王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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王子と姫と白い仔猫・28

王太子の授位式、及び婚儀を済ませた翌日、すっかり日が昇って王太子夫妻の私室周辺以外では既に城内でいつものように慌ただしく人々が己の仕事を遂行している中、のんびりと腕の中の温もりをキリトが味わっていると、その視線を感じたのか、もぞもぞとアスナが身じろぐ。

早くそのはしばみ色を目にしたくて「アスナ」と小さく呼びかければ、ゆっくりと瞼が開いてキリトを認めた途端、ふわっ、と微笑んだ。その表情に思わず彼女の腰に回していた手に力が入る。

互いに一糸まとわぬ身で密着度が増せば、その人肌はさらに温かさを伝え合って、その心地よさにキリトは自らの顔を寄せて彼女の額にキスをした。

 

「おはよう、アスナ」

 

こんな朝を迎えることを何度思い描いただろう、だが、実際は想像を遙かに超えて幸福に満ちたものだった。ところがキリトの笑顔に反して目の前のはしばみ色の瞳はぱちぱち、と瞬きを繰り返すとじわりと涙を湧かし、その周りが瞬く間に朱に染まる。

 

「えっ?……アスナ?」

「あ……あの……」

「どうしたんだ?」

 

アスナはその問いに答える気配さえ見せず、素早く自分が掛けていたシーツを顔の上まで引っ張り上げた。こっそりと目元だけを覗かせて涙目で何かを訴えているようだが、その内容がさっぱり思い当たらないキリトはむむっ、と眉根を寄せる。

もう一度「どうしたんだ?」と聞けば、シーツの中からぽそり、「どうしよう」と返ってきた。

体調が悪いのかと思い、熱を測ろうと今度は額同士をくっつければ、「んっ」とやはりシーツの中から短い吐息が聞こえて、その声だけでぞくり、と背中に痺れが走る。再び名を呼ぶと、盛大に眉毛をハの字にゆがませ、潤んだ瞳でキリトをじっと見つめてきた。

 

「……すっごい……お寝坊しちゃった……」

 

窓からの陽光で既に朝とは呼べない時刻だと知ったらしいアスナの告白に体調は関係ないのだと、ホッと息を抜く。額をつけたたまま軽く笑ってから「大丈夫」とだけ告げれば、すぐにはしばみ色が大きくなった。

 

「婚儀の翌日だぞ。今日はオレもアスナも予定はなにもなし。ゆっくりできるよ」

 

安心させるように触れていた額を頬同士に移して摺り合わせる。柔らかな感触を思う存分味わっていると、キリトの頬に触れそうな位置でアスナが唇を動かした。

 

「うん、それは知ってたけど……ちゃんと起きてみなさんにご挨拶しなきゃと思ってたから……」

「みなさんって?」

「招待客の方々とか」

「昨晩のあの勢いじゃ、招待客だって昼過ぎまでは起きてこないんじゃないか?」

「だったら、これからお世話になる城内の皆さんとか」

「それは、おいおいでいいだろ」

「なら……」

 

寝坊した自分が許せないのか、しきりと起きるべきだった理由を探すアスナにキリトが「相変わらずだな」と困り笑いを浮かべる。

 

「どうせこれから嫌でも色んな人間との顔合わせで忙しくなるんだ。今日くらいずっとオレの傍にいて……」

 

顔の角度をほんの少しずらして軽く唇を触れ合わせると、キリトはがばっ、と素早くベッドを抜け出しシーツごとアスナを包んで抱き上げた。突然、宙に浮いた驚きで「ひゃっ」と短く声を上げたアスナは思わずキリトの首にしがみつく。悪戯が成功した時のように、くっくっ、と笑い「そうそう、ちゃんとつかまってろよ」と声を掛けながらどんどんと扉へ向かって歩き出した。

アスナを抱きかかえたまま器用に目的の扉を開けるとそこには決して豪華ではないが一般的には十分に広いといえる浴室が現れる。湯船にはお湯が満々とたたえられており清潔なタオルやバスローブが何枚も常備されていた。バスオイルはもちろん髪用、顔用、身体用とソープ関連も数種類が用意されている。

 

「浴槽、広めにして正解だったな」

 

アスナが抵抗するよりも早くシーツをはぎ取って浴槽に入り、抱き合ったまま自分の膝の上に彼女を下ろせば、いきなりの事であわあわとしていたアスナの唇からふぅ、と息が吐き出されてしがみついていた腕の緊張が緩んだ。お湯の温かさと触れ合う素肌の感触にうっとりとした表情でこてん、とキリトの肩に頬をつける。

 

「寝室からそのまま浴室って贅沢だね」

「そうか?、アスナが居間や寝室の調度品に全然希望を言わないから、ならせめて好きな風呂くらいいつでも入れるようにとしつらえたんだけど」

「希望って言うか……折角だからガヤムマイツェン王国らしくってお願いしたら……びっくりするくらい高価な品々を運び込もうとするから……」

 

