王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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王子と姫と白い仔猫・19

机に向かっていた少女が椅子から立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。

彼女は羽織っている墨色のローブを翻して真っ直ぐキリトの前までやって来ると、腰を曲げて彼の手の中にいる小さな白い存在に鼻がくっつく程に顔を寄せてクン、クンと匂いをかいでから首輪に付いている石を確かめた。

 

「……やっぱり、アスナね……と言うことは……」

 

そう言って顔を上げ、上目遣いで仔猫を抱いている少年の顔を見上げる。

 

「キリト?」

「えっ?……あっ……もしかして……シノンか?」

 

この国で自分のことを「キリト」と呼ぶ人間はリズ以外にあと一人しかいない。

目の前の少女は十年ほど前を彷彿させるように言葉を発することなく頭を軽く降るだけで肯定を示した。

 

「ああーっ、よかった。シノンを探してたんだ」

「ふみゅっ、みゅっ、みゅっ、ふみゃあうっ」

 

安心したように力を抜いたキリトとは反対に手の中の仔猫はシノンに向かって何かを必死に話し始める。

 

「アスナが仔猫の姿になった原因が魔術士の作った魔具だってリズと侍女のサタラが言ってて……」

「みゅーっ、みゅーっ、みゃうっ、みゃうっ、みゃんっ」

 

キリトが事の次第を説明し始めても仔猫は変わらずシノンに鳴き声を上げ続けた。

 

「でも、その魔具を作った魔術士がわからないんだ」

「みにゃっ、みい、みいぃ」

 

二人からの訴えを聞いていたシノンが眉根を寄せ、全く興味のなさそうな顔でうんざりといった風に息を吐く。

その主人の表情を足下から見上げていた黒猫のヘカテートが「にゃおーん」とひと鳴きした。

シノンはしゃがみ込んでヘカテートの頭を撫でると「そう。お前はアスナに可愛がってもらってるものね」と呟くとおもむろに立ち上がって腕組みをする。

 

「王都の中心部でアスナと会ったから連れてきたってヘカテートは言ってるけど、アスナの言ってる事はなんだか要領を得なくて……」

「シノンっ、お前、猫の言葉がわかるのかっ」

「あのねキリト、ヘカテートは私の魔力で猫の姿をしてる使い魔よ。それにアスナだって魔力で猫の姿をしているんだから、どっちも厳密には猫じゃないわ」

 

そう言ってからキリトの腕の中で縮こまっている仔猫の背中を見つめて再び軽くため息をついた。

 

「アスナは毛並みの赤く染まってる所、すごく気にしてる」

「ええっ!、さっきから鳴いている内容はこの汚れの事なのかっ」

「そう。自慢の毛並みが汚れて、これじゃあ誰もお嫁に貰ってくれないって……」

「は?」

「仔猫の部分とアスナの部分が混同してるわね」

「そんな……アスナの意識は封印されてるはずじゃ……」

「みぃ、みぃ、みゃぁぁ」

 

自分の腕の中で悲しそうに鳴く仔猫にゆっくりと視線を落とすと、キリトはそのまま顔をすり寄せた。

 

「大丈夫だよ。アスナはちゃんと……その……有り難く、オレが……貰いマス」

 

最後の方になって恥ずかしくなったのか照れた顔を隠すようにアスナから視線を逸らして断言すれば、仔猫はちょっと驚いたような声で反応する。

 

「ふみゅ?」

 

キリトの言葉の真偽を尋ねているようだ。

 

「うん、本当に」

「みゃぁぁっ」

 

安心した声でひと鳴きすると仔猫は目を細めてキリトの頬をぺろり、と舐める。

それをくすぐったそうに受けてからキリトは再び視線をシノンに戻した。

 

