思い返す度にキリトは十年前の自分の暴走っぷりに顔から火の吹き出る思いだ。
当時六歳だったキリトは今と変わらず他の相手など考えられないほどアスリューシナを想っていたし、同時に彼女も同じなのだと疑いもしなかったが、それを確かめる術を知らなかった。一方、ガヤムマイツェン国王はそこまで息子の意志を聞いておいても、幼子の一時の気持ちなのだろう、と重くは受け止めず、むしろこれを機に他の令嬢達や他国の王女達への態度が変わるのではないかと期待したほどだ。
しかし父王の思いに反してそれから後もキリトは馬術の腕をあげ、本当に一人でユークリネ王国を訪れるようになり、まずは父王の許可が欲しいから、とことある毎に「アスリューシナ姫を我が国に迎え入れたい」と請い続けた。
キリトが初めて父王にアスリューシナ姫を求めてから七年の月日が経った頃、さすがに国王もこのままではいけない、と思い始める。
これは本当にアスリューシナ姫への想いなのか、自分の願いが通らない事への意地なのか……そもそもガヤムマイツェン王国としてはユークリネ王国の強力な二つの存在を考慮して、王女を迎え入れる事に諸手を挙げて賛成するわけにはいかなかったのだ。
悪くはない、その人となりは美しい容貌を含め周辺諸国にも理想の王女として名をとどろかせている。
しかしこちらは大国ガヤムマイツェンである、どうしてもユークリネ王国の王女でなければ、という事でもない。
そこで国王は留学中の二年間、しっかりと他国の令嬢、及び王女達と交流を深め、それでもなおユークリネ王国の王女を選ぶというのなら、その時は正式に王太子妃として迎え入れよう、とキリトに告げたのだ。
かくしてキリトは二年の間、王女達に対してはもちろん親善大使としても父王が納得できるだけの交流をはかった後、帰国したその日に「これでアスリューシナ姫と婚儀をかわしてもいいですね」と不敵な笑みさえ浮かべて言い放ったのである。
その言葉に父王がやれやれ、と笑いながら肩をすくめ「では、お前の瞳色の石を用意せねばな」と了承の意を示した途端「既にアスリューシナに渡してありますっ」と言いざま、謁見の間を飛び出して行った息子の後ろ姿をガヤムマイツェン国王は唖然とした目で見つめ、キリト付きの従者達がクスクスと忍び笑いを懸命に堪えていたのは当のキリトは知らぬ事だ。
「要するに留学中、アスナと離れて他の王女や令嬢とも親交を深め、冷静な判断力で今一度本当にアスナを欲するのか、自分自身に問えって言われて、だったらちゃんと交流をもたないと親父が納得しないだろ」
今までの経緯をキリトの腕の中で静かに聞いていたアスナがちらり、と様子を覗うと、幼い日の自分の言動を告白した為か、照れた朱で頬を色づかせたキリトが優しい眼差しで自分を見ていた。
「アスナへの気持ちを確かめる為の時間なんて無駄だったけどな。留学前に石は渡してあったし、ユークリネ国王にも散々打診しておいたから」
「お父様ったら……そんな事、私には一言も……」
自分が知らないうちにキリトと父王が随分と前から交流を深めていたらしい事実にアスナは拗ねたように唇を尖らせる。
「まあ、実際オレの親父が首を縦に振らないことにはどうしようもない話だったしさ。オレとしては留学中の二年間、アスナに縁談話を持ちかけないでくれただけで感謝だよ」
確かにユークリネ国王としてなら姫の意向に沿わずとも他国へ嫁ぐよう言い渡すことは出来るのだから、それをせずにいてくれただけでもキリトに協力的と言えるだろう。
昨今、周辺諸国の有力者の中には積極的にユークリネ王家と関わりを持つべきと考える者も少なくないのだ。
「だから……不安にさせてゴメン、アスナ」
キリトの言葉にアスナが無言でふるふる、と首を横に振る。
