王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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王子と姫と白い仔猫・11

そうして月日は流れ、始めて二人が離宮で出会った日から八年が経ちキリトが十四歳、アスナは十五歳になっていた。

 

「それで?、なんだってわざわざ王太子が来たんだよ」

 

明らかに不機嫌な表情と声でキリトは隣に座るアスナを睨み付けるが、睨まれた方は一向に気にするそぶりも見せず、いつもの様にほわんほわんと優しい笑顔で応対する。

 

「うーん、どうしてだろうね?、少し政務の手が空いたんじゃないかな?」

「そんなわけないだろ、あの国だってガヤムマイツェンと肩を並べる大国だぞ」

「なら、きっと周りの人達がとっても忙しかったんだよ」

「あのなぁ、アスナ。子供の使いじゃないんだから、忙しいから代わりに行ってきて、なんて王太子に言うかっ」

「なら……なら……」

 

そこまで言ってアスナは自分の唇に人差し指をあて、考え込んでいる。

小さい頃からの癖が抜けていないその仕草を見ると初めて離宮で会った時の面影を感じるが、そんな思い出に浸っている場合ではないとキリトは頭を振った。

ユークリネ王国の友好国とは言えガヤムマイツェン王国と同等の大国がなぜ国王の親書を届けるだけの目的にわざわざ王太子を遣わしたのか、理由など考えるまでもない。

ここ数年でユークリネ王国の第一王女アスリューシナの成長は周囲の者ですら目を瞠るようだった。

今では王宮での国王の名代をひとりでしっかりと勤め上げる程だが、成長は内面だけに留まらず、むしろ外面であるその容姿こそ幼い頃からの愛らしさに加え、周辺諸国一の美姫と謳われるほどに聡明な輝きを纏うようになっている。

王女が国外に出られない為にこぞって他国の王子や上級貴族の令息達がユークリネ王宮にやって来ているという噂は何度もキリトの耳に届いていた。

真の目的がわかっていないのは当事者であるアスナくらいなものだ。

 

「くそっ、怪しいヤツはこの王宮に入れないんじゃなかったのか?」

「キリトくんてば……各国の王子様方は怪しいヤツじゃないでしょ」

「オレ以外は入れないようにしてくれないかな……」

「もうっ、これは大事な王女のお仕事なんだから、そんな事言ったらダメだよ」

 

今度はアスナがキリトを睨み付けた。

そんな視線を無視してキリトがジッと漆黒の瞳でアスナを見つめ、一段と低い声を放つ。

 

「でも……仕事でも挨拶はするだろ」

「それは、もちろんするわね」

 

そっとアスナの膝の上に行儀良く並んでいる手の片方を握ると、キリトは自分の顔に引き寄せた。

 

「手の甲へのキスも?」

「あ……挨拶だもの」

 

答えた途端、アスナの手の甲にキリトの唇が押し付けられる。

思わず「ふひゃっ」と声を上げてしまったアスナはいつまで経っても手を離してくれないキリトに焦り始めた。

 

「キ、キリトくん?、挨拶はさっきしたでしょ」

 

アスナの言葉通り、王宮に到着したキリトはいつものように出迎えてくれたアスナの手を恭しく取り、誰にでもしている挨拶のキスをとうに済ませている。アスナの私室で改めて彼女の手を取る必要はないはずだ。

僅かに甲から唇を離したキリトが目を細める。

 

「ああ、だからこれは挨拶のキスじゃなくて……」

 

言うやいなや王女の手の甲をペロリ、と舐めるとグイッと更に腕ごと引き寄せた。

 

「わけのわかんないヤツにされたキスの消毒と……」

 

そのまま唇でアスナの頬に、鼻先に、額にと触れ、キスの雨を降らせる。

 

「親愛のキス」

「ひゃっんっっ」

 

いつの間にかしっかりと腰までホールドされたアスナはキリトの言う「親愛のキス」を受け続けた。

こんなキスはあの離宮で数日間を過ごした時から当たり前になっている。

けれどやはり人払いをしておいてよかったとアスナは内心で思いつつ、このキスの意味を考えて心が重くなった。

キリトがこんな風にキスをしてくる時は決まってこの先、しばらくユークリネ王国に来られないとわかっている時だ。

やっと彼の抱擁が解かれるとアスナはキリトに向け、寂しそうに微笑んだ。

 

「また……忙しくなりそうなの?」

「忙しいって言うか……」

「身体、気をつけて……ちゃんと食事はとってね」

「ごめん、アスナ……今度は結構長いんだ」

「どれ……くらい?」

「……二年」

「……っ!!」

 

息を飲むと同時にゆっくりと視界が霞んでくる。

今までなら長くとも半年を待たずにキリトはアスナの元に来てくれていた。

二年という期間は途方もなく長い時間に感じられる。

瞳に滲んだ涙を見せまいとアスナはキリトの胸元に額をつけた。

そんな意図はお見通しのキリトが追求することなくふわりとアスナを腕の中に閉じ込めてゆっくりと背中をさする。

 

「親父が……この二年でオレの見聞と知識を深める為に諸外国を回ってこいって。親善大使を兼ねた留学って感じだな」

 

腕の中のアスナは身動きもせずキリトの言葉を聞いていた。

 

「だからさ、留学先の国に厄介になってるのに他の国の王女のとこに遊びに来るわけにはいかないだろ」

 

