仇討の旅、その終着点、男は剣を取る。

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助太刀の太刀

 

 

 先ず宿屋に入って来たのは巌のような男だ。

 

 その巨躯の腰には、その体格に似合わぬ細く長い両刃の剣がある。

 

 その武人然とした佇まいに、気の弱い者であれば、思わず道を譲ってしまうであろう。

 

 しかし、改めて見れば、純朴な青年の風貌に気付くであろう。

 

 後に続くのは、杖を突いた少女だ。その目を覆う眼帯に、その美貌はいささかながら減じている。

 

 その後ろを付き従うのは執事然とした男だ。

 

 なにか事情のある一行であると、誰であろう察することのできる三人である。

 

 

 

 

 

 後にミッドエイジと呼ばれることになる時代

 

 ――あるいは、呼ばれないかもしれない時代

 

 百年戦争は遠い昔のことながら、騎士の魂、やはり剣

 

 故にこそ、剣によってしか通らぬ道理が、ある

 

 

 

 

 

「いよいよ明日だな」

 

 鏡のような満月を見上げ、男たちはつぶやいた。

 

「お館様の仇も、正当な仇討の場、目付役もおる、今更逃げまいよ」

 

 執事然とした男が、そう吐き捨てるように言う。

 

「お嬢様も、この辛い旅を、よくよく辛抱してくだすった」

 

 巨躯の男がしおらしく身を縮め、しめっぽくつぶやく。

 

 旅。

 

 仇討の旅である。

 

 彼らの使えた主は、剣によって身を立てた貴族であった。

 

 その命を奪われた。

 

 故に、その名誉は血族の剣を持ってしか、取り戻すことが出来ぬ。

 

 盲いた目で、己の父親を殺した剣士を打たねばならぬ。

 

 この国の習わしとして、仇の止めは血族の者がなさねばならぬ。

 

 一から十まで、男がなすわけにはいかないのである。

 

 しかし、その血を引く唯一の娘の目に光は無かった。

 

 それゆえ、助太刀が認められた。

 

「お館様も奥方様も、野良犬のような俺を、いっぱしの剣士として扱って下すった」

 

 すん、と夜風に鼻が鳴る。

 

 その目尻に光るものを、執事然とした男は口を真一文字にして頷き、目を閉じる。

 

「俺も、似たようなものだ」

 

「お前にゃ、学がある、おりゃ、剣だけだ」

 

 からりとした声であった。

 

「頼むぞ」

 

「おう」

 

 まっすぐな声だ、そして、そのまま見返して、まっすぐに告げる。

 

「頼むぞ」

 

 剣は、俺が振るう。

 

 だから、それ以外は頼むぞ

 

 明日は、俺が剣を取る。

 

 だから、その後は頼むぞ。

 

 そういう事である。

 

 男は頼み、男は頼まれた。

 

 それを、月と星だけが見ていた。

 

 

 

 

 

 仇討の場は、縄が張られた、平らで広々とした場であった。

 

 仇の装備は両手剣に、革鎧。

 

 こちらも、似たようなものだ。

 

「意を貫くには、武勇を尽くされた」

 

 立会人はそう短く告げて、退き、一切を見逃すまいと、椅子に座る。

 

 仇討だ、と外野の見物の人混みが、縄の外で鈴なりになっている。

 

 相手は、『窓破り』、両手で剣を振るとなれば、畢竟行き着く攻防のバランスのよい基本の構えである。

 

「お嬢様、段取りの通りに」

 

 その言葉に少女はこくり、と頷く。

 

 全幅の信頼を置くものである。

 

 手には短剣、それを腰だめに構える。

 

 体重を乗せての一突き(スティング)

 

 おおよそ女の細腕で、刺し違えてもよい、という意志の下ではあるが、大男の命すら奪う一芸

 

 盲目の少女のできる、唯一の剣技である。

 

 それを見て、男も構える。

 

