「なっ、一体何処に――――」
「後ろだよ」
姿を見失った為、すぐさま綱吉の居場所を探そうとした瞬間だった。
背後から声がしたのは。
「ッ!!?」
突然の出来事に隼人は思わず身体が硬直してしまい、動きが止まる。
それもそうだろう。何故なら隼人の背後に綱吉が立っていたのだから。
「お、お前いつの間に!!?」
「さぁてね。俺が教えるわけないじゃないか。それよりも良いの? 俺から距離を取らなくて」
「くそっ!」
綱吉に言われるがまま隼人は後方に下がろうとする。
しかし時既に遅く、綱吉の右腕が隼人の首元を掴んでいた。しまった、と気付いた時には隼人の眼前に綱吉の左拳が迫っていた。最初からそのつもりで構えていたのであろうと予測する前に、隼人の顔面に綱吉は拳を叩きこんだ。
+++
(…………不味いな)
綱吉は隼人の顔面に叩き込んだ左拳の感覚に顔を顰める。
やはりと言うべきかなんと言うべきか、さっきのダイナマイトの爆撃でかなり身体に負荷が掛かっているようらしくいつものように動けない。と、言うよりは怪我のせいでかなり身体にダメージが蓄積しているだけなのだが。
どちらにせよ、今の一撃を入れただけで自分の状態というのがよく理解できた。
心の中で綱吉は自身の肉体の状況を考察しつつ、後方に打っ飛んだ隼人の姿を見つめる。
「…………っ、これぐらい全然大したことねぇ!!」
しかしながら拳の入りが甘かったのか、隼人は顔を擦りながら平気そうな顔を浮かべる。
やはり大した一撃を与えることができなった。その事実に歯噛みし悔しがるものの、この怪我では打撃を行っても意味が無い。むしろ自分のダメージの方が酷い。
さっきと同じ手は二度と通じないだろう。今のは直死の魔眼を使い、距離という概念を殺したために起きた現象でしかない。それに概念の死すら見えるようにしている為、かなりの負担を掛けている状態だ。
――――沢田綱吉が有する直死の魔眼は、異なる世界における宙の理を持つ少女、退魔の家系の少年の有する特性と殆ど同じである。
違いがあるとするならば、少女の持つ魔眼のようにONとOFFの切り替えができないと言うこと、少年の有する魔眼のように使い過ぎると脳が壊れることはないこと、少女と同じ死を見ることが出来る上に少年と同じように点すらも見ることができること。
しかし、それ以上に綱吉の魔眼が死を見るのには時間が掛かるのだ。非生物の死を見るのには時間が掛かり、より時間を掛ければ概念の死すらとらえることができるようになる。だが死を見ることができるのは綱吉自身がその死を見ようとしているからであり、意図的に眼を使っているからだ。故に綱吉はさっきのように距離を殺すという手段を最初から使えなかったのだ。
(しかも、この眼は意図的に見ようとしなければ元の状態に初期化される。魔眼殺しが無くても)
改めて使い辛いと心の底から思う。
戦闘で使うには技術が居るし物の死を見るようになるにはそれなりに時間がかかる。
負担は他の二人に比べて軽いが戦闘での実用性は二人に遥かに劣るだろう。
しかしそれがどうした。使いにくい、劣る?
そんなこと知るか、使えるものはなんだって使ってやる。
時間が掛かるならそれだけ時間を掛ければ良いのだ。ただ、それだけの話である。
「悪いけど、次は手加減できない」
ナイフを構えて隼人に突き付ける。
これ以上は自身の限界だ、もう既に手加減できる強さではない。
最悪、右手を切り落とす。そのつもりで戦う、そう決意した綱吉の瞳は今までの優しい眼とは違い、冷酷と言っても良い程冷たい色を見せた。
その視線にあてられたのか隼人はゾクリと一瞬だけ身体を震わせ、身体に走った悪寒を振り払うかのように懐からダイナマイトを取り出す。取り出されたダイナマイトの本数はさっきまでの数とは桁違いに多く、今にも指から零れ落ちそうであった。
「3倍ボム!」
その技の名を言うと共に隼人は手に持ったダイナマイトを投げようとした――――その瞬間だった。
彼の両の手からダイナマイトがポロポロと零れ落ちたのは。
「なっ!?」
両手から零れ落ちるダイナマイトに隼人は驚愕の声を上げるもののそもそもとして考えれば当然の結末でしかなかった。
獄寺隼人の技の殆どがただダイナマイトを投げつけているだけ、というわけではなく爆破するタイミングに合わせて放っていた。恐らく彼自身の知能が高いからこそ成立する技なのだろう。綱吉がその技を真似しようとしたら間違いなく失敗する。
しかし、それは平静の状態であればの話だ。今の隼人は綱吉の殺意に恐怖している。その上、今の今まで使わなかったあの三倍ボムとかいう技は恐らく彼自身でも上手く使いこなせていない技なのだろう。
そして無理な技を使った代償として、隼人はその爆発の威力を己に味わうことになるだろう。
恐らく死、それ以外の結末は無かった。
そう、ここで獄寺隼人の敗北は確定してしまったのである。
+++
(はっ、当然の結末か)
今になって思い返せば本当に碌でも無い人生だったと心の中で隼人はそう呟く。
実の母親は父親のファミリーの手によって命を奪われ、その事を知った自身は実家であった家から飛び出した。異母兄弟でありながらも自身のことを若干過保護気味に、されどはた迷惑な姉の制止を振り切って。
それからの日々は最悪だ。東洋人の血が入っていると言うことでマフィアの世界からは鼻で笑われ、いざマフィアになれると思ったら鉄砲玉でしかなく、危うく自分を助けてくれた恩人の親子を不幸にするところだった。
そしてマフィアボンゴレの後継者である目の前の少年との闘いで死ぬ、本当に殺すつもりがあったわけじゃなかったが気に入らなかった。自分が持っていない物を最初から持っている彼が羨ましくて、憎くて―――――。
(ジ・エンド・オブ俺……………)
隼人は自らに襲い掛かる死に対して受け入れる覚悟を決める。
決闘として呼び出したのだ。死ぬことだって覚悟している。
「なに勝手に諦めてるんだ!」
しかしその決意と覚悟は隼人の顔面に綱吉の拳が当たった。
叩き込まれた拳は対して痛みも無く、自身の身体を後方に軽く突き飛ばすだけだった。
「なっ、てめぇ…………」
突然の出来事に困惑の表情を浮かべる隼人はようやくそこで理解した。
沢田綱吉が自身を突き飛ばし、自分がさっきまで立っていた場所に居るということを。
「あー、うん。これ足の一本じゃ済まなさそうだなぁ」
他人事のように呟く綱吉の表情はとても安堵していた。
まるで自分を助けたことが嬉しいかのように。
――――――そして綱吉は爆発に飲み込まれた。
さっきまでの規模の物とは比べ物にならない、それこそ身を焦がすどころではなく文字通り吹っ飛ばす程。爆発の際に発動した黒煙は綱吉の肉体をそのまま飲み込もうとした瞬間、綱吉の眉間に穴が一つ空いて仰け反ったのを、隼人の瞳は捉えていた。