当然だと言うようにすぐにコクリ、とアスナが首肯する。

堪らずにキリトがその栗色の髪に頬を寄せた。

 

「でも、手紙くらいなら……」

 

途端にアスナがプルプルと頭を横に振る。

ガヤムマイツェン王国の王子を迎え入れてる側としては王子の生活面は常に細かく管理するだろう。

差し出す手紙も送られて来る手紙にも他の人間の目が通るに違いない。

第三者の目を気にして手紙のやりとりはしたくはなかったし、そもそも留学中に他国の王女と手紙を交わすなどキリトの立場も悪くしかねない行為だ。

 

「へ、平気……大丈夫よ……二年くらい……」

 

アスナの常套句に思わず溜め息の漏れるキリトは彼女を包んでいた腕にギュッと力をこめた。

 

「平気なんて言われると結構傷つくな」

「…………平気じゃないけど…………我慢……する……」

「ごめん、アスナ。今回だけは……この二年だけは……そのかわり、オレからも親父に約束を取り付けたから」

 

腕の中から小さくくぐもった声で「約束?」と聞こえたキリトはアスナの頭に密やかな声を落とす。

 

「この二年、ちゃんと役目を果たせたらオレには王太子の称号が授与される。その時、ちょっとだけアスナに手伝って欲しいんだけど、いいか?」

 

キリトからの願いを聞いてアスナがそうっ、と顔を上げた。

 

「私が?……いいよ。何を……」

 

問い返そうと目の前の少年を見上げた時、アスナの目には悪巧みが成功したかのようにニヤリ、と笑うキリトの顔。

続いて出てきたのは思いもよらない言葉だった。

 

「よかった。なら、王太子の授位式に一緒にでてくれよ。オレの隣に立って、妃としてさ」

「ふぇっ?!」

 

これ以上はない位はしばみ色の目を見開き、ついでに口もポカンと開けたアスナの顔を嬉しそうに眺めながらキリトはわざとらしい安堵の息をはいた。

 

「助かった。こればかりはアスナに了承してもらわないと、オレひとりじゃどう頑張っても無理だし」

「なっ……どっ……どーゆー事っ」

「だって昔、言っただろ。オレが困った時はアスナをあてにするって」

「それはっ……そうだけど……でも、妃って……」

「イヤなのか?」

 

塵ほども疑っていない漆黒の双眸に覗き込まれて、アスナはうぐぐっ、と口を噤んだ。

もう随分と前から、もしかしたら離宮で出会った日から、いつか自分が彼の隣に立ちたいという気持ちは常に心のどこかにあった気がする。

それでもこんな形で告げられるとは想像もしていなかった。

嬉しい反面、ほんの少しの悔しさもあってアスナはキリトの胸をぽすぽす、とグーで叩く。

 

「……ずるい…………ずるいっ、ずるいっ…………もっと……ちゃんと……言ってくれると……思ってた」

「悪い…………でも、オレらしくていいだろ?」

 

プロポーズを受け入れたくせに、顔を真っ赤にして叩いてくる彼女の反応が可愛らしくて、照れながらもクスクスと笑い声を漏らしたキリトは、その手を捕まえて甲に口づけをした。

アスナのグーの手に唇を落とすのはこれで二度目だ。

 

「だからもう、これは挨拶のキスじゃなくて、親愛よりも深い……」

 

そい言うなりつかんでいた手を引き寄せてアスナの唇を塞ぐ。

今まで散々キリトからキスは受けてきたが、口づけをされたのは初めてだった。

どうしていいのかわからずに固まっているアスナの唇を啄むようなくすぐったいキスが何度も落とされる。

それも終わると今度は唇同士を触れ合わせてアスナの上唇を軽く食み、驚いたアスナが「ふゃっ」と目を瞑ると同時に漏らした声と入れ替わりにキリトの舌が素早く侵入してきた。

縮こまるアスナの舌をそっと舐めてほぐしてやり、ゆっくりと絡め合う。

慣れない行為にアスナの息が苦しくなってきたところで名残惜しそうに口づけを解くと抱え込むように華奢な身体をギュッと閉じ込めた。

 

「これから二年は他の男共から挨拶のキス以外触らせるなよ」

 

苦しいほどに抱きしめられているアスナは腕の中で僅かに頷く。

 

「ああ、でもこの話はオレが留学から戻ってから申し込むことになってるから、今はアスナの胸の裡に留めておいてくれ。と言ってもユークリネ国王には随分前から何度も願い出てるから今更だけどな」

 

父王がこの話を知っていると聞いて朱に染まっている頬のまま顔を上げると、キリトは苦笑いをしながら「ウチの親父がさ、こういう順番はうるさいんだ」と告げてから「でも」と続けた。

 

「これだけオレが人目もはばからずにアスナの元に通ってるっていうのに、それでも他国からアスナ目当てでやって来るヤツがいるってわかったら安心して二年なんて待ってらんないだろ」

 

再び不機嫌な口調に戻ったキリトを見てアスナは首を傾げる。

 

「私、目的?……みなさん、お仕事でみえてるんだよ?」

 

アスナの言葉を聞いた途端「ほんと、勘弁してくれ」と呟きながらぽすんっ、と王女の艶やかな栗色の髪の上に頬をのせたキリトはそうしてすりすりとしばらく彼女の感触を堪能したのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
正確には周辺諸国一の天然美姫、アスリューシナ王女です。
そして、これでやっと過去のお話も終了で現在へと戻ります。

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