王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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王子と姫と白い仔猫・23

再び一つのベッドでまどろみを味わった後、キリトはいまだ変化(へんげ)の影響で体調が戻りきっていないアスナをベッドに残し、サタラを呼んで王女の存在を明かした。

話を聞いたサタラがすぐさま寝室に飛び込んでうれし泣きの声をあげたと思ったら、慌て顔で出てきて廊下の侍女達へと威勢の良い指示を飛ばす。

その指示の内容を聞いて「そうだった」と納得したキリトが眉尻を下げて薄く笑った。

 

「仔猫の時は三日間の絶食の後、ミルクしか飲んでないんだっけ」

「そうなんですっ、何はともあれ、今はしっかりとお食事を摂っていただかなければ」

「国からイチゴでも持ってくればよかったな」

 

キリトの言葉にサタラは懐かしそうに微笑んで「そうでごさいますね」と添える。

その後、事情を知る侍女達が王女の顔を見たさにキリトの寝室を訪れ、その度に運び込まれる料理の数にアスナが眼を白黒させていると、続いてキリトがベッドサイドに陣取って自ら料理をアスナの口に運ぼうとする。

仔猫に変化していた間、ずっとキリトの傍を離れず、キリトからしか食べ物を摂らず、一緒にベッドで寝ていた事をサタラから聞いたアスナは恥ずかしさに耳まで赤くして「ありがとう、キリトくん。迷惑かけてごめんね」と上掛けで顔を半分隠しながら感謝を伝えたが、キリトの方は「それより、ほら、口開けろよ」と食べさせる気満々だ。

実際、上体を起こしているだけがやっとで食器に伸ばした手の震えを隠しきれなかったアスナが部屋の隅に控えている自分付きの侍女達の目を気にしながらも観念して小さく口を開くと、幼い頃、イチゴを食べさせた時のようにキリトは嬉々としてその口へ料理を運ぶ。

途中、ゼーゼーと息を切らしながら飛び込んできたリズもアスナの元気な姿を確認すると、すぐに「店に戻らなきゃ」と言って名残惜しそうな笑顔で再び王都へと帰って行った。

そうして、やはり「もう食べられないよ」と言うまでキリトはせっせとアスナの世話を焼いたのである。

あの衣裳部屋担当の侍女達もアスナの食事が終わる頃にはすっかり二人の雰囲気に当てられ、顔を赤らめつつ必死に苦笑いを堪えていたので王女の食事が終わった途端、この空間には居られないとばかりに空になった食器と食べきれなかった料理をもの凄いスピードで片付けて退室した。

寝室に残ったのはサタラと、食後のお茶を運んできたシリカ、そしてキリトとアスナの四人だけ。

お茶に口をつけたアスナがほうっ、と穏やかな息を吐き出し眼を閉じると、すっ、とキリトの手が伸びてきて彼女の栗色の前髪を整え始める。

驚いたアスナがすぐに眼を開ければ、その反応に気づいたキリトが「ああ、ごめん。くせになってるな」と笑ってその理由を口にした。

 

「食事をした後、寝ちゃったアスナの毛並みを梳いてやると、すごく気持ち良さそうにしてたから……」

 

そしてもう一度「ごめん、驚いたんだろ」と問えば、僅かに頬を染めたアスナがこくり、と頷いてから上目遣いで「でも……」と続ける。

 

「仔猫じゃなくても……気持ちいいよ」

 

アスナの言葉に今度はキリトが驚いて眼を見開いたが、すぐに笑顔になって手を伸ばし長い栗色の髪を何度も梳いた。

そんな二人の様子を見ていたシリカがはぁーっ、と長い息を吐く。

 

「ほんっと、仲良しなんですね」

「だから何度もそう教えたでしょうに。殿下はご自分の国の権力をお使いになる必要なんてないんですよ。お二人は出会った頃からああなんですから」

「だって、殿下のお見合いの話、色んな人がしてたじゃないですか」

「そんな話、お二人を知っている者なら信じるわけがありません。殿下はうちの姫様ひとすじのお方ですもの」

「……みたいですねぇ」

 

考え込んでいるシリカが「だったら何であんな噂が……」とブツブツ呟いていると、侍女達二人の会話が耳に届いていたのだろう、髪を梳き終わったキリトがベッドの端に腰掛けたままアスナの手を握って「それはさ……」と説明をし始めた。

ちらり、とアスナに視線を落としてから話を進める。

 

「アスナがガヤムマイツェン王国に輿入れする時、侍女をひとりも連れて来ないって言っただろ」

「ええ、うちの姫様はユークリネ王国に家族を残して自分に付き添わせたらまたもや侍女達が可哀想だとおっしゃって……」

「当たり前よ、私は……その……新しい家族が出来るからいいけど……」

 

