王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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王子と姫と白い仔猫・16

確かに昨日より王宮内の侍女や従者の数が増えているな、と廊下を移動しながらキリトは思った。

事情は一部の者しか知らないとは言え、その人数だけでいなくなった王女……もとい仔猫を探し出せるはずもなく、王宮に仕える者の多くが「大切な仔猫を見つける」という一見王宮仕えとは何の関係もなさそうな指示に奔走していたわけだ。

加えてその張本人ならぬ張本猫が無垢な寝顔で自分の腕の中に収まっているとなれば、自分に礼を尽くしてくれる周囲の侍女や従者達に対し、いたたまれなさを覚える。

少々、肩身をすぼめてサタラに従って歩いていくと、アスナの私室からそう遠くない部屋の前で彼女の足が止まった。

 

「こちらでございます」

 

サタラが扉を開けてそのまま横に控えたのでキリトが先頭で部屋に足を踏み入れると、そこは特別な衣裳部屋だった。

 

「姫様がお輿入れの際にガヤムマイツェン王国へご持参いただきたい、と王都をはじめ国内各地から届けられたドレスです」

「これ……全部がか?」

 

キリトはその量の多さに目を瞠る。

しかもそれら全てが細やかな手の入った愛情溢れる仕上がりだ。

 

「はい、ご存じの通り我が国では小さな村の女達でも縫い物の腕は職人並みですので」

「あ……そうか……そうだったな」

「ひと針、ひと針、ひと編み、ひと編み、嫁ぐ姫様へお祝いの気持ちがこもっているのですわ。そして、これが……」

 

そう言ってサタラはトルソーにかかっているヴェールを慎重な手つきではいだ。

 

「……っ!」

 

声にならない驚きで動けずにいるキリトに向けニコリ、と微笑んだサタラは恭しく言葉を紡ぐ。

 

「姫様の婚礼衣装……ウェディングドレスでございます」

 

キリトの視線の先には一見すると純白の豪華なドレスが静かにその時を待っていた。

しかし近づいてみれば、その色はふんだんに使われているレースの白も、滑らかな光沢のリボンの白も、ドレス本体のホワイトシルクと僅かに色を違えており、総じて深みのある白へと融合を遂げている。

更に至る所に縫い込んである刺繍は銀糸だろう、十年ほど前に離宮でアスナのナイトドレスを見た時も子供心に繊細なデザインだと感心したが、目の前のそれは遙かに凌ぐ精巧さでちりばめられた真珠と共に立体的な存在感を放っていた。

 

「すごいでしょ。素材も全て最高級品よ。お針子さんも希望者がもの凄い数でね、その中で腕を競ってもらって選んだの。ちなみにその真珠、遠方の国から取り寄せるの大変だったんだから」

「と言うことは……」

「もちろん、うちの店が手配した献上品よ」

 

後ろから満足げな笑みを浮かべているリズへと振り返ったキリトは半眼になって「そう言えば」と口を開く。

 

「随分とうちの国で商売の手を広げてるよな。報告は入ってる」

「当然。前にも言ったでしょ。アスナの嫁ぎ先の国には積極的に商売するって」

「輿入れした後もアスナに会う為、だろ?」

「友達だもの」

「オレんとこなら別に普通に会わせるぞ」

「あー、ダメダメ、そういうの嫌なのよ。王太子と知り合いだからって理由で王城に入れてもらうの。ガヤムマイツェン王国内でちゃんと存在を認められた上で正規に入城許可証を手に入れたいの」

「……リズらしいな」

 

キリトがニヤリ、と片口を上げれば同様の笑みをリズが返してきた。

再び視線をウェディングドレスに戻し、改めて感嘆の息を漏らした後、キリトはこのドレスを纏った最愛の人の姿を想像する。

その存在が自分の隣に並んでくれる未来を信じてキリトは気持ちを引き締めた。

 

「でも、オレが見ちゃってよかったのか?」

 

素朴な疑問にサタラが答えてくれる。

 

「構いと思います。まだ仕上がっておりませんから。ですが姫様が袖を通されたお姿は当日までお見せするわけには参りません」

「だろうな。それにしても、これで完成じゃないのか?」

「はい、少々サイズの微調整が残っているのです。姫様は国王様の代行をお勤めになりながら、ご自身の婚礼準備を進めていらしたので、仮縫いの時より幾分お痩せになり……」

 

それを聞いて腕の中で可愛らしい寝息を立てている仔猫の背をキリトはやさしく撫でた。

仔猫はくすぐったそうにもぞり、と身体をうねらせる。

 

「……アスナ」

「それでも、毎日嬉しそうにご準備なさっておいでてしたよ」

 

つい数日前の光景のはずなのに、随分と時が経ってしまったように感じるアスナの笑顔を思い返してサタラは目尻をそっと拭った。

その時だ、ウェディングドレスの裾に隠れるように落ちている小さな何かに気づいたリズがスッと近づき手を伸ばす。

 

「これ……は……魔具?」

 

細い氷柱のような透明な石が幾重にも組み合わさって複雑な立方体を形作っていた。

しかし、内部から破裂したように数カ所が部分的に崩れていて、原型がどんな形なのかは想像もできない。

リズの手の中の石を見たサタラも同様に驚きで目を見開いていた。

 