「でもな、この汚れの原因はオレだぞ。それにアスナが見た目をそこまで気にするなんて……」

「……アスナはその姿になって何日目?」

「えーっと……五日目、かな」

「生まれたての仔猫並みの知能と判断力、そこに十七歳のアスナの感情が混ざり合ってるのね」

「だけど、今までアスナの感情なんて全く感じられなかったんだ。だから仔猫としての意識しかないと思っていたのに……」

「五日も経ってるなら魔力なんてほとんど残ってないわ。どんどんアスナの部分が大きくなってくるはずよ」

「なんでわかるんだ?」

「だってアスナを猫に変化させた魔具、私が作って渡したんだもの」

 

ちょっと言い忘れていた蛇足を告げるような軽い口ぶりにキリトは唖然として無表情に近い面立ちのシノンを見つめた。

言うべき言葉も見つからないままパクパクと口だけを動かしてみるが、そんな姿さえ気にもかけずにシノンは語り続ける。

 

「渡した、と言っても十年近くも前よ。アスナから漏れている僅かな魔力の残り香が私の物だから思い出したの。どうりでヘカテートがためらわずにここまで案内したわけだわ」

 

そのシノンの話を聞いてキリトは首を傾げた。

 

「十年近くも前に渡した魔具なのか?」

「ええ、あの頃はアスナが王女として自分を必要以上に追い込んでいたでしょう?」

 

確かに、と思いキリトは頷く。

 

「だからアスナがちょっとでも自分が王女だという事を忘れられる時間が必要だと思って作ったのよ」

「忘れられる?」

「そう、魔具を持って『王女なんて嫌だ』って強く思えば少しの間だけ人間だって事を忘れて動物に変化できるの」

「お前なぁ……」

 

なんて人騒がせな魔具を作り上げたのか、とキリトは少しの敬畏と大きな困惑の混ざった声を苦笑いにピクピクと跳ねる口元から漏らした。

 

「所詮四歳児の魔法士見習いが考えた浅知恵よ、かわいいもんじゃない」

「そんな子供があんな魔具を作るのかよ」

「作れたんだから仕方ないでしょ」

「アスナのため……か」

 

そうだ、いくら魔力が強かろうが、小さな子供が自分以外の人間の為にそこまで努力をするには必ず理由がある。

確かに連日熱を出して苦しそうな姿を見ればアスナを大好きなシノンのことだ、効力の内容には疑問を覚えるが、多分一人で一生懸命考えて頑張って魔具を作り上げただろう事は容易に想像ができた。

 

「なら……オレの所に嫁ぐのが嫌で猫になったわけじゃ、ないんだな……」

「まあ、それはないわね。さっきのアスナの様子を見てわかったでしょ」

「ああ。でも、そうなると原因と解決方法は……」

 

その疑問を聞いてさすがのシノンも眉間に皺を作る。

 

「引き金は私の魔具だけど、そんな昔の物をまだ持っていた事にも驚きだわ」

 

シノンの口から出た「昔の物」という言葉を聞いてキリトは昨日、サタラから聞いた話を思い出した。

仔猫に変化(へんげ)する前、ドレスの試着をする為にあの衣裳部屋へ行く寸前までアスナは自室で部屋の片付けをしていたのだと。

サタラとアスナ付きの侍女の二人でアスナとお喋りをしながら楽しく思い出の品などを整理していたらしい。

その時にアスナが懐かしそうに取り出したのが「宝箱」だった。

侍女が中身を問うと、アスナは少し恥ずかしそうに頬を染めながら「小さい頃、お友達にもらった大切な品を色々しまってある箱なの」と説明したと言う。

結局中身は教えてもらえず、侍女とサタラはドレスの試着の時間が迫っている事に気づき、箱の中身を見つめていたアスナを慌てて衣裳部屋へと急かしたのだと言っていた。

 

「多分、その箱に入っていたんだ」

「箱?」

 

キリトの呟きに不思議そうな眼差しを返してきたシノンへ、自分の考えを説明すると、シノンは困ったように、それでいて嬉しそうな瞳で、ふっ、と息を吐き出すと仔猫の頭をそっと撫でた。

