王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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王子と姫と白い仔猫・13

ひとまずサタラはキリトの為に紅茶を煎れ茶菓子と共に王子の前に供した。

それを一口、口に含んでゆっくりと飲み下し、そう言えば最後に食べ物を口にしたのはいつだったかな、と思い出しつつ、ふぅっ、と息を吐き出す。

しかし二口目を口元に運ぶことなくカップを受け皿に戻すと「それで」と話を切り出した。

 

「アスナは?」

 

サタラならば差し支えないだろう、と判断して王女の名をいつもの呼称で問いただす。

十分予想していたキリトからの問いにサタラはひとつ礼をすると難しい表情で答えた。

 

「姫様は王宮にはいらっしゃいません。ですがこれは王宮内でも一部の者しか知らない事なのです」

「国王様や王妃様は?」

「コーヴィラウル殿下を含め、お三方ともキリトゥルムライン殿下と姫様のご婚礼に向け、ご政務の調整の為ここ一週間は王宮にお戻りになりませんので、姫様のご不在をまだご存じではありません」

「なら……オレの所に届いたあの書状は……」

「僭越ながら私の独断でしたためさせていただきました。ですが、これ程早く殿下が行動を起こされるとは……」

 

僅かに困り顔で微笑んだサタラが小さく「いえ、こうなると予想すべきでした」と呟く。

どうやら本当にアスナが王宮にいないのだと納得したキリトは、ガヤムマイツェン王国への訪問延期の理由より何よりも一番の心配事を口にした。

 

「なら、アスナは今、どこにいるんだ?」

 

びくっ、とサタラの肩が揺れる。

そのまま時が止まってしまったように動かないサタラにキリトがじれて身を乗り出した時だ、胸元の服がごそごそと動き息苦しさから解放されたような「ぷみゃっ」と空気を吐き出す声と共に襟元からひょこりと仔猫が顔をだした。

そしてすぐさま口を大きく開けてあくびをしている。

 

「ああ、やっぱり寝てたのか」

 

いまだ目を瞑ったまま寝ぼけた声で「ふみゅぅぅっ」と鳴く仕草が可愛らしくて、キリトが幾分視線を和らげて上から仔猫の頭にキスを落とした時だ、サタラが仔猫を見て「ヒィッ」と声を詰まらせた。

 

「ヒィッ、ヒィッ」

「ああ、悪い。王宮に来る途中で見つけて……どうしても離れなくてさ……それに、少し気になる……」

「ヒッ」

「サタラ?」

「ひっ……姫様ーっ!」

 

サタラの絶叫に驚いたのはキリトだけではなかった。

ぱっちり、と目を開け、脱兎の勢いでキリトの頭によじ登った仔猫は再びぎゅぅぅっ、と王子の頭にしがみつく。

 

「姫様っ、姫様っ、姫様っ、よかった、いくらお探ししても見つからず、私達がどれほど心配したことか」

 

言いながらキリトの目の前まで駆け寄ってきたサタラは王子の頭にへばりついている仔猫を抱き上げようと脇腹に手を差し入れた。

 

「ふみゃっ、ふみゃっ」

「ささ、姫様、いらしてください」

「みゅぅぅっ」

「ててててっ、爪!、爪たててるっ」

 

サタラの引っ張りに負けまいと仔猫がますます力をこめれば、その爪がキリトの頬やこめかみに食い込む。

懸命に仔猫を抱き上げようとしているサタラはそれに気づかず、つかんでいる手に思わず力を込めたその時だ。

 

「みーっ!」

 

ひときわ大きく仔猫が悲鳴を上げると、キリトが「いい加減にしろ!」と苛立ちを隠さずにサタラを怒鳴りつけた。

アスナの元を訪れる時はいつも穏やかな笑顔のキリトの怒号に驚いて、サタラが思わず手を離すと、慌てて仔猫はキリトの後頭部に身を隠す。

 

「仔猫が……怯えてる」

 

キリトの言葉にハッと我に返ったサタラは王子の頭の後ろからこっそりと顔の半分を覗かせている仔猫を見つめた。

心なしか瞳は潤み、小さい身体はぷるぷると震えている。

 

「姫様……私が……おわかりにならないんですね」

 

肩を落とし一瞬悲しげな瞳を見せたサタラが深々と頭をさげた。

 

「キリトゥルムライン殿下、取り乱し、大変失礼たいしました。ですが……その仔猫は…………間違いなく姫様なのです」

「うん、オレももしかして、と思ってた」

「信じて……下さるのですか?」

「魔術士が笑って暮らしている国だしな。この仔猫を見つけた時、最初はアスナと同じ綺麗なヘイゼルの瞳だと思ったんだ。それから仔猫の匂いが……その、アスナと一緒で……それに首輪に……」

