王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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映画公開まであと約一ヶ月。
皆様のワクワクを更に盛り上げられたら(!?)、という思いで投稿させていただきます。
「ゆるあま」な恋物語なので、お気楽に読んでください。



王子と姫と白い仔猫・1

ガヤムマイツェン王国の王子、キリトことキリトゥルムライン・カズ・ガヤムマイツェンはひとり、ひたすらに目的地へ向けて馬を走らせている。

自国の中心である王城の執務室の前室で使者が恭しく差し出した書状を取り次ぎの従者が受け取り、すぐさま自分の手元へと渡ってきた短い文章に目を走らせるなり、控えていた使者へ詰め寄って事情を聞いたが要領を得る答えは出てこず、それならば、と取るものも取りあえず執務室から飛び出して早馬に跨がり馬にとっての最低限の休息をとるだけで丸一日走り続けた。キリトにとってはほぼ不眠不休の状態といっていい。

だが、そのお陰で既にここは隣国であるユークリネ王国の王宮のすぐ近く。

この森を抜ければ目指す王宮は目の前に現れる距離だ。

一番の近道である王都の中心を貫く主道を回避したため道は綺麗に整備されているとは言いがたかったが、その分通行量はほとんど無いに等しく、思い切り馬のスピードを上げることが出来る。

もう少しだけ、頑張ってくれ……心の中で馬を気遣いながらもはやる気持ちは抑えきれなかった。

婚礼まであと一ヶ月。

三日後には挙式の準備の為に一旦ガヤムマイツェン王国を訪れる予定だった自分の婚約者がいきなり訪問時期を延ばして欲しいとの書状を送ってきたとあっては頭の中は混乱するばかりだった。

しかもその理由については一切記されてもいなければ、その書状自体が彼女の筆ではなかったのだから。

悪い想像がいくつも頭をよぎり、使者を問い詰めてみても知らぬ存ぜぬの一点張り。

いてもたってもいられなくなり、引き留めようとする従者達を振り切って強引に城を出立した事に後悔はなかった。

直接顔を見て、声を聴くまでは痛いほどに焦る気持ちを静める術はなく、ややもすればすぐに「大丈夫だから」「一人で平気だから」と自分を抑えて、頑張ってしまう彼女の悪い癖を知っている身としては一刻も早く婚約者のそばにいかなければ、という思いしかない。

彼女のほわわんとした笑顔を思い浮かべて少しでも気を紛らわそうとした時、もうすぐ森の終わりにさしかかろうと言う所で前方斜め上の樹中から攻撃的なカラスの鳴き声が耳に入ってきてキリトは顔をしかめた。

ただでさえ気が急いているというのに、耳障りなカラスの声はよけいに心を苛立たせる。

それと同時に彼女に初めて出会った時もこんなカラスの鳴き声がきっかけだった事を思いだし、キリトは自然と馬の手綱を締めた。

馬も限界に近かったのだろう、その指示に素直に従ってスピードを緩める。

ちょうどカラスが鳴きわめいている樹の真下にさしかかった時、それまでカラスの声にかき消されていたもう一つの小さな鳴き声が聞こえてきた。

 

「みぃ〜……、みぃ〜……」

 

馬を止めて見上げてみれば、すぐ手の届く枝の上に真っ白い仔猫がうずくまっている。

生まれて間もない程の大きさの仔猫で、母猫から巣立ったとは到底思えず、キリトは眉根を寄せた。

まだまだ親の保護を必要としている時期のはずだが、その首には既に真っ赤な首輪が付けられている。

 

(無理矢理、親猫から引き離されたのか?)

