王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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王子と姫と白い仔猫・25

部屋にひとりになってしまったキリトは気が抜けたように、ほぅっ、と息を吐き出し、今までの話を整理する。

ここ、ユークリネ王国では当たり前のように魔術士や竜が暮らしているという事実は少なからず彼に衝撃を与えていた。

しかし、これで納得できる部分もある。

ガヤムマイツェン王国の国王である自分の父がなぜアスナとの婚姻をあれほど渋ったのかという理由だ。

反対もしなければ賛成もしない、賢王とよばれる父王にしては随分と歯切れの悪い態度にキリトは長い間困惑していたのだ。

最初はガヤムマイツェン王国から見たユークリネ王国の価値からくるのでは、と思っていた。

なにせユークリネ王国は友好国とは言え、他の友好国と比べればその国土は狭く、特にこれといった資源や特産物があるわけでもない。

絹織物や染め物、レースといった服飾関連の技術や、寄せ木細工などの木工技術は高いが生活必需品ではないから、是が非でも交流を深めたい相手、という扱いにならないのは当然だった。

更に国民の少ないユークリネ王国には貴族制度に加えて軍隊制度もない。

と言うことは嫁いできた王女から内部機密が漏れて攻め込まれる、といった危険がない代わりにガヤムマイツェン王国が他国からの侵略にあった場合でも、かの国からの援軍は全く期待できないという事だ。

これでは姫を迎え入れてもガヤムマイツェン王国にとっては薄害薄利で旨味が少なすぎる。なにもわざわざ小国の姫を選ばずとも、と言われるのを覚悟していたキリトだったから、逆に婚姻に対するそういった反対理由の言葉が父王から出なかったことが不可解だった。

やはり、それほどまでに魔術士が調合した薬は違うのか、と本気でユークリネ王国から薬を買いたいがために反対できずにいるだけなのかも、と思っていたくらいだ。

だが、魔術士に加えて竜の存在でその疑問の答えが見つかった気がする。

多分、ユークリネ王国の魔術士と竜の存在は周辺諸国のトップしか知らない内密事なのだろう。

ひとつの国のみを安寧の場所として定めた強大な力の持ち主など、その有り様を知らない一般の民衆が知れば、パニックになるに違いない。

だからユークリネ王国は他国から侵略もされず、ひっそりと穏やかに生き続けてこれたのだ、それこそ魔術士や竜達のように。

ヘタにちょっかいをかけて返り討ちにあったり、最悪、自国を滅ぼされるくらいなら、友好国としてほどよい距離で接していた方が都合が良い。

国土を広げようとする野心的な王家でないことは、ユークリネの国民性を見てもわかる。

 

(要は触らぬ神に祟り無し、ってわけか……)

 

ところがその神のような者達にとって大切な存在である王女を欲しいと言い出した王子がいた。

友好国として軽い気持ちで息子である王子をユークリネ王国の王女の見舞いに差し向けたガヤムマイツェン国王は頭を抱えたことだろう。

かの国とのこれ以上の太いパイプは脅威にもなりかねない。

もしも、嫁ぎ先であるガヤムマイツェン王国で王女が不快な思いをしたら……何がきっかけで祟りを引き起こしてしまうかはわからないのだ。

 

(竜がユークリネ王国から出てこないのは本当なのか……)

 

であれば、少なくとも竜が我が国にやってくる事はないだろう。

逆に魔術士長はすぐにでも現れそうだが……、と考え込んでいるキリトの耳がノックの音を拾う。

シリカが閉め忘れたドアのすぐそばにサタラが立っており「殿下」と声を掛けてきた。

 

「あれ?、アスナの世話は?」

「姫様の湯浴みは他の侍女に任せました」

「で、わざわざどうしたんだ?」

「少し……殿下にお話がございまして……」

 

そう言って一礼してから部屋に入ってきたサタラは「こうしてゆっくり殿下とお言葉を交わす機会は、もう、そうないかと思いましたので」と言い、いつもの笑顔を消す。

 

「竜の話、シリカはどうお伝えしましたか?」

「竜には五つの種があって、それぞれに特性が異なること。あと、竜達はこのユークリネ王国から外に出ることはないって……」

 

その真偽の程を確かめようと言葉を続けるキリトに向かい、サタラが「そうですね」と遮った。

 

