「……もう一度自分が言ったことを冷静に言ってみて。そうすれば私が何で怒ってるかわかる。」
伝えたいことを簡潔に言葉にした、呟く様な声が一つ。しかしながらこの声、どうやら怒りを含んでいるようである。
「えっと、一週間前に授業前に一成に頼まれてストーブを修理してたとき、俺がストーブに解析魔術を使ってたのをさやに怒られただろ?今日は商店街で安く色んな食材が買えたからさ、そのお詫びも込めて今日の晩御飯はリクエストに応えるぞ、ってことを言った筈だけど。何かおかしなところあったか?」
しかしながら、その怒りを向けられている彼には、その理由がわからないようだ。彼は当たり前のことをしただけだが、何か問題でも。とでも言わんばかりの顔をしていた。これを素でやっているのだから、それを見る相手の怒りはより大きくなって当然だ。
「………ねぇ士郎。 話の途中で、そういえば生徒会長と遠坂凛の言い合いが部屋の外から聞こえたって言ってたよね?」
「あぁ、確かに言ったな。けどそれに何か問題でもあるのか?」
「まだわからない…?士郎、遠坂凛に魔術を見られてた。ほぼ確実に。」
そう、士郎は遠坂凛に魔術を見られていたのである。さらにはそれにより、士郎についての聞き込みが既に始められている。魔術師である疑惑どころか、どう対処すべきかという対策まで考えられているという訳だ。そして魔術師が魔術師に対する対処の仕方など、言うまでも無いであろう。
魔術を扱う者としての常識をいまいち理解できていない士郎にも、ここまで言われたからには状況が理解できるだろう。そう、今彼の立ち位置は、
「ーーーーー絶体絶命じゃないか。」
士郎は、このまま行けば自身の進む先には死しかないことをようやく悟ったのである。再三になるが、魔術は秘蔵する物である。魔術という物の知名度が上がれば上がるほど、その神秘は消えていく。それ即ち、魔術師の悲願である『根源』への到達から遠ざかるということだ。
「普通の魔術師ならそんな愚行をした魔術師は必ず消す。だからあれほど士郎に気をつけろって言った。」
「…ごめんな。俺のせいでさやに迷惑が掛かったみたいだ。ってそうだ、俺の方には何もなかったけど、さやの方は襲われたりはしてないよな?」
一般人がこれを聞いたら彼は何を言っているのだ、と思うことだろう。明らかに死に近いのは自分にも関わらず、人へ掛けた迷惑の方を気にしている。どうやらこの男はどこか螺子が外れている部分があるようだ。
「私の方も特に。けど、魔術使うなら警戒心を持ってほしい。そうしないと一般人にも迷惑が掛かる。それは士郎が嫌うことの筈。」
「そうだな、さやの言う通りだ。気をつけるよ。」
衛宮士郎のおかしな発言に、衛宮さやは指摘をすることはなかった。そして、迷惑が掛かるという言葉の範囲に自分を数えてはいないようである。蓋を開けてみると、兄だけでなく妹も普通からかけ離れている思考を持っているようである。
「それよりも、遠坂凛への対応を考えるべき。士郎が魔術を使用してるのを目撃されて既に一週間経ってる。遠坂凛は影ながら此方にアクションを掛けている筈。それも踏まえて穏便に済ませる方法を探す。」
彼女は死の可能性が出て来ても、いたって冷静だった。仮に魔術師がこの光景を見たのなら、間違いなく彼女の方が魔術師だと考えることだろう。
「やっぱり俺は直接話しをしたい。一部は隠すとして、他は正直に話せばいいと思う。こっちに敵意はないってことを伝えればお互いに気にせずに済むだろ?」
「……士郎のすかぽんたん。」
ボソッと呟かれたその言葉は、的確に士郎の心のウィークポイントを貫いた。
「なんでさ!?」
「…人の話しを聞いてた?私たちが消されるかもしれない理由は、大衆の近くで隠蔽もせずに魔術を使うこと。正直になんて話したらそれこそそんな事をする奴と思われる。それに士郎は隠蔽の仕方も知らない。相手からしたら赤子が国家機密を持ち歩いてる様に見える。」
「……確かにそうだな。でもそれじゃあどうすれば良いんだ?遠坂に嘘をついても多分意味は無いと思うぞ。」
「それは間違いでは無いと思う。だから交渉は止める。」
話しをした場合、例え嘘をついてもつかなくても恐らく異端だと思われ遠坂凛に消される。いや、正直に話した場合以上に、冷酷な対応を受けることにだろう。そう予想を立てた彼女はまた違う方法を考えた。
「…こうなってしまったのなら、このままとことん目的が見えない魔術師を演じれば良い。」
彼女はただ淡々と、ただ冷静にそう答えた。士郎はその彼女の様子に少しムッとした顔で、
「それは駄目だ。」
はっきりと彼女に否定の意思を伝えた。
「何故?会話をするより良い筈。」
「お前がそんな顔をした時は、自分だけに被害が行くような行動を取るときだ。そんなことは俺はさせられない。」
「……自分のことは棚に上げて、人の事は言うの?」
どうやら図星だったらしく、こちらもムッとした顔をしていた。
「何と言おうが駄目だ。今回の一件は俺のミスが起こした事だろ?それをさやに押し付けるなんて駄目に決まってる。それに俺はお前の『兄』だ。」
さやにはその言葉の中にどれだけの想いがあるかが判っている。故に言葉を返すことなど出来る筈もなかった。
「………士郎のシスコン。」
妹がその言葉を口にしたときは、自分を肯定してくれた時だと士郎は知っている。だからもう迷わなくて良いのだ。