 

しかしそんな疑問を悠長に抱えている間に、カラスは一旦キリトを見て退いたものの、すぐに舞い戻ってきて、仔猫をつつこうとくちばしを勢いよく突き出そうとしていた。

その気配に仔猫の声が一層高くなる。

 

(ああっ、もう、こんな事をしてる場合じゃないってのに)

 

そう思いながらもキリトは両手を仔猫に伸ばしていた。

 

「ほらっ、早くこっちに来いって」

 

その自分の言葉に一気に記憶が蘇る……。

 

 

 

 

 

ユークリネ王国は友好国である隣国のガヤムマイツェン王国と比べれば領地は五分の一ほどといった小国だが、自然が多く、気候は温暖で動植物に溢れた土地だった。それほど穏やかな土地なら移住者も増えそうなものだが、あまりにも緑が多い為、主要道路周辺に古くから点在する村や町をそれ以上居住地として広げるには山や森の木々を伐採しなければならず、それはあまりにも困難と判断されたせいで移住希望者の殆どは諦めるしかない、という決断をする状態だっだ。要するにユークリネ王国は昔も今も人口の変動が少ない国なのである。

それでも真面目な国民気質のお陰か、人々は日々の生活に欠かせない必需品の流通をまめに行い、各自、家の裏に畑を開墾して慎ましい毎日の生活を送っていた。

そう、ユークリネ王国には貴族という身分が存在しない。この国に住まうのは民か王族なのだ。

だから王族と言えど優雅な生活を送ってはいられない。

最小限、生活を補助してくれる侍従や侍女はいるものの、多いとはいえない国民の中から王宮に働きに来てもらうわけだから、特に侍女に限っては勤務期間が長期になる事はなく、どちらかと言えば比較的裕福な家の子女の行儀見習いという色が濃かった。

そんなユークリネ王国は周辺諸国から見れば脅威にもならなければ、攻め入る程旨味のある国でもないという認識のお陰で細々とではあるが静かで平穏な歴史を重ねてきたのである。

そのユークリネ王国を初めてキリトが訪れたのは彼が六歳の時だった。

 

(随分とカラスが騒いでるなぁ)

 

キリトが行儀良く座っているのはユークリネ王国の端も端、一山越えればすぐ自国のガヤムマイツェン王国という場所にあるユークリネ国王の離宮の応接室の主賓席。

ガヤムマイツェン王国にとって友好国のひとつであるユークリネ王国の姫が療養の為に離宮にやってきているとの情報が入り、父である国王が王子を療養見舞いと称して送り込んだからだ。

ところが、キリトが到着しても客間に通されたまま、いつまで経っても誰もやってこない。

当の姫は病床なのかもしれないが見舞いの品を受け取ってくれる侍従長さえ現れず、出された紅茶はすっかり冷めている。

時折、廊下をパタパタと移動する気配はするものの誰もキリトの事など忘れてしまったかのようだった。

王族としての振る舞いをたたき込まれているとは言え、そこはまだ六歳の好奇心旺盛な男児である、暇を持てあまし、とうとうふかふかのソファからピョンッと飛び降りるとタタタッと歩いて窓辺に近寄り、そこから中庭の様子を眺め始めた。

少し前からやたらとカラスの鳴き声が部屋の中にまで響いていたからだ。

窓から外を覗くと、ちょうど正面に見える木の枝にカラスがとまって「カァーッ、カァーッ」と鳴きながら何かをしきりと突いている。

よくよく見ればその木の根元の地面にははしごが横たわっており、すぐ隣に片方だけの小さな靴が転がっていた。視線を上げれば枝葉のすき間からぷらぷらと靴下を履いた小さな足が揺れている。

一瞬、我が目を疑ったキリトだったが、すぐさま窓を開けて窓枠によじ登り、外へと飛び出した。

すぐに目的の木の下まで来ると、カラスの声にまじって涙混じりの可愛らしい声が耳へ忍び込んでくる。

 

「ふえっ、ふぇっ……あっち、行って!……うぅっ……痛いってば……ふええっ」

 

見上げた樹葉の間を目をこらして慎重に観察すれば、小さな女の子が大きなはしばみ色の瞳に涙をめいっぱい貯めて必死に枝にしがみついていた。

カラスは彼女がハーフアップにしている髪留めが気になるようで、しきりとくちばしでもぎ取ろうとしている。

女の子は髪をつつかれても両手で枝を抱え込んで身体を支えているため口で応戦するしか手立てがないのだろう、とにかく枝から落ちるまいと身体を固くして、ただただカラスを追い払おうと懸命に桜色の唇を動かしていた。