その言葉にキリトはアスナの手をぎゅっ、と握り直すと、もう一度彼女を見つめた。

 

「だから慣れない国で話し相手くらい欲しいんじゃないかと思ってさ。何人かの貴族の令嬢と会ってみたんだ」

「それを、周囲の者達はお見合いだと勘違いしたのですね」

「ああ……まあ、中にはアスナに近づいてそのままオレに気に入られれば、みたいな令嬢もいたけどな」

「まぁっ、そんなっ」

 

憤慨の声を上げたサタラの目の前で僅かに眉をハの字に下げたアスナの額にキリトが唇を落とし「心配しなくていいよ」と囁く。

 

「それで、どなたか姫様の話し相手になってくれそうなご令嬢はいらしたのですか?」

 

こんな睦み合いには慣れっこのはずのサタラでも僅かに二人から視線を外して尋ねると、キリトはニヤリ、と笑って頷いた。

 

「双子の令嬢がね……アスナとは四つほど歳が下だけど、妹の方はちょっと不思議な雰囲気の令嬢で、男みたいにサッパリとした物言いで芯がしっかりしていた。姉はそんな妹を穏やかに見守っていたけど話してみたら意外なほど見識があってさ。彼女達ならアスナも妹のように接することが出来ると思う」

 

キリトが微笑むとアスナも安心したように口元を綻ばせ「お会いするのが楽しみ」と期待に満ちた声で返す。

するとシリカが逆に沈んだ声音で俯きがちに「姫様、本当にお嫁に行っちゃうんですね」とぽつり、零した。

 

「ランベントライトもきっと寂しがります」

「シリカちゃん……」

 

シリカの言葉に何者かを思い出したのか、華やいでいたアスカの表情が一気に萎む。

しかし、慌ててシリカはアスナの気持ちを上げようと明るい声を出した。

 

「でもっ、あの子ならガヤムマイツェン王国のお城までひとっ飛びですから。姫様が会いたくなったら、すぐに会えますよ」

「ええっ、そんなのダメだよ。テリトリーがあるんでしょ。ガヤムマイツェン王国の竜さん達に怒られちゃう」

 

ぷるぷるとアスナが首を横に振りながら発した言葉にサタラが「はっ?」と漏らし、キリトが「竜?」と首を傾げる。

先に片手で頭を抑えて悲嘆に満ちた声を出したのはサタラだった。

 

「魔術士の時といい、姫様はどうしてそうなのですか」

「そう、って?」

 

意味がわからず首を傾げたままのキリトの隣でアスナが細いおとがいに指をあて、考え込む。

 

「ですから……」

「それより竜ってなんだよ」

 

我慢出来ずに割り込んできたキリトがアスナに顔をずいっ、と寄せた。

 

「竜は……竜でしょう?、ね、シリカちゃん……あっ、そうだ。キリトくん、シリカちゃんは竜使いのお家のお嬢さんなの」

 

更にわけのわからない単語が増えたキリトの隣でアスナはしきりと「だからシリカちゃんは竜のこと、よく知ってるのよ」と話を進めているが、すでに話の入り口でキリトは立ち往生だった。

 

「私が小さい頃から仲良しの竜もシリカちゃんのお家でお世話してる竜でね……」

 

どんどん話が先に進んでしまいそうな所でキリトが「待った!」とアスナの口を封じる。

 

「悪いけど最初に戻ってくれ。そもそも『竜』って……あの物語に出てくる『竜』なのか?」

 

当たり前だと言うように、アスナもシリカもうんうん、と頷く中、サタラだけが不出来な姉妹を嘆くように二人を交互に見ながら大きな溜め息をついた。

 

「我が国の自慢の王女と竜使いの家の娘が……全く以て信じられない事態です」

 

少し不満げにシリカが唇を尖らせる。

 

「さっきから何がご不満なんですか?、サタラさん」

「いいですか、姫様、シリカ……竜はこのユークリネ王国にしか存在しません。少なくとも周辺諸国には生息していないのです。ですから我が国以外の人達は本物の竜を知りません」

「う……そ……」

「私が嘘を言ってどうするのです。そうですよね、殿下」

「ああ、オレもガヤムマイツェンで見たことはないし、いるって話を聞いたこともない。留学先の国々でも目にしたことはないな」

「「ええーっ」」

 

二人の驚きの叫び声が寝室いっぱいに響き渡った。




お読みいただき、有り難うございました。
「おとぎ話」のような物語、ですからね……魔術士だって、竜だっています。
そしてお祝い投稿なので、ご本家(原作)さまの設定とは異なりますが
双子の姉妹は元気にガヤムマイツェン王国でアスナとお友達になるでしょう。

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