その仕草に彼女の本意が測れず、キリトは不安げに眉をひそめた。仔猫だった時の方が素直に感情が表れていた気がして、これからの過ごす日々を思いキリトは殊更真剣な表情でアスナをジッ、と見つめる。
「今日からはオレが傍にいるけど、サタラ達がいないんだ。何かあったらちゃんと言えよ」
その言葉を嬉しそうに受け取ったアスナが微笑みを返す。
「うん、でも、ここの侍女の皆さんもすごく優しくしてくれるから」
「よかった。そのへんは特に慎重に選んだんだ。城での生活が落ち着いたら王都を案内するよ……見たいんだろ?、王都」
「いいの?」
途端に嬉しさを隠さずパッと花が咲いたように笑顔になったアスナの唇をキリトが軽く啄む。
「もちろん、今日からアスナの国でもあるんだしな」
「有り難う、キリトくん。でもまずはお城の中だね。役職に就いていらっしゃる貴族の方々やその従者の皆さんの顔を覚えないと。あっ、でも今日の授位式の前に十年前、離宮に来てくれたキリトくんのお供の方に声をかけてもらえて、嬉しかったよ」
心の底から喜びを表しているアスナの声に反し、キリトが目を大きくして口をわなわなと震わせ始めた。
「はああぁ……誰っ?」
「えっ?、誰って……あの時一緒に来てたんだからキリトくん付きの従者の人だよね」
本当に名前まではわからないのだろう、ちょんっ、と小首を傾げて「『お久しぶりです』って言ってくれて……」と振り返り、その時の言葉を思い出して更に嬉し恥ずかしそうにほんのりと頬を染める。
「『お二人がこの日を迎えられるのをずっと信じておりました』……って……」
十年前、キリトの供でユークリネ王国の離宮を訪れた者の一人ならばあの時の二人の姿を見て、ずっと応援してくれていたに違いない。
キリトの腕の中で幼い日、初めて出会った時の様子を思い出してアスナがこっそりと口元を緩めていると、自分の温かな気持ちとは反対の声が降ってくる。
「ったく……なんでみんな勝手にアスナに声をかけるんだよっ」
「勝手にって……従者の人だってガヤムマイツェン王国の国民なんだから私に声をかけても別に……」
「ああーっ、アスナはガヤムマイツェン王国に嫁いできたんだけど、その前にオレの所に嫁いで来たんだから、まずはオレのもんだろっ」
がばっ、と腕の中に花嫁を閉じ込めて、これ以上は誰の目にも触れさせない勢いでキリトは子供じみた心中を吐露するとその所有権を主張するように栗色の髪に何度も唇を落とした。それから片手でアスナの前髪を梳き上げこめかみにもキスをする。
幼い日の離宮での別れの時を彷彿させるように閉じられた瞼の上を経由し鼻の頭をかすめた後、最後にそのふっくらと柔らかい唇を塞いだ。昼間の儀式とは違いアスナの後頭部を支えてすぐさま彼女の中まで差し入れる。
自分の内からこみ上げてくる幸福感に従って優しく撫でれば、アスナも同様の思いでそれを受け入れた。そうして飽くことなく互いの想いを交差させてどれほどの時が経っただろうか、喜びと羞恥と少しの息苦しさで袖を掴んでいたアスナの手が震え始めたのに気づいたキリトが名残惜しそうに離れると、ふらり、と彼女の身体が傾ぐ。
咄嗟に後頭部と腰に当てていた手に力を込め、再び自分の胸元に抱き寄せたキリトはその華奢な身体をしっかりと閉じ込めたのだった。
お読みいただき、有り難うございました。
さて、次は【おまけ編】が入ります。
「王子と姫と白い仔猫・27と1/2話」です……が……すみませんっ、
初夜話(R−18)なので全く「ゆるあま」ではありませんから
別枠でアップします。
苦手な方は一日お待ちくださいっ!
明後日に28話を投稿させていただきますが、もちろん話は
繋がりますし、おまけ編を読んでなくとも問題はありませんので
ご心配なく。