「確かに竜はこの地から出ることはない、と言われております。この自然豊かなユークリネ王国が気に入っているのでしょう。国民とも良い関係性を保っておりますから。この事は周辺の国をまとめていらっしゃる方々もご承知のことでこざいます」

「なら……」

 

少なくとも竜に対する脅威は考えなくていいと言えるのだろう、と口にしようとした時だ、またもやサタラが言葉を挟む。

 

「ですが……それを確かめた者はおりません」

 

(そうか……)

 

少なくともガヤムマイツェン王国の歴史書にはユークリネ王国に攻め入った事も、かの国が他国と衝突した記録も残っていなかった。

歴史的にみれば二国とも古くから続いている王国である、これまで本当にそのような事態になった事がないのか、はたまた記載されていないだけなのか……。

 

「ですから、諸外国の方々は未だその真偽を疑い、この国を自国から静観し続けているのでしょう」

 

ユークリネ王国が他国から侵略されずに連綿と歴史を重ねてこられた真の理由がそれだった。

キリトは知らずに緊張のせいか、ゴクリ、と唾を飲み込む。

 

「で、本当のところは……どうなんだ?」

 

核心に触れた問いをゆっくりと吐いた時だ、サタラがふいに目を細めて冷たく笑った。

 

「殿下、考えてもごらんください。貴族のいないわが国ですから今までも歴代の姫様方のほとんどは他国に嫁いでおります。そこに魔術士や竜が現れたらもっと皆の記憶に残っているはずではないですか?」

 

なるほど、とキリトは唸った。

確かに嫁ぎ先でのトラブルで魔術士や竜が乗り込んでくれば、その存在は広く、皆が知ることとなるだろう。

 

(だったら、やはり竜がこの国から出てこないというのは……)

 

「魔術士も竜もこの国を出た姫君の事まで気にかける事はしないのでしょう……ですが、アスリューシナ姫様においてはその限りではないかもしれない、と私は思っております」

「えっ……」

「あくまで私の個人的な考えとしてお受け取りください。少なくとも現魔術士長のシノンちゃんは姫様が呼べばすぐにでも駆けつけることでしょう」

 

(……だよな)

 

キリトの脳裏に、懸命に魔具を制作しているシノンの姿が浮かんだ。

わずか四歳の身でアスナのことを思ってあれほどの魔具を作り上げた魔術士は、今やその頂点に身を置くほどの実力者へと成長している。

 

「そして成竜となるまでこの王宮で姫様と共に暮らしていたランベントライトもシノンちゃんと同じく、姫様のためなら文字通り光の速さで殿下の国まで飛んでいく事もあり得ると思うのです」

 

アスナの為に遙か遠方にあるガヤムマイツェンの王城に一瞬で現れる最強魔術師と光竜……その光景を想像してキリトは無理に笑顔を作りながら額に汗をにじませた。

 

「で、でも、オレが傍にいるから。アスナがシノンや光竜を頼るようなことにはならないって」

「そうでね、殿下。私も姫様のお相手はキリトゥルムライン殿下以外には考えられないと思っております。ですがっ」

 

突然、更に熱の籠もったサタラの声がキリトの耳に圧をかける。

 

「常に殿下と共に、というわけにはいきませんでしょう。特に身の回りをお世話させていただく侍女達は全てガヤムマイツェン王国の女性ですし……殿下、女性の世界は色々とあるのです。小国から嫁いできた世間知らずの王女などとうちの姫様を軽んじる侍女が万が一いたとしても、姫様のご性格上、殿下に何か申し上げる事はしないでしょう」

 

サタラの言いたい事がわかって、キリトはうーむ、と顎を片手で支え俯き加減で考え込んだ。

 

(確かに、オレの気づかない所でアスナが心を痛めるのは我慢できないし、その事で他の者を頼られるのはもっと嫌だ)

 

「殿下、よくよくお心に留め置いてください。姫様がガヤムマイツェン王国の城で一言、ご自分の状況を嘆けば……ふた呼吸もしないうちに王城には光の穴が空き、同時に姫様はシノンちゃんと一緒にこの城に戻ってきていることに……」

「ええっ!」

 

サタラの言葉に驚いて顔を跳ね上げると、サタラは今度こそ満面の笑みを浮かべて「なるかもしれません」と言い切った。




お読みいただき、有り難うございました。
一番怒らせてはいけない存在……それはサタラさん……かも(苦笑)

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