それはそうとリップと鈴鹿を手に入れました、やったぜ!
最近、ユニは少しばかり不機嫌になっていた。
気が付けばいつも大怪我を負っている婚約者の姿を見て、しょっちゅう不安になる。それなのに我が婚約者様はいつものように笑みを浮かべて「大丈夫、心配しなくても大丈夫だよ」と語る。
全身に包帯を巻いて治療してなお痛みで顔が歪んでいる時があるというのに、そんな姿を見てしまったら大丈夫なものかと断言する他ない。
だが自分に何が出来るというのか、ユニはそれがわからなかった。
しかし、どういった偶然か、気がつくと知らない場所に居たのだ。
そこは正に原初の地獄と言っても良い場所だった。
そしてそこに存在するドリルのような形状をした剣を見て、何故かは知らないがとても惹かれたのだ。
それは剣の方も同じようで、ユニは自分に使われたがっているということを理解する。
故にユニは剣に手を伸ばし、
「ほぉ、まさか××がこの我以外を認めるとはな」
突然現れた金色の王に腕を掴まれ、その行動を止められた。
男から放たれる威圧感は凄まじいもので、かつて垣間見た婚約者の放つ圧よりも強い。
まるで全てを支配する王であるかのように。
「ふむ、成る程…………そういうこともあるのだな。中々に愉快な話だ」
心底おかしそうに男は笑い、剣を手に持ちそのままユニの身体にへと突き刺した。
深々と突き刺さった剣は身体に沈み込んでいき、最初からそうだったかのように身体に文様が浮かび上がった。
「良いだろう、今回限りの特例だ。貴様にくれてやろう。最も、異なる世界の法則だからこのようなことができたのだがな」
くつくつと笑みを浮かべる男にユニは何故か申し訳ない気持ちを抱く。
先程のあの剣、あれは間違いなくこの男性の物であり、とても大切な物であるということが窺えたからだ。
しかし男は大して気にも留めず、黙って首を横に振る。
「気にするな。なぁに、此度の我はついでで招かれたのだからな。無粋といえば無粋なのだろうよ」
男はユニの頭に手を置いてガシガシと強く撫でる。
「では行くが良い。異なる世界の古き血を引くものにして新しき人類■よ。貴様の運命は今、大きく変わった。貴様は戦う力を、己が運命を切り開く力を手に入れたのだ」
その言葉を最後にユニの意識は浮上する。
まるで導かれるかのように浮上する意識の中で、ユニは確かに聞いた。
「既に覚醒を果たしている海は涙を、そしてお前は乖離を手に入れた。貝の方は未だ手に入れていないがな。心せよ小娘、此度の結末は我が瞳をもってしても、根源と繋がった者でさえ予測つかない結末になるだろう」
×××
「お疲れさまでした十代目!! お荷物をお持ちいたします!」
「やらなくて良いからね獄寺君。お願いだから」
あの一件以来、何故か隼人が自分の事を十代目と呼ぶようになってしまった。
綱吉個人としては非常に迷惑、というわけでもない。隼人個人と友人になれたという意味合いでもあるし、何より素の彼は結構愉快な性格だ。面倒ごとはあまり好きじゃないし、巻き込まれるのは更に嫌だが、こうしてバカ騒ぎ出来る友人ならば歓迎だ。
少し人の話を聞かないところもあるが、それはそれで愉快だし、何より一緒に居て楽しくてうれしいのだ。
「何を言います十代目! 十代目の荷物持ち、身辺の警護は右腕である俺の役目です!」
「大丈夫大丈夫。そんな事ならないから」
しかしだからと言ってここまでやられるとは思わなかった。
きっと彼のような人が頭の良い馬鹿と言うのだろう。そんな考えが綱吉の脳裏を過る。とは言え、このままなのは少しばかり良くない。
何故なら先程から自身に向けられる視線が嫉妬交じりのものになっているのだから。
理由は分かる。獄寺隼人はイケメンで、なおかつ不良だ。近頃の若者はああいった者に対して魅力を感じるのだろう。最も隼人は不良どころかマフィアなわけなのだが、決して悪人では無いし、意外と常識的なところもある。
綱吉が関わると三枚目になるが、普段は二枚目だ。これでモテない筈がない。
だからこそ綱吉は女子達から嫉妬の視線を向けられていた。それが鬱陶しいわけなのだが、それだけならばまだマシだった。中には時折不気味で背筋が凍るような視線を向けてくる者も居り、それ自体に恐怖を覚えていた。
何故かはわからないが、その視線の持ち主の意思だけは直死の魔眼をもってしても殺すことができないような、そんな恐怖感がするのだ。
等と心の奥底で思っていると、何者かにヘッドロックを掛けられる。
「ようツナ! 今日一緒に帰らねぇか?」
ヘッドロックを仕掛けてきたのは親友の山本武であった。