 

「私が作った魔具、宝物にしてくれてたのね」

「みゃぅ」

 

当然とばかりの鳴き声を上げる仔猫を見て、珍しくシノンが微笑む。

 

「きっとサタラ達に急き立てられて、たまたま手にしていた魔具を持ったまま移動したんだろ。問題はなにが原因でアスナが王女である事を否定したか、だ」

「そうね、五日経ってもまだ人間の姿に戻らないなんて、これは既に魔具に込めた魔力じゃなくてアスナ自身の強い意志のせいよ」

「なら……その原因を突き止めるしかないな」

 

キリトは自分の腕の中で機嫌良く座っている仔猫を見ながら、複雑な思いを抱いていた。

このままならアスナは仔猫としてキリトの保護の元、しばらくはのんびりと暮らしていけるだろう。

事情を知ればユークリネ国王は政務の為に王宮に戻ってくるだろうし、キリトとの婚姻の話は少し先延ばしにすればいいことだ。

ここまで自分を追い込んでいるアスナを王太子の授位式に出て欲しいという自分の願いを理由に、無理に原因を暴くことを彼女が望むだろうか、とキリトが沈痛な面持ちになった時、シノンがまるで問題は解決したかのような軽い口調で言い放つ。

 

「なら、あとはキリトがなんとかするとして……私は忙しいの。もう帰ってくれない?」

「ええっ、ちょっと待てって……もし、もしもだぞ、アスナにとってこのままの方が……」

「いいわけないでしょ」

 

そんな事もわからないのか、と侮蔑の混じった声がまっすぐキリトに届く。

 

「さっきも言ったけど、既にアスナの本能に近い感情は仔猫の意識と混ざって表面化してきてる状態よ。その仔猫がお嫁に行けないって言って悩んでたの。アスナのこと、大事にしてくれるんでしょ?」

 

そうだ、十年前、シノンは初対面のキリトにも同じように聞いてきたではないか……「アスナのこと、大事にしてくれる?」と。

 

「ペットみたいに可愛がってもらいたいわけじゃないのよ」

 

眼鏡の奥の瞳が冷たく光った。

 

「そうだ……そうだったな。ゴメン」

「わかってくれたならいいの」

 

そう言いながらシノンは既にキリトに背を向けて、元いた机に向かうと椅子に腰掛けて作業の続きを始める。

大好きなアスナに対して、どこか腑に落ちないシノンの態度にキリトは思ったままを口にした。

 

「今作業してる、それって……魔具を作ってるのか?」

「そうよ」

 

シノンは顔を上げずに端的に答える。

そして早く追い出したいのか、自ら説明をしてくれた。

 

「王宮ならすぐに連絡が取れるんだけど、ガヤムマイツェン王国の王城までは少し距離があるから」

「……あるから?」

「早く仕上げないと、あと一ヶ月もないでしょ」

「……なにが?」

 

からかうような合いの手の言葉に苛ついたのか、ガバッとシノンが顔を上げ、キリトを睨み付ける。

 

「アスナが嫁ぐまでに渡したいのっ、だから急いでるのよ、わかったでしょうっ」

「えーっと……やっぱり、それって……アスナがガヤムマイツェン王国にいてもシノンと連絡が取れる魔具……とか?」

「そうよっ、なんか文句あるのっ」

「……ないです、お邪魔しました」

 

小さくそれだけを告げて仔猫をしっかりと抱き直すと、キリトはシノンの前からそろり、そろり、と後ずさりをし、いつの間にか足下にやってきていたヘカテートの案内で王都の中心部まで戻ったのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
きっとシノンはアスナから勧められたのと、王族(アスナ)の専属に
なれるから魔術士長をやってるんだと思いマス(苦笑)
ちゃんと魔術士長のお仕事もしてますよ、だってアスナが
褒めてくれるから……。
昔も今もアスナの事が一番好きなシノンでした。

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