「取り敢えず俺に遠坂と話しをさせてくれ。それで駄目だったらさやの力を借りる。それじゃ駄目か?」
「…好きにすると良い。私は観てるから。」
「そうか。それじゃ頑張らなきゃいけないな。兄としてかわいい妹の前で手を抜くわけにはいかない。」
さやは思わず呆れた。何故この男からはこんな恥ずかしい台詞が、すらすらと出てくるのだろうかと。
「失敗したら末代までの話しの肴にする。ナンパして振られたって。」
「なんでさ!?」
けど嬉しくない訳じゃない。
衛宮士郎と衛宮さや。衛宮兄妹は今日も仲が良いらしい。
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今でも脳裏から離れず、何度も繰り返し頭の中で再生されるその光景。それは俺という人間の原点をつくった『忘れたくない』光景だ。
熱く、暑く、熱く、暑く、 視界は赤と黒で染まり、永久に続いているんじゃないかと思うほどに、道は限りなく向こう側までその色に染まっていた。
それでも生きる為に、いや、きっとそんなことは考えていなかっただろう。そうだ、たしか恐怖から逃げる為に、俺はただひたすらに足を進めていたんだと思う。
周囲からは何かが燃え、焼ける音が響き、その音に対応するかのように人の叫び声、呻き声、そして泣き声が聞こえた。それは聞いているだけで気がおかしくなりそうで、俺は自分の耳を、涙の通り道となった両手で力強く塞いでいた。けど、その程度の耳栓でその音が俺に届かなくなることは無く、俺はその絶望から目も耳も逸らすことは出来ずに、五感全てでその地獄を感じさせられたんだ。
その中で沢山の死んでいく人を見た。炎に呑まれ、潰されていく人を見た。誰かに助けを求める人を見た。そんな人を助けようとして自分もそうなる人を見た。
そう、『地獄』を見た。
その光景はこの世の不条理を体現しているかのように、圧倒的で、そして残酷で、この世の真理を教えているかのように模範的な、死を俺に見せつけたんだ
燃えゆく道を生きる屍のようにフラフラと歩いていた俺は、不意に視界に入った人影に意識を戻された。
それは女の子だった。当時の俺と同じくらいの年齢の、背中まで伸びた黒髪が特徴的な女の子が、燃え盛る火の海の中で何をしている訳でも無くそこに立っていたんだ。
「……あ、危ないよ……?は、早く此処から逃げなきゃ……!」
今でも何故この台詞が口から出たのか不思議でたまらない。俺は助けを乞う人を見捨てて逃げてきた筈なのに、それなのにその女の子の身を案じる言葉を口にしたんだ。
声を掛けられたことに気づいたその女の子は、此方を向くと一言、
「…なんで………も……そんな顔を……?」
そんな言葉を口にして、そのままその場に倒れてしまった。
「だ、大丈夫!?ねぇ、起きないと死んじゃうよ!?」
目の前で倒れた女の子に、困惑した俺は数分間体を揺すりながら声を掛け続けていた。
数分後、このままではこの女の子も自分も死んでしまうと悟った俺は、既に精神的にも身体的にも満身創痍の自分の体に鞭を打ち、女の子を背中に背負った。身体に強い負担が掛かり思わず顔をしかめたが、それでも一歩一歩足を踏み出し前に進もうとした。この時は何を考えていた訳でもなく、ただ必死だったように思う。
気がつくと俺はいつの間にか倒れていた。もう、体に力が入らないし、意識も朦朧としていた。けど、仰向けになっている俺の腕には、しっかりとその女の子が抱きとめられていた。
「……助けられなくてごめん…」
悔しかった。ひたすらに悔しかった。この地獄から誰一人救えなかった自分に嫌悪感を抱いた。けれど体は指一本たりとも動かず、俺に出来たのは及ばない自分の力に悪態をつき続けることだけだった。
何故この子を助けられなかった
何故自分はこんなにも弱いのか
何故助けを乞う人を見捨てたのか
何故この子に謝ることで救いを得ようとするのか
何故、何故自分は既に諦めているのか……!?
俺は悔しさに涙を流した。表情は一ミリたりとも動かせなかったが、ありったけの涙を流した。嗚呼、こんなところでーーーーーーーー
「ーーーーー良かった…!生きてる!生きてる!」
男の人が俺を抱き締めた。女の子も一緒抱き締められていた。彼女を守る様に抱き溜めていた俺を、その男は探し物を見つけたかの様に強く抱き締めたんだ。
その顔と言ったらもう、これ以上ない程に嬉しそうで、涙と笑顔でぐちゃぐちゃで、助けられたのはひょっとして男の方なんじゃないかと思うほどに嬉しそうで、俺は悔しかった。
けど、俺はもう死ぬ。そのことを俺は如実に感じていた。だから、俺は死んでしまうけど、この女の子は助けてあげて欲しかった。俺にはそれが出来ないから、悔しくてたまらないけど。その顔をするのが自分ではないことが嫌で嫌でたまらないけど、
「……この…子……を……、」
本当に最後の力を振り絞って声を出した。それを口にした瞬間、意識が遠のいていく。
「ーーーーー!!ーーーー!!ーーーーー!!!」
もうその男の人が何を言っているのかは聞き取れなかった。けど、朦朧としている意識の中でも、その男が強く頷いてくれたことは分かった。意識が、完全に黒に染まる直前に強い黄金の光を見た。何故だかその女の子が脳裏に浮かんできた。
衛宮兄妹の仲の良さと、原作の士郎との差異を感じていただけたなら嬉しいです