「て、てめぇ! まさか十代目の命を狙っているヒッ――――」
「獄寺君止めて止まって。俺の友達だから!」
教室内でダイナマイトを取り出そうとする隼人に、綱吉は制止の声を掛ける。
隼人は「わ、分かりました」と口では言うが、心の底から理解しているわけではない様子だった。
「あははは、変わった奴だなツナ!」
「見ている分には愉快だし、巻き込まれると大変だけど良い人なんだけどね。少し暴走しちゃうところが…………」
「じ、十代目!?」
まるで裏切られたといった表情を浮かべる隼人。
そんな彼を、否、綱吉を含めた三人を見る周囲からの視線が更に濃厚になった。
具体的には澱みまくった汚泥の、それこそ深淵の果てにある根源にして起源のようなそんな感覚だった。決して「寝取られ!? 寝取られなの!!?」と顔を真っ赤にして鼻息を荒くしている腐った婦女の方々の姿なんて見えない。見えないったら見えないのだ。
「それじゃあ獄寺君、今日は三人で帰ろっか」
「なっ、十代目!」
「大丈夫大丈夫。山本だから大丈夫だよ」
「ん、まあな。帰りは家に来て寿司でも食わねぇか?」
「よし頑張る。山本のお父さんのお寿司美味しいし」
楽し気に会話をしつつ綱吉達は学校を後にする。
去り際に腐った欲望をぶつけられるが、もう無視することにした。魔眼殺しが無くなったことで、見えちゃいけないもの見れるようになってしまったのは本当に嫌な話だ。
「……………それにしても山本とこうして帰るなんて珍しいよね」
「ん、ああそうだな。あの時は本当に大変だったんだぜ?」
「いやー。俺等二人が警察の厄介になりかけたりしたこともあったしねぇ。本当に大変だったよ」
昔の事を思い出し語らう綱吉と武。
そんな二人のやり取りを見て、隼人は武に対して苛立ちを覚えたのか懐に腕を突っ込む。
「そういや獄寺、お前ツナに命救われたんだったっけ?」
「……………ああ。俺は十代目に命を救われた」
隼人の言葉に武は笑みを浮かべる。
「俺もそうだ。俺もツナに命を救われたんだぜ? だいぶ前の話だけどな」
その言葉に隼人は驚愕の表情を浮かべ、綱吉は懐かしそうに呟く。
「ああ、確かあの時だったね。山本と友達になったのって、丁度このぐらいの時間だったよね」
夕方、それも日が沈む時間帯―――――それは夜の始まり。
―――――此度は彼等の出会いを語るとしよう。
×××
山本武は恵まれた人間である。少なくとも他人から見た評価がそれだろう。
運動神経抜群で性格も明るく、勉強は得意では無いが決してできないわけでもない。大凡誰からも好かれる人間だ。
だがそんな彼でも苦労したことが無いわけじゃない。母親は既に亡くなっている。だが父親がその分育ててくれたのだ。そんな父親の手伝いとして仕事をやることもある。最近では野球をやっている為中々できないが、父親は応援してくれていた。
だからこそ精一杯野球をやっていたのだが――――、
「くそっ、まさか自粛になるなんて…………」
悔しそうに呟きながら手に持っていたバットを振るう。
野球部だけが活動を自粛しているわけではなく、全ての部活動やごく一部を除いた委員会も活動せず、生徒は全員下校していた。
何故下校しているのか。その理由は、最近殺人事件が多発しているからである。
ただの殺人事件ではなく、一家惨殺。それも手口や手段も酷いなんて言葉では片付けられない程に残酷だったのだ。
警察だけでなく、雲雀恭弥率いる風紀委員ですら犯人を特定できていないという。
「…………こんな事をしている場合じゃないっていうのに」
歯を食いしばり、拳を強く握りしめる。
もうすぐ野球の大会があった。入学してから初めての大会があったのだ。
だというのにこんなことで躓いてなんかいられない。ただでさえ最近はうまくいっていないのに。
「……………って、こんな時間か」
何とかスイングだけでも維持しようとバッティングセンターでトレーニングをしていたが、どうやらかなりの時間が過ぎていたらしい。
その事に気が付いた武は帰路につく。
身を焦がす程の焦燥が武を苛み、全身を力ませる。どうして良いのかすらも分からない。
そんな時だった。金属同士がぶつかり合う音が響いたのは。
「ん、なんだこの音?」
ふと気になった武はその音がする方に歩を進める。
数分程歩き続け、音の出どころに辿り着いた武が目にしたのは――――、
刀を振り回している甲冑姿の包帯男と、同じように刀を振り回している沢田綱吉の姿があった。
――――これは家庭教師と出会う前。
――――イタリアから戻って来た綱吉と武が友達になった最初の事件、その始まりである。