王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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王子と姫と白い仔猫・24

「キリトくん、竜……知らないの?」

「いや、本で読んだことはある……けど」

「本物、見たことも、触れたこともないんですか?」

「それは……ないな」

「背中に乗せてもらったことも?、一緒に空を飛んだことも?」

「ないない、ないデス」

 

珍獣でも見るかのようなふた方向からの視線にいたたまれなくなったキリトは、思わずサタラに救援の瞳を向けた。

その要請を受けてサタラはやれやれ、と首を振ってから「お二人とも……」と二人を制する。

 

「ユークリネ王国外ではそれが普通なのです。殿下が困っていらっしゃるでしょう」

「えっ?、あ……ごめんなさい、キリトくん」

「申し訳ありませんでした」

「いや、わかってもらえたのなら、うん」

 

少々引きつった笑みを浮かべているキリトに二人が頭を下げて謝っていると寝室のドアをノックする音に続き、外側から「サタラさん、少しよろしいでしょうか?」の侍女の声に呼ばれサタラが部屋から出て行った。

そうなるとストッパーの存在がいなくなったシリカは竜についてあれこれと話し始める。

 

「……姫様と一番の仲良しはランベントライトという『光竜』なんです。飛行速度がとても速くて攻撃もピンポイントで正確なのが特徴ですね。広範囲の攻撃に長けているのは『火竜』ですけど、私の相棒の『水竜』もなかなかですよ。防御力にも優れてますし。逆に攻撃より防御を得意とするのが『地竜』や『風竜』です。竜の種類についてはこんな感じでしょうか?」

「そうだねシリカちゃん」

 

シリカの『初心者向け・竜の種類と特性について』講座を神妙な面持ちで聴いていたキリトがうんうん、と頷いたのを見てアスナもその説明をした竜使いの侍女に大きく頷いた。

すると好奇心旺盛な王子が身を乗り出してシリカに質問をする。

 

「大きさなんかは?」

「種類によって結構ばらつきがあります。飛行が得意な光竜や風竜は翼を広げるとかなりの大きさですが、身体の大きさで言えば地竜が一番ですよ……うーん、と……農耕馬くらい?」

「うん、そのくらいかも。ランベントライトはもう少し小柄かな。女の子のせいかほっそりしてるし」

「一緒に育った姫様と似てますよね」

「そう?」

「ガヤムマイツェン王国に嫁ぐ時はランベントライトに乗って行くんですか?」

「うううん、普通に馬車だよ。国境までガヤムマイツェン王国のお迎えの方が来て下さるから……それに竜だとあっという間に移動しちゃうでしょ。それなら馬車で……ちゃんとユークリネ王国のみんなにお別れしながら行きたいの」

 

自国を離れる日を想像したのか、アスナの瞳にほんの少し影が差した。

すかさずキリトがアスナの手に自分の手を被せ、その憂いを拭うように甲をさする。

シリカは王女の言葉を聞いてその綺麗な顔を覗き込むように近づき、自らが泣き出しそうな声を発した。

 

「姫さまぁ……お別れだなんて言わないで下さい」

「そうだよ、アスナ。隣国なんだし里帰りくらい出来るさ」

「キリトくん……」

 

不安が消えないシリカは両手を固く握りしめ、請うような視線をガヤムマイツェン王国の王子に送る。

 

「キリトゥルムライン殿下、本当にホントですか?、もうこれっきり姫様に会えないなんてこと、ありませんか?」

「大丈夫。友好国なんだし、王太子妃になれば他国を訪問しても構わないだろ」

 

安心させるようにアスナに微笑みかけ、次にシリカに向かって頷くと二人の表情が見る見るうちに晴れていく。

 

「よかったですね、姫様……そうだっ、ガヤムマイツェン王国のお城からランベントライトを呼べばすぐに迎えに来てくれますよ」

「もうっ、シリカちゃんたら……それに竜はユークリネ王国の領地から外には出ないでしょ」

「んー……それは、そうですけどぉ……大好きな姫様が呼べばランベントライトなら行くと思うんだけどなぁ」

 

可能性を捨てきっていないシリカのうぬぬ顔を見てキリトが思わず口を挟んだ。

 

「竜はユークリネ王国の外には出ないのか?」

「はい、そうです」

「なんで?」

「なんで……でしょう?、姫様……」

「えーっと……今までは他の国の竜さん達との住み分けだと思ってたけど……なんでだろ?」

 

そこにちょうどサタラが戻ってきた。

 

「姫様、湯浴みの準備が整いました」

 

その言葉に途端、アスナのはしばみ色が輝き出す。

 

「お風呂っ……ありがとう、サタラ」

「ご入浴後はそのままご自分をお部屋にお戻り下さい」

 

キリトの眉がピクリ、と動くがアスナは少し考えてからこくり、と納得の意を表した。

 

「そう……だよね、ここ、キリトくんが使ってる客間だし……うん、そうする」

 

不満げに半眼でサタラを睨んでからアスナに振り返ったキリトは彼女の長い髪を一房、指にからませるとニヤリ、と笑う。

 

「じゃあ、いつものように一緒に入るか」

「ふぇ?」

 

何の事を言っているのかわからないアスナが目を丸くする。

すぐにサタラが「殿下」といさめるが、キリトは手にしている髪を離さずにそのまま口元に持っていくと、スッと香りを嗅いでからわざとらしく微笑んだ。

 

「だってずっと二人きりで入ってただろ、風呂」

「ええーっ」

「いつもオレがアスナを洗ってやってたし」

「あ、あ、洗って……って……」

 

みるみるうちに顔全体を真っ赤に染めたアスナがぷるぷると震え始める。

その様子を冷静に見ていたサタラがアスナに近寄り手を差し出した。

 

「落ち着いてください、姫様。殿下と一緒に入っていたのは仔猫の時ですから」

 

わざわざ誤解を招くような言い方をして姫様の反応を楽しんでいらっしゃいますね、とチラリ、キリトに視線を向けたサタラの意図を読み取ったキリトが、こちらもちょこん、と舌をだす。

アスナはキリトの手にある一房を少々乱暴に取り戻してからサタラの手をとりベッドから立ち上がると、顔を染めたままキリトに向かって目を吊り上げた。

 

「キリトくんのいじわるっ。絶対一緒にお風呂には入りませんっ」

 

そう勢いよく言い残してキリトの寝室から出て行くと、すぐにシリカが後を追うように飲み終わった茶器をトレイにまとめて足早に出口へと向かう。

キリトとすれ違う時に、にこり、と微笑んで「本当に仲良しさんですね」とお辞儀をしてからパタパタと王女の後を追ったのだった。

 




お読みいただき、有り難うございました。
ランベントライトがアスナに懐いているワケは……幼生の頃、飛行中にうっかり
王宮の尖塔にぶち当たり、目を回して庭に落下した所を救護されたから……とかとかとか。
今はきっと白くて綺麗な竜に成長してるんだろうな。

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