婚儀の準備期間としてガヤムマイツェン王国に滞在していた時、自分の私室となる部屋の内装を侍女達とあれこれ楽しく相談していた時に何人もの従者達が置物や絵画などを持ってやってきた時の光景を思い出し、アスナの目がまん丸くなった。

 

「気に入ったのだけ受け取っておけばいいんだよ」

「でも、私のために、って持ってきてくれた物なのに、それを選り好みするのも……」

「まあ、アスナのため、ってのもあるだろうけど、皇太子妃の部屋にあることで商品の価値をあげたいってのもあるんだ」

 

昨晩の晩餐会途中で聞いた報告によれば、日中のパレードで婚礼衣装を纏ったアスナを目にした民衆達の間では既に王太子妃ブームが起こりつつあると言う。王太子妃愛用の品や私室にある調度品と同じ物を買い求める客がこれから増えるに違いない。商人達にとっては絶好のチャンスなのだ。

 

「アスナのドレスを見て、これからますますユークリネ王国に織物やレースの買い付け業者が訪れるぞ」

「ふふっ、リズの張り切る姿が目に浮かぶようだね」

「まったくだ」

 

多分、大手を振って堂々と正面からこの城を訪れる日も遠くないだろう、と思い、アスナとキリトは同時に笑い声を漏らす。

 

「だったら定期的にお部屋の模様替えをした方がいいかな」

 

そう呟きながらあれこれと考え込んでいる肩の上のアスナを見ていたキリトがさっきまでの笑顔を消して彼女の額に頬を寄せた。

 

「今はまだ、考えなくていいだろ。それより……」

 

支えているアスナの腰を労るようにやさしく撫でる。

 

「身体……辛くないか?」

 

ゆっくりとさすってくれる気遣いの心地よさにアスナが顔をあげて微笑んだ。安心させるように「うん、大丈夫……」と静かに告げると、ぴくり、とキリトの眉が動いたことに気づき、すぐさまアスナも眉尻を下げて「思っていたよりは……」と正直に言葉を足す。

やっぱり、と言いたげな溜め息をついて困り笑いのアスナをじっ、と見つめた。

 

「アスナが頑張りすぎて無理をしないよう傍に付いていてやりたいのに……まあオレの傍に引き寄せた事で余計な頑張りを増やす結果になったけどさ……でも昨晩は純粋にオレが原因で無理をさせたわけだから……その……」

 

僅かな逡巡の後、小さく「ごめん」とアスナに謝れば、彼女がふるふる、と頭を横に振り、そっと両手をキリトの首に回して言葉ではなくぬくもりで想いを伝えようとする。思わぬアスナからの抱擁に一瞬、目を見開いたキリトだったが、すぐさま目を細めると口の端を僅かに上げ、彼女の腰に触れていた手をそろそろと前に移動させた。

 

「そんな風にされるとまた我慢できなくなるんだけど?」

 

言葉の意図を瞬時に理解して、ぱっ、と身を起こすと、その空間に素早くキリトの手が入り込み昨晩からの行為ですっかり手になじんだ柔らかな膨らみのひとつを手中に収める。

 

「だっ、ダメだったら!」

 

ゆっくりともみほぐされると、いけないと警鐘を鳴らす理性の上を快感に覆い尽くされそうで、アスナは慌てて身をよじった。しかしキリトは支えていた腰に更に力を込めて引き寄せ、必死に自分から距離を取ろうとするアスナの横顔めがけて顔を近づける。入浴中のせいか、自分の身を拘束されているせいか、はたまたキリトからの刺激を受容しているせいなのか、既に真っ赤に色づいているアスナの耳を、はむっ、と甘噛みすれば、途端にアスナが「ひゃぁっ」と啼いて全身を震わせた。

 

(あ、仔猫の時と同じ反応……)

 

そのまま耳朶をぺろり、と舐めたり唇で挟んで甘噛みを続けていると、すっかり力の抜けたアスナが息も絶え絶えの涙声でキリトの名を呼ぶ。

 

「キ……リトく……ん……なん……で?」

「ん?……アスナが仔猫になってた時さ、風呂を嫌がって大暴れするから試しに耳を噛んでみたんだ。そしたら急に大人しくなったから、同じかな?、って思って……」

「ふぅぇぇっ」

 

自分すら知らなかった自分の弱点を暴かれて、すっかり力が入らなくなったアスナはそのまま浴槽の中でキリトからの刺激を受け続けるはめになってしまったのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
えっ!?、これも厳密には別枠ですか?(苦笑)
いえいえ……この位は……ねぇ……完全に私基準ですけど。
24話でアスナが「一緒にお風呂には入りません」宣言をしたので、
キリトならリベンジ(?)するだろうなー、と。
そしていよいよ明日は《オーディナル・スケール》の公開日ですねっ。
早かったような……やっと、のような……(って、私はまだまだ観に
行かれませんが……くぅっ、早く観たいっ)

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