状況を把握したキリトは素早く倒れていたはしごを木の幹にかけると、ぐいっ、ぐいっ、と登って女の子に向けて手を伸ばす。

 

「ほら、早くこっちに来いって」

 

突然かけられた声に少女はビクリッと身体全体を揺らすと、声の主の方へゆっくりと顔を上げた。

 

「だ……だれ?」

「いいから、早く。オレの手を掴め。引っ張ってやるから」

 

これ以上は伸びないというほど彼女に向けて伸ばした手の先には怯えていてもどこか愛らしい顔がある。

突然現れた男の子にビックリしたのか、見開いたままの瞳から堪っていた涙がコロリ、とこぼれ落ちたが、それ以上あふれ出すことはなかった。

 

「だ、大丈夫……平気……」

「ぜっんぜん、大丈夫そうに見えないぞ」

「一人で……なんとかする……から」

「なんとかって……どうするんだよ」

 

なんとか出来るのならとっくにしているだろう事は六歳のキリトにだってわかる。

それでもプルプルと首を横に振り続ける彼女の意図がわからず、キリトは怒ったように声を荒げた。

 

「ならっ……オレが木から下りられないんだよっ。下りるの手伝えって」

「ふえっ?」

「だからっ、下りるのに手を貸して欲しいんだってば」

 

ぱちくり、と音がしそうなほどにはしばみ色の瞳を覆う瞼が数回往復運動をする。

今にも折れそうな枝にプルプルと震えながらしがみついている自分と、目の前には丈夫なはしごにのって平然とこちらに手を伸ばしている男の子だ、どちらが危機的状況にあるのかは一目瞭然だった。

意固地になっている自分に、それでも諦めずにいてくれる彼が頬を少し赤らめながら「助けて欲しい」なんて思ってもいない言葉を口にしてくれている。

ふわふわとこみ上げてくる名前もわからない感情に包まれた女の子は今度こそ素直にコクンと頷くと、そっと色白の手を枝から離しバランスを取りながら男の子の手に重ねた。

その動きに刺激されたのかカラスが強烈な一撃を彼女の髪留めに向け、くちばしを振り下ろす。

 

「カァーッ!」

 

今までで一番大きな鳴き声が頭上から降ってきて、女の子は「きゃーっ」と大きな悲鳴を上げた。

カラスのくちばしが髪留めに届こうかという瞬間、重なった手をキリトが力いっぱい引っ張る。

自分とさほど変わらない体格だと思っていたが、女の子は羽が生えているように軽かった。

ふわり、と胸の中に飛び込んできた感触に思わず手が震え、顔がカァーッと熱くなる。

 

(な、なんだよ、これ。ふわふわで柔らかくて……それに、すごくいい匂いが……)

 

はしごの上である事も忘れ、その長い栗色の髪に鼻を押し付けそうになる自分をグッと堪えてカラスの目から髪留めを隠す為にその小さな頭を抱え込んだ。

腕の中の少女は未だ恐怖が忘れられないのか小刻みに両肩を震わせている。

カラスの方は突然目の前から消えた髪留めを探してキョロキョロと頭を動かしていたが、しばらくすると諦めたのか空に飛び立っていった。

その羽音が聞こえなくなったのを確認してからキリトはふぅっ、と息を吐き出す。

その息づかいを感じたらしく腕の中の彼女の肩からも力が抜け、ゆっくりと下がるが言葉を発することはなく、未だ縋るようにキリトに身体を預けたままだ。

さて、これからどうしようか、と思った時、彼女の悲鳴を聞きつけたのか、屋敷の中から侍女や従者達がわらわらと「姫様ー!」と仰天顔で駆けつけてくれて、たくさんの手がキリトと少女をはしごから慎重に支え下ろしてくれたのだった。

 

 




お読みいただき、有り難うございました。
さあ、ちび同士の「ちびイチャ」の始まりデス(苦笑)

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