 

そこまで言ってからキリトが優しく「アスナ、おいで」と声をかけると仔猫は恐る恐るといった足運びで頭を下りて肩の上に移動する。

その小さな頭を指で軽く撫でてから片手で仔猫を抱き上げて、自分の膝の上にのせた。

サタラに見えるよう、真っ赤な首輪を少し回すと隠れていた黒い石が現れる。

 

「この石……ブラックスターなんだけど、オレが留学する前、最後にアスナに会いに来た時、渡した物だ」

 

キリトの言葉にサタラは涙をこらえながら何度も頷いた。

 

「はい、はい、そうです、姫様がとても大切にされていた石です。常に身につけておられて、どんなドレスにも合うようにとシノンちゃんに台座の細工をしてもらい……ああ、姫様、やはり姫様です」

 

今度は仔猫を驚かせないよう、静かにキリトの膝元に近づくと、サタラは腰を落として顔を近づけ「姫様」と優しく言葉をかける。

ところが仔猫は「みゃう」と小さく一声鳴くと身体を丸めてしまった。

 

「あらあら、姫様、眠いのですか?」

 

様子を観察していたキリトが険しい顔つきになって「サタラ」と侍女の名を呼んだ。

 

「アスナが仔猫になったのはいつだ」

「三日前でござます」

「まずいな。多分それ以来ろくな食事をしてないんだ。だからこれは眠いんじゃなくて体力が限界に近いん……」

 

最後までキリトの言葉を待たずに素早く立ち上がったサタラは、くるりと身体の向きを変え部屋の扉を開けると廊下に向けて指示を飛ばす。

その変貌ぶりにキリトがぽかん、と口を開けているとほどなくしてたくさんの料理が運ばれてきた。

テーブルに並んだ料理を確認してサタラが再び頭を下げる。

 

「先に不行儀をお詫びいたします。本来なら応接室ではなく場所を移すべきですが姫様のご負担を考え、こちらにご用意させていただきました。詳しい説明はひとまず置いて、キリトゥルムライン殿下もどうぞお召し上がりください。そのご様子ではお食事、なさっていないのでしょう?」

 

食事どころかまともな休憩すら取っていないことはお見通しのようだ。

サタラは小さく笑ってから小声で「ご留学中もお食事をちゃんとされているのか、姫様がとても心配されてました」と教えてくれる。

それから腰をかがめて仔猫にそっと手を伸ばし、その背をゆっくりとさすった。

 

「姫様、姫様、お食事です。姫様の好物もありますよ」

 

その声に反応して仔猫が徐に顔を上げ、サタラを見て「ふみゃぁぁっ」と力のない細い声で鳴く。

キリトが抱き上げてテーブルの上に乗せてみるが、仔猫はそれらの料理の匂いをくんくんと嗅ぐだけで一向に口を付けようとしなかった。

心配そうに首をかしげるサタラの横でキリトがうんうん、と納得の顔で再び「サタラ」と侍女を呼ぶ。

 

「きっとアスナとしての意識はでていないんだ。サタラの事もわからなかったしな。だから仔猫が口に出来る物を用意してくれないか」

「仔猫、と言いますと……ミルクでしょうか?」

「そうだな。温めたのがいい」

「承知致しました」

 

すぐにホットミルクが用意された。

ミルクの入っている小皿を目の前に置かれ、軽く鼻を動かした仔猫はゆっくりと口を近づける。

ひと舐め、ぺろり、と舌でミルクの表面をすくった途端「みゃっ」と高い鳴き声をあげて皿から離れた。

その様子を食事に手を付けず見守っていたキリトは苦笑いをしながら泣き出しそうな表情の仔猫を抱き上げる。

 

「……ああ、猫舌だもんな。まだ熱かったのか」

 

そう言いながら仔猫を膝に乗せると自分のスープスプーンを持ち「これ、使っていいか?」と尋ねてから、仔猫に用意されたミルクをすくい、ふーふー、と息を吹きかけ温度を下げた。

それを、そうっ、と仔猫の前に持っていくと、今度は美味しそうにぴちゃぴちゃとミルクを飲み始める。

すぐそばで「はあっ」と安心したように息を吐き出したサタラがすぐにもう一本、スプーンを用意させて欠けたテーブルセットを埋めてから「殿下、代わりましょうか?」と声をかけるが、首を横に振ったキリトは「オレがやるからいいよ」と答えて、仔猫がお腹いっぱいになるまで何度もミルクをすくったのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
さあ、キリトと仔猫との「猫イチャ」の始まりデス(苦笑)

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