 その構えに、相手の仇は目を見張り、周囲からはどよめきの声が漏れる。

 

 それはまるで、鏡に映ったかのような、構えで会った。

 

 構えとしては、『屋根』に近い。

 

 右肩上に天からつるされたように、垂直に剣を構える、一撃必殺の剛剣の構えに似ている。

 

 それが、まるで鏡で映したように、左肩上に剣がある。

 

 柄の握りも左右逆だ。

 

 左手が上、右手が下。

 

 左足が前に、その重心は前のめりで、いつでも切り込めるようになっている。

 

 その異形の構えに、相手も戸惑った様子である。

 

 ようし

 

 ぺろり、と唇を一舐め。

 

「セエエエエエエエエエエエッ!!」

 

 それを見て取って、決して届かぬ距離と知りながら、裂ぱくの気合を込めて一振り。

 

 更に低く、首を差し出すような、全力の下段切り。

 

 足切りである。

 

 左上に構えれば、相手の右足が近い。

 

 相手からしてみれば、単純で、いかんともしがたい現実である。

 

 足一本切り取られては、剣士としての命脈のみならず、生き物としても生き残ることは難しい。

 

 その一太刀を見せられては、じりり、と右足が退いてしまう。

 

 むざむざ、足をくれてやるわけにはいかない。

 

 常の構えを崩され、腰が上ずる。

 

 しかし、ああも首を差し出す構えであれば、同時に剣を繰り出せば、頭を勝ち割るのはたやすい。

 

 十中八九、男は生き残れはしまい。

 

 命が惜しくないのか、と鏡のような構えの男を見れば、晴れ晴れとした瞳がまっすぐにこちらを貫いた。

 

 全くもって、疑っていない瞳である。

 

 自分が死ぬと、一片も考えていない、という瞳ではない。

 

 ここで死ぬことを、微塵も疑っていない瞳である。

 

 一切合切をすべてをのみ込み、そして、必ずやってくるであろう死に胸を張って相対している。

 

 天からまっすぐに降ってくる光のように、晴れやかな瞳であった。

 

 己の足は失われるだろう、と確信させるに足りる決意が、相手の瞳に宿っている。

 

 足を斬って、死ぬ。

 

 それだけでいい、という男の顔だ。

 

 とどめは、主である少女が刺す。

 

 それを見て、男の中に浮かび上がったのは、納得であった

 

 見れば、なるほど男の体格に不釣り合いな細長い刃は、男の膂力をもってすれば、確実な速力を得るだろう。

 

 ただ足を狙うだけであればこの上ないものだ。

 

 

 助太刀の、太刀

 

 

 これが、そうか。

 

 命脈尽きたか、という感想が、窓破りの構えをしながらも、ごくごく自然に胸中から湧き上がって来た。

 

 そして、その諦めを見逃すような日々を、旅を、男は送っていなかった。

 

 

 

 

 

 二つの刃が、閃いた。

 

 

 

 

 

 杖を突いた少女の前を、執事然とした男が行く。

 

 やらなければならぬことは、多い。

 

 頼んで、やってのけたのだ。

 

 頼まれたのだ、ならば、やらねばならぬ。

 

「だけんどよ、おりゃ、何すりゃいいんだ」

 

 少女の横から、巌のような男が、のんきに声をかける。

 

「武勇を示せ、じゃなきゃ舐められる。他はやってやるが、それだけはお前の仕事だろう?」

 

 ニヤリ、と笑って返されるその言葉に、男はぱっと表情を輝かせる。

 

「任せろ」

 

 その言葉に二人は苦笑し、道を行く。

 

 

 

 

 

 後にミッドエイジと呼ばれることになる時代

 

 ――あるいは、呼ばれないかもしれない時代

 

 百年戦争は遠い昔のことながら、騎士の魂、やはり剣

 

 故にこそ、剣によってしか通らぬ道理が、あった


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