「確かに、これは魔術士が作った針水晶の魔具ですね。申し訳ございません、殿下、姫様の捜索ばかりに気を取られ、この部屋をきちんと調べなかった私の落ち度です。姫様はここでウェディングドレスの試着をなさる時、突然姿を仔猫に変えてしまわれたのです。きっと変化(へんげ)の力の源はこの魔具ですわ」

「なら、今回の事はその魔具を作った魔術士の仕業、ということか?」

「ですが、あの場に魔術士はおりませんでしたし、侍女が持ち込む、というのも腑に落ちません」

「そうね。こんな事になって喜ぶ侍女なんて一人もいないわ」

「オレとアスナの婚姻を快く思わない他国の者が侍女を騙して、とか」

「それにしても仔猫に変えてどうするのよ。どっちかって言うと仔猫になってアスナってばキリトに甘えまくりじゃない。アンタもデレッ、デレに溺愛しちゃってるし」

「そ、それは……そうだな」

 

口元を隠しながら目元を赤くしたキリトはリズから視線をずらす。

その反応にリズがうんざり口調になった。

 

「それって……どの部分の肯定なの?」

「へっ?」

 

更に自ら墓穴を掘る発言だったと自覚した時には遅く、サタラまでもが引きつった笑みでキリトを見ている。

甘ったるい空気を蹴散らす勢いでリズが「とにかくっ」と話を戻した。

 

「こうなってくるとますます魔術士への相談は慎重にしなくちゃいけないわね」

「そうですわね。昨日、殿下が姫様を見つけて下さらなかったら、さすがに魔術士の手を借りようと思っていたのですが……」

「うっかり相談した相手がこの魔具を作った本人だった、なんて事になったらマズイし……」

「でも魔具を使って術を掛けた者なら解術方法も知っているかもしれません」

「だとしてもその魔術士が誰なのかを探るのが先でしょ」

「一番信用がおけて、問題の魔術士を判定して下さるほど実力があるのは、あの方ですが……」

「あの子を見つけるのは仔猫になったアスナを探すのと同じくらいやっかいよ……」

「困りました……」

「困ったわねぇ」

 

キリトの前でやりとりを交わしていた二人が同時に黙り込む。

話の見えないキリトが様子を窺うように、そうっと「その魔術士って?」と二人の間に疑問を流し込むと、ハッ、としたように顔をあげたサタラがすぐさま頭を下げた。

 

「すみませんっ、殿下。ついリズちゃんとの会話に集中してしまい……」

「それはいいから、その信用できる魔術士って、会えないのか?」

 

気分を害した様子もなく再び問えば、今度はリズが「そうね」と話し始める。

 

「今現在、全魔術士の中で最大級の魔力を持っている人物なんだけど、人付き合いが苦手でねぇ。相変わらず口べただしねぇ」

 

その人となりを表す言葉に記憶を刺激されたキリトが「えっ?」と短く零した。

 

「長(おさ)の座に就いてるくせに全然人前に出てこないのよ」

「それって……」

「もちろん専属となっている王宮には定期的に訪れてるけど、それ以外で呼び出せるのは国王様とあと一人だけ」

「もしかして……」

「大好きなアスナが頼めば、出て来るんだから、ほっんといい性格してるわよねぇ」

「シノン?」

「そうっ、覚えていてくれて嬉しいわ。今はあのシノンが魔術士長の座に就いてるの」

「へえっ、シノンか……懐かしいな」

 

十年ぶりに聞いた少女の名前に、あの離宮でアスナにもらったというリボンを付けて嬉しさを恥ずかしそうに隠していた幼い姿を思い出す。

 

「居場所がわからないのか?」

「んー、王都内のどこかに隠れ住んでるのは確かだけど、あの子ったら目くらましをかけて見つからないようにしてるのよ」

「さすが、長だな。そんな感じで王都の民衆から反感を買ったりはしないのか?」

「まあ、王都には数人の魔術士がいるから本当にあの子でなきゃ、って時だけ使い魔が現れて住処まで案内してくれるらしいわ」

「国王様の帰還を待っている時間はないしな。アスナに頼みたくても……これじゃあなあ」

 

よほどキリトの腕の中の居心地が良いのか、先程からスヤスヤと眠り続けている仔猫に三人の視線が集まった。

その寝顔を睨み付けているリズの手がそっと仔猫の顔に近づく。

 

「なんか、段々と腹が立ってきたわね」

 

言うやいなや細くて短いヒゲをピンッと指で弾いた。

途端に「みゃんっ」と飛び起きてはしばみ色の瞳を大きく開けたビックリ顔の仔猫が、慌ててキリトの腕を駆け上がり、肩まで移動してビクビクとリズを警戒している。

うっかり肩から落ちないようキリトが「大丈夫か?、アスナ」と言いながら手を添えてやると、その手に縋るように顔を寄せてくる仔猫に我慢出来ず、首を伸ばして小さな頭に唇を押し付ければお返しとばかりにキリトの鼻を仔猫が舐めた。

一人と一匹に当てられっぱなしのリズがうんざりした顔で「いい加減にしなさい」と窘めると、仔猫の顎を下からなでていたキリトが視線だけを寄越して笑顔で言い放つ。

 

「なら、明日、アスナと一緒に王都へ行って、直接シノンを探してくるよ」

 




お読みいただき、有り難うございました。
これで懐かしい名前が出そろったかな。
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